エッケンハルトさんへ真面目に答えました
はっきりと言われた事はないが、確かにクレアさんからは好意のようなものを感じる事は多いし、良い雰囲気になった事もある。
……それを邪魔したのは、エッケンハルトさんだったはずだが。
それはともかく、今はまだそれに答える事はできないんだ。
「今は……答えられないんです」
「……それはどうしてだ? レオ様からの圧を感じるから、早めに教えてくれると嬉しいのだが……」
「グルゥ……」
もう一度答えられないと言うと、またエッケンハルトさんから睨まれる。
と思ったら、レオがいつの間にか立ち上がっていて、エッケンハルトさんを睨んでいるようだ。
エッケンハルトさんは言葉の途中で気圧されてしまい、弱々しい目になってしまった。
刀という武器を持ち出したり、雰囲気が悪くなったのを感じたからだろうが……大丈夫だから、そんなに威圧しなくていいからな、レオ。
さすがに娘の事が大好きなエッケンハルトさんでも、いきなり斬りかかったりはしないはずだから……しないですよね?
何はともあれ、理由を言わないとこの場は解放されそうにないし、明日以降エッケンハルトさんと話す時に影響が出そうだから、ちゃんと伝えておかないとな。
「その……よくわからない、というのがまず本音の一つです」
「よくわからない?」
「はい。あまり、女性と親しく過ごした経験というのが多くなくてですね……その、自分の気持ちがそういう事なのか、それとも違うのか……。エッケンハルトさんやこの屋敷の人達もそうですけど、クレアさんにはお世話になっています。さらに、人物としても好ましいと思っているんです。ただ、それが本当に男女としての好意なのかどうかがわからないんです……」
経験が少ない……という事はこんな所にも影響が出てしまっていた。
もちろん、クレアさん程の美人で性格のいい人だから、自分の気持ちをはっきりさせなくとも、男女としての関係になる事はできる。
こう言うと、男の浅ましさのように思われるかもしれないが……。
「経験が少ないあまりに……という事か……。だが、それなら軽い気持ちででも、クレアに応えてみればいいのではないか?」
「いや……それこそ、もてあそんでいるという事になるんじゃないですか?」
「途中から、本気になるという事もあるだろう?」
「それで、旦那様は若い頃多くの失敗をしておりましたな。奥様と出会うまでの事ではありますが……」
さっきまでもてあそんで云々はなんだったのか、エッケンハルトさんが軽い気持ちでもと言い出す。
それこそ、無礼打ちされそうな状況になりかねない。
確かに、途中から本気にという事もあるだろうし、そうやって一緒になっている男女もいるんだろう……それ自体は否定しない。
否定しないが、そこでセバスチャンさんが若い頃のエッケンハルトさんが失敗したと聞くと、やっぱり駄目だろう。
「あと、今は屋敷でお世話になっていますし、薬草を作ってお金を得てはいますが、基本的に公爵家に守られている状態だと思うんです」
「まぁ、状況だけ見ればそうなるな。……実際はレオ様の事もあって、公爵家が庇護下にあるようなものだが……」
「ワフ!」
「こらレオ、偉そうにするところじゃないだろ?」
「ワウゥ……」
「……とにかく。そういう状況じゃなく、自立というのが正しいのかわかりませんし、気持ちに応えると言うと偉そうですが……薬草畑を始めて、自分で色々な事をやり始めてからだと思うんです。それに、そうしているうちに、自分の気持ちがはっきりするかと……時間稼ぎに近いかもしれませんが」
「ふむ……成る程な……」
「ほっほっほ……」
レオの事や『雑草栽培』の事はともかく、今の状況だけだと公爵家の屋敷にいる居候とも言えるからな。
一応、契約を結んで薬草を販売してはいるが、それも公爵家での販売用だけだし、住んでいるのも含めて、何から何までお世話になりっぱなしだ。
堅苦しいとか、古臭いだとか言われるかもしれないが、できる事なら自分の力で生活できるようになってから、男女の関係というものを考えたい。
この世界の事はまだ知らない事が多過ぎるし、だからこそ知識を増やすとともに、しっかり自分を安定させてからがいいんじゃないかと思う。
まぁ、以前クレアさんと部屋でいい雰囲気になったりとかもしたのは、勢いとか浅慮な部分があったが……。
むしろあれがあったからこそ、今の考えに至ったという事だ。
難しい顔でおとなしくなったエッケンハルトさんと、笑っているセバスチャンさん。
二人共、どことなく安心したような雰囲気がにじみ出ている気がするのは、気のせいだろうか?
「であるなら、クレアとの事は真剣に考えていると思っていいのだな?」
「クレアさんとの事だけに限定されるのは、少し気恥ずかしいですね……クレアさんとの事も含め、自分の事やレオの事、そして『雑草栽培』やこの世界での事を考えて行きたいと思います」
「……」
もう一度質問して、ジッと俺の目を見るエッケンハルトさん。
ロゼワインをかっくらうように飲んでいたはずなのに、その目から発せられる威圧感というか、迫力は確かに公爵家の当主だという威厳を感じた。
それに押されないよう、お腹に力を入れて真剣に答える。
いつもこうだったら、エッケンハルトさんはもっと公爵家の当主様として尊敬できるのになぁ……と思いながらも、俺の言葉を聞いたまま黙って目を離さない。
相手の事をよく見て、嘘をついているかとか内心を推し量っているだろうと思う。
何度かティルラちゃんに対してやるのを見た事があるが、自分にやられるとこんなに緊張するものなんだな。
「旦那様……」
「どう思う、セバスチャン?」
「嘘はないかと。私としても、普段のタクミ様を見ていて、こんな事で嘘を言うような人物には思いません」
「……そうだな。その通りだ。――すまなかった、タクミ殿。試すような真似をしてしまった」
「いえ……大事な娘さんの事ですし、真剣に相手を見定めるのは当然の事だと思いますよ……ふぅ」
「ワフ……」
目を合わせたまま動かないエッケンハルトさんに、セバスチャンさんが声をかけ、逆に問いかけた。
セバスチャンさんは、俺がこの世界に来てから特によく接している人だ。
クレアさんだけでなく、エッケンハルトさんにも信頼されている人に、俺は信頼されているんだと思うと、嬉しかった――。
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