自覚していた以上に無理をしていました
「ワフゥ……」
「あははは。まだまだ僕は挑戦し続けるよ。ほら、人生は挑戦の旅って言うじゃない?」
「ワッフ」
そんな事聞いた事がない、と首を振るレオちゃん。
そりゃそうだよね、似たような言葉を変えて今思いついた言葉だし。
「はぁ、諦めてはいないけど、この世界はまだまだかなわない事だらけだ」
レオちゃんに挑む時は、絶対に魔法を使わない、これは僕自身に課したルールだけど、そうでもなければシルバーフェンリルに敵う可能性がない。
運動神経があまり良いとは言えない僕だから、それでも可能性は存在しないとは考えないようにしている。
身体を上げる魔法を使わなければ、僕は多分オークにもあっさり負けるのも無視。
訓練とか、タクミ君みたいに真面目に毎日取り組むのは僕の性分じゃないせいもあるけど。
これを話すとどんな人にも、諦めろと言われるんだけどね。
なんて事を考えながら屋敷に戻るために森を歩いていると、急にレオちゃんが止まった。
「……ワウ?」
「どうしたの、レオちゃん?」
何かを探っているように、鼻を空に向けてひくつかせるレオちゃん。
これが元々小型犬のマルチーズらしいけど、そっちで同じ動作をしたら可愛らしかったんだろうなぁと思わずにはいられない。
いや、シルバーフェンリルになった今も可愛く見えなくはないけど、最強の魔物という方が先に来ちゃってね……。
「ワッフ、ワフワウ!」
探っていたレオちゃんが、何かを焦ったように鳴く。
「えっと、タクミ君?」
「ワウ! ガウ!」
「あ、レオちゃん!」
深く頷いた後、レオちゃんは突然先程トレンツァを追いかける僕に並走していた時よりも早く、本当に風のような速度で駆けて行った。
何か、タクミ君の方であったのかもしれない。
いや、シルバーフェンリルのレオちゃんが焦って駆け出すくらいだから、確実に何かあったんだろう。
「結構疲れているんだけど、まだまだ休めないかな?」
そう呟いて、解除していた身体能力向上の魔法を再び重ね掛けし、僕もレオちゃんの駆けて行った方、屋敷の方へと駆け出……そうとして、フェンリル二体が残っているのに気付いた。
「これ、僕が運ぶの……?」
収奪の牢獄はトレンツァを尋問する前に解除していたけど、その影響で意識はなく、気付いてもしばらくは動けなさそうなフェンリル達。
さっきまでレオちゃんが爪に引っ掛けて、引き摺るようにして運んでいたんだけど……大きくて重いんだよね。
はぁ、レオちゃんに追い付くのは無理そうだなぁ――。
――――――――――
「はぁ、ふぅ……なんとか、できた……かな」
「グラァゥ! ガアゥ! ガゥゥ……」
マクレチスに巻き付かれ、動きを封じられてもがいていたフェンリルが、少しだけおとなしくなる。
苦しみは続いていても、動けなくなって多少は理性を取り戻していっているんだろう。
トレンツァさんがカナンビスの強化薬を撒いてから、多少時間が経っているのもあって、その影響がほんの少しずつでも弱まってきているのかもしれない。
「グルゥ! グルァゥ!」
「ガァウ! ガァ、ガァゥ!」
「ふぅ……おっと、あっちも助けないと」
強く感じるだるさと、かすみ始めている目に力を入れ、もみ合っているフェンリル二体の方に、別のマクレチスを作って伸ばす。
こちらはゆっくりと、暴れているフェンリルだけを抑えて、助けてくれているフェンリルは巻き込まないよう細心の注意を払いながら。
一体のフェンリルを掴まえているマクレチスから片手を離さないようにしつつ、もう片方の手から伸びるマクレチス。
「……ちょっとよく見えないな。落ち着け……この蔦に捕まらないよう離れてくれ!」
「ガァ!? ガァゥ!」
かすむ目を凝らし、深く呼吸をして呼びかけると、すぐに一体のフェンリルが離れてくれた。
残った方のフェンリルは、突然自由になった事に驚いた様子だったけど、すぐに立ち上がって駆け出そうとする。
