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第103話『To Have New Experiences』新たな経験

何日もろくに寝ていないと言っていた徹也が眠りこけているそばで、その手をブランケットの中にくぐらせたその時、その長い指が葉月の手首をぎゅっとつかんだ。


「え!」


同時に背後から甲高い女性の声がする。

「ちょっと徹也! どこよ! 徹也! 入り口のドア、鍵が空いてたわよ! もう、徹也ったらぁ!」


その声に葉月は焦った。


どうしようこの状況……

寝ている男の人に手首を掴まれて身動きの取れないとはいえ、いったいどんな言い訳をしたらいいのか……


「徹也! 居るのはわかってるんだからね! てつ……あら?」


現れた女性は目鼻立ちのはっきりした美人で、白いパイピングを施した紺色のブレザージャケットを肩に羽織り、プレッピー(伝統的上質)な雰囲気に溢れていた。

スタイルも抜群で華奢なパンプスから伸びる足には色気が漂っている。


「……あなた、そこで何してるの?」


葉月は掴まれた手を持ち上げることも出来ず戸惑っていた。


「えっと……どう説明したらいいのかわからないんですけど、鴻上さんがここで寝てたので、私はブランケットをかけただけなんです。でも……どうしてこうなったのか……わかんなくて」


その女性は一瞬真顔になってから、葉月の顔 と手元を交互に見て笑い出した。


「あははは! そりゃ困るわよね? 寝てると思って近づいたらいきなり手首掴まれてさ……」


彼女はまだ笑っている。

「ごめんごめん、救済措置しなきゃね。あなたって人がいいのね。別にその手を振り払ったっていいのに?」

「いえ、でも……」

「それをやっちゃったら徹也が起きちゃうって思ったんでしょ? 優しい子ね。そっか、あなたが白石さん?」

「え? あ、はい! 白石葉月です」

「私、『form Fireworks』の社員なの」

「でもさっき…… “徹也”って……」

「ああ、彼とは幼馴染(おさななじみ)なのよ」

「……そうなんですか?」


後ろからまたさらに声がした。

今度は男の人の声だった。


「なぁ……で? 社長は居たのかよ」


また気まずい顔で、葉月はちょこんと頭を下げた。


「お? こんなところに女の子! 誰?」

「こら! あんたはすぐ女の子に反応するんだから! 徹也が言ってたじゃない、白石さんっていう子が バイトに来るって……」

「ああ、言ってたな。で? なに、この状況?」


葉月が困った顔をしていると、寝ている徹也がその手首をつかんだまま寝返りを打って動き出した。


「うわ! ヤバいヤバい! ねえ白石さん、そのまま手を掴まれてたら、ヤバいって!」

「え? ヤバいって……何ですか?」

「あーもう! ちょっと琉佳ルカ! あんた、実践してやんなさいよ」

「え! また?  やだよ僕……もう何回目だよ!」

「だって一回白石さんに見せとかないと、どれぐらいヤバいか分かんないでしょ」

「はぁ……まったく。なんで僕が……」


そう言いながら彼は、葉月のすぐ横にストンと座った。


「今から、君のその手と僕の手を交換するから。そしたらすぐ後ろに逃げて。ああ! まったく……覚悟がいるわ」


彼は、慎重にその繋がれた手に近づく。


「行くよ!」


彼がバッと葉月の手から徹也の手を引き離して解放する。

その瞬間、徹也はうーんと唸って寝返りをうち、その空になった手が琉佳の手をバチンと掴んだ。

そして今度はすごい勢いで彼を引っ張って、その胸に抱きしめる。


「え!」


更に徹也は、目をつぶったままで彼の顔を両手で挟み、次の瞬間、二人の唇が重なった。


「う……」


葉月は両手で口を覆いながら、息を止めた。

徹也に捕まえられている彼は、暴れながら抵抗する。


「うわぁ! もう限界だ! おい姉ちゃん! 笑って見てないで、助けろよ!」

「……姉ちゃん?」

「ああ、この子ね、私の弟なの」

「……そうなんですか!」


確かにそう言われてみれば似ているような気もした。

パッチリした目元に高い鼻、上品な口元もどことなく似ている。

見れば見るほど美男美女の姉弟だった。


「ふふふ……っていうか白石さん、大丈夫? なんかまるで被害にあったのが白石さんみたいな顔してるんだけど?」

「被害にあったのは僕だ! 全く! もう何回目だよ!」

「……あらあら、完全にフリーズしてるわね。ちょっと刺激が強かった? あなたぐらいの歳の子だったらBLコミックとか流行ってんじゃないの?」

「あ……(ナマ)で見たのは初めてで……」

「あら、そうよね? ごめんなさいね、妙な刺激与えちゃって」


そう笑いかけながら、彼女は葉月のそばに来て肩に手を置いた。


「徹也ね、寝ちゃうとダメなのよ。厳密に言うと、寝ぼけてる時にキス魔になるの。あ、加えて言うと、酔っ払って寝ちゃいそうな時も要注意ね! なんせ一つも覚えてないから、本人は」

