湧き上がる不安を感じるクレア
「クレアお姉ちゃん、外のは全部いなくなったよー!」
氷の壁を飛び越えてこちらに来るのはフェン。
庭の壁より低いのだから、ラーレが飛ぶ空に届くようなジャンプができるフェンにとって、壁を飛び越えるのは簡単なのでしょう。
暴れているフェンリル達は飛び越えるという考えすらないようで、ただガンガンと壁にぶつかっているけれど。
多分、そういう考えを巡らせる余裕がないのでしょうね……早く、落ち着いてもらわないと。
「ありがとう、リーザちゃん! さぁ、ここからが正念場よ、リルル! フェン!」
「ガァゥ!」
「ガァ!」
庭にいるフェンリル全てを氷の壁の内側に集め、逃がさないようにしつつ、移動する範囲を限定。
数が少ないこちらがちょっと大変だけど、向こうは狙って私達の方に来るわけではないので、フェンとリルルに任せて、一体ずつ対処していけばいい。
フェンとリルルは、協力しつつ暴れているフェンリル達を氷で捕らえる。
やっぱり少ししたら割られて中から出て来るけれど、回数を重ねるごとに目に見えて動きが鈍く、というより、理性を取り戻したように暴れる動きが減ってきたわ。
おかげで、どんどんと私達に有利になっていく。
けど時折、私達に向けて駆けて来るフェンリルがいた。
それに対しては、魔法を使う瞬間などで対処が遅れそうな場合には、空からラーレが援護してくれる。
翼をはためかせて風を起こし、フェンリルの動きを鈍らせたり、さっきまでのように足で掴んで放り投げたりとかね。
そうしてしばらく、数体のフェンリルを相手にリルル達と共に立ち回る。
少しして、ようやくほとんどのフェンリルが苦し気に唸りながらも、蹲るようにして動きを止めてくれたわ。
一部、動く体力も少なくなったためなのか、氷の中から抜け出せないフェンリルもいたけれど、リルル曰く、魔力の塊でもある氷に中にいる方が、苦しさも紛れるらしい。
……寒い、どころでは済まないように思えるけど、フェンリルが無事ならそれでいいのかしら。
「そろそろいいかしらね。リルル、氷の壁を解いてもらえる?」
「ガァゥ!」
私がお願いするとすぐ、パリンッ! というガラスが割れるのに似た音と共に、氷の壁が消え去る。
とはいえ、完全に消えたのではなく細かく割れた、という事のようだけれど。
「お父様、フェンリル達はほとんど動きが止まりました!」
「よくやった、さすがはタクミ殿のパートナーだ!」
「パ、パートナーって……!」
いえ、私はそうありたいと思っているし、認めてもらえているようでうれしいのだけれど、今言う事じゃないと思います、お父様。
こういう時は、さすが我が娘、とかで良かったのに……いえ、それもなんだか気恥ずかしいわね。
「タクミさん達の方は、大丈夫かしら?」
「ガァゥ」
「キャゥー?」
兵達を指揮して、動きを止めたフェンリル達の様子見をしているお父様から視線を外し、庭の壁の外へと目をやる。
先程から、フェンやリルルの魔法、フェンリル達が壁に激突する音などに混じって、庭の壁の向こうから大きな破裂音とか色々な音が聞こえて来ていたけど、それも今は止んでいた。
レオ様もいらっしゃるし、何事もない――と言えるような音ではなかったけれど、それでも無事でいるはず。
そう思った矢先に……。
「っ!? これは……?」
突然湧き上がる不安。
体の奥からと、タクミさんからもらったネックレス、その両方から何かが沸き上がり、それが不安と形容できる感情に繋がっているのだと、感覚で理解する。
「タクミさんに、何かが?」
どうして不安が沸き上がるのか、何故ネックレスからもと感じるのかなど、わからない事ばかりだけれど、今感じているこの感情を無視してはいけない、という焦燥感に駆られる。
それと共に、タクミさんに何かが起こっているのだとも感じた。
この感じは、以前タクミさんがランジ村で複数のオークに襲われる前後の時に似た感覚……いえ、あの時以上に強いかしら。
距離の関係なのか、それともほかの要因が関係しているのかはわからないけれど――。
「っ! お父様! 私は外へ向かいます! ここは任せました!」
