表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/223

第107話『Art Exhibition』個展の始まり

葉月は、比較的空いている週末の朝の電車に揺られ、駅に降り立った。

昨夜琉佳ルカに言われたように、搬送口を目指して『Fireworks』の自社ビルの裏に回り込む。

少し重たそうな扉を開けた瞬間、花の香りが一気に全身を包んだ。


「うわぁ……」


慌ただしく人が行き交う中、その奥の方から琉佳が葉月の元に駆け寄ってきた。


「あー、白石さん! よかった早く来てくれて!」

「おはようございます。これ……どうしたんですか?」

「昨日さあ、君が帰ってから気が付いたんだよね。搬入口にお祝いの花が届いてて、それをエントランスに並べる仕事があったんだって」

「じゃあこれ、今から全部あのエントランスに?」 

「そう、ディスプレイしなきゃなんない」

「……わかりました」

「大きな花台は男どもに運ばせるからさ、こっちのアレンジメント持って行ってくれる? あっちに姉ちゃんがいるから聞いてみて。花はね、順番があるんだ。送り主のね。だから姉ちゃんの指示に従ってね」

「わかりました」


もうすでにたくさんの花台が運び込まれていて、エントランスは人が入る隙間もないほどだった。

美波の指示で、無雑作に置かれたそれらが徐々に並べられていく。


「おはようございます」

「あー白石さん! いいとこに来てくれたわ。 そのアレンジメント、ここに置いてもらいたいんだけど、順番は構わないから花の種類と色味のバランス考えてディスプレイしてくれるかしら?」

「私がですか?」

「あなたの感覚でやってもらっていいわ。もし何か違ったら後で私が手を加えるから、とりあえず思うようにやってみて! 私ももう手一杯だから」

そう言って美波はウィンクした。

「わかりました」


会場は騒然としていたが、葉月の心は浮かれている。

なぜだろう、花に囲まれてるだけで女子は幸せになる。

甘い香りに酔いしれているのか、どの花を見ても可愛い顔がこちらを覗いているように見える。


「随分楽しそうだな。こんなに殺伐としてるのにさ」

その声に顔を上げた。

鴻上こうがみさん! おはようございます」

「おはよう。早速君の指摘した通りのことが起きた。朝から美波に怒られたよ」

「えっ?」

「計画性がないって言われた。花を受け入れる時間もちゃんと通達してないからバラバラだったし、予想外にたくさん来ちまって、このザマダだ。俺は創作創造以外はポンコツだとよ!」

葉月は下を向いた。

「なに笑ってんだよ!」

「笑ってません。仕事してますよ。ちゃんと手を動かしてるでしょ?」

「嘘つけ!」

「嘘じゃありません」

そう言いながら、少し肩が揺れてしまった。

「やっぱり笑ってるじゃないか!」

その言葉に葉月は我慢ができなくなり、さらに肩を揺らした。

「コラ、大人をからかうなよ!」


そう言って鴻上徹也は葉月のアゴをつかむと、その顔をぐっと持ち上げた。

思ったよりも近い距離に徹也の顔があり、目が合った葉月はドキッとしてしまう。


「おやおや……寝ボケてるわけでもないのに、キスシーンが見られるのかな?」

琉佳のからかうような声で我に返った。

「はぁ?」

「ああ、徹也さん、誤解しないでよ。別に嫉妬して言ってるわけじゃないからね。徹也さんの唇、最近は僕が占領してるみたいに言われてるのも心外なんで、ここらで発散したいのならどうぞどうぞ」

