強大な気配が近付いて来ました
「っ!! タ、タクミさん! ちか、ちか、近付いて来ています!」
「え!? えっと、どうしたら……背中を見せて走ったら、追いかけて来ますかね?」
「いえ、それはわかりませんが……少なくとも、向こうはこちらを逃がす気はないように、気配からは感じられます」
さらにデリアさんが体の震えを強くして、気配が近付いて来る事を告げる。
ジリジリと後ろに下がっていた俺は、それに驚いて、フィリップさんを窺ったが……そちらはそちらで青い顔をしていた。
近付いて来ているというデリアさんの言葉に違わぬように、俺にもはっきりと何かの強い気配のようなものが感じられ、フィリップさんも方向を特定できた様子。
この気配って、魔法を使う時に感じるものに似ているか……もしかすると、向こうはこちらを威圧するために魔法を使っているとか、何かしているのかもしれない。
「逃げられないなら……えっと、どうすれば? オークとかならなんとかなりますけど、この気配はそれどころじゃない、ですよね?」
「えぇ。これだけはっきりと周囲に気配をまき散らせるとなると、おそらくトロルドやアウズフムラといった、大きめの魔物すらもかすむ程の相手でしょう。……タクミ様」
「ど、どうしたんですか、フィリップさん。改まって」
気配の大きさから、今までに会った魔物の気配とは一線を画すのだとはっきりわかる。
トロルドでも、人間が相手にするにはそれなりに苦労する……どころか、俺一人でも難しいだろうに、それ以上って……しかも、アウズフムラやオークを簡単に相手にするデリアさんも、怯えきってしまう程。
ちょっとどころではなく危険なのは間違いなく、色々と覚悟を決めようとしたら、フィリップさんから改めて呼ばれた。
「……もし襲い掛かられたら、なんとかして私に気を引きます。何者かはわかりませんが、私とて公爵家の護衛。タクミ様を逃す隙を作るくらいはできるかと」
「でも、それじゃフィリップさんが……」
「私は護衛です。こういう時は真っ先に矢面に立つべき人間ですから。それに、タクミ様に何かあれば、クレアお嬢様に申し訳が立ちませんから。……少々の怪我くらいは、ロエで治療して欲しい所ですがね」
「……」
フィリップさんの表情は、このまま全員で逃げられないのならと、覚悟を決めた表情だ。
護衛だから、本来は対象が生き延びる事を優先する、というのはわかるんだが……でも確かに、気配から感じるのは俺も一緒に戦うと言っても、何かの役に立てそうにないだろう、という事。
そして、俺の背中にはしがみ付いて体を震わせ、怯えるデリアさんがいる。
なんでこんな事に……なんて考えも浮かぶが、とにかくデリアさんを危険な目に合わせないよう、この場から逃げなくてはいけない。
そのためには、フィリップさんを犠牲にしても……。
「……あまり、考えたり話し合っている時間はなさそうですね」
「た、タクミさん……っ!!」
「その、ようですね……あれは……」
数秒ごとに色濃く感じるようになる気配は、こちらに近付いて来ている事の証左。
ちょっとした丘のようになっている向こう側で、今まで見えなかった強大な気配の主が姿を現す。
「……フェンリル」
「本来、見慣れてるはずはないのですが、タクミ様やレオ様のおかげで見慣れてしまっていますね」
「……」
真っ白な毛並みに、精悍な顔と馬ほどある大きな体は、見覚えがある。
屋敷や森の中で、散々野生はどこに? なんて考えていたのが馬鹿らしくなる程、存在感を示して姿を見せたのは……フェンリルだった。
フェリー達のように油断した姿ではなく、こちらを睨むように鋭く見つめ、大きな気配を示すように、モコモコしていただろう真っ白で美しい毛並みは、今毛先が立っているように見える。
デリアさんは恐怖が頂点に達したのか、体を震わせるだけで声を出せなくなっているようだ。
「睨むだけで、こちらに近付いて来ない?」
「こちらの様子を窺っているのかもしれません。フェンリルにとっては、これくらいの距離は一瞬で詰められるでしょう。タクミ様、先程言ったように、私が……」
「……ちょっと待って下さい」
「タクミ様?」
真っ直ぐとこちらを見ているから、フェンリルが俺達を認識しているのは間違いないだろう。
だが、姿を見せてからは近付いて来る様子もなく、それどころかお座りしてこちらをただ見つめるだけ。
それでも、フェンリルからしたら俺達が逃げようとしても、簡単に距離を詰められるんだろうが……考えていたのとは、様子が違う気がする。
フィリップさんが、自分を囮にする事の念を押すようにするのを止め、震えるデリアさんを意識しながらも、注意深くフェンリルを観察してみる……もちろん、いつでも動き出せるようにしながらだ。
さすがに、敵対行動と思われたくないので、腰に下げている剣には触れていないが、いつでも抜けるようには備えている。
「あのフェンリル、真っ直ぐ見ているのは俺? いやデリアさん?」
「わ、私でででですかかか?」
「……私には、一切視線を向けないと見えるので、おそらくタクミ様かデリアさんのどちらかを注視しているのでしょう」
ジッと、こちらを見ているフェンリルは、遠目ながらに一切目線を動かしているようには見えない。
そしてその見ている先は、俺かそれとも背中にいるデリアさんか……固まっているから、どちらを見ているのかわからないな。
それにしても、あの姿はもしかしたら……?
「フィリップさん、ちょっとデリアさんをお願いします」
「え、ちょ、タクミさん!?」
「わ、わかりました……」
フェンリルからは注意を外さないようにしながら、背中にくっ付いているデリアさんを引きはがし、フィリップさんに任せる。
急に離されたデリアさんは驚いた様子で、フィリップさんは戸惑いながらも受け止めてくれた。
そうして、デリアさんが離れた後のフェンリルの視線は……。
「やっぱり俺を見ているようですね。ふぅむ……」
「タクミ様、何やら先程より余裕を感じられますが?」
「いえ、もし俺が考えている事が当たったら、危険がないんだろうなぁと思いまして」
「危険が? ですが、気配はそのまま……あれ、さっきまでの抑えつけるような気配が、薄れている?」
気配に関しては、俺に違いはあまり感じられないんだけど、フェンリルの様子を見ていたら、なんとなく敵意がないんじゃないかと思えてきた。
俺達を襲おうとしているわけじゃないのかな? と考えたら、少しだけ余裕ができて冷静になれたんだ。
思い違いかもしれないし、迂闊な行動で無駄にデリアさんやフィリップさんを危ない目に合わせられないので、まだまだ油断はできないが……。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。







