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第132話『Out In His Reckoning』複雑な思い

「その “憧れの人” にバースデーディナーに誘われた感想は?」

隆二は自分が発する、まるで葉月を追い詰めるかのようなそれらの言葉に辟易としていた。


おもむろに顔をあげて隆二の視線をとらえた葉月は、そんな隆二の思惑とは全く正反対の表情で真っ直ぐに隆二を見上げて言った。

「なんですか? その例え」


そして屈託のない笑顔で答える。

「それがね、ホントに仕事の話なんですよ! “今後も『東雲しののめコーポレーション』の仕事は続けてていいから、学校が始まってもバイトを続けてほしい” って話で。まあ、100%それだけって訳ではないですけど」

そう無垢な表情で話す葉月に、隆二は面食らった。

臆するところがない彼女の心の前では、自分のよこしまな感情なんてただの茶番でしかない。

そして隆二はそっと息を吐きながら、彼女の話を聞き始めた。


葉月は徹也との会話を再現し始める。

麗神学園バスケ部の海沿いでの夏の強化合宿の話や、もし野音フェスがなければ今年も行くはずだった『東雲コーポレーション』の夏イベントであるプロジェクションマッピング『Splash(スプラッシュ)Fantasia(ファンタジア)』の監修が徹也だったことに驚いた話をした。


「そりゃすごい偶然だな。じゃあ結局フェスじゃなくて、そっちでヤツに会う可能性もあったってことか?」

「そうなんですよ! びっくりしました」

「ん? ってことはさ、かれんちゃんや由夏ちゃんも、徹也には既に会ってるんじゃないか?」

「あ! ほんとだ!」

「なんだ、まだ気づいてないのか?」

「多分」

「じゃあ教えてやったら? 盛り上がりそうだな、あの二人」

「あはは。本当ですね。やたら鴻上さんのこと聞きたがってたし」

「そっか……それって、なんでだと思う?」

「ああ、それは多分、あんな素敵なバックスクリーンを作るようなスーパークリエイターだからですかね?」


隆二は目を伏せる。

いや違う。

徹也のことを、あの二人は葉月にとって運命の相手だと思っているからだ。


「そうかもな。で? 話はそれだけ?」


葉月は少し身構える。

さすがに『エタボ』のメンバーに会いに近々その事務所を訪れるなどどいう話は、今この場で自分の口からは隆二に伝えるわけにはいかない。


「ええ……後は、その……私が寝ずに書いた企画についての話ですね」   

「あ、それね。 “毒リンゴの根元 ” な。それでその話は?」

「それがね、どうも実現できそうって!」

そう言って葉月は嬉しそうな顔をした。

「へぇ、そりゃ凄いじゃん。やっぱ葉月ちゃん才能あるんだな? それでアイツが躍起(やっき)になってるってワケか。あ……それってさ、俺が葉月ちゃんを必死で『BLACK WALLS』に勧誘したのと同じような感じだな」