「え? じゃあさっきのも……」

「そうなんだよ! 僕なんてもう何回徹也さんとキスしてるか……なのに覚えてねえからさ、僕がいくら真実を言っても、 “嘘だろ”って。まるで僕の妄想みたい言われて勘違いされてんだぜ。誰が好き好んで男とキスなんかするかよ! 大体さぁ、徹也さんを起こしに行く役を僕にやらせんの、やめて欲しいんだよね。結構な確率で被害にあってんだから! そのうちセクハラで訴えっから!」

「よく言うわよ! 徹也の一番のファンのくせに! あら? 白石さんまだダメ? 立ち直れないかしら?」

「あ……いえ、なんとか……」


「ははは、変な洗礼受けちゃったわね。そうか、今日からだったのね。私は月城美波つきしろみなみ、『form Fireworks』の専務です」

「え? 専務さんなんですか?」


美波はその反応に、満足そうに答えた。

「綺麗な受付嬢かと思ったでしょう?」


「自分で言ってりゃ世話ねぇな!」

侮蔑の視線を飛ばす弟には目もくれず、美波は話を始めた。


「今、呑気にしてるけど、この会社はこう見えてものすごく忙しくて繁盛してるのね。でも徹也のカラダはひとつしかないじゃない? それじゃあ多くのクライアントとの面談もままならない、回らないのよ。だから専務っていながらも、もうほぼ広報担当ね。私も徹也と同じぐらい飛び回ってるわ。明日からここで個展が始まるから、オープニングの為にこっちに帰って来たの。で、弟の琉佳ルカは、こう見えて帝央大学大学院 AI理工学部なの。まあ『form Fireworks』の主戦力と言っても過言ではないわね」

「姉ちゃん、今日は珍しく褒めるじゃん!」


すっきりとしたセンタープレス入りの白のテーパードパンツにシンプルな白のTシャツを合わせ、その上にゆったりとしたベージュのサマーニットベストを着こなす彼は、まるで雑誌から出てきたような垢抜けたおしゃれな雰囲気をまとっていた。


