エッケンハルトさんの申し出は断りました
オークの左側から肉薄したリーザは、そのままの勢いでナイフを左足の太もも辺りを斬り付け、深手を負わせる。
斬られたオークは、急に動かなくなった左足が原因で、突進の勢いのままに地面に滑り込む形になった。
俺が戦った時の左右逆でリプレイされたような感じだな、さすがに足を切断はしていないが。
さらにそれで一息つく間も与えず、リーザは自分に背を見せて地面に突っ伏したオークの後頭部……より少ししたの首にナイフを突き立てた。
「ギュ!? ギュゥゥゥゥ……」
「んしょ! えっと……もう、動かない?」
深々と首にナイフを突き刺されたオークは、声を上げ、動く右足をバタバタとさせていたが、しばらくして動かなくなった。
それを確認してから、ナイフを引き抜いたリーザは、本当にオークを倒せたのかを確認するため、ナイフの先で背中をツンツンする。
完全に事切れているため、オークからは何も反応はなかった。
「リーザちゃん!」
「わぁ、クレアお姉ちゃん!?」
オークが沈黙したのを確認した瞬間、我慢の限界だったんだろう。
俺やエッケンハルトさんの後ろにいたクレアさんが、弾かれたように飛び出し、一緒にティルラちゃんもかけて行った。
オークをツンツンして反応がない事を確認していたリーザは、急にクレアさんが駆けてきた事に驚いていた。
「ワフワフ!」
「凄いです、リーザちゃん!」
「ママ、ティルラお姉ちゃんも。えへへ……頑張ったよ!」
「えぇ、えぇ……よく頑張ったわね、リーザちゃん……」
駆けて行ったクレアさん達の後ろから、レオがゆっくり近づいて鳴き、ティルラちゃんも一緒に声をかけていた。
皆から喜ばれて照れたように笑うリーザの頭を、クレアさんはそっと撫でていた。
「タクミ殿」
「はい?」
「私と腕試しをしていた時、リーザは手加減していたのか?」
「……オークとは違う人間に、という事で多少加減をしていた可能性はありますが……多分全力だったんじゃないかと思います」
喜び合うリーザやクレアさん達を見ながら、エッケンハルトさんから話しかけられる。
俺もそうだが、エッケンハルトさんの視線は、リーザ達の方へ向いたままだ。
リーザとエッケンハルトさんの腕試しと、今し方オークと戦う場面の両方を見ていたが、どちらも手を抜いているという感じではなかった。
もしかすると、人間相手だからと無意識に加減をしていた可能性はあるが……どちらにせよリーザは全力で戦っていたと思う。
「ならば、服の問題か? 私と戦っていた時よりも、鋭い動きをしていたように見えたのだが」
「俺にもそう見えました。確かにスカートだと、動きにくかったとは思いますけど……それだけとも思えません」
「……確かにな。私に対しては、一直線に向かっていたが……オークの時は確実に力を削ぐような動きをしていた。肩を狙ったのも、そのためだろう。ナイフだから、斬り落としたりできない事はわかっていただろうしな」
「そうですね。まぁ、肩口にナイフを刺し込んだ時は、深く差し過ぎて、抜こうとして反応が遅れていましたけど……基本的に、オークの力を削ぐ事を優先していたと思います」
戦闘慣れしていないのは間違いないから、最初っから急所を狙って動くものだと思っていた。
事実、エッケンハルトさんとの腕試しの時は、初手で胸辺りを狙っていたしな。
けど、オークを相手にした時は最初から肩口を狙い、次に逆側の肩……突進を避けた後は足を狙ってナイフを繰り出していた。
「獣人の本能……なのか?」
「それはわかりませんが……リーザは、俺やティルラちゃんが戦うところを見ていたと言っていましたから、もしかするとそれで戦い方を考えていたのかもしれません」
「成る程な……最初から急所を狙わず、力を削ぐ事に集中。そして、好機を作り出して一気に止め……か」
「はい。腕や足を狙うのは主に俺。ティルラちゃんの戦闘を参考に、確実に反撃されないと確信を持った時点で止め……といったところですかね」
リーザは距離があったとはいえ、俺とティルラちゃんと……一応シェリーの戦闘を見ていた。
そこから自分なりに、どうやって戦うかを考えていたのかもしれない。
それにしたって、鍛錬をやった事のない、六歳程度の女の子ができるとは信じがたい。
獣人である事や、特有の魔法を使っているのも関係しているんだろうが……それでもな。
「そうだな。見て得た情報をもとに、自分がどう戦うか組み立てたわけか。……タクミ殿、リーザを私に預けてくれないか? 少々本腰を入れて訓練させるだけで、とんでもない事になりそうだ」
「……嫌ですよ。リーザにはできるだけ平和に過ごして欲しいんですから……」
「むぅ……楽しそうなのだがなぁ……」
俺の意見に頷いたエッケンハルトさんは、リーザ達から視線を外し、真剣な目を俺に向けてそんな事をのたまった。
さすがにそれは断らせてもらいたい。
リーザには、平和な場所で笑って過ごして欲しいというのが、俺の考えだから。
決して、簡単に追い抜かれそうだから、パパと呼ばれている俺の面目が保てないとかではないぞ?
きっぱり断られて、残念そうに唸るエッケンハルトさん。
マルク君の時も聞いたが、見込みのありそうな相手を見つけると、訓練を付けさせたがる悪癖があるんだったな……。
気を付けないと……リーザが攫われて訓練をさせられないように……いや、さすがにそこまではやらないだろうけども。
「パパ―! リーザ頑張ったよー!」
「おぉ、そうだな。うん、よく頑張った! リーザの凄い所が見れて、俺も嬉しいよ」
「えへへへへ……」
「ワフー」
「ふふふふ……リーザちゃんはやっぱり、タクミさんやレオ様なんですね。私やティルラと一緒にいても、タクミ様の方を見た途端、レオ様に乗って嬉しそうに報告ですからね?」
「あははは……」
エッケンハルトさんに対し少しだけ警戒していると、レオの背中に乗ったリーザがこちらに向かってきた。
近くまで走ってきたレオが急ブレーキ、そこから飛び降りて俺の前で着地と同時、満面の笑みでの報告。
思わず手を伸ばして、耳と一緒に頭を撫でながらリーザを褒める。
レオも、リーザが喜んでいる事と、オークを無事に倒したのを喜んでいるようで、誇らし気に声を漏らしていた。
さらにその後ろから、駆けてきたレオを追いかけてクレアさんとティルラちゃんも合流。
苦笑しながらクレアさんが、リーザを優しい目で見ながらも、少しだけ悔しそうだ。
まぁ、一応リーザにパパと呼ばれているから、他の人達よりも懐いているんだと思っておこう。
とりあえず、クレアさんには苦笑して返すだけにしたけどな――。
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