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第109話『A Heart Full Of Agony』苦しみに満ちた心

『Blue Stone』では裕貴と隆二のもとに、 『form Fireworks』の個展の初日を終えた葉月と琉佳が来て、話を弾ませていた。


送っていく予定の裕貴がアキラの酒の入ったグラスを間違えて飲んでしまったので、急遽、隆二が葉月を送って行くことになった。


「じゃあ葉月ちゃん、そろそろ帰ろうか?」

隆二にそう言われて一同は階段を上がって『Blue Stone』の看板の前に立つ。

琉佳と裕貴に手を振った葉月と隆二は、マンションの駐車場に向かった。

心地いい風に吹かれて、二人は絶妙な距離感で歩く。


「リュウジさんとこんな風に街中を歩いても……大丈夫でしょうか?」

「ん? まぁ、暗いから大丈夫だろう? あんまり人気ひとけもないしさ」

隆二は気にしていないような口調で言った。


「でもリュウジさん、今日はまたそんなで立ちですよ! めちゃめちゃ目立ってると思うんですけど……」

「だから、暗い道を選んでるでしょ?」

「でも……」

「ん?」

「なんか、もったいないなぁ……こんなに素敵なのに。みんなに見てもらいたい気分です」

「それってどういう心境? もしかして、自慢のパパ?」

「それもいいかも!」


隆二はタイを緩めてから頭の後ろで手を組みながら、溜め息混じりに言った。


「この歳にして成人した娘ができるとはね。結婚もしてないのに」


少しほろ酔いの葉月はヘラヘラ笑っている。


「じゃあ、パパから一言!」

「なぁに? パァパ!」


隆二が胸を押さえる。

「うわっ! その言い方、ドキッとするな!」


「あは、そうですか? なんでしょう?」


隆二は葉月に近付いて、姿勢を落とす。

そして、葉月の瞳を覗きながら人差し指を立てて言った。


「イケメン琉佳くんには要注意!」

「あれ、初恋の人と同じこと言いますね!」

「あ? 違うだろ? 細かく言って悪いけど、俺じゃないでしょ。俺の初恋は幼稚園だ」

「わ、ずいぶん早熟ですね。失礼しました」


隆二は咳払いして言った。

「彼は親切だしイイ奴だけど、気が付いたら喰われちゃってるってパターンだと思うよ?」


葉月が黙りこくる。


「これから『form Fireworks』でやっていくなら、いい距離感でね」

「わかりました、パパ」

「わかればよろしい!」

「じゃあ、今度は娘からパパに質問、いいですか?」

「いいよ、じゃあ先に車に乗ろうか」


そういって隆二は、葉月を助手席に乗せて、重たいカバンを後部座席に置いた。


「ホントにカバン重かったんだね、フェミニスト琉佳くんみたいに、持ってあげたらよかったかな?」

「いえいえ、荷物ならまだしも、バッグを持ってもらったりするのは、正直苦手で……」

「やっぱりそうか。葉月ちゃんらしくないなと思ってたから」

「私、そんなにか弱くないですしね。だって、リュウジさんにスリーポイント対決も勝っちゃうくらいですし!」

「うわ……この期に及んでまだそんなこと言う?! 何気にショックだったんだけど?! ま、次は絶対に負けないけどな!」

「私も手加減しませんよ。だって、私は……もう弱くないから……だから……」


運転席で隆二がエンジンをかけようとしたその時、葉月が言った。


「娘からの質問です……リュウジさん、本当は……知ってるんじゃ、ないですか?」


隆二は手を止めた。


「だってこの前、夜景を見に連れて行ってくれた時は、リュウジさんはさりげなく私を励ましてくれました。少なくとも、あの時の私より、リュウジさんは元気だったはずです。でも、昨日の隆二さん、体調が悪いなんて嘘ですよね? ユウキの言い方にもちょっと違和感を感じましたし、それに今日だって、あんまり私に絡んでくれなかった……今だってこうやって二人でいますけど、私を送ってくれるのは、ホントはユウキだったんでしょ? 何か私を避けるような事があるのかなって、でもわからなくて……私といて “辛い” って、リュウジさんが思う事ってなんだろうって、考えたんです。そしたら思い当たることがあって……ユウキが知ってることで……」


