雑貨屋は大きい店でした
最初は恐る恐る撫でていたエメラダさんだが、おとなしい事がわかると表情も緩んで行き、ついには夢をみているような顔になってしまった。
……女性がそんな顔を人前で見せない方が良いんじゃないだろうか。
少しだけ、本当に少しだけ、エメラダさんの表情に引いてしまった……。
「エメラダさん」
「はい!」
陶酔したような表情にまでなっていたエメラダさんにクレアさんが声を掛けた。
その声ではっとなったエメラダさんはレオから手を放して、クレアさんの方を向く。
「レオ様は当家が歓迎しているシルバーフェンリルです。これが一番、安全の保障になるのでは無いですか?」
「は、はい。それはもう。申し訳ありません、怖がってしまって」
「いえいえ、良いんですよ。見た目が恐いのは確かですからね」
「ワウー」
見た目が恐いと言ったらレオが抗議するように鳴いた。
すまん、レオ。
俺はお前の事を怖いとは思って無いからな、むしろ格好良いと思ってる。
……女の子のレオに恰好良いは失礼かな?
「ワフ」
俺の表情から言いたい事が読めたのか、レオは納得するように頷いた。
格好良いで良いんだな……。
その後、周りに集まってる人達にもエメラダさんを交えて説明をした。
全員ではないけど、納得してくれて良かった。
何人かはレオの事を、この場にいない街の皆に安全なシルバーフェンリルだと説明するとも言ってくれた。
良かったなレオ……この街へ来る度にいつも怖がられてたらかわいそうだからな。
しかし、それですぐに俺達は目的の雑貨屋まで行けたわけでは無かった。
何故かレオがおとなしい事を証明するために、集まった人達がレオを撫で始めたからだ。
さすがに自由に撫でさせるのはレオが困るだろうと、順番に並んでもらってお座りの体勢になったレオの足に触れるくらいにしてもらった。
中には泣きながらお礼を言う人や、拝むような仕草をする人までいて、しばらくその行列が収まる事は無かった。
約2時間後、なんとかレオを撫でる行列を捌ききり、エメラダさんとも別れて本来の目的である雑貨屋にようやく辿り着いた。
「随分と時間を取られましたが……タクミ様、こちらがラクトス一番の雑貨屋でございます」
「ほぉー」
思わず気の抜けた返事が出てしまった。
辿り着いた雑貨屋は、クレアさんの屋敷程ではないが、この街で見たどの建物より大きかった。
3階建てで木造ではあるものの、入り口は立派な門のようになっている。
俺達はセバスチャンさんに促されて店内に入る。
今回も、店内に入るスペースの無いレオは外で待つ事になった。
フィリップさんと一緒に待っててくれ、レオ。
店内に入る俺達をレオが寂しそうな目で見ていたのがちょっと辛い。
「ようこそお越しくださいました、クレア様」
「ハイン、今日はよろしくね」
「はい、畏まりました。そちらは……」
「あ、タクミです」
「タクミ様ですな。私はハインと申します。店主を任されている者でございます」
ハインさんは、上質そうな服を着て髭の左右が上に跳ねてる、少し太り気味の男性だ。
何だっけあの髭……確かカイゼル髭って言うんだったっけ。
小さい頃に少しだけ憧れてたなぁ……今は似合わないだろうからやらないが。
ここまではセバスチャンさんが先導しての道案内で来たが、今はハインさんに先導されて、店のあちこちに置いてある商品を見て回る。
店の商品は色々あって、食品なんかも扱ってるようだ。
2階の一部エリアに行った時は少し驚いた。
色んな種類の剣や槍、鎧なんかが置いてあったからだ。
ハインさん曰く、専門の店よりは品質が劣るらしいが、飾り用だったり初心者が初めて買う装備だったりと結構買う人はいるようだ。
値段も相応に安いらしい。
剣を使って戦う事に憧れた事はあるけど、今回は買わない事にした。
安めであっても自分のお金じゃないからな。
何とか稼ぐ方法を探して、自分のお金でいずれ買おうと思う。
ハインさんに案内されて色々店内を見て回ってるが、このお店……何でも扱い過ぎて雑貨屋というよりショッピングセンターみたいになってる。
まぁ各種テナントが入ってるわけじゃないけどな。
単純に手広く色々売ってる店と考えた方が良さそうだ。
ハインさんに案内される中、気になった商品は時計。
懐中時計と大きめの置時計が数点あった。
時計自体に驚くことは無かったのだが、その時計を眺めてる時に気付いた。
分針と秒針が無い。
隣を歩いてるクレアさんに聞くと、この世界で時計を使って測れるのは時間のみで、分や秒という考え方は無いらしい。
俺が、1時間は60分で1分は60秒と言うと驚いていた。
しかし、時計をよく見てみるとさらに驚く事があった。
時計はもちろんアナログ時計だ。
俺の世界では12個の数字があって時針が2周したら1日だった。
でもこちらの世界の時計は14の数字で2周、つまり1日が28時間あるという事なんだろう。
自転速度が違うのか? それとも数字の考え方が違うのかどうか……。
今まで、この世界が前の世界と大きく違う事は魔物がいる事くらいだと思っていたが、こんな違いがあったみたいだ。
それならもしかすると1時間が60分というのも違うのかもしれない。
「何かお気に召した物はありますかな?」
「そうですね……まず時計ですかね」
「時計があれば時間を正確に把握出来ますね。部屋に置いておくのも良いですよね」
「はい。出来れば、持ち歩くための懐中時計と、部屋に置く置時計が欲しいのですが……」
さすがに買うのは俺じゃなくクレアさんだ。
欲しいからと全部買いたいとは言いづらいものがある。
「構いませんよ。それならその二つを買いましょう」
「すみません、お願いします」
クレアさんは快く承諾してくれて、商品を手に取りハインさんに渡した。
「ありがとうございます。他に必要な物はございますかな?」
「そうですね……」
あれもこれも買うというわけにはいかないが、必要な物は買いたい。
俺はまたハインさんの案内で店内を回り、必要そうな物をいくつか買った。
朝、髭を剃るために渡された小さいナイフよりも剃刀に近い形の物を見つけられたのは良かった。
T字じゃないのが不満だが、ナイフよりは髭剃りが楽になりそうだ。
毎朝髭を剃る度に傷だらけになるのは嫌だしな。
これで朝の髭剃りは完璧だ……多分。
……使い方に早く慣れないとなぁ。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでよろしくお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はブックマークを是非お願い致します。
作品を続ける上で重要なモチベーションアップになりますので、どうかよろしくお願い致します。