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第133話『Have To Run Some Errands』お使い後のランチ

葉月は時計に目をやって立ち上がる。

『form Fireworks』の6階のオフィスは、いつもよりガランとしていた。

代表の鴻上こうがみ徹也社長はいつもの如く不在、専務の月城美波(みなみ)も今日は半日出張で 現地から直帰。

今このオフィスには葉月と、美波の弟の琉佳ルカしかいない。


「書類出しに行くんだって? 姉ちゃんに頼まれたの?」

「はい。なんとか午前中に間に合うように区役所に出しておいてって、さっき連絡が入って」

「そっかー、ごめんね。多分、姉ちゃんが自分で行くつもりだったのを忘れてたんだと思う」

「いいですよ、これくらい」

「ありがとうね、白石さん。まあ重要な書類だから頼んだんだと思うよ。あ……こんな時間だしさ、お昼も食べて来るでしょ?」

「ええ、美波さんもそう言ってくれたので」

「そっか。だったらさ、せっかく大通りまで出向くんだし、ゆっくりしてきていいよ。大学生なんだから、ウィンドウショッピングとかしたい年頃じゃん? 秋冬物の洋服でもチェックしてきたら?」


琉佳は葉月のそばに来て、デスクの上に置かれたラベンダーカラーのバッグをひょいと持ち上げて、葉月に手渡した。


「あ、実はユウキと一緒にランチする約束してて……」

「そうなの?  いいなー! 僕なんてクライアントの連絡待ちだし、それが終わっても寂しく一人でランチタイムだよ」


葉月をギロッと睨んで見せた琉佳は、わざとらしいそぶりでリフレッシュスペースの方に目をやる。

「あーあ。またレトルトか……あ、まだあのレンジパスタあったかな?」


しょげて見せる琉佳に、葉月は笑いかけて言った。

「またまたそんな大袈裟な! 彩さんのカフェに行くんでしょ?」


すると琉佳は視線をやや上方にそらしながら、首の後ろに手をやった。

「あ……ちょっとしばらくは……行かないつもりなんだよね」


「え? どうしてですか?」


じっと見つめる葉月に、琉佳はまた落ち着きなく首もとをポリポリしながら言った。

「そんな改めて聞かれても困るんだけど……ま、色々……大人の事情ってことで」


葉月は変な顔をして言葉を発しないまま、琉佳をじっと見上げた。

「何か……やらかしました?」


「……あのさぁ、白石さん……」

琉佳がため息混じりに言う。


「最近さ、白石さん、ちょっと姉ちゃんに似てきたかも?」

「私が、ですか? 何が?」

「発言が。 なんか、姉ちゃんよりになってきて嫌だなぁ」

「それは多分……美波さんとか私じゃなくても……琉佳さんを知ってる全女性が思うことなんじゃないでしょうか」

「え。あ……なかなか辛辣なこと言うね」


琉佳は参ったと言わんばかりに両手をハンズアップしてみせた。

「まあ……しばらくは僕もおとなしくしておくよ。じゃあいってらっしゃい。暑いから気をつけてね」


葉月を促すように、一緒に出入り口まで歩いて、葉月にドアを開けてやりながら琉佳が言った。

「ユウキによろしくね。また店行くって伝えといて」

「わかりました。行ってきます」


エレベーターに乗ってから、葉月は改めて首を傾げる。


大人の事情って何かな?

それはきっと……色々あると思う。

例えば、心変わり。

これは男女双方の可能性も……

あとは、やっぱり琉佳さんだから、浮気がバレたとか?

いやいや、そもそもあの二人がちゃんとお付き合いしてるかどうかは、鴻上さんの話を聞く限りでは断定できないし……

それか逆に、琉佳さんがすごく熱くなって、彩さんを束縛したりとか……

いやいや。

最近友達からそんな話を聞いたから思いついちゃったけど、あの琉佳さんでしょ……?

想像出来ないなぁ……


チンと音が鳴ってエレベーターが開いた。

ガラス扉の向こうに、うだるような暑さを予感させる日差しを見つけて、思わず目を細める。


まぁ、私が考えても何にもならないか!

一息ついて葉月は、日差しのシャワーの中に飛び込んだ。


早々に役所の用事を済ませ、報告のメールを送ってから、裕貴との約束まで時間があったので、琉佳の言うようにウィンドウショッピングでもしようかとも思ったが、裕貴のバイト先の先輩スタッフの人達にバースデーパーティーで演奏してもらったにもかかわらずお礼を直接は言えていなかったので、その挨拶も兼ねて直接裕貴を迎えに行こうと思い立ち、葉月は『近藤楽器店』に足を向けた。