徹也がパッと葉月の顔から手を離した。


「僕に遠慮なんて要らないからね。なんなら今、後ろ向いててあげようか?」

「お前! なに言ってんだ!」


思わずうつむく葉月のそばに琉佳がサッと来てその肩を抱くと、徹也がその手をギュッとつねりあげた。


「痛ってぇ! もう、従業員の仕事の邪魔しないでよ! それより徹也さん、早くヘアサロンに行ってきてよ! また姉ちゃんが怒るじゃんか」

「あーあー分かったよ、うるせえ姉弟だ」

そう言って徹也は表へ出て行った。


「ヘアサロン?」

「そうだよ。今日はオープニングだから、そこそこの著名人も挨拶がてら来るだろうし、鴻上徹也は今から正装するんだ。ヘアメイクを(ほどこ)しに行ったってわけ」


そういえば彼が肩にかけていた大きな荷物は、スーツのカバーケースだった。


「よし! ここは出来たね。これ……全部君が並べたの?」

「はい」

「へぇ、なかなかいいじゃん。ボスに絡まれてもちゃんとしてたし、何気に白石さん、仕事できるね」


嬉しそうにはにかむ葉月を、琉佳はまじまじと見る。


「なるほどね」

「何ですか?」


そう言って葉月の頭の上にそっと手を置いた。


「うん、かわいいね、白石さん」

「へっ?」

「じゃあ今度はこっちの通路の方も手伝ってくれる?」

「あっ、はいわかりました」



誇張しすぎないシックな色の近未来的なコスチュームに着替えた葉月は、他のスタッフと共ともにフロアを点検しながら、オープンまでの時間を過ごした。


昨夜は隆二との電話中に一度寝落ちしてしまったものの、夜中に起きて、琉佳に覚えてきてほしいと言われていた原稿の暗記をし、それに基づいた調べ事を遅くまでしていた。

色々な専門知識を書き留めたメモをポケットから出し、薄暗い会場の片隅で開いておさらいをする。


「お! また勉強してるのか?」

さっき聞いたばかりのその声に顔を上げる。

そこには見違えるようにドレスアップした、鴻上徹也が立っていた。


シルバーの髪を無造作にセットして、身体にぴったり合ったタキシード姿の徹也は主役のオーラに包まれていた。

タイの代わりに用いたスカーフは、彼の髪の色と同じ少し青みのかかったような光沢のあるグレーで、よりクールに演出されている。


「どうした?」

そう声をかけられて我に返る。

「すごく似合ってて……素敵です」

「そう? ありがとう」


徹也はその言葉にはあまり興味を示さないような素振りだったが、葉月の手元を見ながら近づいてくる。

そしてぴったり横に座ると、さらに葉月に顔を寄せた。

そのシルバーの髪から、ふわっといい香りがする。


徹也は葉月の手からおもむろに、その手帳を取り上げた。

「また調べたのか?! 昨日? あれから?!」

「あ、はい」

「全く……君は」

「え?」  

「俺をワクワクさせるよな!」


徹也が葉月の頭の上に手を置いた。


「……ヤバい!」

「え? 何がです?」

「今からオープニングだもんな?」

「……そうですね」

「この髪、ぐっちゃぐちゃにしちゃダメだよな?」

「え……なに言ってるんですか?! 鴻上さん?」

葉月はわけが分からないと言ったような顔のまま徹也を仰ぐ。


「昔飼ってた犬みたいにさ、こう、くちゃくちゃにやってやりたくなるんだよなあ」


その言葉に葉月はバッと立ち上がった。

徹也を一瞥いちべつすると、その手から手帳を引っ張り抜く。

背を向け、エントランスの方に行こうとする葉月を、後ろから徹也が引きとめた。

「どうしたの? 葉月ちゃん!」


その言葉に振り返ると、彼の麗しい姿の全貌(ぜんぼう)が見えた。

細身のタキシードに高い腰、スカーフのアクセントが洗練された雰囲気を出している。


小さく咳払いをして我に返る。

「そんな大きい声で呼ばないくださいよ! 会社では “白石君” じゃなかったんですか? ……それと……写真を撮らせてもらっても?」

「はぁっ?? 写真??」

「撮ってもいいですか?」

「何でまた写真? もしかしてまたアレックスくんに送るんじゃないよね?」

「送っちゃマズいですか?」

「いや……いいけど意図が見えないなぁ。なんで男に俺の写真送るんだ?」

「いいじゃないですか! はい、写しますよ。ちゃんと立ってください」

 

