第100話『Cause I'm Gonna Stand By You』耳を疑う真実
Bar『Blue Stone』のネオンを消して、街灯とテールランプだけの夜の街を二人、隆二のマンションに向かって帰っていく。
「今日は面白い夜でしたね」
「ああ。やっぱ、世間は狭いな。あんな身近に知り合いがいたなんて」
「かれん、いい友達ですね。葉月が親友自慢するのも分かるなぁ」
「ああ。あの子は相当しっかりしてるな。ハルもがっちり手綱を握られてる感じだったしな」
「あと面白かったのは、葉月が客観的にみんなの事をどう言ってるか、かれんの発言で分かったじゃないですか?」
「あはは。俺らが聞いて良かったのかわかんねぇけどな? 女子同士の話って面白いよな」
「わりと本音がとろけ出すみたいですね。ただかれんが言うように、気が多いなぁ葉月は!」
「あははは。確かに!」
「でも、人と人との繋がりってイイですね。かれんがいかに葉月のこと大事に思ってるかも、よくわかりましたし」
「しかしお前、呼び捨てが板についてんな。どこででもそんな事やってんだろ? てめぇの女でもないのに全員呼び捨てか?」
「そんな、見境ないみたいに言わないで下さいよ! 仲良くなるツールなんですから!」
「お前の役得だな。俺がやったら扱き下ろされそうだ」
「リュウジさんのそのイケボで囁いたら、それは反則でしょうね。ハルさんの言葉を借りるなら、ヤラしいです」
「はぁ! お前、そういう事言うなよ! なんか俺のイメージがどんどんおかしな方に行ってねぇか?」
「仕方ないですよ。キラさんによって、あのインスタが世に蔓延しちゃったんですから。もう、リュウジさんのイメージは “ギラギラ” になったと思いますよ」
「マジで勘弁してくれよ……」
項垂れる隆二をよそに、裕貴が公園を指差した。
「あ、あれは……」
「ああ、花時計な」
「ヤツは思った通りのクズだったみたいですね?」
「ああ、残念ながら。遅れて来といて怒鳴り散らすわ、暗い公園に女の子一人残したまま立ち去るわ、マジで最悪。そもそも葉月ちゃんみたいな子が、何であんなゲス野郎に引っかかったのかよくわかんねえけどな」
「そうですね、聞いて蒸し返すわけにもいかないから、もう闇の中ですけどね」
「なんか……変な気分だったな、妙にイラついたし」
裕貴は、隆二の横顔をじっと見た。
「ホントのところ……どうだったんですか?」
「なにが?」
「葉月……泣いてました?」
「ああ……そうだな。でも、気持ちが高ぶっただけかもしれないし……達成とか解放も、混じってたのかも知れないしな」
「あと……気になったのが」
「なんだ?」
「なんかその……リュウジさんの余裕? みたいなところ……」
「何のことだ?」
「葉月と、なんかありませんでした?」
「なんだよお前」
「送りオオカミとか。実は、ちょこっとだけ “襲った” とか?」
「お前、バカか! あるわけねぇだろ!」
「もしあったら、かれんにチクりますけどね」
「うわ、それ、相当怖えぇな」
「確かに! どんな制裁を受けさせられるか…… なんせママですからね」
二人は同じ想像をして、笑った。
「と言いながらも、ちょっと何かありました?」
「お前、しつこいな! ないよ、何も!」
「なんか怪しいんだけどな……二人だけの秘密とかしてません?」
「男と別れたばっかりの女の子に手ぇ出すなんて、俺もそこまで野暮じゃないよ」
「まあ、それはそうでしょうけど……でも葉月はヒヨコみたいなもんですからね」
「確かに“刷り込み” しやすそうだな」
「まさか泣き崩れる葉月を、鴻上さんみたいに “お姫様抱っこ” したりしてないでしょうね?」
隆二はドキッとした。
「え! もしかして本当にしたんですか?」
「バカか、お前は! するわけないだろ!」
彼女がオオミズアオに悲鳴を上げて抱きついてきたことは、この期に及んでさすがに裕貴には言えないと思った。
もちろんその後抱き上げて車に連れて行ったとなれば、裕貴の想像に更に尾ひれがつくに違いない。
「ですよね? でもわかんないな……リュウジさん、秘密主義だし。葉月に聞いてみよっかな。 あ! なんか焦ってます?」
「……お前、いい加減、師匠からかうのやめろよ!」
「あはは。意外や意外! 葉月の次にからかいがいがある、それが師匠なんで!」
「お前! 絶対ぶっ殺す! 今日は新しい技もかけてやる!」
「出た! ドSパワハラドラマー!」
裕貴がバッと逃げた。
「おいおい、飲酒後のジョギングは心臓に悪いって!」
隆二は笑ってやり過ごした。
「まあ、もし俺が何か仕掛けちまったとしたら、それは葉月ちゃんの本当のママの方かもな?」
「あの天然ファンキーなお母さんですね?」
「しばらく手を離してもらえなかったからな」
