第117話『form Fireworks』パーティーの余韻
心に残るバースデーパーティーから一夜明けた朝。
少し睡眠不足ではあったが、葉月は清々しい気持ちで起床した。
とはいえ、昨夜の余韻に浸っているうちに時間は過ぎ、それに気がついた葉月は、慌てて家を出て駅に向かう。
休みの日のこの時間の電車は空いている。
障害物のない車窓から、山の景色を遠くに眺め、ゆったりした気持ちで電車に揺られる。
「おはようございます」
琉佳がさわやかな笑顔で手を上げる。
「おはよう! お、ちゃんと遅刻しないで来られたね」
「昨日は本当にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ楽しかったよ。白石さん 違う一面も見られたし」
「違う一面……ですか?」
「うん。スタイルよくてセクシーなところとか? わっ、痛っ!」
美波が勢いよく琉佳の頭を叩いた。
「あはは、おはようございます」
「おはよう。白石さん、パーティー行けなくてごめんね。めちゃめちゃ行きたかったんだけど、間に合わなくて……改めて、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます。すごく素敵なステーショナリーを頂いて! 美波さんが選んでくれたんでしょう? めちゃめちゃ気に入りました! それにパソコンまで進呈していただいて……」
「いやいや。文房具は、私もともとすっごい好きでコレクションしちゃうぐらいだから、結構お勧めのものがいっぱいあってね。是非とも白石さんに共有してもらいたくて、押し付けがましいぐらい買っちゃったんだけど。ふふっ、楽しかったわ」
「かわいいのもいっぱいありましたけど、知らなかった多機能文具に驚きました。便利なものがあるんだなって!」
「そう! よかったわ! でもパソコンの方は……いかにも “仕事しろ” みたいな……ごめんなさいね。あれには予め色々なソフトも、ウチのサイトとかデータも入れ込んであるから、すぐに使ってもらえると思うわ。徹也もそうだけど私もね、あなたには期待してるの。ここしばらくのあなたの働きには光るものを感じてるから、ホントに楽しみでね! 正直、東雲コーポレーションに取られたくはないわね。あら、ごめんなさい。つい本音が出ちゃった! うふふふ」
美波は忙しそうにエレベーターホールへ足を向ける。
「今からクライアントと打ち合わせがあるんだけど、お昼までには戻れるから、何か食べ物買ってくるわ。リフレッシュルームで3人で食べない?」
「いいね姉ちゃん。白石さん、何食べたい?」
「私、好き嫌いないんでなんでも。いいんですか?」
「もちろんよ! じゃあ、私に任せてくれる?」
「はい! ありがとうございます」
美波が戻ってきて、リフレッシュルームでピクニックのように食べ物を広げてのランチタイムとなった。
話題はもっぱら昨日のパーティーについてのことだった。
「聞いてよ白石さん、姉ちゃんさぁ先週バスケから帰ってから、もう熱に浮かされてるみたいなんだ」
「うるさいなぁ! 余計なこと言わないの!」
「まぁ、なんせ水嶋先輩がカッコいいってさ!」
「だから! そういうこと言わないで!」
「昨日のさ、リュウジさんの演奏動画、撮ったのを見せてやったらもう大変で!」
「もう! 琉佳!」
「いえ、でもさすがにあの演奏はヤバかったですよ! 私の親友たちもうっとりでしたもん。インスタ とはまた違った感じでしたし」
「だよね……ああ! 生で観たかった」
盛り上がる女子達を、琉佳は呆れ気味に見ている。
「そうそう、それに白石さんの写真も見たわよ」
「え? 私の写真ですか? まあ……結構いっぱい撮りましたもんね、昨日」
琉佳は曖昧に返事をする。
「まあ私が見たのは、白石さん一人だけの写真だったけどね」
