攻撃的な契約書を示してみました
「これでよし……と。確認、お願いしますよ」
「はい……確かに」
まずは、バスティアさんが契約書に捺印を終える。
一応でも、最終確認として契約書の内容に不備がないかなど、連れの人と確認していたのは好感が持てる。
やっつけなどではなく、真剣にこの取引契約に臨んでいるのが垣間見えるからだ。
「これから、よろしくお願いします。バスティアさん」
「こちらこそ。クラウフェルト商会とは、長く付き合って行きたいですな」
机越しに、バスティアさんと俺で握手をする。
絶対必要という事ではないが、お互いに信頼する証としての握手。
そして、バスティアさんの連れている人達や、キースさん達に拍手で祝福される。
……なんかちょっと気恥ずかしいな……おっと、気を引き締めないと。
「バスティアさん、申し訳ございません」
「む?」
身を乗り出し、そっと握手をしているバスティアさんにそう呟く。
バスティアさんは何も悪い事はないし、お互い何かをする意思はないんだが……この場にいる以上、巻き込んでしまうからな。
キースさん達だけでなく、エッケンハルトさん達とも話して、バスティアさん達には色々明かしてもいいだろう、となっているからってのもあるけど。
間違いなく、驚かせてしまうだろうから。
「ではバスティア様、こちらへ……」
「む?」
「契約が間違いなく結ばれましたので、少々見て頂きたい物がございます」
「ほほぉ? クラウフェルト商会は、私を驚かせるためにあるのか、と疑いたくなる程の可能性を感じます。そのあなた達が見せたいと思うのなら、是非お願いします」
アルフレットさんが立ち上がり、バスティアさんを誘導。
契約が締結されたから、できるだけトレンツァさんから離しておきたいという意図もあって、連れの人達も一緒だ。
本当なら、バスティアさんとトレンツァさんは別々に呼びたかったんだけど、交渉を一緒にやったので、そこで分けると不信感を招きかねない、と助言された。
バスティアさんの行動などから、大きな商会だからと優先する事も、逆にトレンツァさんの方を優先してしまうのも、この先の取引を考えると後で事情説明をするにしても、悪手になるかもしれないかららしい。
要は平等に扱っているように見せないと、って事みたいだが、中々難しいなぁ……。
「では、トレンツァさんも」
「あ、はい。ですが、何分小さな村のしがない店ですので、印章などはないのですが……」
「大丈夫です。署名をしていただければ、それで契約成立となりますから。それに、この取引がきっかけでトレンツァさんのお店に大きな利益が出たら、その時改めて印章を作って捺印をするのもいいかもしれませんね」
俺達よりも、周囲の庭の事を……いや、庭の壁の向こうを気にしているのか? あまり集中していないトレンツァさんは、契約に及び腰になっている。
目の前で、バスティアさんとちゃんとした契約を結ぶのを見て、躊躇した……のではなく、契約書を最終確認していて、おかしな事に気付いたからってのもあるかな。
気付いたのは、トレンツァさんではなくて連れのうちの一人だけど。
「……このような契約は、通常あり得ません。こんな支配契約とも言える物、何故受け入れたのですか? 今更、契約内容に口を出すのは妙な勘繰りを生みます!」
「仕方ないでしょ! 獣臭い奴らが来て見せられたんだから! さっさと頷いて帰ってもらうのが一番だったのよ!」
なんて、小声でやり取りをしているのが耳に入っていた。
本来なら大きな机を挟んで向かいにいるうえ、屋外ではこちらに届かないような小声、だがはっきりと聞こえる。
感覚強化薬草様様だな……俺だけでなく、他の人達も聞こえたようで何人かが眉を動かして反応していた。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ、その……」
「契約書は、数日前から何度か確認のために見てもらっていますよね? 不備はないはずですが……トレンツァさんも、頷いていたと聞いています」
「た、確かに頷きました。頷きましたけど……これは……」
机に置いてある契約書、その一部を指し示すトレンツァさん。
そこには、「全ての利益をクラウフェルト商会へ差し出し、虚偽には罰則を与える」というのと、「店主のトレンツァを始めとした従業員は全員、解雇はクラウフェルト商会の許可を得る事」さらには、「全てにおいてクラウフェルト商会の判断を優先し、従うべし。欺く行為は許されない」なんて三項目があった。
これは、アルフレットさんやキースさんなどが調子に乗った結果の内容だ。
そんな内容の契約書にも関わらず、指摘する事もなく頷いたトレンツァさんは、商人としての経験が一切ないという事だろう。
少しでも取引などをした事があれば、いや、商売をしたいと思うのなら、取引契約の契約書を確認するくらいはするだろうから。
というか、いい加減で契約するような商人は、信用できないし契約もしたくない。
さすがに気付くだろうし、どうなんだ? とは思った契約項目だけど、ここにきてようやく気づいたのを見るに、相手を試す一定の効果があったのだろうとしておこう。