店の前まで行くと、パーティーではベースを弾いていたかっこいい女性店員が声をかけてきた。

「ねえ、葉月ちゃん! でしょ?」

「はい。先日はありがとうございました、我妻さん」

「あら、ちゃんと私の名前を覚えててくれたの?」

「ええ、もちろん!」

「パーティー楽しかったわね。また誰かのパーティーにかこつけてやりたいな」

「いいですね!」

「隆二さんは元気なの? 最近全然来ないから……まぁ、無理もないか。今や有名人だからね」

「そうですね……」

「あら? なんか寂しそうじゃない? そっか! フェスの前は堂々とデートしてたもんね! 今はコソコソしなきゃならなくなったんじゃない?」

「コソコソって……」

「っていうか、パーティーの時はなんだかよそよそしく見えたわよ。ひょっとして……破局でもしたとか?」

「そ、そんな、破局もなにも私達は……」


「葉月!」

奥から裕貴が出てきた。


「店先で大きな声で話す内容じゃないんじゃないですか? 珍しいな、我妻さんが女子トークなんて」

「あら、失礼な言い方ね。私だって女子トークしたいけど、この店にはこの子みたいに可愛い女子がいないんでね! 葉月ちゃん、また話しましょうね」

「はい、是非!」

 

二人して近藤楽器店を後にした。



「ねぇユウキ、どこでランチする?」

「あ、前に言ってた『Moon drops』でもいい?」

「やった! 私、行きたいなって思ってた!」

「そっか、良かった。わりと近くだよ」


葉月は裕貴に誘導されて裏路地に入った。

少し先に視線を延ばすと『ポール・スミス』の ショーウィンドウの隣に、フレンチレストラン『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』の看板が見えた。


ふと、数日前の光景が頭をよぎる。

『Blue Stone』で、グラスを握った手に隆二の手が重なった瞬間、心の中でカタンと音が鳴ったような気がした。

また『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』で食事しようと言ってくれた隆二の言葉に嬉しさで舞い上がったと同時に、あのフェスに向かう前日のように隆二と肩を並べて街を出歩くことなんて、もう今は到底無理な話だ、と現実問題に直面する。

その時の、あの寂しい気持ち……

あれは……


「どうしたの葉月? こっちだよ」

「あ……うん」


裕貴の指差す雑居ビルを地下に降りて行く。

キョロキョロの辺りを見回しながら、ノスタルジックな雰囲気につつまれている廊下をすすんでいくと、突き当たりにその看板が見えた。


「ユウキはよく来るの?」

「うん、ほぼ毎日のよう来てるよ。ランチを食べてから、ちょっとドラムを叩かせてもらったりしてる」

「そうなんだ?!」

「料理も美味しいし、近藤楽器の人もたまに連れてくるんだけど、みんな大絶賛なんだよ」


裕貴の話を聞きながら店に近付いて行くと、早速ブイヤベースの香りが漂ってきた。

「わぁ、いい匂いしてきた! お腹すいてきちゃったね」


『Moon Drops』と彫り込まれた年季の入った趣のあるプレートがかかったドアを開けると、そこは『Blue Stone』とはまた一味違ったセンスの良い音楽の空間が広がっていた。

中央に大きなステージがあり、ピカピカに磨かれたドラムセットが存在感を出している。


「いらっしゃいませ」


奥から聞こえてきた声に顔を向ける。

そこに現れたのは、葉月が想像していたよりもずっと若くて現代的な美しい女性だった。


葉月が見惚れていると、裕貴が葉月の腕を突っつきながら囁いた。

「オーナーの美玲さんだ、すごくいい人でさ」

「綺麗な人……」

「あら裕貴くん、彼女つれてきたの?!」

「違いますよ! 前に話してた葉月です」

「あっ、こんにちは。初めまして」


葉月がそう言って頭を下げると、美玲は一歩近付いて葉月の肩に手を置いた。

「あなたが葉月ちゃんなのね! お会いしたいと思ってたのよ。来てくれて嬉しいわ。ほら! 固っ苦しい挨拶は抜きよ」


驚いたように顔を上げる葉月に、美玲はまた美しい表情で微笑む。

「あの……私のこと……」

「ええ、ユウキくんからしょっちゅう聞かされてるわよ。ああ、リュウジくんからも聞いたわね」

「え? リュウジさんから……ですか?」

「ええ。3人で『エタボ』のフェスに行ったのよね? 葉月ちゃんはバスケもうまいって聞いてるわよ。実はこっそりユウキくんが教えてくれたんだけど、リュウジくんと3ポイント対決して、葉月ちゃんが勝ったんだって? 凄いじゃない!」


裕貴が慌てて割って入った。


「ちょっと美玲さん! その話、ボクがバラしたって師匠に言わないで下さいよ! それでなくてもリュウジさん、自由に外を出歩けないストレスをボクにぶつけて来るんですから、知られたらどんな目に遭うか……」


身震いして見せる裕貴に、美玲と葉月は目を合わせて同時に笑った。


「ごめんね立ち話させちゃって。さあ座って。今日は腕によりをかけて、美味しいランチ作るからね」


美玲が厨房に下がると、葉月は身を乗り出した。

「ねぇ、美玲さんってすごく素敵な人ね。あんなに美人なのに気さくだし」

「だろ? ボクも 初めてここに連れてきてもらった日に驚いたよ。なんかこういう老舗の渋いJazz BARにいるような店主とはあまりにもイメージが違ってさ」


裕貴は自分のことのように嬉しそうな顔をして、隆二と一緒にここにたどり着いた日のことを話し始めた。


第133話 『Have To Run Some Errands』 お使い後のランチ ー終ー


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