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1996/1997

商人の一団を迎えました



「感覚強化薬草と言えば、臭いだけでなく聴覚も強化されますけど、そちらの方はどうですか? 物音とか、声とかは聞こえてくるって以前に聞きましたけど」


 夜な夜な怪しい笑い声が聞こえるとかって話はあったし、それでなくても部屋の中にいるなら生活音くらいは出るはずだ。

 食事などは宿が用意するから、料理する音とかはないだろうけど……。

 まぁ、生活音程度でどれだけ情報が得られるかわからないが。


「そちらは、特に連れの者が宿を出ている間に、気になる音があったにはあったそうです」

「気になる音、ですか」

「なにかを引き摺るような音と、ポツポツと、液体が落ちるような音。液体の方は水か何かでしょうが、引き摺るような音は人によればこするような音にも聞こえたそうです。そうですね、ちょうど、旦那様やミリシアさんが調合をする際に出るような音に近かったそうです」

「調合……何かを磨り潰している、とかかもしれませんね。うーん」


 もしかして、宿の中で薬の調合をしているとかか? それか、簡易的な処理をしなければ使えない物のためかもしれない。

 レミリクタで売っている薬品は、買ってそのまま使う物がほとんどだが、保存の関係上磨り潰すなどの処理をしないといけない物もある。

 使用可能な状態だと、保存できる期間が短すぎる物もあるからな。


 磨り潰すくらいならちょっとした道具があればすぐにできるだろう、用途はわからないし、宿や村にいるだけで病気もしていないのに、日常で使うような種類はなかったはずだが。

 備えとしてなら、直前まで処理しない方がいいから、今やる理由もない。

 

「レミリクタでも、何度か買い物をしているようなのでそれかと思いましたけど、違うかもしれませんね。これも、留意しておきます」

「はい」

「私は他に、契約に関して気になる事が少々――」


 キースさんは、取引契約書を向こうに見せた際の反応や交渉など、それらに関して細かな部分で気になる事を教えてくれた。

 こちらは、臭いや音などとは違うが、やはり考えている通りなんだろうな、と結論に繋がる内容の事が多かった。

 やっぱりトレンツァさんは、俺や公爵家の人達が推測したように――。


「予定通り、明日に――」



 ――悪巧み、もとい念のための準備と様々な事を明らかにするためのあれこれを行った翌日、屋敷の玄関前に立つ。

 取引契約を締結させるため、バスティアさん、トレンツァさんの両名と連れの人達全てを呼んである。

 交渉をしたレミリクタでだと、これからやる事に支障が出るため、いわばホームの屋敷で行う事にした。


「しかしあれですね、当初私が旦那様と出会った時と違い、今は我々だけでなく周囲の者達を使う事にも慣れた様子ですね」

「いやまぁ、まだ慣れたとはっきり言えないと思いますけど、でも一人だとできない事ばかりですからね。いつも助けてもらっています」


 そんな中、隣に立って俺と同じく待っているアルフレットさんと話す。

 人を使う事、人の上に立つ事などはまだ全然慣れていないし、やっぱり苦手意識や相応しいのかな? と思う瞬間はあれど、今回は俺だけで全てできる事でもなかったので、皆に協力してもらっている。

 もちろん、屋敷の使用人さんやクラウフェルトの従業員さん達だけでなく、クレア達公爵家の人達とそれに連なる人々、さらにランジ村の人達やフェンリル達もだな。

 まぁ近くにいる人達全員を巻き込んだとも言える。


「あれだよ、タクミ君。『立場が人を作る』もしくは『立場が人を育てる』だよ」


 そんな風に言うのは、こちらも同じく外に出て一緒に待ってくれているユートさん。


「確かに、そんな言葉を聞いた事はあるけど、実感はないなぁ」

「気が付いたらそうなっている、できている、ってところかな。できない人というのももちろんいるけど……ほら、僕なんて元々分不相応な地位だったわけだし。今も似たようなものだけどね」