ちなみにだけど、契約項目を破ると商人としての信頼を失うだけでなく、悪質な場合は捕まる事などもある。
国法程の拘束力はないが、それでも一度契約した事を軽々しく破るのは許されないってわけだ。
日本でも、契約をぶっちぎったら犯罪なら捕まるし、それでなくても訴えられて賠償責任が発生したりもするからな、それを厳しくしたようなものだ。
まぁ、契約自体に問題がある場合は、無効になったりするが……この世界、少なくともこの国では契約無効の訴えはあまり意味がないらしい。
つまり、ここで契約をしてしまえば、トレンツァさんは連れの人も含めて俺達クラウフェルト商会に従わなければいけなくなるわけで、セイクラム聖王国とのつながりなども含めて、俺達に偽証ができなくなる。
もし偽証したら、契約に違反したとしてお尋ね者に近い扱いになるからな。
さらに言えば、エッケンハルトさんがこの場にいるうえ全員の顔を見ているので、手配書なども出せたりする……権力って怖い。
仕組んでいると言えるが、権力を濫用しているわけじゃないと思う、多分。
「何度か、契約書は確認してもらっているはずですけど……?」
「それは、はい。確かに……。――ちょっと、どういう事よ!」
「いえそれは、トレンツァ様が確認していたはずなので、我々にはどうにも」
「そ、そうだけど、なんでこうなっているのよ!」
小声でお互い、というか連れの人を責めるトレンツァさん。
何度も見てもらうため、契約書を確認してもらったのは間違いないんだが。
契約書は、ちゃんと確認しないとこういう事になる、というかもっと酷い事になる可能性もあるから、しっかり内容を見ておかないといけない、という見本みたいになっているな。
まぁ、ちゃんと見ていないというのを利用して、こうなるように仕組んだのはこちらだが。
「村のための薬品をという事であれば、我々も協力を惜しまない。そう考えて契約書を作ったのですが……バスティアさんの方は既に契約が締結されましたが、不満であればこの話はなかった事にするしかないですかね?」
「ちょ、ちょっと待って下さい! その、不満と言うわけではないのですが……その……」
あの、その……と、しどろもどろになりながらも、途中途中で連れの人とやり取りしているトレンツァさん。
聞こえてくるのは「これじゃ利用しようがない」だの「むしろこちらが利用される」だのといった内容だ。
トレンツァさん達は、俺達に聞こえているとは思っていないんだろうなぁ、通常なら不審な行動程度だろうし、契約書に戸惑っているだけと見えなくもないし。
感覚強化薬草のおかげだな。
チラリと窺うと、エッケンハルトさんは目を閉じて黙って聞いているように見えるけど、眉がピクピクと動いていて雰囲気もなんとなく面白さを感じているように感じる。
ハルトさんは……うん、見ない方が良かったかな。
普段はルグレッタさんを筆頭に責められるのが好きなくせして、ウキウキと言った言葉がピッタリなくらい、楽しそうな表情だった。
追い詰めるのが楽しいのか、悪趣味だな、と思うけどトレンツァさん達がセイクラム聖王国の関係者で確定しているので、注意はしない。
色々と、嫌がらせとかもされてきたらしいからなぁ。
薬品を利用だとか、森でのあれこれなど、目的はまだはっきりしていないけど、ここまでの事に関係しているのなら俺もちょっかいを出されているとも言えるしな。
「ほ、本当にこの契約で、バスティアさんは了承したのでしょうか?」
「それは、先程も見ていたと思いますが」
「う、うぅ……」
契約書の中身が違う事は、バスティアさんもトレンツァさんも、お互い知らない事だけど、どうやら同じ物だと考えているようだ。
同席しての契約なんだから、そう考えるのも当然だろうし、そう仕向けたのも俺達なんだが。
だからこそ、個別にではなく巻き込むとしても同席してもらう必要があったわけだ。
もちろん、何が起ころうとバスティアさん達が安全なように、先に契約を済ませて席を離れてもらっているし、先程小さく謝ったわけだ。
あちらは、アルフレットさんに連れられて屋敷の近くで楽しそうに話しているから、こちらの様子には気づいていないっぽい。
まぁその向こう側、屋敷の中にはレオが待機していていつでも飛び出せるため、そういう意味でも安全ではある。
あとついでに、レオやフェンリル達の事も見てもらって教える機会にもなるから――というのは、エッケンハルトさんの意見だ。
相変わらず人を驚かせる方向には、全力な人だ。
「さて、どう出るか……ユート閣下はどう思われますか?」
「そうだね、まだ相手の事をよく知らないけど、こういった詰めが甘い、というより役に徹しきれない手合いは、自棄になるかな?」
「ちょっと、向こうには聞こえないでしょうけど、今楽しそうに相談しないで下さい!」
蚊の鳴くような声、よりさらに小さいくらいの、本来なら声ではなくただ息をしているだけ、といったくらいなのに、感覚強化薬草のおかげで聞こえたエッケンハルトさんとユートさんの会話を注意する。
