考え違いが起きていたようでした
「……話が変わりましたが、ディームの奴はスラムにいた頃からの馴染みでさぁ。あいつは誰かを信用したりせず、誰かを利用する事ばかり考えてましてね……まさか、いつのまにか周辺のスラムのボスになるとは、思いもよりませんでした」
「そうか……仲は良かったのか?」
「いえ、俺はディームのやり方がどうにも気に食わなかったんで、あまり仲は良くありませんでした。顔を合わせる度に殴り合いでしたね。……いつも俺が負けてましたが……ははは」
ニックとディームはあまり仲が良くなかったようだ。
殴り合いの喧嘩に発展するくらいだったらしいが、いつもニックが負けてた、と。
確かに、俺相手にナイフで襲い掛かって来たニックと、先程ロングソードで斬りかかって来たディームを比べると……ディームが勝つのもわかる気がする。
ニックは、あっさり俺にやられてたからな……その後のレオやセバスチャンさんの脅しの方が、厳しかったが。
「もしだが……そのディームが捕まったら、どうなると思う?」
「ディームが捕まる、ですか? あの他人を信用しない、臆病者がですか……寝床も毎回変えて、場合に依ったらほとぼりが冷めるまで街から出て行くので、あまり想像はつきませんが……もしかしたら、スラムで誰かが情報を流したと、内部で裏切り者探しが始まるかもしれませんね」
「そうなのか? ディームを捕まえた相手に報復するとか、捕まってる場所を襲撃して、助け出したりとかしないのか?」
「あいつは誰も信用しないんですよ。それだけ臆病で、だからこそ捕まらないんですが……その分、どれだけ部下を持ってスラムの中で偉くなったとしても、仲間内からも信用されてません。少なくとも、俺がスラムにいる間はそうでしたね。なので、スラム内でディームの代わりにボスの座に座ろうとする奴が出るくらいで、報復とかはないでしょう」
「そうか」
ディームを縛った後で、あいつは捕まえたら他の奴らが……とかなんとか言っていた。
今のニックの言った事を信用するなら、仲間内でも信頼されてなかったようで、報復だとか、助け出そうとする動きはないと思える。
多分、はったりだったのかもしれないな……。
「仮定の話だが……もし公爵家が全力を挙げてディームを捕まえたとしたら、他の奴らは……」
「公爵家が? そんな事になったら、ディームに従ってた奴らは皆逃げますね。いくらスラムでくすぶってる奴らが多いとはいえ、公爵家の軍程じゃありません。逆らっても無駄ですから。ディームが公爵家に敵対したら、色々な脅しをかけて、玉砕覚悟で蜂起するかもしれませんが……あいつはそんな度胸はないでしょうしね」
「そ、そうか……」
「ワフゥ……」
エッケンハルトさんと、セバスチャンさんの予想……外れてたみたいだ。
公爵家がディームを捕まえたら、従ってた奴らは捕まらないように逃げる。
それぞれの街で蜂起すること自体、考えないようだな……。
ディームの関係者を捕まえると言う事を考えると、逃げられると捜索が面倒になるだろうが、何の罪もない人が巻き込まれたりする事はなかったようだ。
俺のやった事って……。
全くの無駄ではなかったんだろうが、ちょっとした徒労感に襲われる。
雨に濡れた外套の重さもあって、ちょっとだけがっくりしてしまう。
レオも一緒に、溜め息を吐くように鳴いてる。
帰ったら、エッケンハルトさんにでも恨み節をぶつけようと思う……うん。
……セバスチャンさんは……逆にやり込められそうだから止めておこう。
「アニキ、どうしたんで? ディームが何かしでかしたんですかい?」
「いや、ちょっと色々あってな。さっき、ディームを捕まえて来たんだよ……」
「へ!? あのディームを!? 見つけられたんで……あ、レオ様がいるから……」
「まぁ、レオのおかげも大きいな。ともかく、ディームを公爵家が表だって捕まえたら、各地のスラムが蜂起するかもって事で、内密に俺が動いたんだ。公爵家と関係はないように見せかけてな」
「……それで、こんな時間にここにいたんですね」
「まぁ、そうだな」
がっくりと項垂れた俺に、ニックがどうしたのか不思議そうな顔で聞いて来る。
暗くとも、ニックが不思議そうにしてるのは、距離が近いからよくわかる。
というか近いからな? 俺はスキンヘッドの男と顔を近付ける趣味はないから、それとなく距離を取りつつ、ニックにここにいる理由を説明。
ディームを見つけて捕まえた事に驚いた様子のニックだが、レオの方を見て納得。
確かに、レオがいなかったら匂いを追いかけて、広場にいるのを発見できなかっただろうし、そもそも俺一人で捕まえようなんて無謀な事は考えなかった。
というか、最初から最後まで、レオのおかげが大きいな……帰ったら、ソーセージを奮発してくれるよう、お願いしようと思う。
「ディームが捕まるというのは驚きですが、アニキとレオ様なら、納得しますね。……という事は、しばらくスラムは大慌てでしょうね」
「ニックに聞いた通りなら、そうだろうな。裏切り者がいないか探し始めるか」
「そうですね。それに、スラムのボスの座を巡っての闘争が始まります。これは、見廻りを強化しないと……カレスさんに言って、誰かもう一人か二人手伝ってくれる人がいないか、聞いてみます」
「あぁ、それはこっちでもセバスチャンさんに言ってみる。まぁ、公爵家やこの街の衛兵がスラムに乗り込むだろうから、すぐに収まりそうだけどな」
「公爵家が乗り出してきたら、表立って動けない奴らばかりなので、大きな騒ぎは起きそうにありませんね。誰も、公爵家と事を構えようなんて奴はいないでしょう」
「そうだな」
「ワフワフ」
ニックと話し終え、再び屋敷へ戻るために西門を目指す。
その足取りは、ニックと会う以前より、多少の徒労感もあって重かったが、無駄ではなかったと自分に言い聞かせる事にした。
別れ際、ニックが「もしスラムの事を聞きたかったら言って下さい。俺が知る事でしたら、なんでも話します!」と約束してくれたが……最初からニックに聞いてからディームを探せばよかったと、少し後悔。
もっと、自分が雇ってる相手の事を知る必要があるなぁ。
真面目に働いてるから、それだけで十分だと思ってたんだが……。
もし最初からニックに話を聞いていたら、俺とレオだけでディームを捕まえるという事になってなかったんだろうなぁ……なんて考えながら、セバスチャンさんと相談しなきゃいけないとも思いつつ、衛兵さんに挨拶をして街を出て、レオに乗って屋敷を目指した。
……もちろん、見込み違いだったエッケンハルトさんの考えを、つついてやろうとも考えながら――。
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