パパと呼ばれてしまいました
レオが魔法で作り出した水を飲んだ後の帰り道、畏まったしゃべり方を止めたリーザが、急に俺の事をパパと呼んだんだ。
「パパ、助けてくれて、ありがとう!」
「お礼はいいんだけど……何でパパ?」
「ん? だって、お爺ちゃんが……子供に優しくしてくれて、守ってくれるのが親だって言ってたから。助けてくれて、優しくしてくれるから……パパ!」
「そ、そうなんだ……」
「はっはっはっは! 本当にタクミ殿は懐かれているな!」
「笑い事じゃないですよ、エッケンハルトさん。俺はまだ子供を持った事はないんですから……」
俺とリーザの会話を、横で馬を走らせながら聞いていたエッケンハルトさんは、腹を抱えて笑ってる……馬の上でとか、器用だな。
子供と接する事は多かったが、子供を持つ経験はないから、パパなんて呼ばれてもどうしたら良いのかわからない。
そんな俺の戸惑いを感じたのか、リーザが顔を後ろにいる俺に向け、見上げて不安そうな表情をしてる。
「パパ……駄目だった? 私、親の事とかよくわからないから……」
「んー……そうだね……えーっと……」
不安そうな顔でそう言われてしまうと、パパって呼ぶな! なんて言えない。
「それに……私、パパの名前……よく知らないから……あっちのオジサンが何度か呼んでるみたいだけど、覚えられなくて……」
「そ、そうか……うん。そうなんだね。……俺の名前はタクミだよ。タクミって呼んでくれたら良いからね?」
「……タクミ……んー、でもやっぱり、パパの方が言いやすいよ!」
「そ、そうかもしれないけど……俺はリーザのパパじゃないんだ。だから、パパと呼ぶのは……」
「駄目なの? 私はパパって呼びたい……それでも駄目なの?」
「あー、うー、えーっと……」
「はっはっは! これはタクミ殿には断れんな! 素直にパパと呼ばれても良いんじゃないか?」
「……エッケンハルトさん……他人事だと思って……」
リーザにパパと呼ばれるのは、別に嫌じゃない。
それだけ懐いてくれたって事だからな。
でも、子供もいないのにいきなりパパって呼ばれるのには戸惑う。
エッケンハルトさんも一緒に助けたんだし、あっちの方は実際クレアさんやティルラちゃんって言う、立派な娘がいるんだから、あっちをパパと呼んでもいいはずなのに……。
それだけ俺の方に懐いたからか? それとも髭がないからか?
まぁ、エッケンハルトさんが、年端も行かない子供にパパと言われるのは問題な気もするけどな。
それこそ、衛兵さんが勘違いしたように、幼い女の子を誘拐したとか言われそうだ。
……日本だと事案になりそうだ。
という事は……俺がパパって呼ばれた方がいいかもしれない……いやいや、俺はまだ結婚もしてないし、パパと呼ばれる年齢では……無いわけではないけど……しかし……。
リーザに懐かれて嬉しくないわけじゃないんだが……それでも……やっぱり……でもなぁ……。
「……駄目なの?」
「……!」
エッケンハルトさんが馬の上で、器用に笑いまくっているのをジト目で見つつ、頭の中で混乱していると、リーザからの駄目押し。
下から上目遣いで見上げ、不安そうな顔に、しょんぼりと力なく垂れた尻尾と耳。
それを見ると、駄目だなんて絶対言えない。
こんな無垢な子供を見て、言える人がいるのか……いや、中にはいるかもしれないが、俺には絶対言えそうにない。
「わ、わかった。リーザ、これからはパパって呼んでいいよ……」
「やったぁ! パパ、ありがとう!」
「はっはっは! はっはっは!」
混乱する頭の中は放っておいて、不安そうにしているリーザを安心させるため、パパと呼ぶ事を承諾して頷く。
それを見たリーザは、満面の笑みになり、勢いよく尻尾を振って耳もピクピクしてる。
獣人というか、リーザなりの喜びの表現なんだろう。
これを見たら、俺の戸惑いとか関係なく、承諾して良かったと思えるな。
ひたすら笑ってるエッケンハルトさんは、後でクレアさんとセバスチャンさんに説教されればいいんだ、全く。
「はぁ……これで俺も子持ちかぁ……まだ結婚すらしてないのに……」
「ワフゥ……」
はしゃぐリーザと、笑うエッケンハルトさんを余所に、小さく呟いた俺の言葉と、走りながらのレオの溜め息が、後ろへと消えて行った。
「と、言うわけでして……リーザに押し切られたというか……何というか……」
「そうですか……わかりました。タクミさんが望んで、というわけではないのですね。一安心です」
「は、はい。それはもちろんです」
屋敷に帰ってからの、俺がエッケンハルトさんへの扱いでちょっときつめだった理由と、リーザにパパと呼ばれ始め、断れなかった事を客間にいる皆に説明する。
事情を聞いて、クレアさんはホッとした様子だが……そんなに俺って、小さい女の子が好きなように見えたんだろうか?
ともあれ、クレアさんの雰囲気も、いつもの柔らかい雰囲気に戻って俺も安心だ。
……クレアさんを怒らせるような事はしないよう、気を付けないとな。
「タクミさんがパパ……という事は……」
「クレア、今はそれを考える時ではないだろう?」
「……そうですね。失礼しました」
何やら少し考えるそぶりを見せたクレアさんだが、エッケンハルトさんに注意されて、意識をこちらへ戻す。
何を考えてたんだろうか?
「先程も言いましたが、レオ様がその子を保護すると言うのであれば、私達公爵家はそれに反対する事はありません。シルバーフェンリルは、公爵家にとって敬うべき存在……特別ですからね。それに、今はもう家族のようなものですから」
「ワフ」
クレアさんが決心するように、真剣な表情でその場の皆に宣言するように言い放ち、エッケンハルトさんやセバスチャンさん、部屋にいる人達皆が頷いた。
それに対し、レオはクレアさんに感謝するように頭を下げて一鳴き。
リーザは、自分の事を話されてるのは何となくわかってるみたいだが、話の内容がよくわからなくてキョトンとしてる。
まぁ、エッケンハルトさんやクレアさんが公爵家だとか、シルバーフェンリルが特別だとか、そこまでの事はまだリーザは知らないからな。
ゆっくり理解して行けば良いと思った。
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