第138話『A Gorgeous Funeral Hall』豪華な葬儀場
「さぁ、着いたよ」
琉佳にそう言われて、葉月は思わず声を上げた。
「え?」
目の前に現れた絢爛豪華なエントランスに首をかしげながら、助手席から乗り出すように、そのまま上を見上げる。
あまりに高層な二棟の建物は、葉月がいくらフロントガラスから覗き上げてもその全貌を視界におさめることが出来なかった。
「あの……ちょっと待ってくださいよ! お葬儀ですよね? ここ、ホテルじゃないんですか? こんな豪華なホテルで葬儀を?」
そう言いながら琉佳の方を向くと、彼は涼しい顔をして葉月の視線を促した。
「ほら。よく見て、あそこ」
「え? S……SO.U.MEI……そうめいかん……? あ! 聞いたことあります! 芸能人とかがすごい派手な……いえ、大規模な葬儀とかやってる……」
「そう、その想命館だよ」
「へぇ……ここが……で、鴻上さんのおじいさんの葬儀が、ここであるんですか?!」
「ああ。まあね」
まるで高級ホテルのように、ドアマンに車のキーを預けてフロアに入る。
ふかふかとした絨毯敷きのロビーに大きな案内板が立てられていた。
「あれ? 『LBフロンティア』って……繊維商社ですよね? アパレル業界ではナンバーワンの」
「そうだよ。よく知ってるね?」
「いえ、就活中のゼミの先輩が……玉砕したって言ってたんで」
「あ……なるほどね。そりゃご愁傷さ……ああ、ここじゃシャレになんないか!」
「ですね……で、えっと……『LBフロンティア』が何か関係あるんですか?」
「ああ……」
琉佳は幾分声を潜めて言った。
「亡くなったのは『LBフロンティア』の会長なんだ」
「え? 会長?」
「うん。御歳84歳、大病を患ってからここ数年寝たきりになってたって聞いたけどね」
葉月はしばしフリーズする。
「いや、あの……ちょっと待って下さい? 『LBフロンティア』の会長の葬儀って……? 鴻上さん、おじいさんが亡くなったって言ってましたけど……え! ということは、まさか……」
「ああ、喪主は徹也さんのお父上で『LBフロンティア』の社長ってわけ。徹也さんは『LBフロンティア』の 御曹司だ。社葬だからね、葬儀は盛大だよ。たくさん人を雇ってるだろうから、本来は僕らの手を借りるまでもないんだろうけど、徹也さんの親族サイドはなかなか複雑でね、徹也さんも味方が欲しいんだろうな、おまけに徹也さんは今、いっぱい仕事の案件抱えてるだろ? だから、いざという時に対応できるように、僕たちは呼ばれてるんだ。本人は一応親族だから、身動き取れないわけだしね。ん? あれ? ねぇ、白石さん、聞いてる?」
「あ……ああ、はい」
「驚いてるよね?」
「そりゃあもう……」
琉佳は葉月の肩にポンと手を置いた。
「驚くのもわけないか! まあ、姉ちゃんはまだしも、ここでは僕たちはそんなにたいした仕事はないと思うよ。あ、姉ちゃんだ」
美波が慌てた様子でやってきた。
「待ってたのよ! ちょっとルカ、その手を退けなさい! それで? 頼んだものは?」
琉佳は葉月の肩からスッと手を引いて、荷物を差し出した。
「はいはい、喪服な。仰せの通り持ってきましたよ!」
「よろしい」
「ったく! 使いっ走りかよ! でもさ、今着てるそのスーツでも行けそうじゃん?」
「なに言ってんの! こんな安物のスーツで居られるわけないでしょ!」
美波のその言葉に、琉佳は肩をすくめながら辺りを見渡した。
「ま、そりゃそうだな」
「着替えてくるわ。ああ白石さん、わざわざご苦労様。今日は色々手伝ってもらうことになりそうだから……よろしくね」
「は……はい」
スッと踵を返して立ち去ろうとした美波が、パッと止まって振り向いた。
「ねぇ白石さん、あなたが着てるそれ『|attractive Vision』じゃない?」
「え? あ……はい」
驚く葉月に美波はにっこり微笑んだ。
「いいじゃない! 素敵だわ!」
「え、ああ……ありがとうございます」
「ルカ、白石さんを会場へ連れて上がって。着替えたら私もすぐ上がるわ」
「了解」
慌てて荷物を転がしながら立ち去る美波を見送り、二人はエレベーターホールに歩いていった。
「やっぱりブランドの服って、見る人が見ればわかるんですね」
「いや……それはそうなんだけどさ、その服は特別なんだよ」
「特別?」
乗り込んだエレベーターも、葬儀会場には似つかわしくないほど華美だった。
キラキラして落ち着かないまま、葉月は琉佳に促されて3階へ降り立つ。
天井の高い一面大理石の空間が目の前に広がり、ロビーの静けさが嘘だったかのように、大勢の黒い服の人々が気忙しく行き交っていた。
「とりあえず、姉ちゃんが来るまで待ってようか」
「はい。なんだか……圧倒されちゃいます。私が行ったことのあるお葬儀とは、あまりにも違って……」