隆二はエンジンをかけた。


「ごめん葉月ちゃん、ちょっと寄り道してもいいか?」

「はい」

「このまま返せない……遅くならないようにするからさ。ごめんな」

「いいえ」



目的地まで、隆二は一言も話さなかった。


その横顔は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えて、これから話す内容で益々その表情を曇らせることを予感した葉月は、胸の奥が苦しくなった。



「ここって……」

「この前は、ここにケバブの屋台があったろ? 今日は誰もいない。貸切状態だな」


そう言いながら隆二は葉月を車から降ろすと。夜景のある海沿いのフェンスまでずんずんと歩いて行った。

この前とは違って、隆二は大きなストライドで歩き始め、葉月はその歩幅についていくのがやっとだった。

海辺の手すりに到着して漆黒の海を見つめると、まるで吸い込まれそうなくらいの闇がはびこっていて、それらが一斉に襲ってくるように思える。

一人ではとても立っていられないような恐怖心が、葉月の不安を増幅させた。


その時、隆二がさっと背を向けて言った。

「なんかさ、飲み物でも買って来……」


葉月は隆二のジャケットの袖を、後ろからつかんでそれを阻止した。

「リュウジさん、こんなところに一人で置いていかないでくださいよ……怖いです……」


隆二は、ぱっと振り向いて葉月の頭に手を伸ばすと、その胸に強く引き寄せた。


「ごめん! 怖い思いばかりさせて……」

「リュウジさん……」

「君のパパでも何でもいい、しばらく……こうさせてくれ」


隆二の低音の声がその胸を伝わって、聞こえてくる。


「リュウジさんの……せいじゃないです」


その言葉に、隆二は息を詰まらせた。

「でも、君は実際に被害に遭ってしまった……きっかけはやっぱり、俺なんだよ!」


そう言いながら大きく息を吐くと、さらに強く抱きしめて、葉月の髪を撫でた。


「本当に……かわいそうに、怖かったろ。ごめんな、守ってやれなくて。それだけじゃない、気付きもしないなんて……」


葉月はただ首を振った。 

言葉にしても強がっているように思われるだけだと思った。

何より色々な思いが交錯して口を開いたら泣きそうだった。

ここで泣いてしまうのはきっと良くない。

きっと感情の誤解が生まれ、さらに彼は自分を責めるだろうと。


海から強い風が吹き付け、髪をさらう。

葉月の背中に回された彼の腕が緩み、隆二の手がその風を阻むように葉月の頬から耳にかけて当てられた。

 

キスされる……

そう思った。

でも……


葉月の肩に少し力が入るのを感じた隆二は、うつむき加減のその顔を覗き込んでから再び頭に手をやってもう一度胸に抱き締めた。


「身体、冷えてきたみたいだ」

そう言って上着を脱ごうとする隆二の動きを、葉月が止めた。


「ダメですよ……言ったじゃないですか。マイナスになったらイヤなんです。リュウジさんがホントに風邪引いたら……困るし……」


隆二はフッと息をついて、葉月の両腕をさすった。

「わかったよ、じゃあ冷えきらないうちに車に戻ろう」


隆二は少し車を動かすと、自販機の前に停車した。

「あそこに買いに行くだけだったら、大丈夫かな? 怖くない?」


葉月は少し口角を上げて、何度も頷いた。


「はい、これでよかったかな? ミルクティーがなくてさ」

隆二は眉を上げて、皮肉な笑いを見せながら、花梨エキス入りレモンティーを葉月に手渡した。

葉月は笑顔で答えた。

「キラさん、どうしてるんでしょうね。最近、連絡取ったりしてますか?」


隆二はまた苦笑いした。

「やっぱりそのチョイスは失敗だったかな。君に渡辺キラのことを思い出させるなんてさ」

そう言いながらも、隆二の顔は少し明るさを取り戻していた。


「あの時ね」

「あの時って?」

「キラさんとリュウジさんがベランダで二人っきりで話していた時です」

「ああ……」

「どんなお話をしてたんですか?」

「うーん、そうだな。普段のメンバーについても話してたけど『エタボ』のこれからっていうか……これからどう変化していくのか、そのためには何が必要かとか? 渡辺があの時言ってた、 “痛みを伴う改革もありうる” って。その時は何のことか、ちっともわからなかったし、もしそういう痛みがあるとすれば、当然降りかかってくるのは自分達の方だと思っていた……だから渡辺の問いにも “大丈夫だ” と答えた。でもまさか、その痛みの矛先が君にまで飛び火したとなると……耐えがたいし、やっぱり責任を感じざるを得ない……」