けど……。
「ごめん、それはさせない!」
「グルァ!? グルル、ガァガァゥ!」
伸ばしたマクレチスを巻き付け、動きを封じる。
こちらももがき、吠えていたけど少しずつ落ち着いてきたのか、動きが小さくなっていく。
暴れたくて暴れていたわけじゃないから、観念したわけではないだろうけど、やっぱり少しずつカナンビスの強化薬の影響が薄れてきているようだ。
もがき、時折情けない鳴き声を上げながら、フェンリルの目にはほんの少しだけ理性の色が戻ってきているように見えた。
「くっ……まずい。これをずっと維持するのは……」
「ガゥ!? クゥーン……」
「ははは、心配してくれてありがとう。でも、ここで離したらまた暴れちゃうだろうし、なんとか頑張るよ」
協力してくれているフェンリルが、俺の様子を見て心配してくれているようで、鼻先を近づけて来る。
そんなフェンリルに、ちゃんと笑いかけられているだろうか? もしかしたら力ない笑いとやらになってしまっていないだろうか、と思うけど、どうにかする元気はない。
マクレチスにどんどん魔力を吸われているため、体のだるさは強くなる一方。
目がかすんでいるのは、魔力というよりギフトの過剰使用の影響だろうか。
「とはいえ、さすがにこのままなのは……」
待ってれば、誰かが来てくれるだろうとは思うけど、魔力の残量的にどれだけ続けられるかわからない。
どれだけ魔力が残っているかは、感覚に頼る部分が大きくてはっきりわかるわけじゃないけど、体のだるさなどから、なんとなく残り少ないんだろうなって程度はわかる。
せめて、二体のフェンリルのうち片方だけでもマクレチスから離れる事ができれば……。
「すまないけど、片方のフェンリルを氷で固めるってできるかな?」
「ガウ? ガァウ!」
おそらく、できる! と言ってくれているんだろう、頷くフェンリル。
まぁこれまで何度か氷で固める所を見ているから、間違いないか。
全身を氷で包まれても、その内側から割って出る事もあったようだけど。
「少しだけおとなしくなってきているし、今ならそんな事はないかな。とにかく落ち着かせないと、サニターティムの丸薬を飲ませる事もできないし」
慌てて追いかけたから、今ここにサニターティムの丸薬はないけど。
フェヤリネッテ達が、大量に作ってくれているはずだからそれは後でだな。
「あっちの、さっきまで揉み合っていた方じゃなくて、先に俺が捕まえた方のマクレチス――この蔦を解くから、そっちに頼む」
「ガッフ!」
任せてと言うように、俺の言葉を聞いたフェンリルがマクレチスに捕まって、大分おとなしくなった方のフェンリルへと体を向ける。
「いくぞ……よし、今だ!」
「ガァゥ! ガァァ!!」
ゆっくりと片方のマクレチスから手を放すと、魔力供給が途絶えて枯れていく。
拘束が緩んだからか、体を震わせてまとわりついていたマクレチスを振り払うフェンリルに対し、合図を出して氷の魔法を使ってくれる。
ガチッ! という乾いた音と共に、全身が氷付けになるフェンリル。
多少おとなしくなってきていたとはいっても、氷の内側で抵抗しているのか、一度固めたはずの氷に小さく亀裂が入る。
「ガァ! ガァァゥ!!」
「……キューン」
再度、俺の近くにいるフェンリルが氷の魔法で固め、強固に閉じ込める。
情けない鳴き声が氷の内側から聞こえるけど、理性を保って暴れなくなるまで我慢してくれ……。
「ありがとう、助かったよ」
「ガァ~ウ」
空いた手を伸ばして魔法を使ってくれたフェンリルを撫でつつ、感謝を伝えると、気持ち良さそうに、それでいて誇らしげな声を漏らした。
こういうところは、レオと似ているんだなぁ。
まぁ種族的には違っても、犬――狼っぽい性質は同じなのかもしれない。
犬ならともかく、狼が撫でられ、褒められて喜ぶかどうかはわからないけど。
「ガァ、ガァゥ?」
