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第138話『Memories of the past』過去の思い出

アキラは笑いながら葉月に手を振って、ホールの奥へ消えていった。


少し静かになったカウンターにならんで座った徹也の横顔を見ながら、葉月はある夜を思い出していた。

あれは花火大会で出会ってから二度目の、ここ『Blue Stone』での再会の日。

何故か漠然と、もう会えないのだろうなと思い始めていた頃だった。


「なんかさ……前もあったよな、このシチュエーション」

「あ……そうですね」


彼も同じ夜のことを思い出していた……

そう思うとなんだか嬉しくて、そっとその横顔を盗み見る。


今思えば、ここに来ていればいつか会えると予想できるはずなのに、あの時は花火大会が終わった後の会話の中で距離をおかれてしまったような気持ちになって寂しさを感じていた。


「なんかさ、ずいぶん前のような気もするよな?」

「はい」


だから会えた時はなんだか妙に運命的なものを感じて、嬉しさもひとしおだった。

そしてあの日から、人生が一転するようなことが立て続けに起こって今に至る。

その先駆けともなるあの夜を、今二人で分かち合ってると思うと少し心が高鳴った。


「今日はさ、あの日みたいにたっぷり飲ませたりしないからな。でなきゃさぁ、また今夜も君を担いで……」

「え!」


葉月はキッと徹也を睨んだ。

彼にとっては運命的な再会というよりも、自分の泥酔ぶりの方が印象的なようだ。


「その話はいいですって!」

そう抗議すると、彼は愉快そうに笑顔を見せた。

「もう! またからかう……」


そう不満そうに呟きながら、 “来るはずの琉佳さんはどうしたんですか” と聞こうとした時、彼がポケットを探り始めた。

電話がかかってきたらしい。


「あ……ちょっとごめん」

そう言って徹也は足早にドアから出て、階段を上っていった。


「全く……ボスは意地悪なんだから」


そう言いながらも葉月は微笑んでいた。

二度目の再会を果たした時の鴻上こうがみ徹也という人は、少し堅物で真面目なイメージだった。

優しくて誠実な人という印象は今も変わっていないけれど、そこにちょっとしたユーモアな一面も見られて、投げかけられるちょっとした意地悪にすら親近感を感じて、妙に安心している自分がいる。


しばらくして少し荒々しげにドアチャイムが鳴った。

幾分慌てた様子で帰ってきた徹也を見て、葉月にも何かただ事ではない事態が起きたことがわかった。


鴻上こうがみさん、どうかしたんですか?」

「ああ……ちょっとね。すまない、今日は帰らないといけなくなった」


いつになく余裕のない表情だった。

そんな徹也を見るのは初めてで、驚くと同時に心配になる。

「いったい、何が……」


そう聞くと、徹也は葉月に向かって思い付いたように言った。

「あのさ葉月ちゃん、明日ちょっと別のバイト頼めないかな?」

「え? バイト? ええ、もちろん構いませんけど……急な仕事なんですか?」

「うん、まあ……いつもとは趣旨が違うけどね。あ、ちょっとアキラに話してくるからさ、そのグラス空けといて。ちゃんと家まで送って行くから」


そう言って徹也はホールの奥に行った。

葉月は不思議な面持ちのまま、とりあえず手元のグラスを飲み干し、カランと音を立てた氷を眺めていた。


趣旨の違った仕事とは?

仕事のトラブル?

そして、琉佳さんは……どうしたんだろ?


しばらくして徹也が一人で戻ってきた。

「じゃあ帰ろうか。タクシーはもう呼んだから」


身支度を促してドアの方に一足先に向かった徹也が、開けた扉に腕を掛けて葉月に視線を向けて待っている。

その姿が妙にさまになっていて、しばらく眺めていたいような衝動にかられたが、しかし今はそんな呑気なことを言っている場合ではなさそうだ。

 

「今日は抱き上げなくても、階段上がれそうだな?」


本当は急いでいるのだろう。

しかしその内情とは裏腹に、葉月に冗談を言ってみせる徹也の気遣いを感じた。


「もう! まだ言います? いつまでもその話題、出してこないでください! 恥ずかしい過去なので」

「そうか? 微笑ましい光景だと思うけど?」

「どこがですか!」

そんなボスの戯れ言(ざれごと)にとことん乗っかって、階段を上がりながら掛け合う。


「なあ、俺の腕の中からこのサラヴォーンに挨拶したんだよな? 覚えてる?」

「もう!」

「あはは」


そう明るく笑う徹也の表情に少し安堵しながら、店の前で待っていたタクシーに乗り込んだ。


「あの……明日は」

「なぁ葉月ちゃん、喪服って持ってる?」


突然の質問に驚いた。

  