焦燥感、湧き上がり途絶えない不安に突き動かされ、お父様に叫ぶ。
「む!? わ、わかった!」
「リルル、疲れているかもしれないけれど、お願い!」
「ガァゥ!」
リルルにも私の不安が伝わっているのかはわからないけれど、すぐに庭の壁に向かって駆けだしてくれた。
「お爺様!」
庭の壁をリルルが乗り越え、お爺様を見つけてそこに駆け込み声をかける。
そのお爺様の向こうでは、輪になっている兵士やフェンリル達、さらにその中央には氷の柱のように見えるものが鎮座していた。
「おぉ、クレア。そちらは無事だったか。ハルトはどうした?」
「お父様は、庭の方で兵達のまとめ役をお願いしています。こちらは……こちらでも、フェンリル達が暴れていたのですか?」
「うむ。トレンツァが何かをしたと思ったら、近くにいたフェンリル達が急にな。残っていた無事なフェンリル達やタクミ殿と協力して、今しがた落ち着いたところだ。まぁ、あの氷をこれからどうにかせねばならんが」
氷の柱にお爺様が視線をやるのを追いかける。
よく見るとその中にはフェンリル達が閉じ込められていて、カリカリカリ……と内側からひっかく音が聞こえて来ていた。
ドアを開けて、と訴えるシェリーがやるのと似ているわね。
「そうですか……って、そうでした。タクミさんは!?」
「む、タクミ殿なら、村に突撃していったフェンリルを追いかけて行ってしもうた。無事なフェンリルとフィリップ達が追いかけているが……私も追いかけたかったが、ここを離れられぬからな」
「そうですか」
おそらく、フェンリルが村に入り込んで暴れたら大変だと、タクミさんは追いかけたのでしょう。
お爺様が心配そうに村の方へ顔を向けるように、私も心配だけれど……タクミさんらしいとも思ってしまう。
自分の事よりも、人の心配をして頑張ってしまう人だから。
とはいえ……。
「思い過ごしだったのかしら? タクミさんにはレオ様がついているから、大丈夫でしょうし」
今も、不安が沸き上がる気持ちはあるのだけど、よくよく考えればレオ様と一緒であれば大丈夫だろう。
この不安は不思議ではあるけれど、思い過ごしなのでしょうね。
そう考える私に対し、お爺様はかぶりを振った。
「いや、レオ様は一緒ではない。ユート閣下と共に、森の方へ逃げたトレンツァを追いかけている」
「え!? で、では今タクミさんはレオ様とは別に!?」
「うむ。しかもフェンリル達を落ち着けるために、色々と動いていたからな。本人もギリギリと言っていたのもあって少々、いやかなり心配なのだ。フィリップ達に向かわせてはいるが……」
レオ様とタクミさんが別にいるなら、やはりこの湧き上がる不安は……。
「リルル、タクミさんを追いかけるわ! お願い!――お爺様、すみません! 私はタクミさんの所に!」
「クレ……」
そう思った瞬間、リルルにお願いしてタクミさんを追いかける事に決めた。
何かを叫ぶお爺様の声を置いてきぼりにし、焦燥感、不安といった、形容しがたい気持ちに突き動かされて――
―――――――――
「……これでも僕、全力で走っているんだけどなぁ。地球だったら、あらゆる記録を大幅更新しそうなくらいに」
「ワフ!」
トレンツァを追いかけ、森の深くに入っている僕の隣を、レオちゃんが並走している。
息切れする程、余裕がない程というわけではないけど、森という木々が邪魔になる中では全力と言える速度で走っているのに、レオちゃんは余裕で付いてきている。
さすがシルバーフェンリルだよね……大きな体なのに器用に木々を避けてぶつかる危うさとか一切ないし。
……木にぶつかっても、その木が薙ぎ倒されるだけで、多分レオちゃんにとっては障害物とも言えないんだろうけど。
そういう僕自身も、森の中で障害物競走みたいな事をしながらも、世界記録を軽々と更新しそうな速度で走っているけど、もう慣れたものだよね。
気軽に旅をする僕にとっては、むしろ必須なくらい。
「……っと! 風刺突!」
「ガァフ!」
前方、そろそろトレンツァが攫ったフェンリルの尻尾がチラチラと見え始めた頃、邪魔な魔物を魔法で排除。