あっちはどうするの? というように前足をちょいちょいと動かして示すフェンリル。
示す先はまだマクレチスで掴まえているフェンリルだ。
「まだ余裕があるなら、あっちもお願いしたいけど……」
「ガァゥ!」
再び任せて! というように鳴くフェンリル。
まだまだ余裕がありそうだな。
それじゃあ、あっちも……と思った瞬間。
「……あれ?」
「ガフ!?」
フッ……と何かが途切れるように、全身に力が入らなくなる。
魔力の不足か、それともギフトの過剰使用か、疲労というわけじゃないだろうが、とにかく一瞬で自分がどうなっているのかすらわからなくなった。
しゃがみ込んでいる姿勢を維持しているのか、それとも地面に倒れ込んでいるのかすらわからない。
「うぅ……くぅ……!」
「ガァゥ! ガゥワゥ!」
フェンリルの声で、なんとか意識を保ちつつ、手に触れるマクレチスを離さないようにだけ集中。
状態的に手を離した方がいいのかもしれないけど、複雑な事は考えられず、とにかく捕まえておかないとという、本能に近い感覚だけを頼りにする。
ただ、俺が完全に意識を失ってしまったら、マクレチスが解かれて……いや、その時は近くにいるフェンリルがなんとかしてくれるか?
なんて考えも浮かぶけど、言葉を発する事もできず確認もできない。
「タ――さん! ――クミさん!!」
「ワウー!!」
「あ……」
遠くから、聞き覚えのある、安心する声が俺を呼んでいる気がする。
なんとなく、その声に導かれるわけじゃないけど、その声の主に任せておけば大丈夫という安心感が生まれ、そのまま意識を手放した――。
「う……あぁ……」
何か柔らかい物の上にいる感覚と共に、意識が浮上し、声を発する。
自分でも驚くくらいかすれた声が出た。
「タクミさん!?」
「パパ!!」
「ワフ!!」
「あぅ……レア。……ーザ。……オ」
張り付いたように開かない瞼を無理矢理開け、聞きなれた声の方を見ると、目に涙をためたクレアやリーザ、それにレオがいた。
泣きそうなクレア達を見て、どうしたのと声をかけるために名前を呼ぼうとしたが、かすれた声ばかりではっきりと呼べなかった。
「パパー!!」
「ワフー!」
「ふぉ……!」
飛び込んでくるリーザと、顔を近づけ舐め始めるレオ。
どうしてこんな状況になっているのかわからず、ただただ困惑しながら息を漏らす事しかできなかった。
声、まともに出ないから。
「はぁ、人心地付いた。ありがとう、クレア」
「いえ。本当に心配しました。体の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫、パパ?」
「ワウー?」
「ちょっとだけ節々と背中が痛いけど、大丈夫。動かせるし問題ないと思う」
ひとしきりレオに舐められ、リーザが頭でお腹をグリグリするのを耐えた後、コップ一杯のお水を一気に飲んでようやく人心地。
喉が渇ききっていたからか、水を飲んだ後はちゃんと声が出せた。
まだ心配そうにしているクレアやリーザ、レオには大丈夫だと示すように腕を上げて動かして見せる。
ずっと寝かされていたせいなのか、体が固まって背中や節々が軋むような痛みを感じるけど、それくらいだ。
「えっと、それでどうして俺はここに……?」
どうやら、自室のベッドで寝かされていたらしい。
背中の痛みに少しだけ顔をしかめながらも、支えようとするクレアの手を借りてベッドから立ち上がる。
「タクミさん、私が行った時には倒れていたんです。呼びかけても反応がなくて……」
「倒れていたって……あぁ、そういえば」
立ち上がり、意識もはっきりして少しずつ思い出してきた。
暴れるフェンリルを掴まえようとしていた、いや掴まえていたんだっけ。
なんとなく、全身の力が抜けて行く中でクレアとレオの声に安心して意識を手放したのを覚えている。
「えっと、フェンリル達はどうなったの? 結構派手に凍っていたりしたけど」