 自分で分不相応なんて言うんだ。

 確かにユートさんの経歴を考えれば、俺なんかよりよっぽど多くの人の上……どころか国のトップだったわけで。

 ルグレッタさんに罵られるのを喜びとし、時々フェヤリネッテを追いかけまわしている姿が確認されるユートさんにもできたんだから、俺でもなんとかなりそうだ、なんてかなり失礼な事を内心考えた。


「旦那様は、もう少し私達に頼る方がいいかと思いますが……以前よりは頼られているのを感じますが」

「それは、ライラさんがそうして欲しいという希望だろう。まぁ、もっと頼って使え場と思う事はまだ確かにあるか」


 ライラさんの呟きに、アルフレットさんが返す。

 お互い、メイド長と執事長という立場なので、結構フランクに話す事が多い。

 この場にいるのは、俺やアルフレットさん、ユートさんの他にもライラさん、キースさん、それにフィリップさんとニコラさん、エッケンハルトさんもいる。

 あと、フェヤリネッテが俺の服の中に隠れていたりもするけど。


 一応、表面上はここにいる人達がこの屋敷にいる全員、という事にするつもりだ。

 騙す事になるのは気が引けるけど、これから行う事を考えれば仕方ないと割り切る。

 色々と、表面上も繕っておかないといけないし。


「両名が、どういう反応を示すか楽しみだな」

「場合によっては、楽しむだけでは済まない可能性もありますから、気を付けてくださいね?」


 楽しみな事を待つようなエッケンハルトさんには、一応注意をしておく。

 公爵家の当主様に何かあったら、大変な事になるからな。

 エッケンハルトさんがここにいるのは、バスティアさん達と対面した時に向こう側の反応を見るため。


 必ずしも公爵家当主の顔を、別領地の商人が知っているというわけではないが、顔を出す事でその反応を見て確認をする意味合いがある。

 まぁ公爵家の当主、という紹介をする気はないが……。

 何かあっても、フィリップさん達がいるだけでなく個人でも対処できる事も、そうした要因の一つだ。


「私よりも、タクミ殿の方に何かあった方が問題だからな。クレアも同席したがっていたが、ここは私の方が相応しいだろう」

「頼りにしていますよ」


 クレアが頼りない、というわけでは絶対にないが、できるだけ危険が及ぶような事はさせたくないからな。

 本人は不満そうに頬を膨らませていたから、諸々が終わったら二人でいる時間を作ろうと思う。

 ……そういえば、ラクトスに二人で行くという話もあったから、それを実行できるようにするのもいいかもな。

 本当に二人っきりで、というのは難しいとは思うけど。


「お、来たようだよ、タクミ君」


 目がいいのか、ユートさんがそう言うのを聞いて目を凝らすと、遠くから屋敷を目指して近づいてくる一団が見えた。

 まだ顔も判別できないくらい遠いけど、今日の予定は決まっていて配置についてもらっているので、他に屋敷に来るような人達はいないから、間違いない。

 徐々に近づいてくる一団は、十人近くいると確認できた。


 バスティアさんとトレンツァさん、それぞれ連れの人も一緒に来たようだ。

 まぁ、そうするように呼び出したのは俺なんだけど。


「……」


 にわかに近づいてくる一団に、緊張感が高まる。


「そんなに緊張をするな。緩めという事ではないし、ある程度の緊張感は必要かもしれんが、しすぎというのは失敗を招くからな。ここにいる者達や私だけでなく、レオ様達も控えているのだ」

