エッケンハルトさんはランジ村へ寄り道するようでした
フェンリルの話から切り替え、エッケンハルトさんが本邸へ向かう話に戻る。
その際に、ランジ村へ寄ってから本邸へという事らしいが、わざわざあちらへ向かうのか。
確か……ランジ村は街道から外れた場所にあるから、本邸と屋敷の往復では通ったりはしないはずだ。
凄く離れているというわけではないから、ちょっとした寄り道という事だろうな。
理由は、クレアさんが世話になるから。
多分、それだけでなく実際にランジ村を見て、今どういう状況なのかを確認するためなんだと思う。
俺が一度行った事のある場所で、屋敷から比較的近いから薬草畑を作る場所に指定したが、エッケンハルトさんは実際にどういう場所なのかを見てみたいのだろう。
アンネさんが貴族としてどうなのか問いかけ、少し難しい顔をしながら答えている。
「アンネさんの事と言うと、オークをけしかけた伯爵家の? 貴族としてというのはわかりませんけど……」
「そうだタクミ殿。村長には確かに謝ったが、実際村では怪我をした者もいる。タクミ殿やレオ様の働きで死者はいなかったが、もしいなければ村そのものがなくなっていてもおかしくない事だからな。そこまでの事を本人が考えておらず、実行者は父親のバースラーだとしても、謝るくらいはした方が良いだろうからな。その方が、アンネリーゼの今後にも繋がるだろう。貴族としてというのは……私はあまり気にしておらんのだが……」
「公爵位につく貴族の方が、わざわざ村に出向いてする事ではない……とアンネリーゼ様は仰っておられるのです。確かに、領地を治める貴族。本来は村の者が旦那様の所へ来るのが筋なのですが……それは以前村長が来た事で果たされましたからな。特に問題はないでしょう。むしろ、そうやって自分から行動する事で、領民からの信頼を得られると考えれば、悪い事ではないでしょうな。他の貴族は眉を顰める事かもしれませんが、これが公爵家の気質なので」
「そうなんですね。そうやって、上から施政するだけでなく、ちゃんと領民を見ていると。俺は、すごくいい事だと思います。……貴族制度の事に詳しくない俺が言っても、説得力はないですが」
アンネさんに関する説明をエッケンハルトさんから受け、それを後ろで控えていたセバスチャンさんが引き継いで貴族の事を説明してくれる。
そうか……公爵家と言えば王家の次に偉い貴族。
国のトップに近い存在なのだから、そんな人物がわざわざ村に出向いて挨拶を、なんてする必要がないんだな。
わかりきっていた事ではあるが、公爵家の人達が領民の一人一人をないがしろにしようという気がない事が改めてわかって、俺としては好感が持てる。
俺が元々、仕事でも下っ端の方だったからかもしれないけどな……。
そうやって権力をかさに着ず、領民を大切に考えているからこそ多くの人に慕われているんだろう。
これは、エッケンハルトさんやクレアさんよりも、貴族らしい気質を持っているように見えるアンネさんではできない事のように思えた。
「そんな事はないぞ? タクミ殿に言われて、私も間違ってはいないと思える。貴族ではないからこそ、いや、外からの意見というのは大事な事だ。領地を治めるというのは、人間を相手にする事が多いからな。独善的では立ち行かん事も多い」
「もちろん、絶大なカリスマ性を発揮して、領民を引っ張っていく当主というのもいるようですけれどね。でも……」
「なんだ、クレア? 何か言いたそうにしているが……?」
「言ってもよろしいので?」
「何か嫌な予感がするが、構わんぞ」
俺が知識不足を自覚しながらも、公爵家を肯定するように言うと、エッケンハルトさんは嬉しそうに頷いてくれた。
クレアさんや、食堂にいるセバスチャンさんやメイドさん達も同じように頷いていた。
……結構、俺って信頼されているのか? 多分、レオと一緒にいるおかげもあるんだろうけど……あ、ギフトもか。
エッケンハルトさんが、わざわざ俺に対して外からの意見と言ったのは、多分この世界の人間ではないという意味も含まれているんだろう。
別の世界……全く違う価値観とまでではないが、自分達の常識とは違う価値観で育った人物の意見だからこそ、信じられるというのもあるのかもしれない。
と、クレアさんがエッケンハルトさんの言葉を引き継いで話し始めた。
だが、その視線は俺ではなくエッケンハルトさんへ……少し、ジト目に近い感じだ。
なんとなく、話しの流れで何を言いたいのかわかる気がするが……エッケンハルトさん、嫌な予感を感じながらも先を促してしまった。
娘のクレアさんから言われると、結構ダメージを受けそうだけどなぁ。
「お父様には、そういった黙っていても領民が付いて来るようなカリスマ性はありませんから。コツコツと信頼を築いて、皆についてきてもらうしかないんです。まぁ、無理矢理引きずって行く力はあるかもしれませんけど……」
「あははは……確かに力は強いですからね……」
「むぅ……娘にそう言われると、自覚している事でも少し辛いな。……ともかくだ、さすがの私も領民を無理矢理引きずったりはしないから、こうやって地道にやっていくしかないのだ。領民が安心して暮らせるよう努めるのが、領主としての役割でもあるからな」
「カリスマ性で引っ張っていく方だと、軋轢も生まれかねませんからな。そんな旦那様や公爵家の方々だからこそ、我々使用人は安心して尽くせるのです」
「……急に私を持ち上げて、どうしたというのだ?」
クレアさんの話は、俺の予想通りだった。
エッケンハルトさんの方も自覚していた事らしく、思ったよりもダメージは少なかったようだが、それでもちょっとは堪えているようだ。
そりゃ、偉大な父親として見られたそうなのに、娘からカリスマ性がないなんて言われたら、落ち込むか。
そこへセバスチャンさんがフォローのように言葉をかけ、他の使用人さん達も頷いた。
娘に落とされてから、使用人に持ち上げられるという、飴と鞭のような状況に少々困惑気味のエッケンハルトさん。
アンネさんはそんな仲の良い公爵家の人々を、エッケンハルトさんとは違う意味で困惑しながら見ていた。
昔想像していた貴族よりも、使用人や庶民との距離が近いんだよな、リーベルト家の人達って。
親しみやすくて、俺は好きだな――。
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