右手を手刀の形に、爪先から風の針を伸ばすようにして魔物に向かって突き刺す。
さらに体を回転させて横に蹴り飛ばして、悲鳴を上げる暇もなく魔物は複数の木を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。
他方、レオちゃんの方はまた別の魔物に対し、噛みついて首の力だけで放り投げた。
僕が蹴り飛ばす以上の勢いで、十を越えそうな木々を薙ぎ倒していく魔物。
……僕の方はかろうじてだけど、あっちは原形留めているかなぁ? まぁ、わざわざ見にいったりはしないけど。
ともあれ、こんな自然破壊まがいの事をしながら、邪魔になる魔物をいくらか排除。
タクミ君指揮下の調査隊が森に入り、かなり魔物が減っているとはいえそれなりにいるし、結構奥まで来ているからね。
木々の方は……仕方ないという事で。
放っておいても、この国の一部の森ではこれくらい自然破壊にすらならないんだけどね。
まぁそれはともかく。
「レオちゃんは右を! 僕はトレンツァが乗っている方を止めるよ!」
「ワッフ。ワウゥ?」
「大丈夫、これでも結構冷静なんだ。ほらよく言うでしょ? 怒りが強くなりすぎると逆に冷静になるって」
「ワウ……?」
あれ、言わなかったっけ? いや、レオちゃんがそういう言葉を知らないだけかな。
タクミ君ってかなり温厚で、あんまり怒ったりしなさそうだし、その近くにいたレオちゃんだからそんな経験もなかったんだろうから。
なんて話しをしながらも、着実に逃げるトレンツァに近付く。
「なんなのよあんた達! シルバーフェンリルはともかく、なんで人間が追い付いて来られるのよ!」
僕らが追い付いてくるのに怯えるトレンツァが喚き散らす。
「だってさー、そのフェンリル。全力で走っているわけじゃないからね。そりゃ追いつけるよ」
ただ暴れているフェンリルとは違い、トレンツァが乗るフェンリルは強制隷従具のせいで無理矢理従魔化しているうえ、薬の影響などを押さえつけられているのか、意思として従いたくないと思ってはいても、それなりに身体能力は使えている。
とはいえ、フェンリルという種族としての全力ではないのだけど。
強制隷従具の欠点の一つだよね、意思などを無視して、無理矢理魔力のつながりを持たせる事で、魔物としての本来の力を発揮できなくなるっていう。
「全力じゃなくても、この速度に追いつけるっておかしいでしょ!」
「酷いなぁ。僕はおかしくなんてないよ?」
ただ単に、身体能力を強化する魔法を自身にかけ、さらに重ね掛けしているだけだから。
まぁその魔法は人間じゃなくて獣人が使えるものだし、重ね掛けなんて本来できないはずの魔法を、ギフトで無理矢理やっているから、異常といえるのかもしれないけど。
……これが終わったら、酷い筋肉痛になるだろうなぁ……というか、既に体のあちこちがきしんでいる。
あとでタクミ君に、筋肉疲労回復薬草だったっけ? あれをもらわないと。
元々、身体能力が高い獣人用の魔法だけあって、人間の僕が使用すると体が悲鳴を上げて強い筋肉痛になるのだけど、それを重ね掛けしているわけだからね。
それを緩和するための魔法はあるから、通常はそれも併用するけど、今回は緊急だったし、重ね掛けできなくなるから使っていない。
軽口で返しているのは、さっきまでと違って追い詰めている実感と、悪足掻きを続けるトレンツァに対する怒りが上限突破して、レオちゃんに言ったように本当に冷静でいられる。
じゃなかったら、多分他の事を考えられずに今頃はこの森一帯を焦土と化すような事をしてしまいそうだし。
だからこその軽口でもある。
「というかさぁ、僕はともかく、シルバーフェンリルを前にして本当に逃げられると思っているのは、考えが甘すぎだよねぇ。自分達は王なんて呼んでいながら、侮りすぎじゃない?」
「ワッフ!」
ちょっと憤慨するように、レオちゃんが僕の言葉に頷く。
どこぞの地獄の番犬じゃないけど、シルバーフェンリルが本気で追いかけたら、逃げられるような存在なんてこの世界にはいないからね。
それこそ、地球で音速を越える戦闘機を用意するくらいじゃなきゃ……いや、それでも無理かなぁ?