当然トレンツァさん達には聞こえていないけど、それでもこの場でそんな相談を楽しそうにするのはちょっとどうかと思う。
まぁ相手がどう出るか、という相談だけならいいのかもしれないけど。
自棄になる、とユートさんが言った瞬間、フィリップさん達が身を固くしたのがわかる。
何が起きても対処するためだろう。
ちなみに、商会として護衛を雇うのはよくある事なので、フィリップさん達が多少なりとも武装しているのは不自然じゃないらしい。
それでも剣を腰から下げている以外は、通常より軽装だが。
あと実は、いくつかの武器が大きな机の下、俺達の足元に隠してあったりする。
ホームというのはこういう事もできるからやりやすい、とはセバスチャンさん談。
嬉々として準備していたし、あの人も結構……いや、あまり考えないようにしておこう。
「……どうやら、気が進まないようですね。仕方ありません。今回はなかった事に――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! そ、それは……!」
契約書を取り下げようとする俺に、焦って食い下がるトレンツァさん。
契約書の内容から、今回を逃せばもう取引ができなくなるようなもの。
しかも向こうはセイクラム聖王国から来ているから、そうそう何度もこちらを訪ねるわけにもいかないうえ、バスティアさんなどを通して市場に出た薬品を買うのも色々面倒だろう。
利用と言っていたから、薬品を欲しているのはほぼ間違いないわけで、その機会を失うのは避けたいようだ。
というか、取引契約が締結されたらどうしていたんだろう?
架空の村でもでっち上げて、どこかで薬品を受け取るつもりだったのかな? もしかすると、取引契約を結んでいるという事を盾に、セイクラム聖王国との繋がりをほのめかして脅すつもりだったとか考えるのは、穿った見方をしすぎているのかも?
「我々には、こちらの高品質な薬品が必要なのです。む、村で待っている人達がいますので」
我々、か。
今までは私、私達と言っていたのに。
少しずつ、化けの皮が剝がれてきているのかもしれない。
「どなたか、病や怪我で困っている人が?」
「そ、そう! そうです! 村で病に罹っている人がいまして。それに、怪我をする事も多くて、それで!」
病に罹っている人がいるなら、遠いここまで取引をしに来るのではなく、まず近場で薬を探すだろうし、日常的に怪我をする何かがあるなら、そんな場所に小さくとも村ができる可能性はかなり低いはず。
そもそも、他の街で売っていない特別な病を治す特別な薬品はレミリクタで売っていないし、怪我に対して傷薬は役に立つだろうけど、北の端の村から国を縦断するように離れている公爵領での取引では、割に合わなさすぎる。
小さな怪我くらいならどうにかできる薬品というのは、他にもあるし、大きな怪我ならロエを買う方がここまでの旅費を考えると安いかトントンくらいだろう。
ロエが必要な程の怪我を日常的にするなら、危険な場所すぎるしな。
というか、本当にそんな人達がいるのなら、最初にレミリクタで会った時に話しているだろうに、そんな必死さは窺えなかった。
「そうですか……クラウフェルト商会は、薬品によって多くの人を助けたい。困っている人に品質が確かな物を届けたい、と考えて発足しました。トレンツァさんの要望にはお答えしたいのですが……」
「で、でしたら!」
「ただそれなら、契約書のまま契約を締結しましょう。その方が、こちらも手助けできるかと」
完全に取り込むような契約内容だが、まぁ手助けできるというのは間違っていない。
薬品は手に入るんだから、本当に困っている人がいるならその人達のために使えるわけだから。
「ふぅむ、もう少し強気に来ると思っていたが……これは、やはりユート閣下の予想が正しいか?」
「かもねぇ。おとなしい程、揺れ戻しと言うか一気に来るものだから」
という、ボソボソと話しているエッケンハルトさん達は置いておいて。
「さ、さすがにこの契約書のままというのはちょっと……村に残している人達もいますので。いきなりというのは」
「いきなりじゃなければいいんですか?」
「い、いえ、そういうわけでも……」
焦っているからか、はっきりとしないトレンツァさん。
なんとなくだが、色々と想定から外れすぎて強く出れないのだろう。
開き直れない、と言ってもいいのかもしれないが、確かにエッケンハルトさん達が言うような事になってしまう気もするな。
以前、粗悪な薬を販売していたウガルドの店でセバスチャンさんが、ウガルド本人を追い詰めた時にも似たような事があったし。
あちらは、普段は高圧的で貴族の後ろ盾があるという自信があってこそ、ではあったのかもしれないが。
以前としてはっきりしないトレンツァさん達を他所に、エッケンハルトさん達の方へ視線を巡らせ、頷く。
そろそろ、はっきりさせるために仕掛けよう――。
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