「あはは、そうですね」

「にしても、仕事の話をさかなに豪華ディナーとはね……」

「お食事もロケーションも、本当に素敵でしたよ。そうだ! その時にね、 “ 誕生日だからワガママ聞いてください” って言って」

「は? 一体、何のおねだりしたんだ?」

「だから! それで昨日バスケに来てもらったんですよ!」


隆二はほんの少し言葉を忘れて、葉月の顔を見つめた。

その明け透けな笑顔に、それまで抱いていたネガティブな感情が全く無意味であることを教えられた。


「リュウジさん?」

「ああ……そりゃチームキャプテンとしてはありがたいな。うん! さすが正式メンバーだ!」

繕いながらも続ける。 

「けどさ、葉月ちゃんはちゃっかり相互交渉されてんじゃん。バスケ終わって飯も食わないまま、さっさと仕事に連れ出されちまってさ」

「あ、まあ……そうですね」


その屈託のない表情に安堵感を覚えながら、それまで引っ掛かっていた妙な心の笠を取り払った。


葉月は微笑みながら、隆二が差し出したカクテルグラスに手を伸ばす。

隆二はそっとグラスに触れた葉月の手首に目をやった。

そこには自分が誕生日に送ったティファニーの華奢なブレスレットが揺れていた。

美味しそうにカクテルをあおる葉月を見つめる。

その無垢な表情とは相反して、白く細長い指が妙に色っぽくて、隆二の視線を捉える。

葉月が下ろしたグラスに添えられているその指に、隆二はそっと手を伸ばした。

息をのむ葉月のブレスレットを指先でなぞりながら、彼女の手を包んだその大きな手に力を込める。

しばらくお互いの手を見つめていた二人は、同時に顔を上げて視線を絡めた。


長い時間が流れたように感じた。

いや、一瞬だったのかもしれない。


隆二が口を開きかけたとき、奥に続く廊下からカタカタとグラスがぶつかり合う音が聞こえてきた。

だんだん近付いてくるその音に、隆二はパッとその手を離し、葉月も膝の上に手を引っ込めた。


裕貴がトレーいっぱいに並んだグラスの山を持って現れる。

「もう、リュウジさん! 奥のお客さん、めちゃめちゃ飲むじゃないですか! 声かけてくれたらグラス引き上げに行ったのに……」

そう言って重そうなトレーを一旦カウンターに置いて溜め息をつく。


「葉月、これを食洗機にかけたら送ってくね。いいですか? リュウジさん」

「ああ」


隆二は言葉少にそう言ってから、自分のグラスにビールを注いだ。


「え? リュウジさん、まだいきます? ボクが帰ってくる前に酔いつぶれないでくださいよ!」

「は? これぐらいで潰れるかよ」

「はは、ですね?」


そう笑いながら言って、裕貴はよいしょとトレーを持ち上げて奥の厨房に入っていた。


葉月は、裕貴に動揺を悟られまいと何も話せなかった自分を恥ずかしんで、気まずい顔をする。


「葉月ちゃん」


葉月はそっと顔を上げる。

「はい……」


潤んだ大きな瞳と少し赤らんだ頬が、とても綺麗に見えた。


「今度、食事に行かない? また『ミュゼキュイジーヌ』とか。葉月ちゃん、あの店、気に入ってたよね?」


葉月は一瞬嬉しそうな表情を見せたが、スッと俯いて言った。

「でも、リュウジさんと街を歩くなんて……無理ですよ絶対……だって今やリュウジさんは有名人……」


「葉月、お待たせ!」

裕貴が戻ってきたところで、話は中断した。


「ほら葉月、支度して。もうこんな時間だし、明日もまた『Fireworks』に出社なんだろ? もはや学生じゃない生活送ってるんだから。ホント大丈夫?」


葉月は繕うように明るく言った。

「大丈夫だって! そんなに根詰めてガリガリ仕事してるわけでもないから」

「そっか。じゃあリュウジさん、ボク、葉月を送ってきますね。もし店を閉めるようだったら連絡ください。直接マンションに帰りますから」

「わかった。じゃあ葉月ちゃん、気をつけて。おやすみ」

「おやすみなさい」


葉月はドアを開けて待ってくれている裕貴のもとに駆け寄りながらも、隆二の方を振り向く。

隆二が静かに頷くと、葉月も同じように小さく頷いた。



「どうしたの葉月、ぼーっとして」

運転席の裕貴からそう声をかけられて、葉月はドキッとする。


「なんか口数も少ないしさ。悩み事でもあるの? ひょっとして『エタボ』の事務所に行く話が原因?」

   

葉月は慌てたように首を振った。

いつも気遣ってくれる裕貴に、不必要な心配をかけたくなかった。


「ううん、何も悩んでないよ。大丈夫」

「ならいいけど。なんか変だからさ。それとも……リュウジさんに告白でもされたとか?」

「え……」 

「んっ? なに、その過剰反応。本当に告白されたとか?」

「そんなこと……あるわけないじゃない」

「そっか」


お互い前を向いたまま、それからしばらく沈黙が続いた。


裕貴はちらりと葉月の左手のブレスレットに目をやった。

そしてまた真っ直ぐ前を向いて、頭の中で自問する。


どうして……

どうしてあの時、邪魔するようなことをしてしまったんだろう。


グラスをトレイに乗せてカウンターのあるホールに足を踏み入れる寸前、その光景に足を止めた。

隆二が葉月の手を握っていて、二人は見つめ合っていた。

どんな空気が流れていたかは一目瞭然だった。

それを見て思わず数歩下がって、わざとグラスの音を立てた自分に驚いた。


その後は自分がいたたまれなくなって、半ば強引にその場から撤退した。

結果的に二人を引き離すような形で……


おかしい。


リュウジさんと葉月のことは、応援してきたはずだ。

なのに今さら、どうして邪魔するようなことを……してしまったんだろう。

 

