エッケンハルトさんは体を動かしたいようでした
ティルラちゃんも剣を持ってきて、一緒に体を動かし始めたのだが……何故かそこに忙しいはずのエッケンハルトさんがいた。
クレアさん達との話も、忙しくてセバスチャンさんに任せたらしい(話の終わり際に聞いた)エッケンハルトさんなのに、こんな所で剣を振っていていいのか……。
疑問に思って聞いてみたら、体を動かさないと落ち着かないようだ。
なまってしまうというのは、方便のような気がするな。
確かに鍛錬は怠ると、体がなまってしまうのは確かなんだろうが、エッケンハルトさん程になると一日や二日でどうにかなるようには思えないしな。
とりあえず、仕事があると言いつつも、剣を振り始めたエッケンハルトさんの事は諦め、俺も鍛錬に集中する事にした。
とりあえずティルラちゃんはラーレがいる事で、今までよりさらにやる気になっているようだが、以前言っていた従魔を得るためという目的は達成されたはずなのになぁ。
まぁ、自衛のためにもティルラちゃんが強くなるのはいい事なのかもしれないが。
「ふむ。タクミ殿、ティルラ」
「はい?」
「どうしました?」
ある程度剣を振って多少は満足したのか、俺とティルラちゃんの様子を見ていたエッケンハルトさんから声を掛けられる。
ティルラちゃんと軽く剣を打ち合うようにしていた手を止め、二人でエッケンハルトさんの方へと顔を向けた。
「私が本邸に帰ったら、直接教える事はできないからな。しばらくはフィリップに教えてもらうといいだろう」
「フィリップさんですか?」
「うむ。あやつは、この屋敷で兵士長をしているくらいだからな。剣の腕では、ニコラの方が上だが……あらゆる武器に精通している。戦い方も柔軟で二人に教えるのも申し分ないだろう。まぁ、二人共私がいなくとも鍛錬を怠る事はないようだがな」
確かに以前、フィリップさんから護衛兵長と自己紹介された覚えがある。
それにしてもあらゆる武器に精通か……槍を持っていたのを見た事があるし、ある程度使えるだろうとは思っていたが、そんなになのか。
ニコラさんは剣というか刀を使っている所を見る限り、確かに凄腕なんだろうが、フィリップさんの方が様々な視点で見れる分、人に教えるのには向いているのかもしれない。
ペアでオークと戦った時、俺に合わせて柔軟な戦い方をしていたのは実際に見ているしな。
……それだけ、フィリップさんがエッケンハルトさんから課された訓練が厳しかったんだろうけども。
「まぁ、フィリップにティルラを任せるのは少々不安な気もするが……軽薄な部分があるからな。タクミ殿もいるのだから、滅多な事にはなるまい」
「ははは、そうですね。というか、いくらフィリップさんでもティルラちゃんに手を出すような事は……」
「私ですか……?」
「いや……わからんぞ? タクミ殿も見ての通りティルラは可愛い。それに、クレアを見ればわかるように、成長したら美しくなる事は保証されているとも言えるからな」
「それはまぁ……確かに……」
「んー?」
難しい顔をするエッケンハルトさんに、自分の名前が出て首を傾げているティルラちゃん。
確かにティルラちゃんは俺から見ても可愛いし、天真爛漫な部分もあって微笑ましくもある。
髪の色や方向性は違ったりもするが、クレアさんというお姉さんがいるおかげで、将来美人になるだろう事は明白。
というより、今の時点で既に将来美人になるだろうな……と思えるくらいだしな。
……ほんと、髭を剃ったエッケンハルトさんもそうだが、周囲に美形しかいなくて俺の肩身が狭いような、元々あってないような自信がなくなるような……。
おっと、今は俺の事を考えている場合じゃないな。
ともあれ、ティルラちゃんが成長した時、フィリップさんが見初める……という事もあり得なくはないと思うが、その時点でフィリップさんも相応に年を取る事になるんだから、いい人を見つけて結婚してそうではある。
エッケンハルトさんの考えが的外れだとは思わないが、人当たりの良さそうな人だから、その気になれば相手はすぐに見つかるだろう……というより、今既にいてもおかしくないくらいだしな。
「というか、以前ティルラちゃんにもお見合い話を持ってきていたのに……」
「あの時はまぁ、仕方なくというかだな……? いや、ティルラにはまだ早いと思って、本気で相手を探して持って来ていたわけではないぞ。クレアは決断して私の言う事を聞かなそうだったから、ある程度しっかりとした相手を見繕ってはいたがな……」
「まぁ、ティルラちゃんにはまだ早いというのはわかりますけどね」
本人は忘れていたが、元々はクレアさんが言い出したお見合い話。
当時はティルラちゃんの相手も見つけようとしていたのを、さすがにまだ早いとエッケンハルトさんがそれらしく見せかけのお見合い話を持って来ていたかもな。
結局は、親子の対話が足りなくて、延々とお見合い話を持って来てはクレアさんが断るという事の繰り返しになってしまったようだが……。
「フィリップに関しては、タクミ殿に監視を任せる事にしよう。頼んだぞ?」
「はぁ……まぁ、一応見ておきますけどね」
「んー……んぅ?」
未だに首を傾げているティルラちゃんを余所に、俺がフィリップさんを監視するよう頼まれた。
特に見ていなくても大丈夫だとは思うが、一応頼まれたんだから見るだけはしておこう。
俺も、リーザという娘ができてしまったし、他人事には思えないからな……。
……もしティルラちゃんが成長して、お互いが認めているなら俺は反対したりしない……というのは、今エッケンハルトさんに言ったりせず、心の中にしまっておく事にした。
というより、薬草畑の事があったりでそれまでずっとティルラちゃんの近くで見守っていられるわけでもないんだが、それは今言わなくてもいいだろう。
エッケンハルトさんも、そこはわかっているだろうしな……多分。
「それでは、今日の鍛錬を本格的に始めよう。――レオ様は……」
「……また、シェリーを走らせてますね」
「ラーレも飛んでます!」
話を変え、本格的に訓練を始めようとレオを探して視線を巡らせたエッケンハルトさん。
見つけたレオは、裏庭の端をぐるりと回るようにしながら、シェリーの後ろから走って追い立てるようにしていた……ちょっとかわいそうだ。
ラーレはシェリーを追いかけているレオの数メートル上を、気持ち良さそうに飛んでいる。
鳥型だからか、飛ぶ事自体が好きなようだ……まぁ、あの体でレオやシェリーと一緒に走るのは難しそうだしな――。
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