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第113話『August 31st』8月31日

「白石さん、今日はもう上がっていいよ」


琉佳ルカにそう言われて、葉月は時計を見上げた。

確かに終業時間にはなっている。


「でも、今日は鴻上こうがみさんも美波みなみさんもいないじゃないですか? 琉佳ルカさんだけで、ここを閉めるんですか?」


「え? そんな心配いらないよ、しょっちゅうだから慣っこだって。それより白石さんはここのところ立て続けに企画出してたじゃない? 今回の白石さんの担当はどんなの企画だっけ?」

「ショッピングモールでの子供向けのイベントです」

「ああ、そうだそうだ! スポーツアニメとの 体感型コラボレーションだよね?」

「はい」

「徹也さんも気に入ってたよなぁ。細かい内容も見せてもらったけど、いい企画だと思うよ。後はスポンサーとの兼ね合いだな。それさえクリアしたら現実味あるイベントだと思うし。さすがだね! アスリートならではの発想だと思う」

「ありがとうございます!」

「白石さんさ、ここしばらく根詰め過ぎでしょう? 大学生なんだからさ、仕事ばっかりしてないで、さっさとここ引き上げて『Blue Stone』でも行ってきなよ!」

「琉佳さんだって、一応大学生なんじゃ……」

「ほら! いいからいいから!」

そう言うと琉佳ルカは、椅子に座る葉月の 両肩に手を置いた。

「おしまいにしよう! 行っといで!」



葉月は足取りも軽く、駅を通りすぎてセンター街へ向かった。


今日は私の誕生日。

親友二人がお祝いをしてくれるというので、お気に入りのショップの前で待ち合わせをしている。

きっと、ちょっと大人の雰囲気のあるレストランなんかを予約してくれているんだろう。


少し時間が早いので、ファッションビルに入ってウィンドウショッピングをしながら、お化粧も直して待ち合わせ場所へ行った。

 

「由夏! かれん!」

「遅いよ、葉月!」

「え? 待ち合わせの時間より10分も前だけど?」

「だけど会社はとっくに……」

「ちょっとかれん! あ……なんでもないよ葉月!」


由夏がかれんの発言を制したように見えた。


「ん? なに?」

「もう、気にしない気にしない! バースデーなんだから」

「そうだね。でも、なんか今日も1日仕事が忙しくて、そんな雰囲気じゃなかったな……」

「そうなの? 葉月、大学生にしてOLみたいなこと言ってるね?」

「そう? やらなきゃいけないことはわかってるんだけど、まだ上手に進めなくて」

「それも立派なオフィスレディの発言だけどね」 

「そんなこと言ったら、かれんなんてOLの域を超えてるじゃない」

「そうそう、かれんはね、もうworkaholic(ワーカホリック)になるらしいから」

「そもそも、大学生にも見えないしね」  

「何それ! 私が老けてるとでも!?」

「ばかね、大人っぽいって言ってるの。ファッションも最先端だし。やっぱり大人の人と付き合ってるとそうなるのかな」

由夏が意味深な顔をする。

「なに? ハルのこと? オトナかなぁ? ああ、だけどハルってリュウジさんと同級生だよ」

「私、リュウジさんと並んで歩いても兄妹って感じすらしないでしょ?」

そう言う葉月を由夏がたしなめる。

「本気でそんなこと言ってる? 今日で21歳なのよ。立派な大人なんだから、これからは後ろ向きなことは言わないで、いい恋愛をしよう!」


待ち合わせの場所から、センター街の方へと西に足を向ける。

『Blue Stone』の通りの道に差し掛かった。

 