「そうなんですか? クッソ! ボクが白石家の婿入りを狙ってたのに、リュウジさんの株が上がっちゃったじゃないですか!」
「あはは。お前マジなんじゃねぇの?」
「冗談に決まってるでしょ! ボクが婿入りするのはリュウジさんに、ですから!」
「うわ、気持ち悪いな」
「最初に言ったのはリュウジさんでしょ! お互い様ですよ」
マンションに到着した二人は、リビングでまた缶ビールを開けた。
「葉月ちゃんの誕生日、来週か! お前、何で知ってたんだ?」
「フェスの行きしなに車の中で、名前が葉月だから8月生まれじゃないの? って聞いたら31日だって。8月31日って言ったら宿題に追われてるイメージだね! っていう話で盛り上がったんで……っていうか、リュウジさん聞いてなかったんですね? てっきり “聞き耳” 立ててるかと……」
「なんだよお前、人聞きが悪いなぁ! 俺はいつだって後部座席でちゃんとイメトレしてるだろう!」
「え……そうですか? けっこうイメトレしてるフリして、ボクらの会話聞いてたんじゃないですか? だって、たまにスティックが飛んでくるじゃないですか!」
「お前が何か悪いこと言う時は、察するんだ、俺!」
「え! そんなヤバいアンテナ持ってんすか?」
「まぁな」
裕貴が冷蔵庫から二本目のビールを持ってきた。
テーブルには皿と箸と、裕貴の母親が隆二の為に作った牛肉のしぐれ煮が置いてあり、さっきから、売れに売れていた。
「俺も久しぶりに『Blue Stone』に行って、普通に店に立ってさ、日常的に過ごせたし、なんか今日は気分が良かった。面白い一日だった」
「そうですね」
「……だけどな、気になる事っていうのは、いつまでたっても頭の片隅に残ってるもんだ。なぁユウキ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか?」
裕貴は一瞬、バッと顔を上げて目を見開いた。
分かりやすく青ざめていくその表情は、やがて観念したように静まり、裕貴は姿勢を正した。
「すみません。長く伸ばしてしまって……」
「なんだユウキ? 改まって」
「すみません。正直ボク、フェスの間もいつ 言うのかって、辛くて……本当はこのまま言わずに済んだら……そう思ったりも、しました。でも……」
裕貴のその変貌ぶりに、隆二はだんだん鼓動が上がっていくのを感じた。
「どうした? そんな深刻な話なのか? 確かに葉月ちゃんの態度に違和感はあったが……元カレの問題以外は、彼女も元気じゃないか」
「それは葉月が、気丈にしてるだけです」
「何か……とんでもないことが起きたのか? 違うだろう?」
「いいえ……」
「えっ!? 起きたのか……?」
ユウキの顔色は戻らず、その表情は今にも泣きそうだった。
「葉月の様子がおかしいって、リュウジさんがボクに言った時って覚えてますか?」
「ああ、フェスの当日だっただろう? なんかはぐらかされた覚えがある。今のお前みたいだ」
「そうです、だからボクも言えなかった……これから本番を迎えるリュウジさんに、伝えることはできなかったんです。もちろん葉月に口止めされたっていうのもありますけど……」
ユウキの息が荒くなる。
「ユウキ?」
裕貴が、缶を握りしめた音がした。
「……すみません。どうしても口にするのが辛くて……」
「え……ユウキ、お前がそんな状態ってことは、よっぽど……なのか? 俺にも心の準備が必要って……ことなのか?」
「……おそらく」
隆二はこぶしに力を入れる。
「わかった……ああ、クソッ! なにビビってんだ俺は! でも……葉月ちゃんのことなんだよな?」
「……はい」
「関わってるのは、誰だ?」
裕貴がぎゅっと目を瞑る。
「おいユウキ!」
「すみません! ちゃんと言います」
隆二は裕貴をじっと見た。
「……香澄さんです」
「な……なんだと! 香澄……」
その意外な名前に隆二は思わず立ち上がった。
「香澄がなんだ! ユウキ! あいつが……まさか……おい! ユウキ! 答えろ!」
裕貴がゆっくり隆二の顔を仰いだ。
「……ユウキ、嘘だろう? まさか香澄が、葉月ちゃんを?」
隆二は裕貴の側に膝をついてその肩を揺らした。
裕貴は下を向く。
「嘘だろ! ユウキ!」
ユウキは下を向いたまま、力ない声で言った。
「フェスの前日に……葉月は、香澄さんに……襲われたんです」
「嘘だ……」
隆二は声にならない声で言った。
「リュウジさん……」
「ちょっと待ってくれ。なんでそうなる。そもそも何で二人で……」
「香澄さんが葉月を呼び出したんです。何も知らない葉月は その呼び出しに応じた……」
隆二は言葉を失った。
目を瞑り、額に手を置く。
「すみません、ボクのせいです。ボクがあの人の正体とあの事件のことを、前もって葉月に伝えてなかったばっかりに……」