「ユウキ」

「ん? なに?」

「あのね、『エタボ』の事務所に行くとき……一緒に行けるかな?」


思わず右に顔を向けると、葉月とバチッと目が合う。

心の中の雑念を見透かされまいと、裕貴はすぐに顔を前に戻した。


「いや……実は一日 “前のり” で来てくれって、言われててさ」

「そっか……」


その不安そうな声に、裕貴はハッとする。

「あ、えっと……だったらさ! 葉月も一日前から行く? 言えばホテルも手配してくれると……」


葉月が首を振って遮った。

「ううん、今週は『Fireworks』にフルで出勤して、企画書を完成させたいし」

「……そうか? でもやっぱり……」

「ユウキ。ありがとう、心配してくれてるんでしょ。でも本当に大丈夫だから」


その言葉が、まるで葉月が自分に言い聞かせてるように聞こえて、裕貴は何も言えなくなった。


車を降りる時に葉月は言った。

「ねぇユウキ、『Blue Stone』に行くたびにこうやって私のこと送ってくれなくてもいいからね。でないと、気軽に行けなくなっちゃう。今夜だって、ユウキは私のためにお酒も飲んでないんだもん、そんなの悪いよ。もうちょっと早く帰るから、あまり気を使わないで」

「ああ、わかったよ」

「ホントに、いつもありがとうね」


そう言って手を振って扉の向こうに消えていく葉月を見ながら、裕貴は複雑な気持ちになる。


今、この胸に存在する葉月に対するざわざわした気持ちが、巣立っていくヒヨコを見守るような思いならいいと思った。

でもさっきの『Blue Stone』での自分の行動が、どうしても解せない。

随分前に、 “鎮火” したはずだったのに……


まっすぐ帰る気にはなれなかった。

それでなくても『Eternal Boy's Life』の件で隆二に隠し事をしていることが、ここ数日、裕貴に息苦しい思いをさせていた。

それでいて、今のこのざらついた気持ち……

このまま隆二の元に帰っても、またさっきみたいな不可解な行動や言動を起こしかねない。



車に乗り込むと、スマホの通知ランプが点灯していた。

隆二から “店を閉めてマンションに戻る” とメッセージが入っていた。

ひとまずそれに返事を送らずにエンジンをかける。


マンションのすぐ近くまで戻ってきたところで裕貴はおもむろに車を停めた。

東公園のすぐ側、その視線の先には葉月が元彼と待ち合わせをした『花時計』が見える。


あの時から、あの二人がより親密になったように思えた。

自分が実家に帰っていたあの夜。

彼女を監視していたのが、もし自分だったら……今の隆二と葉月との距離感も、違っていたかもしれない。


「……おい、なに考えてるんだ」


裕貴は首を振りながら、浮かんだ仮定をかき消した。

溜め息をつきながらスマホに目を落とし、隆二に返信をする。


「飲んでないから眠れそうにないんで、ちょっとひっかけてから帰ります。近くまで帰ってるのでマンションに車を置いてそのまま出かけます。先に寝てて下さいね」


そう打ち込んで送信ボタンを押すと、裕貴はスマホの電源を落とした。


第132話 『Out In His Reckoning』複雑な思い ー終ー



※ 読者様へ

  いつも読んで下さって、本当にありがとうございます。

  この連載はまだまだ続きますが、並行して新連載が始まります!

  年代違いですが同じキャストも登場するチェーンストーリー★



「事件の謎~その先にあるもの

    《傍らに奏でるラブストーリー》」


見目麗しき天才『来栖 零』が、警察をも動かして犯罪に挑み、推理していく。

そんな彼に翻弄されながらも魅了されていく主人公。

幾重の困難に巻き込まれ、傷ついた彼女を救えるのは?

そして真実の愛にたどり着くのは?…

多くの謎を理論的に解明しながら、犯人を追い詰め事件を紐解く、本格ミステリー&ラブストーリー★


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