「んん! はい。すぅ、はぁ……」


 エッケンハルトさんに言われて、深呼吸。

 そうだよな、万全と言えるかはわからないが、不安ばかり募らせて緊張していても仕方ない。

 色んな想定をして、それに対処できるだけの準備はしてきた。

 それに、表面上はこの場にいる人達しかいない、としていても実際はレオを筆頭に頼りになる皆がいるんだから、必要以上に緊張して俺一人で背負う事もない。


「ようこそ、クラウフェルト商会の本部へ。歓迎しますよ」


 一団の中からバスティアさんとトレンツァさんが進み出るのに合わせ、俺も前に出て二人を歓迎。

 いち商店であるレミリクタではなく、この屋敷を見せる事で相手を呑み込むというか、圧倒してこちらのペースに巻き込む意図もあったりする。


「これはまた、なんとも立派なお屋敷で……いやいや、遠目からも確認できていましたが、こうして実際に近くで見ると圧倒されますな」

「素晴らしいお屋敷ですね」

「……」


 まず一点。

 エッケンハルトさんだけでなく、アルフレットさんの眉が吊り上がるのも確認。

 俺だけでなく、他の人達もそれぞれ反応を見て確かめているようだ。


「ありがとうございます。まだまだこれから、発足したてで力を入れすぎまして。少々持て余しているくらいです。商売としては、このような本部よりも店舗や商品の方に力を入れないといけないはずですが、未熟を恥じるばかりですよ」

「いえいえ、将来の事を考えれば商会本部を大きく作るのは間違いではありませんよ。我が商会も、大きくなってから建て替えたのですが、色々大変でしたから。先に大きく、立派にしておくのは悪い事ではないと私は思いますよ。それに、それだけの資金力もあるという証左ですからな。信頼にもつながります。そのうえそちらの商会の薬品、素晴らしい品質ですからなぁ……ぐふ、ぐふぐふ」

「えぇ。私もバスティアさんと同意見です。居住性も考えればお屋は大きい方が、何かと融通が利きますもの」


 以前の交渉の時は聞けなかった、バスティアさんの怪しい笑い方は……連れの人が溜め息を吐きつつ注意しているので、気にしない方が良さそうだし。

 それはともかく、バスティアさんは本当にレミリクタで買った薬品の品質を確かめ、気に入った様子だな。

 作っている側としてそれは嬉しいが……それはそれとして、また一点加点だ。


「とはいえ、レミリクタ……村に構えさせていただいている商店で働いてもらう人達、それにここにいる人達くらいしかいませんので中々維持に苦労していますよ。不相応だったかもしれませんね」


 そう言って、一緒に待っていてくれていた人達を示しつつ、苦笑する。

 屋敷の規模やら何やら、俺には不相応だと思うのは本音だったりするけど。


「おっとそうでした、すみません。ライラさんとキースさんは前に会ったでしょうけど、他の人達は――」


 忘れていた風を装って、エッケンハルトさん達を紹介する。

 特に意味はないけど、バスティアさんの方から知らない人を切り出さなかったのを見るに、屋敷を見せて圧倒されていたのは間違いなさそうだ。

 まぁトレンツァさんは、それ以外の事が気になっているようで視線があちこちに行っていたけど……ふむ。


「そちらの方は……エッケンハルトさんと申しましたか。どこかで見たような気がするのですが……」

「……気のせい……ですよ。私はタクミの養父であるだけだ、です」

「ぷっ……」


 ユートさん、噴出さないで。

 商人らしくするためか、普段よりも柔和な雰囲気や口調を装うのに苦労しているようで、クレアがいたら同じく笑いを堪えられなかったかもしれないし、俺も結構頑張って堪えているけど。