「え?」
美波は怪しげな視線を琉佳に向ける。
「ううん、なんでも。それより、ドレスとっても似合ってたわ! 大人っぽくてビックリしちゃった! なんか白石さんをオフィスに置いとくだけっていうにはもったいないきがして……個展でも堂々とメディア相手に話してたし、カメラ映りも良かったしね……ねぇ白石さん、ちょっとした撮影とかあったらモデルもやってみない?」
「え、そんな! 私になんかつとまりませんよ!」
琉佳が眉を上げる。
「そんなことないと思うけどな。僕から見ても、白石さんそっちもいけると思うよ」
「ほら、この子が言うんだもん、間違いないわよ!」
琉佳が葉月の前に回り込んで、覗き込むように見据える。
「朝はこうして無垢な顔してるけど、衣装チェンジとメイクで大変身だよ! 色気や艶やかさも出てたし。背もあるから映えるしね!」
「え? 背があるなんて、言われたの初めてです」
「あはは、そりゃ麗神学園女子バスケ部は180越えの選手がごろごろ居るからね? その中では小柄な部類に入ってたって話でしょ? ホントに……白石さんは面白いね」
「そうよ、私も個展初日から思ってたの。コスチュームも似合ってたし」
「そうだ、あの時はちゃんとメイクもしてたもんね」
「撮影来るのわかってたから、私が施したの」
「やっぱり! テレビ映りも良かったよ! 観た?」
「いえ、観てないです……」
「なんで? じゃあさ、ウチに観に来る?」
また美波が琉佳の頭を叩いた。
「痛って! なんだよ姉ちゃん!」
「絶対行っちゃダメよ! ビデオ観るだけで済まないんだから!」
「だってさ、昨日ホント、白石さん綺麗だったよ。普段からお化粧すればいいのに」
「まだ下手くそで……」
「じゃあ、私ががレクチャーすべきよね」
「そうだよ! だって今夜も……あ!」
琉佳が口をつぐむ。
「え? 今夜? 何かあるんですか?」
「いや……白石さんは、今夜予定あるの?」
「いえ、昨日のパーティのお礼を言いに『Blue Stone』に行こうかなと思ってます」
「お、それは好都合……じゃなくて、イイ事だね! うんうん」
美波が琉佳を睨む。
ベロを出す琉佳を不思議な顔をして見ている葉月に、美波が話しかけた。
「白石さん? そのペンダント、綺麗ね。その石って……」
「はい、ペリドットです。私の誕生石なんです」
「あら? 白石さんって天然石とか詳しい?」
「詳しいってほどじゃないですけど、好きなので少しは勉強しました。小さい頃、買ってもらった原石図鑑にハマって……そこからなんですけどね」
美波と琉佳が顔を見合わせた。
「今度ね、宝石商主催のイベントがあるの。ちょっとした説明もできるエスコートの人材が欲しいって思ってて……外注しようか悩んでたところなのよ。白石さん、学校始まってる時期になっちゃうんだけど、やってみない?」
「ええ、学校のことでご迷惑にならないのなら、やらせていただきたいです」
「別に毎日板付きじゃなくても大丈夫なの。期間はそんなに長くないし、初日と千秋楽だけ押さえてもらえれば、間の日程は何とかするしね」
「でしたら是非!」
「オッケー! めちゃめちゃ助かる! ウチのスタッフなら打ち合わせもいつでもできるもんね。白石さん、多才で助かるわ」
「多才だなんて、とんでもない! たまたま好きな事ってだけで……」
「おまけに“可愛い”ときた! これから白石さん頼みのことが増えそうだな」
「ホント! よろしくね!」
退社時間が近くなると、葉月は内線で美波に呼ばれた。
7階に上がり、美波のオフィスをノックする。
「どうぞ」
促されたソファーには見覚えのある大きなボックスが置かれていた。
不思議な顔をしてそれを眺めている葉月の肩に美波は両手を置いてそこに座らせると、おもむろに箱を開けて、葉月の顔に手をかけた。
「今から『Blue Stone』に行くのよね?」
