今回の移動で問題は起こらないようでした
「アンネ、もっとちゃんと歩きなさい。……あ、私の腕を掴んで楽しようとしないで!」
「クレアさん、私はもう駄目ですわ……」
ティルラちゃんとエッケンハルトさんは、ハイキングに来た親子のように穏やかなのに対し、少し騒がしいクレアさんとアンネさん。
原因は、アンネさんが早々にへばってしまっているからだ。
クレアさんは前回の時に、ある程度森歩きのコツを掴んでいるため、今のところ疲れた様子はないのだが、アンネさんは慣れない森の中で時折木の根に足を取られながら、えっちらおっちらと歩いている。
屋敷の中で、ほとんど外に出ずに過ごしていたようだし、そもそも運動をしたりもしてなさそうだから、疲れるのも無理はないか。
かといって、リーザと一緒にレオに乗せて運ぼうとしても、アンネさんは断るだろう。
未だにレオの事を怖がってるからな……。
今も、疲れていながらなんとか前に進んでいるのは、後ろにレオがいるためで、立ち止まったり座り込んだりしたら、レオが追いついて来てしまうから……なんて言う声もクレアさん達の方から聞こえた。
レオを怖がってるのは良い事なのか、悪い事なのか……判断しづらい人だな。
「さぁ、もうすぐよアンネ。ちゃんと歩きなさい! あ、変な所を掴まないで!」
「うぅ……もう無理ですわぁ……」
「アンネリーゼ様、もう少しで休憩できますので、頑張って下さい」
しばらく森の中を歩いて、そろそろ川のせせらぎが聞こえるあたりまできた。
多めの人数で移動し、そこら中で音がするため、耳を澄まさないとせせらぎも聞こえないくらいの距離だ。
その辺りまで来ると、アンネさんはほとんどクレアさんの背中に寄りかかるような姿勢になり、さらにその後ろからライラさんが励ましながら、アンネさんの背中を押している。
ヨハンナさんは、周囲警戒のためそれに加わっていないが、苦笑していた。
まぁ、なんとか進んでるようだけど……アンネさん、その恰好の方が普通に歩くより辛そうなのは、いいんだろうか?
「何も出て来ませんね……」
「そのようだな。――前回は、川への移動中にオークと遭遇したんだったな?」
「はい。私達よりも、レオ様が先にオークの接近を察知し、あっさりと倒しました」
「オークが多い森という事は聞いていたが、早々会うものでもないか……今回は、タクミ殿の薬草もあるというのに気が付かないという事は、近くにはいないのだろうな」
騒いでいるアンネさん達の向こうで、ティルラちゃんとエッケンハルトさんの話し声。
オークが出ない事と、確認をさらに前のセバスチャンさんに確認しているようだ。
少し残念そうなエッケンハルトさんだけど、予定していないオークとの遭遇がない事は、歓迎すべきだと思う。
ちなみに、森へと入る前に一部の人達には感覚強化の薬草を食べてもらった。
明かりがなくとも見えるようになる薬草の方ではなく、気配察知などを強化する方の薬草だ。
何も見えない程暗いわけではないし、日が沈むまでに川へと到着する予定だから、視覚強化の薬草を食べてたら、日の光が眩し過ぎるからな。
食べたのは、俺とエッケンハルトさん、それと護衛さん達五人に、セバスチャンさん。
レオの感覚強化までは必要ないというので、食べさせてはいない。
薬草のおかげで、遠くで何かが動くような気配を感じられてはいるが、わかるのは木々が風で揺れていたりする気配くらいだ。
オークやトロルドなんかの、魔物の気配は今のところ感じない。
「オーク、出て来ないんだねー。ちょっと残念……」
「ワフゥ……」
「まぁ、明日にはこちらから探して、鍛錬のための戦闘をするんだから、すぐに見られるぞ。というか、オークを見ても楽しくないと思うんだが……」
ティルラちゃんは、単純にオークと会わない事を不思議に思ったようだが、リーザは残念に感じているようだ。
レオも同意するように、溜め息混じりに鳴く。
単純に興味があるリーザとは違って、レオはオークを食料として見てるから、意味は違うだろうが……。
前回ライラさんに料理してもらった、オークの肉がまた食べたいんだろう。
屋敷でのヘレーナさんが作る料理にも、オークの肉を使った物があったはずなのになぁ。
作る人が違ったり、屋外で食べる料理はまた違った美味しさがあるのはわかるが……もしかしたら、レオはライラさんの作る、家庭的な味の方が好きなのかもしれない。
ヘレーナさんの料理が、高級料理だとするなら、確かに家庭料理の方がレオに合ってるのかもしれないな……贅沢な物を食べさせてこれなかった、俺のせいな気もするが……。
「ワフワフ?」
「いや、わざわざ探しに行くのは、止めておこう? 心配するな、食料も持って来てるんだし、明日には間違いないくオークの肉を食べられる」
「ワフゥ……」
よっぽどオークの肉を食べたいのか、レオが一狩り行こうかと言うような気軽さで、首を傾げる。
だがさすがに、隊列を乱すのは良くないし、今はこのまま川を目指した方がいいだろうと思い、レオを止めた。
残念そうに鳴くレオだが、こんなにオークの肉が好きだったっけ?
まぁ、森の中に入って、あの味を思い出した事も大きいんだろう……高級な豚肉のようで、美味しかったのは間違いないしな。
「ふふふ、レオ様はオークの肉が食べたいご様子ですね」
「ははは、そうみたいです。以前もライラさんが料理した、オークの肉を美味しそうに食べてましたから」
レオを思いとどまらせていると、後ろを歩いているメイドさんに笑われしまった。
以前の事を説明しつつ、そのメイドさんと話す。
「そうなんですね。――レオ様、ご安心下さい。夕食はまた美味しい料理をお出ししますよ。……ライラが、ですが……」
「ワフワフ」
「ライラさんが、なんですね……」
俺の説明に納得したメイドさんは、レオに話し掛けつつ、ライラさんの料理を楽しみにしているようにと伝える。
嬉しそうに頷くレオはいいんだが……用意するのはライラさんだけなんだ。
「えぇ、私は手伝うくらいしかできませんので。食材を切ったり洗ったりはできるのですが……どうも味付けという段階で、壊滅的な事をしているらしく……自覚はあまりないのですが……料理は手伝いだけと厳命されています」
「壊滅的……?」
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