「この辺にいいお店があるの? 新しいお店かな?」

「あるよ、賑やかでBALみたいに気軽で、楽しいお店がね」

『Blue Stone』の前に差し掛かると、クローズの看板と、電気のついていないボードを見て、葉月が不可解な顔をした。

「あれ? なんで『Blue Stone』やってないの? 定休日なんてあったっけ? え、リュウジさんは……」


その瞬間、葉月は親友二人に両腕をつかまれた。


「え? なに? どうしたの?」

「強制連行します! 葉月さん、こちらへ!」

そう言うと引きずるように『Blue Stone』のドアの前に連れていく。

「え? なになに? 電気ついてないよ」


しかし、二人がドアを開けると、いつもの赤い階段が煌々とした電気のもと、階下に延びていた」


「え? 開いてるの? どうなってるの?」


あれよあれよといううちに階段を降りて、重い扉にかれんが手をかける。

大きく開いたドアとともに、葉月が二人に背中を押された。


「Happy Birthday!」


沢山の破裂音に驚いて身をかがめると同時にクラッカーのテープと拍手につつまれる。

店の中を見回すと、バスケチームのメンバーも含めた、ありとあらゆるジャンルの知り合いが顔を並べていた。

振り向くと親友二人、カウンターには隆二に裕貴、そして、その端に琉佳ルカもいた。


「あれ? どうして琉佳ルカさんがここに? さっきまで会社に居たじゃないですか!」

「僕は、ちゃんと早い時間に君を会社から追い出す役割を担ってたんだよ」

「そうなんですか! いつのまにそんな話……」


琉佳ルカが裕貴の顔を見た。


「そういうことですか……」


かれんが後ろから葉月を呼び止めた。

「葉月! みんなからバースデープレゼントがあるのよ。ね、ユウキ!」


裕貴が奥から大きな箱を抱えてきた。

「これ、アレックスさんから」

「え? アレックスさん?」

「うん、じゃあかれん、葉月を連行!」

「え! また連行?」


葉月が、かれんと由夏に連れられて奥のスタッフルームに行ってる間に、裕貴がみんなにグラスを行き渡らせて乾杯の準備をした。


由夏とかれんが先にスタッフルームから出てきた。


「では本日の主役、葉月どうぞ!」

葉月が少し恥ずかしそうに出てきた。


バスケチームの男たちから歓声が上がる。


アレックスから贈られたのはドレスだった。

黒のチュール素材のアシンメトリーワンピースで、ノースリーブの袖口から両サイドが大きなフリルで覆われ、フロントには赤いパイピングを施した豪華なフリルが肩から裾まで斜めに美しい波を作っていた。

アレックスお得意のトータルコーディネートプレゼントには、同じ高級ブランドのハイヒールに加え、パンストも、そしてドレスのフリルの色に合わせた口紅までも揃えて梱包さられていて、親友二人にメイクを施されながらも、改めてアレックスの女子力に唸るばかりだった。


「うわぁ! 白石さん、めちゃめちゃ綺麗じゃん!」


そう言って葉月の手を取ろうとする琉佳ルカをやんわり押し退けて、裕貴がもうひとつの箱を渡した。


「これはキラさんからだよ」

「え? キラさんから? うわぁ!」


由夏とかれんがまた側にやって来て、葉月が開いたその『SWAROVSKI(スワロフスキー)』と書かれた箱から、美しいラインストーンネックレスとイヤリングを取り出して、その場で葉月に装着する。


「皆様、お待たせしました!」


かれんが声をあげる。

奥からアキラがケーキを持ってきて葉月の前に差し出した。

そこには21本の蝋燭ろうそくが立てられていた。

生演奏に合わせて、皆が合唱する。


♪Happy birthday Dear 葉月

Happy Birthday to You♪


葉月がその大きなケーキの蝋燭ろうそくを吹き消した瞬間、また大きな拍手に包まれた。


そのまま演奏が続けられ、皆をうっとりさせる。

ドラムは裕貴、ピアノとベースは近藤楽器店で見た顔だった。

ジャズバージョンにアレンジされた『Eternal Boy's Life』の『宝島』に始まり、数曲をエレアコの洒落たボディーを抱えた隆二が優しい音色で爪弾く。

そしてラストはインスタでにぎわったナンバーを演奏し、リュウジの歌う姿にその場に居る全員は魅了された。


そこからはまるでライブの打ち上げのように、ワイワイと歓談が始まり、賑やかな喧騒に包まれた。


バスケチーム『BLACK WALLS』のメンバーからは、ユニフォームとチームTシャツ、タオル、ビブス、セカンダリー、そして葉月イチオシのNBAプレイヤー『ST.Jonson』モデルのNIKEのバッシュというフルセットが贈られた。


