クレアさんが酔っていて危険でした
「タクミ殿……これは早々に、離れた方が良さそうだと思うのだが?」
「……そうですね」
「ワフ……」
エッケンハルトさんが、クレアさんに捕捉されないよう、注意を向けながら俺に言った。
俺もレオも、それには激しく同意だ。
酔ったクレアさんがどう出るかはわからないが、今までお酒の席で幾度か経験した記憶がよみがえる。
大体、こういう時って、普段おとなしい人が思いもよらない酔い方をして、周囲を巻き込んで翌日にも影響が出る程の大惨事になるんだよなぁ……。
俺とエッケンハルトさんとレオは、視線を交わし、小さく頷いた後、ゆっくりと椅子から離れ始める。
「ほらー、アンネももっと飲みなさい! まだまだこれからよ?」
「ちょっと、クレアさん? 私、そこまでお酒に強くないのですけど……?」
アンネさんに注意が言っている間に、エッケンハルトさんが音を出さないようにしながら、素早い動きでティルラちゃんを回収。
うとうとしてたティルラちゃんが、驚いた顔をしてるが、今はそれに構う暇は無い。
シェリーと一緒に顔を上げたティルラちゃんに、口の前に指を持っていって静かにと合図をする。
それが理解できたのかはわからないが、声を出さなかったティルラちゃんは褒めてあげたい。
何とか食堂の出入り口まで辿り着く。
「……すまない、ライラ、ゲルダ。後は頼む」
「……畏まりました。巻き込まれないように注意しながら、見ておきます」
「お願いします」
「ワフ」
そっとドアを開けて食堂から出る間際、小さな声でエッケンハルトさんが、ライラさん達に謝りながらお願いする。
苦笑しながら、仕方なさそうに頷くライラさんに、俺とレオも小さくお願いして、食堂を出た。
「あれ? いつの間にか私とアンネだけですねー。ん、アンネ。もっと飲みなさい!」
「ちょっと待って下さいませ、クレアさん! あ、私を置いて皆逃げましたわね!」
「何言ってるの、良いから飲みなさい!」
「あ、ちょ、ま……あー!」
「アンネリーゼ……すまない……」
「俺達が不甲斐ないばかりに、アンネさんを犠牲に……くっ!」
「ワフゥ……」
食堂の扉を閉める直前、後ろから聞こえた叫び声に、俺もエッケンハルトさんも、レオでさえも悔しそうに呟いた。
「はぁ、何とか逃げ出せたな」
「アンネさんは、犠牲になったようですけどね?」
「尊い犠牲だった……ありがとう、アンネリーゼ」
「おや、こんなところでどうなさいましたか?」
食堂から離れ、屋敷の廊下でエッケンハルトさん達と一息つく。
アンネさんの尊い犠牲のおかげで、俺達に被害が出なかった事を感謝していると、俺達が来た方向とは別の所からセバスチャンさんが来て不思議顔。
「おぉ、セバスチャン。今食堂には近付いてはいけないぞ。クレアが目を離したすきに酔ってしまった……」
「それはまた……では、明日まで食堂には近づかないようにします」
「その反応……セバスチャンさん達は知ってたんですか?」
「あぁ、まぁな……」
「クレアお嬢様が酔ってしまわれると、誰の言う事も聞かなくなります。ロゼワイン1杯程度なら、大丈夫だと思ったのですが……」
「俺とタクミ殿が話している隙に、何杯か飲んでしまったようだ。ロゼワインが美味いのが、裏目に出たか」
「そのようで……」
エッケンハルトさんとセバスチャンさんは、クレアさんが酔うとどうなるかは知っていたらしい。
もしかすると、こうなる事が予想できるから、今までこの屋敷でお酒の類が出なかったのか……と考えるのは考え過ぎかな?
「クレアお嬢様は、多少好奇心に負ける事はございますが……常日頃から淑女であるために、色々と我慢をなさっているようですし……」
「それが、酔った時に表面に出て来るんだろうな」
「お酒でストレス解消は……色々と危うい気もしますが……」
「そうだな……だからあまり飲ませないように注意していたんだが……」
「今回は、私も離れたりと、注意が足りませんでした。久々の事で気が緩んでいたようです」
「うむ……次回からは気を付ける事にしよう」
「とにかく今は、アンネさんの無事を祈りつつ、収まるのを待つしかないですね……」
「ティルラを救い出せたのだけは、僥倖だな……」
「「「はぁ……」」」
「ワフゥ……」
「「??」」
廊下で大人が三人、頭を抱えて話すというシュールな光景。
俺もエッケンハルトさんも、セバスチャンさんもレオも、一緒に溜め息を吐き廊下に響かせた。
エッケンハルトさんに抱えられてたティルラちゃんと、そのティルラちゃんに抱かれているシェリーは、状況がわからずに首を傾げてる。
……説明するのは……クレアさんの姉としての威厳がどうなるかわからないから、このままにしておこう。
「はぁ、クレアさんがお酒を飲むと、ああなるとはなぁ……」
あれからすぐにエッケンハルトさんやセバスチャンさんと別れ、風呂に入って部屋へと戻って来た。
今日は、お酒も入ってる事だし……という事で、日課の素振りは無しになった。
ティルラちゃんも眠そうだったしな。
「ワフ?」
「あぁ、帰りに食堂近くを通って様子を見たけど、まだ飲んでたみたいだ」
「ワフゥ……」
ベッドに座った俺に、レオからまだ続いてるのかな? と聞かれる。
さっき、食堂の前を通ってみたけど、まだ飲み続けているようだった。
溜め息を吐いて丸くなるレオを見ながら、思い出すのは会社での飲み会。
俺はあまりお酒が美味しいとは思えなかったが、無理矢理上司に付き合わされることは何度かあった。
そのお酒の席で、クレアさんのように酔っ払って色んな人に絡む人等、色んな人を見て来た。
経験豊富とは言えないだろうが、酔っ払いに絡まれると面倒……というのはよく知ってる。
エッケンハルトさんがすぐに決断して、逃げ出せて良かったと思う。
これからは、クレアさんがお酒を飲む時は、飲み過ぎないよう、気を付けて見る必要がありそうだ。
コンコン……。
「ん? 誰だろう? はい!」
レオを撫でながらさっきの事を考えていると、部屋の扉がノックされる。
以前のように、クレアさんが訪ねて来たかな? と一瞬だけ考えたが、クレアさんは今食堂でロゼワインを飲み続けているはずだ。
一体誰だろうと首を傾げながら、外へ向かって声を出す。
レオも、顔を上げて扉の方を向いた。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。