葉月は何枚かシャッターを切ってから、ぶっきらぼうに言った。

「ありがとうございました」


「もう、写真撮ったんだからさ、機嫌なおしてよ!」

そう言ってまた頭に手を伸ばす徹也の手を交わして、葉月はエントランスに出た。

「何が昔飼ってた犬よ! 失礼なんだから!」


そう言いながらガラスに映る自分の姿を見て、先ほどの徹也の出で立ちと、頭の中で並べてみる。

センスのいいコスチュームの分をかさ増しすれば、 “犬” ほどは見劣りしないだろう。


後ろからまた手が伸びてきて、頭の上に乗せられた。

「もう! 犬じゃありませんよ!」

そう言って振り向いた先には、驚いた顔の琉佳 がいた。


「あはは。ヤバい! 腹痛い!」

わけを聞いた琉佳は大笑いした。

「笑いすぎじゃありません? それって悪意を感じますけど! あ、わかった! 本当に犬みたいだって思ったからそんなに笑ってるんでしょ!」

「違う違う! うちのボスの無神経さに笑ってるんだよ」

「それだけには、見えないんですけど……」

「おや? ここ二日で何気に疑り深くなったね? 白石さん」


そう言ってから琉佳は改めて葉月を見た。


「僕から見ても君は全然犬には見えないけど、君を可愛いと思って髪をくしゃくしゃにしたい気持ちは、ちょっと解るよ」

「うん……それって犬に見えてんのと一緒じゃないんですか?」

「それは違うな。少なくとも僕はね。僕ならその髪をめちゃくちゃにした後、どうすると思う?」


そう言って葉月の肩に手首をひっかけた琉佳は、彼女の髪を耳にかけた。

「知りたくなったら、いつでも僕の “枠” に来て」

耳にかかる吐息に、顔がカーッ高くなるのを感じた。


「こらそこ! 忙しいのにイチャイチャしない!」

美波の激が飛ぶ。

肩をすくめた琉佳は逃げるように会場内に入っていった。


「まったく! 油断も隙もない……白石さん、アイツには気を付けてよ! 我が弟ながらヤツの野獣ぶりは止められないから」

「 “野獣”って感じはしないですけど……」

「あー! それが一番危険なのよ! 羊の皮をかぶった狼だからね。白石さん、くれぐれも注意して! あ、これは業務命令って、前も言ったわよね?」

「あはは。わかりました」

「ねえ、ちょっと……ついて来てくれる?」


葉月はエレベーターに乗せられて、7階の美波のオフィスに連れてこられた。

センスのいい空間にドンと置かれた、ル・コルビジェのソファーに葉月を座らせて、美波は奥から持ってきた工具箱のような箱をテーブルに置いた。


「はい、じゃあちょっと目をつぶって」

美波は葉月にグッと近づき、手早くメイクを施した。

「うん、これでよしと! ワオ! 白石さん、 随分可愛くなったわよ。若いからお化粧も映えるわね!」

「あ……ありがとうございます」


美波は葉月の両肩に、手を置いて言った。

「今日、あなたは『formFireworks』の顔よ! 自信持って頑張ってね!」


美波のオフィスを出てキラキラのエレベーターの前に立つと、そこにはいつもより少し凛とした表情の自分がいた。

メイクの力に驚く。

そういえば、フェスでせっかく梨沙子にメイク教えてもらったのに、今朝も慌ただしくてほんのちょっとしか手を加えないまま出てきてしまった。


「ちょっとは女子力、上げていかなきゃね。莉莎子に会った時になんて言われるかわかんないわ」

そう言いながら、エレベーターの中でも一人で接客用の笑顔を練習した。



1階に降り立ち、エントランスを見回すと、朝の混雑が嘘のように整然と花たちが美しく並んでいる。

まるで壁自体が花のようになって、一つのオブジェを形作っていた。

アートの達人の集大成、ここの人の手にかかればどんなものもその本来のものよりももっと魅力的に演出することができるらしい。



そうこう言っているうちに、琉佳が言っていたように取材陣が集まりだした。

オープニングも『form Fireworks』らしく仰々しい挨拶などは一切なしで、一本の映像から始まる。

会場内に続くストーリー性を持たせたオープニングビジョンで幕を開けた。


レポーターやテレビで見たことのあるタレント、政界の著名人までもが来訪した。

そこで初めて、琉佳が葉月にが原稿を暗記しろと言った意味が分かった。

多忙の鴻上徹也が他用で会場を中座してからは尚更、葉月がいくつものカメラの前でその内容を話すことになった。



「へぇ……すっかりカメラ慣れしてんじゃん? 若き『form Fireworks』の広報担当さん」

皮肉めいた声に聞き覚えがあって、慌てて振り返る。


「お疲れ。 “枕大好き” 寝落ちの葉月ちゃん!」

「リュウジさん!?」


そこにはバッチリ正装で決め込んだ、隆二と裕貴が立っていた。


第107話 『Art Exhibition』 展示会の始まり ー終ー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