デリアさんはずっと見守られていたようでした
フェンリルの話を聞くに、獣人の女性がなぜ森にいたのかはわからないが、トロルドの集団に襲われて逃げられないと感じて、赤ん坊のデリアさんを身を挺して庇っていたんだろうと思う。
フェンリルの通訳をしている途中、デリアさんが「本当のお母さん……」と呟いていたからもしかしたらその人が生みの母なのかもしれないな。
そして、女性の遺体から赤ん坊を咥えて離した時、止めを刺し損ねて襲い掛かられ、気を取られていたフェンリルが油断したままトロルドの一撃を食らってしまう。
その際に右前脚の付け根に怪我をしたのだそうだ。
デリアさんの育ての親である木こりさんが見つけた時、フェンリルがぐったりしていた様子だったというのは、その時の怪我が原因なんだろう……あと、ずっと感じている違和感もそれか。
「やっぱり、その右足は……」
「ガフ」
「痛みはもうないそうですけど、ほとんど力が入らないそうです」
「ガフ、ガフガフ」
深手を負いながらもトロルドに改めて止めを刺したあとは、デリアさんを咥えて移動したんだが、途中で痛みに疲れて怪我を治す術がなくて困っていたから、ぐったりと倒れていたようだ。
そしてそこに木こりさんが通りかかって偶然フェンリルを見つけ、その人に赤ん坊のデリアさんを託したあと、森の中に戻ったと。
痛みはなくなったらしいけど、力が入らないという事は、神経とか骨にまで達する程の怪我だったのかもしれない。
ともあれ、その後は休憩しながらトロルドの後始末をなんとか済ませて、デリアさんを庇っていた女性を埋めたりしていたとか……片足が怪我をしている状態で、穴を掘ったりするのは苦労しただろうな。
そうしてその後は、痛みが引いた後に群れを離れて、時折村の様子を見てデリアさんが人間達にどう扱われているかを見ていたらしい。
墓地の周辺は村の様子をよく見られるし、風通しがいいので、なんとなくながらもデリアさんが楽しそうに暮らしている様子が匂いや気配でわかっていたとの事だ。
「村の人達が、フェンリルを恐れて私を獣人だからと差別しないように、と考えていたのは合っていたんですね……」
「そのようだね」
どれだけ詳しく様子がわかったかは、フェンリルじゃないからわからないが……もし獣人だからとリーザがスラムで独りぼっちだった時のような扱いをしていたら、ブレイユ村が襲われていたかもしれない。
まぁ、宴会の時に気付いたけど、本当に一部……数人程度の村の人がデリアさんを遠巻きにしている様子も、実はあったりした。
少ない人数だし、実際に何かをするわけではないので問題はなさそうだけど、そういった人がもっと多ければデリアさんを助けるために、フェンリルが動いていただろう。
フェンリルから託されたという事で、怖れもあって差別せずに扱おうとしたのは正しかったと言える。
そういった一部を除いて、今では村の一員として溶け込んでいるから、獣人だとかフェンリルだとかは関係なさそうだけど。
それにしてもこのフェンリル、相手が獣人だからというのもあるんだろうけど、責任感が強いなぁ。
怪我にしろなんにしろ、放っておけば今も群れで何事もなく楽しく暮らしていたかもしれないのに、と思うのは野暮というものか。
「……あ、ありがとうございます。あなたのおかげで、私はブレイユ村の人達と一緒に、幸せに暮らせています。それに、今ではこうして、私の飼い主になられるかもしれない方とも出会えました」
「え!?」
「ガフー」
「わぅ! あはは、ごめんなさい……ずっと怖がってしまって」
「ガフ、ガフ」
「ちょ、ちょっと待ってデリアさん……その飼い主になるかもしれないって……?」
ずっと俺の背中に隠れていたデリアさんだけど、赤ん坊の頃に助けてもらったフェンリルだとわかって、ゆっくりと近付いて俺がやっているように、体を撫でながら感謝している。
その中で、何やら不穏というか驚きの発言をしたような気がして、思わず声を上げたけど、フェンリルがデリアさんに応えるように、気にするなと言わんばかりに鳴いて、鼻先を近付けてひと舐め。
楽しそうにじゃれ合い始めたんだけど……俺にとっては聞き逃せない内容があった。
「え、もちろんタクミさんの事ですけど……?」
「そうかぁ、タクミさんかぁ……って、俺!?」
「はい。タクミさんのところで働けば、雇い主になりますし……それに、レオ様もいらっしゃいますので、それに従うという意味で、飼い主というのがしっくりくるなぁ、と」
「いやいやいや、飼い主ってちょっとどころじゃなく、さすがに人聞き悪い言い方な気がするんだけど……」
デリアさんの衝撃で問題な発言……そういえば、以前にも何かを言おうとして止めた事があったけど、あの時「飼い……」とか言っていたから、これの事だったんだろう。
というか、俺別にデリアさんを飼うわけじゃないんだが……。
あっけらかんというデリアさんは、飼い主という言い方の何が問題なのかわからない様子で、フェンリルと顔を見合わせて首を傾げていた……一瞬で仲良くなったなぁ。
いや、フェンリルとの仲が良くなるのはいいんだけど、獣人とはいえ人の形をした女性を相手に、飼い主を名乗るのはさすがに問題があり過ぎる気がする。
「フィリップさ……」
「……」
助けを求めて、フィリップさんの方を見たら、そちらからは生暖かい目で見られていた。
何その、「タクミの事だから」とか「男だから、そんな事もあるよな」なんて言外に言っているような表情は!
俺から求めたわけじゃないですからね!? なんて、心の叫びを聞いてくれるわけもなく、何度かデリアさんに改めるようお願いしても、キョトンとされたり、挙句の果てになぜかフェンリルも一緒になって悲しそうな表情をされたりした。
あれ? おかしいな……単なる雇い主のつもりだったんだけど……もしかして、頭を撫でて喜んでもらったのがいけなかったとか?
獣人って飼い主を求めているとか、そういう事だったりするのか? いや、耳と尻尾が特徴的なだけで、他は人間とほとんど変わらないのに、家猫のように扱うのはちょっとなぁ――。
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