 エッケンハルトさんと対面した時の様子を窺うためでもあるけど、公爵家の当主という紹介ではなく、嘘で俺の養父という事にしてある。

 幼いころ、身寄りをなくした俺を引き取ったエッケンハルトさんと共に、家族でクラウフェルト商会を立ち上げたという設定だ。


 そこまで凝った設定にしなくてもいいと思ったんだが、エッケンハルトさん曰く予行演習みたいなものだ、との事でこうなった。

 一体なんの予行演習なのか、と疑問だったけどその時一緒にいたクレアが顔を赤くしていたので、なんとなく察した。

 ……外堀が埋められていっているなぁ。


「ふぅむ、気のせいですか。そういえばタクミさんは、公爵家との方と付き合いがあると聞きましたが……」

「い、いや、決して私は公爵……様ではないですぞ!?」


 訝し気なバスティアさんに対し、焦るエッケンハルトさん。

 これは多分、バレてるだろうなぁ……多分、公爵様がそう言うならそういう事にしておく、と共に一応探りを入れたといったところか。

 大きな商会の会長さんだし、商品の仕入れなどのために色んなところへ行っているようだから、公爵領のどこかでエッケンハルトさんを見た事があるんだろう。

 エッケンハルトさん、公爵家当主としての仕事以外でも結構外に出ているようだし、ジッとしている性格の人じゃないからな。 

 バスティアさんが連れている人達は気づいていない様子だけど。


「……っ」


 バスティアさん達とは別に、トレンツァさん達の方。

 そちらでは、トレンツァさんがエッケンハルトさんから顔を逸らしていた。

 連れている人達も同じくだけど……この反応、お互いに面識があると言うわけではないはずだけど、向こうはエッケンハルトさんの事を知っているので、間違いなさそうだ。

 ふむふむ……。


 その後、バスティアさんやトレンツァさんの連れている人達を紹介される。

 トレンツァさんの連れている人達は、村人ルックというか、小さな村からという言葉を示すようにランジ村の人達とそう変わらない衣服をまとっている。

 が、トレンツァさん以外は、デリアさんさんが言っていたようになんとなく片方の腕、おそらく利き腕を一定の位置に置いているようだ。

 言われてみればそうかも? という程度で前もってデリアさんから聞いていなければ気付かなかっただろうけど。


 でもそれを見て、少しだけフィリップさんの目が鋭くなった。

 護衛兵としての反応みたいなものだろうか。


「へぇ、そうなんですか。あなたが……」

「レミリクタで購入した薬品の全てが素晴らしい品質で、一部は多くの品物を確かめてきた私でも、初めて見る程の高品質でした! あれほどの高品質、見た事がありませんし、実際にあるとは思ってもいませんでした!」


 そんな皆の反応を見ながら、バスティアさんが連れていた女性が前のめりで叫ぶように、俺へと詰め寄って来られていた。

 女性はバスティアさんの商会で商品の品質管理を任されている人らしく、管理責任者らしい。

 そして、鑑定箱も見せてくれた。

 透明なガラスのようだけど、ガラスじゃない不思議な材質の箱……これが鑑定箱ってやつか。


 俺だけでなく、エッケンハルトさんが興味津々の様子だな。

 というか、鑑定箱を使っているとか見せてもいいのだろうか? 秘匿するべき技術とかではないのかもしれないけど……引き抜きなども含めて、あまり表に出す事じゃない気がするが。

 バスティアさんは女性の勢い以外、特に咎めるわけではなかったので、大丈夫なんだろうけど。

 それだけ、薬品の品質が高くて気に入ってくれたという事なのかもしれないな……対等に取引契約をしたいからとか。


「と、とりあえず、お互いの紹介はこれくらいで。バスティアさん、トレンツァさん、取引契約の話に移りますが……」

「もちろん、私は契約を結ぶ事に同意します。あれほどの品質の薬品なのですから、商いをする者としては絶対に逃せません。他の商人に目を付けられれば、我が商会が遅れをとってしまいかねませんからな」

「私も、バスティアさんと同じように、取引契約を望みます。村の皆のために、きっとあの薬品は役に立ちますから」



読んで下さった方、皆様に感謝を。


別作品も連載投稿しております。

作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。


面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。

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■7巻書影■mclzc7335mw83zqpg1o41o7ggi3d_rj1_15y_1no_fpwq.jpg


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