「……モデルさん?」

「 あれ? なんで わかったの? 雑誌見た? って言っても専属モデルじゃないよ。そっちは本業じゃないし。僕、優秀なエンジニアだからさぁ!」


美波が呆れたように言った。

「そうね、事実は言っとかないとね。確かに主戦力のエンジニアではあるけど、 白石さん、こいつには絶対ついてっちゃだめだから!」

「え……それはどういう……?」

「超チャラ ナンパ男なの!」

「おい! 初っぱなからそういうこと言うなよ!」

「何言ってんの! 最初から言っとかないと、それこそ白石さんがあんたの餌食えじきになっちゃうじゃん! 被害にあってからじゃ遅いの!」

「被害って! 僕、女の子と遊んでその女の子から責められたり、訴えられたりしたことなんて一回もないよ。みんな僕に感謝するぐらいだよ」

「それはあんたが誰にでも優しい “たらしい男” だからでしょ?」

「それでみんなが幸せだったら、別にいいじゃんよ!」

「まあ……こんなヤツなんで、白石さん、絶対に引っかかっちゃダメよ!」

「はぁ……」


「それで? 君も大学生?」

「はい、もうすぐ21歳になります」

「おー!フレッシュだね! 徹也さんさ、なんでこんな若い子に知り合いがいるんだろ? 何か怪しくない?」

「それは私も気になってたんだけどさ、ねえ、徹也とどうやって知り合ったの?」

「えっとそれは……」

葉月がまごついていると、背後から声がした。


「うるせえな。ようやく眠りにつけたのに、なんだ? 寄ってたかって、人の周りで!」


徹也はが半身を起こした。

葉月がぐぐっと後ずさりをする。


「ん? どうした? 何逃げてんの?」


月城姉弟が笑い出す。


「何だお前ら? っていうか、初対面か! もう自己紹介終わった?」

「ええ、今終わったとこよ」


徹也はグーンと身体を伸ばした。

「そっか……ごめんな、俺寝ちまったわ。あれ? 俺が見てたはずの、君の付箋だらけのパンフレットはどこ?」

「ああ……ここにあります」

「なぁ美波、ちょっと見て欲しいんだけど。えっと……白石くん! ちょっとそれ貸して」


手を伸ばす徹也に少したじろぐ葉月を、徹也はまたしても不審な顔で見た。


「どうした? 何か恐ろしいもんでも見る目で見てない? 俺のこと」

「そ、そんなことないです」


後ろでまた姉弟が爆笑している。


「なんだよお前らまで。気持ち悪いな……なんかあったら言えって、言ってんだろう!」

「言ったところで覚えてないって言うだろう!? 徹也さんは!」


その抗議的な琉佳の言葉に、徹也は一瞬青ざめた。

「それってまさか……え! それってお前が俺に言ってるやつ?」

「そうだけど」

「……ひょっとして俺、今もそれをお前にした、とか?」

「そう。ついさっき、その場所で。この子が見てる目の前で、僕は徹也さんに唇を奪われたの!」

「……嘘だろ」


葉月を見た。

「うわ……マジなんだな! そんな目で見んなよ……」


美波が追い討ちをかける。


「彼女、生でBL見るのは初めてだってフリーズしてたよ。これでも大分解凍できた方なんだから」

そう言ってまた葉月の肩に手をやる。


「そうか……悪かったな……って言っても、俺なんも覚えてないけど」


美波が笑いながら言った。

「ねぇ白石さん、徹夜は起きてる時は硬派な男だから心配しないで。ただ寝てるのを起こす時は琉佳を使ってね!」

「おい! なんで僕なんだよ!」

「あんたしかいないでしょ。もう何回も関係があるんだから、今更かまわないじゃない?」

「変な意味に捉えられそうな言い方すんなよ! 僕はそっちに趣味はないから。女の子がいいに決まってんじゃん! ねえ白石さん、何気に可愛いよね。今度遊びに行かない?」

「コラ! ここでナンパするんじゃないの! それで、徹也が言ってるパンフレットって何?」

「ああ、これです」

葉月は 付箋がいっぱい貼られたサッシを南に 手渡した。


「わ! すごい。これって?」

「明日からうちの個展でバイトするからってさ、一人で昨日でリサーチの為の個展巡りしたらしいんだ。なぁ、なんかときめかない?」

徹也が意味ありげな視線で美波を見る。

「ときめく!」


美波は無数に貼られたカラフルな付箋に見入っていた。


「じゃあ美波、それ見といて。俺は彼女に下を案内してくる」

「じゃあ僕もついて行こう!」


3人でエレベーターに乗った。

葉月は徹也と琉佳を交互に見た。


「さっきからチラチラ見てるよね? どうした?」

「あの……変なこと聞いても、いいですか?」

「何?」

「意識したり……しないんです?」

「は?」

「だってさっきみたいなこと、何回もあったわけでしょう……だったら」  

 

徹也が額に手を当て落胆する横で、琉佳は天井を見上げて笑い出す。


「白石さん! 面白いね君。そんなこと気になってたんだ? あははは、だめだ、ツボった! あははは」

「うるさいな! お前は!」


徹也がそう言うと、琉佳は口を尖らして言った。

「そもそも徹也さんがキス魔なのがいけないんでしょ!」

「キス魔って……お前、人聞きが悪いな」

「あー、もう何の言い訳しても無駄だから! 彼女が目撃しちゃってるからね! これで僕の被害も確かなものになったっしょ?」

「参ったなあ……」


そう言って徹也が葉月の方に顔を向けると、葉月はちょっと下を向いて視線をそらす。

ため息をつく徹也を見て、また琉佳は笑った。



一階の会場の扉の前に降り立った。

「琉佳、装置の電源入ってる?」


「ああ、フルで」

琉佳がウィンクしながら親指を立てた。


徹也は葉月の瞳を覗き込む。

「心の準備はいい?」


「はい」


「そっか。じゃあ白石くん、行こう! 君がここでの一人目の観客だ。君のその目と心で、感じたことを、俺にすべて伝えて」


徹也の輝いた目を見つめながら、葉月はしっかりと頷いた。

「はい、わかりました!」




第103話『To Have New Experiences』 新たな経験 ー終ー


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