「一体……」
隆二は声が出なかった。
「フェスの前日の夜に、葉月がいなくなったってルームメイトから連絡が来て、ボクは車で合宿所に向かいました。そこで黒のバンとすれ違って……」
「それって……スタッフ用の」
「そうです」
「合宿所に着いたとき、葉月は玄関の前に座り込んでました……服が、乱れて……口紅が剥がれて……」
「やめろ!」
そう言って隆二は頭をかきむしった。
「いや……すまん。続けて」
「葉月は体が震えてて。自分でボタンが止められないくらいでした。車に乗せて落ち着かせるために展望台でしばらく静かに過ごして、そこでようやく、話してくれたんです……」
「……そんなことがあったのに彼女……何もないようなフリをしてたってことか……」
隆二は力なくソファーに座り込んで、俯いた。
「リュウジさん、香澄さんの例の事件のこと、実はキラさんは知ってたんです」
隆二はまた目を見開いた。
「なんで! お前が話したのか?」
「いいえ。キラさんは別ルートから耳に入っていたそうです。柊馬さんと颯斗さんは知らないと。それを知ってから、キラさんはずっと、香澄さんの事を警戒してたらしいです。合宿所の打ち上げの時に、キラさんは香澄さんと葉月の関係性に疑問を持ったみたいで、葉月と話をしています。帰る日の早朝、ペントハウスのエレベーターでボクとキラさんに会いましたよね。あの時、実はボク、キラさんと色々話していたんです。キラさんは、今回のフェスを機に、『Eternal Boy's Life』の改革を計っているんです。そのために “後ろ暗いものまずを排除していく” って話していました。その “後ろ暗いもの” の中に香澄さんが入っています」
隆二の鼓動は早く、荒い息をついていた。
「だからキラさんは、数年前の隆二さんのファンが襲われた件も、そして今回葉月が襲われた件も、トーマさんに話すそうです」
「えっ?」
「それに関してキラさんは、葉月本人に了承を得たそうです」
「そんな話を、本人と……」
「ええ、合宿所の打ち上げの時に。葉月だって本心は、絶対トーマさんに知られたくないと思っているはずです。女の子なんで。でも、キラさんの思いが葉月には理解できるから……だから首を縦に振ったんだと思います」
「……渡辺はこの話を……」
「葉月の事をキラさんに話した時の憤りだって、リュウジさんと同じ、そりゃ凄かったですよ。キラさんも葉月の事は特別に思ってくれていますから。みんな同じ気持ちなんです。その時キラさんが、この事はリュウジさんには話す必要があるって言ったんです。だからボクが託されました。 “水嶋にちゃんと伝えてくれ ” って……」
「渡辺が……そうか」
リュウジはソファーに座ったまま大きく項垂れていた。
「俺はバカだ。何も知らないまま無理して笑ってる彼女に気づかずに、平然と過ごしてたってことか……最低だな」
「リュウジさんは何も悪くないです。ボクが黙ってたせいで何も知らなかっただけなんですから。葉月は……リュウジさんに知られたくないって、言いました。すみません。でも葉月の気持ちも、分かるので……」
「……どんな状況だったか、詳しく話してくれ」
「……でもリュウジさん、それは……」
「俺だって……耳を塞ぎたいかもしれない。だけど! 聞かなきゃならないだろう……責任は、俺にある……」
「そう言うと思ったから、葉月はリュウジさんに言いたくなかったんだと思います。ただ単に恥ずかしいとかそういう考えだけで秘密にしたいって言ったんじゃないんですよ。わかるでしょ? そういう子だって」
「わかるよ! わかるけどさ……」
「だったらそれを、リュウジさんが、知ってるって葉月に突きつけて、彼女が喜ぶと思いますか? 理解してもらえたと安心したりすると思いますか?」
「じゃあ俺は……どうすればいいんだ!」
「ボクも、わかりません……何が葉月のためになるのか……」
「わかった。しばらく考えさせてくれ」
「はい。その間にも、葉月に会うことになると思いますが……大丈夫ですか?」
「今この場では、頭おかしくなりそうだけど、なんとかするよ。それが彼女のためなら」
「はい……」
裕貴は目を真っ赤にしながら俯き加減で言った。
「今こんな事を言うのはどうかとも思いますけど……リュウジさん、ボクだってね……どんな思いで葉月を助けたと思いますか? 今までどんな思いで……リュウジさんに打ち明けずにいたと……」
「悪かったユウキ。お前の思ってることも分かった。お前が助けてくれて本当によかった。ありがとう」
隆二は裕貴の隣に座り直して、その肩に手をやった。
第100話 『Cause I'm Gonna Stand By You』耳を疑う真実 ー終ー