「タクミさんのおかげで、皆無事です。フェンリルは寒さに強いので、氷に閉じ込められるくらいならなんともないみたいです」
「ワッフ」
「あとね、パパの作ったお薬のおかげで元気になったよ!」
「そうか、それなら良かった」
氷に閉じ込められる、というか一部は凍らされていたような気がするけど、フェンリルにしてみたらそれくらいなんともないらしいかった。
サニターティムの丸薬も役に立って、もう元気になったようだし、何事もないわけじゃないけど無事でよかったと胸を撫で下ろす。
「あれ、でも怪我くらいはしていたんじゃない?」
「それも、タクミさんが以前から用意してくれていたロエで。と言っても、大きな怪我をしたのは、フェンリルだけでなく兵達にもあまりいなかったので、大体はミリシアちゃんの作った傷薬で十分でした」
「そっか」
いないわけじゃないけど、ロエが必要な程の怪我をした人が少なかったのは、本当に良かった。
「それもこれも、タクミさんのおかげです。もし村の方でもフェンリルが暴れてしまっていたら、訓練を受けていない村人や建物に大きな被害が出ていたかもしれません。それこそ、ロエでは足りない程に」
「ワフゥ」
「皆ね、パパが頑張ったからって喜んでたよ! でも、パパが起きないからリーザはあんまり嬉しくなかったけど」
「そうか。ごめんなリーザ。クレアもレオも、また心配かけちゃったな」
リーザの頭を狐耳と一緒に撫で、レオも一緒に撫でる。
クレアも……と思ったけど、俺の手は二本しかないのでちょっと待って欲しい。
「ん……パパだぁ。良かったぁ」
「ワフゥ」
頭を撫でる俺の手を両手で抑え、ふにゃっと笑うリーザ。
ちょっと泣きそうなのは、それだけ心配させちゃったんだろう。
「それにしても、さっきからその後の状況を聞いていると、結構時間が経っているようだけど……?」
怪我の処置とかはともかく、フェンリル達はもう元気らしいし、カナンビスの強化薬の影響を抜け出しているっぽい。
前回カナンビスの薬の影響を受けた時は、一晩かかったのに。
サニターティムの丸薬のおかげなどもあるかもしれないけど……前回ギフトの過剰使用で倒れた時は、確か二日間くらい起きなかったんだっけ?
もしかしたら、あれと同じくらい経っているのかもしれない。
「タクミさん、一週間……七日も起きなかったんです。ユート様は、魔力を使い過ぎた事と、ギフトの過剰使用が重なってこうなっていると。いずれ起きるとは言われていたのですが、でも、ずっと心配で……」
「七日も!? そ、そうなんだ……本当に心配をかけちゃったね」
想像以上に寝続けていたようだ。
そりゃ七日も寝ていたら、起きてすぐまともに声が出なくてもおかしくないよな。
ある程度、寝ている間のお世話とかされていたとしても。
とにかく、心配させすぎちゃったみたいで申し訳なく思いつつ、安心してもらうため、ちゃんとこうして目が覚めた事を示すために、クレアを抱き寄せた。
強く抱き返してくるクレアを感じると、俺自身が安心してしまったけど。
「あ、そ、そうでした。皆にタクミさんが目を覚ました事を伝えないと! お父様達も、随分心配していましたから!」
思っていたよりも強く抱きしめ返していたのに気付いてか、少しだけ頬を紅潮させたクレアが、そう言って部屋を出ていく。
いつも挨拶代わりにハグはしているけど、それ以上にかなり熱烈だったから、俺もちょっと照れ臭いな。
レオとリーザが近くでジーッと俺を見ているのも、照れる原因の一つでもあるけど――。
今話から、設定や人物名などは書籍版と同等に変更いたします。(大筋などは変わっていませんが、一部名称や設定変更がされたキャラがいますので)
例、ミリナ→ミリシア
別作品も連載投稿しております。
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