「うわーっ! ありがとうございます! バッシュのサイズ、よくわかりましたね?」

「ああ、それはリュウジの入手情報だからね。一体どーやって調べたんだか?」

アキラの怪しい目つきにたじろぐ。

「まあ、とにかくこれでうちのチームにLOCK ONだな。ようこそ白石選手! 獲得成功に再度乾杯!」


裕貴が入り口の横に置いてある、大きな箱を指差して言った。

「あれ、『Eternal Boy's Life』からだってさ」


その荷物の大きさに皆が注目する。

かれんが葉月に箱を開けるように促した。


「ひょっとしてさぁ、トーマが入ってるんじゃない?」

みんなが爆笑する。


「わ! 見てよ葉月の顔! やだ、マジで想像しないでよ。トーマが入ってるわけないでしょ! 熱狂的ファンとしては入ってて欲しいって思ってるだろうけど?」


その発言に琉佳ルカが反応する。

「え? 白石さんってトーマ推しなの? 僕はてっきりリュウジさん枠かと……」


「な、なにいってるんですか、琉佳ルカさん!」

顔を赤くして言う葉月に、由夏が言った。

「キラだったりして!」


かれんも同調する。

「ホントだ、キラなら充分あり得るよね! なんせ、フェスの初日から葉月を驚かせた人だし? こういうサプライズ好きそうだもん」

「だったらこの場で驚いた顔をインスタにあげられちゃうかもよ? 気をつけて葉月!」

「そんなこと言われたら、開けるの怖いよ」


なかなか手を出せない葉月を見かねて、裕貴がそばに来た。


「さっき宅急便の兄ちゃんは、箱が大きくてこのドアに入れるのには苦労してたけど、軽々と一人で持ってきたよ。まさか武道の達人のキラさんが、あの兄ちゃんが抱えて階段降りられるほど軽いわけないしさ。ほら、大丈夫だから、一緒に開けてみよう」


大きな箱の中には、ツアースタッフ用のキャリーケースが入っていた。

ほかにもザクザクと『Eternal Boy's Life』のあらゆるツアーグッズの詰め合わせが入っていて、葉月を喜ばせた。

メンバー三人のメッセージとサイン入りのカードが入っている。

カードの下には “インスタ見てね♡KIRA” と書かれてあった。


店内のみんなそれぞれが、自分のスマホを取り出して、KIRAのインスタを開いてみる。

二つのタイトルで、つい先程アップされた動画があった。


“Gift for you” の方は、キラがアコースティックギターを持って、曲のワンバースを歌い上げた動画だった。

とてもキャッチなフレーズで、友情を歌った英詞の歌だった。


『エタボ』ファンの琉佳ルカが首をかしげる。

「僕はこの曲を聴いたのは初めてなんだけど……誰かのカバーかな?」


隆二が言った。

「いや、次のアルバムに入る新曲だよ。ついこの前、ラフ録りの音源が送られてきた」


「ええっ! じゃあ、まだ未発表の曲なのに、それをここに出してくれたってわけ! すごいね、葉月のためでしょう!」

かれんが興奮気味に言った。


“Dear friends all over the world” というタイトルの、二つ目のメッセージを見る。


ソファーに座ったキラが、片手を上げて微笑みかけていた。


「Hi! What's up!

I hope you like this and you get your wishes.

As long as the sun shines on the east and sets on the west, we will surely be friends.

Meeting a friend like you is one of the best things that happened to me.

It’s time to enjoy your favorite things!

May this year be the best of your life.

Best Regards !

Thank you. Bye Bye」


流暢にそう言って手を振るキラの眼差しが、とても優しかった。


日本語文のメッセージも添えられており、タイトルの通り、世界中のファンへ宛てた文面ではあったが、それが葉月に向けられていることは、店内のみんなが理解した。


みんな、元気? オレからのプレゼント、気に入ってくれるといいな?

オレたちはずっと仲間だ、みんなのような友達に出会えたことは、オレにとって人生の中ですばらしいことのひとつだよ。これからも好きなことをして楽しもうな! 最高の年にしようぜ! みんなありがとう。今後ともよろしくな!  『Eternal Boy's Life』 KIRA



第113話 『August 31st』 8月31日 ー終ー

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