隆二は下を向いた。

シートに置かれた握り拳に力が込められているのが見えた。


「リュウジさんならきっとそんな風に考えるだろうと思っていました。だから言いたくなかったんです。でも、 “だからこそ知らせるべきだ ” とキラさんに言われて……それでもやっぱり、自分から言い出すことは、できなかったです……」

「葉月ちゃんを守ってやれなかったことも、気づいてやれなかったことも、やっぱり自分自身を許せないよ。辛い被害者は君の方なのにさ、俺はその辛さに耐えられない、情けない男だ」

「そんなことないです! 今もこうして私に寄り添ってくれています。私の中にリュウジさんを責める気持ちなんてひとかけらもありません。だから尚更、知らないでいて欲しいなって、隠したいなって、思っていました。もちろん今もですけど……恥ずかしくって仕方がありません。いくら相手が女性だとはいえ、そういう話をリュウジさんに知られるなんて……こうして今、話をしているだけでも胸が苦しくて嫌な気持ちに……なるんです」

「葉月ちゃん……俺は、どうしたらいい?」

「何かをして欲しいと思うことはありません。お願いがあるとしたら、私に対する見方を変えないで欲しいです。あのことによって私自身に対して嫌悪感を持たれたらどうしようって、ずっとそう心配もしていたんです」

「嫌悪感なんて……思うわけないだろ? いや、そう思われても仕方ないか……実際俺は君の目をちゃんと見られなかったわけだし、自分の辛さに負けて……君は僕の何十倍も辛い思いしてるのに……ダイレクトにその身で」


隆二はグッと目をつぶった。

「ごめん葉月ちゃん」


隆二が運転席から身を乗り出すと、助手席の葉月に腕を伸ばし、その肩を抱きしめた。


「どれだけ抱きしめたら、君はそのことを忘れられる? もしそれができるのなら、俺は何だってやってやる」


隆二は葉月の手に握られているペットボトルをそっと取って、ドリンクホルダーに差し込むと、その空いた手をしっかり握りしめた。

助手席に覆い被さるように隆二は葉月を包み込む。

目と目が合って、隆二の顔が近づいてくる。

息が止まりそうなくらい心臓が高鳴って唇が触れそうな距離になった時、葉月はほんの少し顔を背けた。


隆二は我に返った。


「ごめん! こんなこと……君の気持ちも確かめないで」


そう言って体を離そうとする隆二の袖を、またもや葉月は掴んだ。


「違います! リュウジさん! リュウジさんが嫌だとかそういうのじゃなくて、この、………香澄……さんの件がきっかけで始まったりするのは……違うかなって、そう思っただけなんです。お願いです! 誤解しないでください」

「ごめん……本当に男ってバカだな……そういうことが分からずに感情に流されて、ただ君を手に入れようとするこの安直さが……自分でも嫌になる。ごめん……ちゃんとゆっくりと進めていくべきなのにな」


隆二は、さっきドリンクホルダーに置いた、まだ空いていないレモンティーのボトルに手を伸ばし、キャップを開けて葉月に手渡した。

彼女がそれを飲んでいる間に、運転席に背を付けて気持ちを落ち着かせるように息を整えた。


「帰ろう」

そう言って葉月の肩に置いた手をハンドルに戻し、エンジンをかけた。


「葉月ちゃんお願いがある」

 

前を向いたまま隆二が言った。


「はい」

「明日、仕事が終わったら、体育館に来てくれる? 遅れても構わないから」  


葉月はぱっと顔を上げた。


「はい。絶対に行きます」

「そっか……よかった」


第109話 『A Heart Full Of Agony』 苦しみに満ちた心 ー終ー

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