「え……喪服ですか? ええ、昨年祖父が亡くなったので、その時に喪服は揃えてもらいましたけど……」

「そっか。じゃあ悪いんだけど、明日はそれを着て来てくれるかな?」

「お葬儀なんですか? そのお手伝いのバイトってことですか?」

「まあ……そんな感じだ。申し訳ないけど ちょっと手が足りなくてね」

「わかりました」

「後で時間と場所、送るから。美波も今戻ってきてるはずだから、連絡がいくと思う」

「え? 美波さん、今から帰ってくるんですか!」

「ああ。なんとかして戻ってくるみたいだ」


彼女の出張先はたしか北陸で、こんな時間からはそう簡単には戻れないはずだった。


「それはまた……大変そうですね。あの、琉佳さんは……今夜『Blue Stone』に来るって言ってたんですけど、どうかしたんですか?」

「ああ……一つ仕事を片付けてもらって、後から来いよって言ってたんだが……急遽ルカには、先に葬儀会場に向かってもらったんだ」

「え? こんな時間からですか!?」

「ああ……俺も行かなきゃならないんだけど、ちょっとやらなきゃいけない事があるから、それ済んでから向かうつもり。明日のことはさ、後で詳細送るから」

「はい……ところで……どなたがお亡くなりになったんですか?」

「ああ、うちの祖父だよ」

「え、おじいさんなんですか! あ……それは残念です。何と言っていいか……」

「いや、俺も何年も会ってなかったから」

「そうなんですか」

「小さい時はただ単に大好きなじいさんだったんだけどな。大人になるにつれて関係性が複雑になってね。体を悪くしてからも影響力のある人だったから、俺は近づけなくて。驚くかもしれないけど……」


「え?」

徹也の言っている意味が把握できなかった。

 

「いや……あ、ほら着いたよ。降りて」

徹也はタクシーを待たせて、葉月の家の玄関の前まで同行した。


「ありがとうございました」

「じゃあ後で連絡するから」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ。明日よろしくな」


徹也に見送られて扉を閉める頃には、もう徹也は端末を耳にあてていた。

その葬儀に関することで、誰かとコンタクトをとっているのだろう。


早速、訳を言って母の智代に喪服を用意してもらった。

ずいぶん遅くなってから、琉佳から喪服の確認と泊まりになるかもしれないが構わないかという問い合わせのメールが来た。

大丈夫だと返信すると、明日の朝、琉佳が車で迎えに来るということと、宿泊施設は充実しているから最低限の用意で大丈夫だと書かれたメールが返ってきた。

故人の事や徹也がどうしているか等、幾つか聞きたいこともあったが、琉佳らしさのないその端的なメールの文に、余裕のなさが感じられたので差し控えた。

その夜、徹也からのメールは来なかった。



翌朝、葉月が約束の時間に家を出て路地の向こう側に視線を向けると、そこにはピカピカに磨きあげられた見覚えのある漆黒の外車が停まっていた。


助手席側に立った琉佳が右手をあげる。

「おはよう。白石さん、昨日は行けなくてごめんね」

「いえ。おはようございます。この車……」

「ああ、昨日の夜遅くに、徹也さんが会場に来てさ。これに乗って帰れって言われて」

「そうだったんですか」


琉佳はなにかに気付いたように少し驚いた顔をして、改めて葉月を上から下まで見た。


「どうしたんですか?」

「あ、いや……」

「鴻上さんは? ご親族とご一緒ですか?」

「ああ、まあね。あっちもまだ揃ってないけどさ。遅くに姉ちゃんも来たんだ、そのまま泊まってる。僕は使いっ走りだよ」


そう言って後部座席に目をやると、なにやら荷物と共に衣装用のカバーケースが見えた。


「さ、荷物貸して。白石さんは助手席に乗ってね」

琉佳は葉月にドアを開けてやってから後部席に葉月の荷物をのせた。

「さあ、行こうか。ちゃんと言いつけを守って必要最低限の荷物にまとめたみたいだね」

「ええ、まあそんなにメイク用品とかも持ってる方でもないですし……でも、何でも揃ってるってどういうことですか? 葬儀会場でしょ?」

「いやいやホントに、リゾートホテル並みに施設も整ってるんだって。僕なんかほぼ荷物は持ってきてないよ。とりあえず、今日が通夜で、明日も明後日も葬儀になるから泊まりは確実だろうけど……白石さん、大丈夫なの?」

「ええ。まだ大学も始まってないですから」

「そっか、そりゃ好都合だな。あ、人が死んでるのに不謹慎かな。でももういつ亡くなってもおかしくない状況だったから……」

「そうだったんですか」

悲壮な葬儀ではなさそうだと、葉月は少しホッとした。



「結構遠いんですね?」

「だろ? 夜中一人のロングドライブは結構キツかったよ。あのさ……白石さん、その服『|attractive Visionアトラクティブ・ヴィジョン』じゃない?」


急なその問いに、驚いて顔をあげた。


「え、どうしてわかったんですか? あ、そうか、琉佳さんはプログラマーだけじゃなくて空間デザインもされてますもんね。やっぱりそういう人って、ファッションも詳しいんですね?」

「いや……服のブランドに詳しい人間じゃなくても、わかると思うよ? 白石さんのお母さんの趣味とか?」

「ええ。もう大人だから良いものを着ないとって、去年(そろ)えてくれたんです」

「なるほど。いいセンスだな。さあ着いたよ」


車から外を見上げた葉月は、大きく目を見張った。


第138話『Memories of the past』 過去の思い出 ー終ー



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