「なんなのよ、なんなのよなんなのよ!!」
追いかけられている、さらに距離を詰められて追いつかれるのも時間の問題、という恐怖から取り乱すトレンツァ。
強制隷従具の欠点を知っていたのかはわからないけど、こんな調子でよくレオちゃんや僕の前に出て来たなって思う。
僕の事は知られていないようだったけど、シルバーフェンリルのレオちゃんを相手にするには、砂糖よりも……タクミ君とクレアちゃんの二人を傍で見守るよりも甘い。
二人の事は、まぁちょっと違うかもだけど。
「じゃあレオちゃん、さっき言った通りに!」
「ワウ! ガァフ!」
隣にいたレオちゃんが掻き消える――ように見えた。
単純に目で追えない速度で動いただけだけど、元々尋常じゃない速度で走っていながら、そこからさらに加速するなんてやっぱちょっとシルバーフェンリルっておかしいよね。
なんて考えているだけじゃなくて、僕もやらないとね!
「ふっ!」
「ギャフ!!」
「っっっ!!」
身体強化を下半身に対して強め、トレンツァを乗せたフェンリルに追い付いた勢いのまま、横っ腹を足で突き飛ばす。
ドロップキックみたいになっちゃった。
悲鳴を上げたフェンリルが木にぶち当たって止まり、トレンツァはその背中から投げ出される。
近くでは、並走していたもう一体のフェンリルがレオちゃんによって崩れ落ちた。
走っているフェンリルを大きな音もなく、弾き飛ばす事もなく意識を刈り取るとは、何をしたのか僕でさえわからないのはさすがだよね。
ただ、僕が突き飛ばしたフェンリルよりも、レオちゃんが意識を刈り取ったフェンリルの方がダメージが大きそうだから、後でちゃんとケアしないと。
タクミ君に怒られそうだし、お気に入りの僕にとっての楽園のためには、フェンリルは必要だからね。
「さて……と。魔を吸い衰弱を与える風と土の檻よ――」
フェンリル二体に向かい、呪文の詠唱。
起き上がって暴れられたり、またトレンツァに無理矢理従わせるのはかわいそうだからね、ここで完全に無力化させてもらう。
「収奪の牢獄!!」
土が盛り上がり、風がまとわりつき、フェンリル二体をそれぞれ取り囲み、格子状の檻が完成。
格子は隙間があるけど、風が舞い糸すら通さない特別製。
興味本位で指を差し込もうものなら、簡単にちぎれ飛ぶというおまけつきだ。
まぁそれは本当におまけで、フェンリルの毛すら刈れない程度なんだけど、求めている効果はそこじゃない。
この魔法の檻に捕らわれている生命体は、常に魔力と体力が吸い取られ、それが檻の維持に使われる。
カナンビスや強制隷従具の影響下にあるフェンリルの魔力と体力だと、動けない程度で済むけど、本来なら簡単に破られる代物だ。
それでも人間に使ったら、一時間程度で衰弱死しちゃうから使いどころがなかなかないんだよねぇ。
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