腕試しの結果が出ました
「ワシュン!!」
「ひゃっ! もう……ママー!」
「……どうして私が一番、濡れているのかしら……?」
「貴女がレオ様の正面にいるからでしょう?」
押し黙って、全力で別の事を考えている俺やエッケンハルトさん達から離れた場所、川の方から騒ぐ声が聞こえてくる。
レオは自分が話の元になっているとは考えていないようだが、噂をしたためか、川の水に濡れて冷えたせいなのか……クシャミをして盛大に川へ顔を突っ込んだ。
近くにいたリーザと、少し離れて正面にいたアンネさんは激しい水飛沫を浴びて、全身濡れていた。
そんな平和な景色を、押し黙った男四人が見ているという、なんとも不思議な空間ができあがってしまった。
シルバーフェンリルの天井知らずな強さは、人間が知ろうとするには大きすぎるのかもしれない――。
「んんっ! それでは、リーザがオークと戦うかどうかだが……」
しばらく後、エッケンハルトさんや護衛さん達、セバスチャンさも交えて相談した後、リーザとオークが戦う事に関しての判定を伝える場を設けた。
焚き火の前に座っているエッケンハルトさんを中心に、全員が集まっている。
リーザは焚き火を挟んでエッケンハルトさんの正面に座っており、俺とレオがその両側に座った。
クレアさんは、セバスチャンさんやアンネさんと一緒に少し離れた場所にいるが、心配そうな面持ちでリーザを見つめている。
「話し合った結果、先程の動きができるようであれば問題ないだろうとなった。ただし、私やレオ様、タクミ殿や護衛の者が周囲にいる時に限り……だがな」
「やったぁ! これで私もパパの役に立てるよ!」
「……良かったな、リーザ」
「うん!」
「ワフワフ」
結果はエッケンハルトさんの言う通り、条件付きではあるがオークと戦う事を許可された。
というより、ほとんどの人がリーザとオークが戦う事に否定的だったんだが、先程エッケンハルトさんに対して見せた動きができる以上、駄目とは言えないという結論。
獣人特有の魔法を……という事もあったが、あれ程の動きを見せられたら、むしろ拒否する方が不自然だろうとなった。
手を上げて喜んでいるリーザに、落ち込んだりしなくて良かったと思う反面、まだ少し心配というか不安が残る。
まぁ、その心配や不安を払拭するために、俺やレオを始めとした、周囲に戦える人がいる時にのみという条件にしたんだけどな。
とはいえ、森の中でもない限り、積極的にオークと関わったりはしないだろうから、周囲に皆がいる今の状況以外では戦うことはないだろうが。
レオの方は先程の動きを見れたからか、最初に戦うと言い出した時とは違って、今は安心したように喜ぶリーザに顔を寄せていた。
「それじゃあ、これから戦うんだね!」
「……そうだな、タクミ殿やティルラ、シェリーをもう一度ずつ戦わせられるかと思ったが、今日はまずリーザの方を見る事にするか。リーザ、大丈夫か? 先程に続いてになるが」
「うん、大丈夫!」
期待するように、エッケンハルトさんへ言うリーザ。
昼食後の反省会の後は、もう一度戦う予定だったらしいが、リーザの腕試しで時間が取られていた事もあるんだろう、今日はあと一度オークをおびき寄せてリーザが戦うとなった。
今からリーザも含めてそれぞれが順番に戦ったら、最後の方は暗くなってしまうだろうしなぁ。
森の中に入ってオークの囮になるフィリップさん達も、暗くなると薬草があっても負担になるかもしれないし……日程に余裕はあるんだから急ぐ必要もない。
先程魔法を使って戦ったリーザも、まだまだ疲れてはいないらしく、エッケンハルトさんの言葉に頷く。
魔力がどれだけなのかはわからないが、これだけ元気なら大丈夫なんだろう。
もしもの時は、レオと一緒にリーザを守るために飛び込むくらいの覚悟はしておこう。
……数に余裕はあるけど、今のうちにロエでも作っておくかな?
「オークと戦う事が決まったのはいいんだが……リーザ、どうしてその能力をスラムにいた時に使わなかったんだ? それがあれば、そこらの人間がリーザをイジメたりはできなかっただろう?」
リーザのために、『雑草栽培』を使おうかを考えている俺を余所に、エッケンハルトさんが声をかけた。
確かに、あの動きができればスラムの少年達から、一方的にイジメられる事はなかっただろう。
ディーム相手はわからないし、大人達が集団で来たら危ういだろうけども。
それでも、無抵抗で傷付けられるだけという状況にはならなかったと思う。
以前、リーザが言っていた、反抗したらさらに酷くなったという話なんだろうか?
「……うん、多分、なんとかできたかもしれない。けど、お爺ちゃんが人にはあまり使うなって……。見せるなとも言ってた。ここなら、皆いい人達ばかりだし、大丈夫かなって。パパやママもいるから……」
「ふむ……そうか」
「レインドルフさんは、知っていたんですね」
「そのようだな。まぁ、獣人の赤子を拾ったのだから、獣人に関して知っていたのかもしれんし、調べたのかもしれん。ともかく、リーザは言いつけを守っていたというわけか」
本気でリーザに反抗の意思があれば、確かにイジメはなくなったのかもしれないが……代わりに、ディームからさらに強く責められていた可能性もある。
それに、もしかすると魔法の事に詳しくないスラムの人達……それこそ少年達からは間違った知識で、魔物だと考えていた事をさらに信用してしまう、という結果にもなってしまっていたかもしれないな。
まだ小さい、六歳前後の女の子が、中学生くらいの少年達という、複数に勝てるなんて……そうそうあり得る事じゃないからな。
そう考えると、レインドルフさんが獣人としての力を、リーザに使うなと言っていた事は正しかったのかもしれない。
レインドルフさんが亡くなってから、リーザが受けた苦痛や苦悩を考えると、もう少しなんとかできなかったのかとも思うが……故人にそれを求めるのは止めよう。
人に対してむやみやたらに力を振り回さない、優しい子に育てようとしてくれたようだしな。
何はともあれ、リーザが今笑えているだけで十分だ――。
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