「……はい、あの……これは?」
「あなたを綺麗にしてあげようと思って」
「えっと、嬉しいんですけど……どうしてですか?」
「今日、徹也はもっと早く戻って来る予定だったんだけど」
「あーそうですね。土曜の昼には帰るっておっしゃってたはずですけど。それが何か?」
「うん、だからね『Blue Stone』で待ってるように言ってくれってさ!」
「え? 鴻上さんが? どうしてですか?」
「まあ、自分だけ誕生日パーティーに参加できなかったことをひがんでるんじゃないかしら?」
「そうでしょうか? 鴻上さん はそんなこと気にするタイプじゃないと思うんですけど……」
「そうね、新しいプロジェクトの話じゃないかしらね。まあ、何も気にしないで、美味しいものでもご馳走してもらいなさい。白石さんはそれぐらいの働き、十分してるんだから」
話をしながら手早くメイクを施す。
「うん、今日の服装はシックだけどセンスがいいわね。ただちょっと寂しいかも……そうね、ちょっと待ってて」
美波は奥の部屋に行って、何かゴソゴソして戻ってきた。
スカーフを片手に持ってきた美波は、それを器用に折り畳んで、葉月の首元に巻き付けた。
「うん! これでちょっとは華やかになったわね。上出来! 楽しんできてね」
「楽しんで?」
「まあ、いいじゃない? なんでも」
美波はバチッとウィンクしながら笑った。
丁寧にお礼を言って自席に戻った葉月は、午後から葉月のパソコンに社内リンクで送られてきた宝石商の資料に目を通していた。
夢中で読んでホッと息をついたとき、すぐ真横に体温を感じてのけ反った。
「うわぁ! びっくりした! 琉佳さん、何してるんですか?」
「だって白石さん、近付いても気付かないからさ。どこまでいったら気付くのかなぁと思って。夢中だったね、全然気付いてもらえないから、もう少しでキスするところだったよ」
「琉佳さん……」
屈託ないその爽やかな笑顔には、なにも言えない。
「僕が言うとセクハラに聞こえないでしょ? それも特権だな。なんならその先も……うわ! 痛って!」
美波が資料の束を琉佳の頭に振り下ろす。
「やめろよ暴力シスター!」
「あんたこそ! メンヘラ製造機のクセに、白石さんに話しかけないでよね!」
葉月が吹き出した。
「イイですね姉弟ゲンカ、私一人っ子なのでうらやましいです」
「居りゃあ居たで面倒臭いけどね、ねぇねぇ白石さん、こんな所に居てないで早く『Blue Stone』に行ってちょうだい」
「え、でも……」
「いいの。なんせ社長直々の通達なんだから」
「え?」
「もうすぐ着くって連絡入ったわ。早く解放しろって怒られちゃった。勝手よね? 自分は白石さんがヘロヘロになるまで企画案でしごいたクセに! とにかく、白石さん『Blue Stone』へ急いで」
「あ、はい」
「素敵な夜を!」
「へっ? あ……はい」
姉弟は顔を見合わせて微笑んだ。
「いってらっしゃーい!」
「ねぇ琉佳、彼女の手首の…….見た?」
「ああ、ティファニーだったな。白石さんがアクセサリー付けて来るのなんて、初めて見たかも。ペリドットのネックレスもだけど」
「そうね。彼女が自分で買うにはちょっと高価過ぎるわね。じゃあ……誰からの、贈り物なんだろう?」
「さあな」
そう言いながらも、琉佳にはわかっていた。
彼女が帰る直前にアクセサリーを全部外して箱にしまう光景を見た。
でもその中に、この2つのアクセサリーは含まれていなかった。
もし店を出てからプレゼントされたのだとしたら、該当する人物が二人。
ブレスレットが師匠でネックレスが弟子ってところが妥当だろう。
「そういうことね……ん? 意外に複雑か?」
琉佳は葉月の後ろ姿を見送りながら、そう呟いた。
第117話 『form Fireworks』パーティーの余韻 ー終ー