「まぁ、そうかもね。徹也さんも昨日愚痴ってたよ。こういうの苦手だって」
「あの……鴻上さんは……?」
その瞬間、琉佳がパッと表情を変えた。
「お! 噂をすれば。御曹司のお出ましだ」
その言葉に、琉佳の視線を追って振り向くと、そこには全身真っ黒の装いの徹也が立っていた。
「よう。わざわざこんなとこまで悪かったな。遠かっただろ? ホント、来るだけで疲れる……」
「こ、鴻上さん! その頭、どうしたんですか!」
「は?」
徹也はその言葉に一瞬目を見開くと、葉月の顔を見てプッと吹き出し、周りから表情を隠すように下を向いて笑いだした。
また葉月の肩に、琉佳がそっと手をかける。
「おっと、白石さん。いい反応だな。でももう少し、声のトーンを落としてね」
笑いを噛み殺した表情の琉佳にそう諭され、葉月はハッと口を押さえた。
「す、すみません」
徹也は揺らした肩を深呼吸で治めながら、真っ黒に染め上げた頭をゆっくり上げた。
「そんなに衝撃的だった? 開口一番その突っ込みが来るとは……あはは、ホント君は面白いな」
「すみません……でも、半日前までシルバーヘアだったんですから……驚くじゃないですか、普通」
「は? 普通っぽくしたのに?」
両手を広げて更に笑いかける徹也に、琉佳がまた注意した。
「徹也さん、不謹慎だよ」
「うるせぇな、お前も笑ってんじゃんか」
「僕は親族じゃないでしょ? 徹也さんは注目されてるんだから、気を付けてもらわないと」
「あーはいはい。で? 黒髪の俺はどうなわけ?」
額にかかった漆黒の髪とその間から覗き見える繊細な目元は、初めて花火大会で出会った日の徹也を思い出させた。
抱き上げられてすぐ近くにあったその視線が、フッと甦って葉月は言葉に詰まる。
「も、もちろん……似合ってますけど」
「あ……」
琉佳が誰かに気付いて、今度は徹也の肩を突っついた。
向こうから、黒いスーツに身を包んだ男性が歩いてきた。
「え……ユウキ?」
裕貴は軽く葉月に目配せをして、徹也の前で立ち止まった。
「ユウキ、わざわざこんな所まで来てもらって、悪かったな」
「いえ。この度は御愁傷様でした。結構……大変なのでは?」
回りを見渡しながらの裕貴の問いかけに、徹也はまたもや自嘲的に笑って琉佳に注意を受ける。
「ま、会社は大変なんだろうけどさ……俺は全然ピンと来てないよ。まあ、それが問題なんだって、今朝も身内から詰められてたんだけどね。リュウジも一緒に?」
「はい。入口で一緒になった知り合いと話してます。じきに来ると思いますよ。ボク、今日はお手伝いするようにリュウジさんにも言われてきたので、なんなりと言い付けてください」
「マジで? 助かるな! 実はさ、葉月ちゃんにも家に帰らないでここに泊まってもらうことになってて」
「え? そうなんですか?」
裕貴は葉月に視線を配る。
葉月は頷いた。
「ああ。ちょっと遠いし、何せここはすごく宿泊施設が充実してるから、うちの会社の連中も泊まらせてさ。あ、ならユウキも泊まる?」
「いや、ボクはリュウジさんを連れて帰らなきゃいけないんで。でも、是非お手伝いはさせてください」
「そっか、ありがとな。頼りにしてる」
琉佳は、裕貴と葉月に美波が来るまでしばらくここで待つように言って、徹也と共に親族控え室の方へ歩いていった。
突き当たりにかなり広いホールがあり、開放されているその扉の間から絢爛豪華な大きな祭壇が見えて、思わず目を奪われる。
「びっくりしたよな」
裕貴の言葉で視線を戻した。
「鴻上さん、只者じゃないとは思ってたけど、まさか『LBフロンティア』の後継者とはね」
「え? 後継者なの? じゃあ『form Fireworks』は? 映像クリエイターの仕事は?」
「ボクにはわからないけどさ、リュウジさんの話じゃ、鴻上さん、『LBフロンティア』の入社を拒んで自分のやりたいことを押しきってさ、半家出状態で今の会社を立ち上げたらしいんだ。今は鴻上さんの父親が社長だけど、会長が亡くなったとなったら……どうなるかわからないってさ」
「そう……なんだ」
葉月は不安な表情で裕貴を見つめた。
「あ」
裕貴の視線が葉月の背後に移る。
振り返ると隆二がエレベーターホールに立っているのが見えた。
どれほど遠くからでも、そのシルエットで隆二だとわかる。
不謹慎ながらも、スーツ姿の隆二に目を奪われた。
葉月の脳裏に数日前の『Blue Stone』でのシーンがフッと蘇えって、その頬を染める。
二人の姿に気が付いた隆二は、真っ直ぐ射抜くように葉月を見据えた。
鼓動が上がるのを感じながら、葉月は近付いてくる隆二に、その視線を絡めた。
第138話『A Gorgeous Funeral Hall』豪華な葬儀場
ー終ー




