噛むための物を用意してみました
「レオの時の経験から話すと……生後数カ月くらい経つと、一度牙が生え変わるんだ。もちろん、レオが小さかった時の事だから、フェンリルのシェリーと同じかはわからないけど……噛み癖や、ムズムズするという事から、そうじゃないかなと。――あの時は大変だったなぁ……」
「ワウゥ」
「ははは、怒ってないから安心していいぞ? 仕方ない事だからな」
「生後数カ月、牙の生え変わり……」
レオは拾ったので、正確に生まれた日はわからないが、体の成長具合とかでなんとなくこれくらいに生まれたんだろう……という事はわかっている。
そこから、しばらく保護しているうちに歯の生え変わり時期になった。
最初は噛むのを辞めさせるためのしつけはどうしたらいいのか……なんて困ったけど、調べるうちに生え変わりでムズムズするからだというのがわかった。
噛み癖が残らないように気を付ける必要はあったけど、自然な事だとわかってホッしたりもしたなぁ。
「シェリーはまだ子供だから、そういう事もあるんだろうね。生え変わりは今までの牙が抜けて、新しい牙が生えて来るだけだから、成長の証と言えるかな」
レオの時は、ポロっと取れた古い歯を見て、小さな体でもちゃんと成長しているんだなぁ……と、ちょっと感慨深かったのを覚えている。
まぁ、全部生え変わるまでむずがる事が多々あったから、変な物を噛んでしまわないように気を付けるのが少しだけ大変だったけど。
「では、何かを噛むのは放っておいても大丈夫なのでしょうか?」
「生え変わり自体は自然な事のはずだから、何もしなくていいと思うけど……フェンリルだから、どうなんだろう?」
シェリーは犬じゃなくてフェンリルだからなぁ……何かやらないといけない事があったりするかもしれないから、自信をもって頷く事はできない。
フェンやリルルがいれば、リーザに通訳してもらって聞く事もできたけど、今はいないし……わざわざ森へ会いに行くのも時間がかかるから、今は無理だ。
「ワフ、ワーウゥ……ワフワフ。ワウワウ!」
「へぇー、そうなのか」
「レオ様はなんと?」
「むず痒くて、耐えられなくなる事もあるけど、多分放っておいても大丈夫だって。古い方は勝手に取れるだろうし、もし飲み込んでもそんなにやわじゃないから……えっと……」
「ん、どうしました、タクミさん?」
レオが多分ではあるけど大丈夫と、頷きながら太鼓判を押してくれたのをクレアに伝える。
けど、さすがに最後の部分を伝えるのはなぁ、あまり綺麗な話じゃないし……と躊躇していても始まらないので、ちゃんとクレアにレオが言った事を教えておいた。
要は、もし飲み込んでも排泄物と一緒に出るから、何か特別な事やずっと見ている必要はないだろう、って事だな。
「ワフ……ワウワウ?」
「そうだな。――何か変な物を噛まないように、堅い物があるといいと思う。……布製の物が良いかな、レオ?」
「ワウ」
「布製の物……すぐに用意させます」
噛み癖を付けるのは良くないけど、ムズムズしている状態を我慢させるのもかわいそうだから、物を壊したりする前に噛む用の物を用意しておけばいいだろうと、レオに提案されてクレアに伝える。
木製だと木片を飲み込んでしまうと体に悪そうだからな……石や金属とかは、木製以上に危険だ。
本当なら、犬用のおもちゃとかを噛ませて遊ばせるようにできると一番いいんだけど……ここにはそんな物はないからなぁ。
とりあえず、破れても補修したり細かい破片になったりしない布製がいいかなと思う。
レオが頷いたのを見て、近くで待機していたライラさんとゲルダさんに、布を持って来てもらう。
服の補修などで使うための布やタオルが数枚用意された……できればもっと堅めの物が良さそうだと思い、数枚を重ねてみる。
「うーん、さすがに重ねたくらいじゃ、噛んでいるうちにバラバラになりそうか……」
「タクミさん、シェリーを連れてきました」
「キャゥー?」
「タクミさん、どうしたんですか?」
「パパ、シェリーに何か用なのー?」
俺がタオルや布を重ねている間に、クレアがシェリーを抱いて連れて来る……一緒にティルラちゃんやリーザも来たけど、皆でいたところを呼んだから気になったんだろう。
つまみ食いを止めてよく走るようになったシェリーは、以前よりは痩せたけど、初めて見つけた時より体が大きくなってきているから、そろそろ抱き上げるのも辛そうだな。
体が少しずつ大きくなって、成長しているからこそ生え変わりもあるんだけどな。
とりあえず、上腕部付近を持って体をびろーんと伸ばして首を傾げているシェリーを、地面に降ろすようクレアに促す。
警戒心がないのは、ここが安全とわかりきっているからだろうけど……こうしていると、本当に犬と変わらないなぁ。
牙や爪が鋭かったり、魔法を使ったりはするけども。
「ワフ、ワフワフ」
「キャゥ? キュゥキュゥ」
「どう、なんでしょう?」
「うーん、シェリーにはちょっと柔らかすぎたのかも……」
レオに促されて、俺が咥えさせた布を前足を器用に使って押さえながら噛むシェリー。
中型犬程度とはいえそこはさすがフェンリル、すぐに牙が布を突き破る。
タオルとかを数枚重ねていたんだけど……バラバラになる前にビリビリになってしまったなぁ。
ティルラちゃんとリーザは、ボロボロになった布を持ってシェリーの牙に感心している。
「さすがフェンリルってとこかな。それじゃあ、こういうのはどうだシェリー?」
「キャゥー。キュゥキュゥ!」
今度は、布を丸めてタオルで包み、柔らかいボールのようにして咥えさせる……少し大きかったかもしれない。
顎が外れる程じゃないけど、口を大きく開けて布ボールを咥えたシェリーだが、今度は先程のようにすぐビリビリにする事はなく、はむはむと噛んで楽しそうだ。
だけど……。
「さすがに、乳歯のような牙でもこれくらいは簡単に食い込むのか……穴だらけだ」
「キュゥ?」
「いやいや、シェリーが気に入るかを試しただけだから、大丈夫だ」
「そうよ。思いっきりとは言わないけど、シェリーが我慢しないようにタクミさんが考えて下さっているのよ?」
「キャゥー」
俺が難しい表情をしていたからか、申し訳なさそうに鳴くシェリーに対し、クレアと一緒に大丈夫だと伝えて頭を撫でておいた――。
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