水をかけられるのは宿命のようでした
「さて……最後は問題の顔です」
「……はい」
「顔……」
さっきまでと違い、少しだけ真剣な雰囲気を出して皆に伝える。
顔の部分は特に注意しなければいけないからな。
目や鼻に石鹸が入ってしまうと、レオが痛がったり嫌がったりしてしまう。
少しくらいなら仕方ないとは思うが、今までずっと我慢してくれているんだから、できるだけ嫌な事はしたくない。
「顔に関しては……レオ?」
「ワフ!」
「レオ様?」
「あぁ、その大きな桶は、そうやって使うのですね」
レオに声をかけ、たっぷりとした水を入れておいた桶へと促す。
ようやく口を開けていつもの鳴き声を発したレオは、ゆっくりと顔を桶に近付けて水に浸けて行った。
桶の中で、レオ自身が顔を動かして濡らすのと同時に汚れを落とす動作。
意思疎通ができて、自分で動いてくれるのは楽でいいなぁ……以前はこんな事してくれなかったしな。
その分、大きな体を洗うのが大変だけども。
「では、さっきと同じように泡を使って顔を洗って行きますが……鼻と目、口には注意して下さい。泡が入ったりしないように、ゆっくりと洗って行きましょう」
「はい、わかりました」
「畏まりました。レオ様、失礼します」
「スピー」
「あ、あと今は大丈夫ですが、水で濡らして冷たいので、寒い時はそこにも注意して下さいね。無理せず、手が冷たくなり過ぎた時は、お湯で温めて下さい」
顔の部分は特に注意が必要だと伝える。
再び目と口を固く閉じたレオが、諦めたような息を漏らすのを見ながら、恐る恐る泡を付けて行く二人。
ここに関しては、ティルラちゃんとリーザは見ているだけだ。
二人共、手が小さいから繊細な作業に適任かと思えるが、はしゃいでしまいそうだしな。
今はおとなしく、濡れて張り付いた毛を触ったりしておとなしくしてもらっている。
さらに、手が冷たくなった時は温めるように伝えながら、俺も泡を使って顔を洗い始めた。
屋敷のあたりは温暖な気候だし、今は大丈夫だろうけど、冬になったら手が冷たくてしもやけになったりしかねないからな……その時までレオが水で顔を洗うかはわからないが。
……ん、あれ? この世界……というか、この地域に冬ってあるのかな?
そういえば、気候について聞く事がほとんどなかったな……薬草畑の事もあるし、近いうちに聞いておかないと……。
「お腹や背中よりは楽ですが、目や鼻や口に気を付けてとなると、気を使うわね……」
「そうですね。私達も、石鹸が目や鼻に入ると痛いですし、感覚の鋭いレオ様だとさらにでしょう。ここはきをつけないといけません」
「まぁ、多少の事は我慢してくれるでしょうけどね。な、レオ?」
「スピー!」
「……抗議しているように聞こえますが」
「ははは、気のせいですよ」
「スピー! スプー!」
顔は気を使う分、手を大きく動かして洗う事ができない。
少しづつ丹念に洗って行くので、クレアさんの言う通り少し神経を使う作業だ。
ライラさんの言う通り、人間でも目に入ったら痛い石鹸が、感覚の鋭いレオに入ったら辛いのは当然だろうな……と思いつつも、少しからかうようにレオへと言葉をかけた。
鼻から抜ける声のような息は、クレアさんの言うように抗議をしている内容だったが……。
その後も抗議を続けるレオの鼻息を聞きつつ、顔全体を洗い終える。
「よーしレオ、いいぞー」
「スピッ!」
顔を洗い終える……というよりも、石鹸を付け終えて声をかけると、すぐに桶の水へと顔を浸けて洗い流すレオ。
桶の水は俺達が顔を洗っている最中に、リーザやティルラちゃんに頼んで代えてもらっていた。
遊びの延長になっていたおかげで、二人ともびしょ濡れだ……いや、それはほぼ最初からか。
「レオ様は、お湯が苦手なんですね……?」
「そうみたいなんです。川には平気で入って、泳いだりするんですけど……」
「シェリーとは違うんですね。あちらは喜んでお湯を浴びたがるくらいなので」
「ワフ!?」
「ぶっ!」
桶の中で顔を浸して石鹸を洗い流しているレオを見ながら、ふと首を傾げるクレアさん。
まぁ、今までの様子を見ていたら、苦手というか嫌いだというのもわかるよな。
お湯をかけられるたびに、体をビクッとさせたりしてたし、顔を洗うのは水だしな。
水が平気なのに、お湯が苦手なのは不思議だなぁと思いながらクレアさんに答える。
シェリーの方は、どうやらレオとは逆でお湯が嫌いという事はなく、風呂にも喜んで入るらしい。
それを聞いたレオが、驚いたためなのか桶から顔を上げて勢いよくこちらを向く。
当然、濡れていた毛から水が大量に俺へと降り注いだ。
横にいたから仕方ないが、もう少し気を付けて欲しかった……もろに顔へかかったじゃないか……濡れるのは覚悟してたけども。
ちなみにクレアさんは、レオから見て俺の後ろにいたため、被害はほぼなし。
俺が盾になった形だな。
服はある程度濡れているが、風呂へ入る前にまとめていた長い髪が濡れると大変だろうから、良かったと思うべきかな。
「……レオ、急に顔を上げたらこうなるだろう? 少しくらいなら仕方ないと思うけど、頭からかけられたようなもんだぞ。しかも水……」
「ワフゥ……」
びしょ濡れになった俺を見て、済まなさそうにするレオ。
一応、気を付けてくれてたようで、今まで体を震わせたりする事はなかったんだけどなぁ。
まぁ、仕方ないか。
水も滴るいい男……という事で前向きに考える事にしよう。
……本当にいい男かどうかは、あまり自信ないけど。
「タクミさん、大丈夫ですか?」
「えぇまぁ。ちょっと冷えるくらいです……」
「体調を崩してしまってはいけません! さぁ、とりあえずこちらで温まって下さい!」
「え、でも……服のまま……」
「気にしなくていいですから!」
クレアさんが心配顔で尋ねるのに、苦笑して返していると、ライラさんが大きく反応した。
多分、冷えるという言葉に反応したんだろうが、冷たい水とはいえ、寒くて風邪をひく程ではないので、大丈夫だと思うんだが……。
だがライラさんは、服を着たままの俺を広い浴槽の方へと引っ張り、中へと入るよう促した。
服のまま湯に浸かるというのは気が引けるが、勢いに押されて入る事に。
プールで水着とかだと抵抗感はないんだが、服を着たまま風呂というのには抵抗感があるのは、なぜなんだろう……?
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