デリアさんに接触を頼みました
「ワッフ……」
「ありがとう、レオ。――もしそうなったら、レオが暴れて何とかなりそうではありますね。ははは」
なんとなく息が詰まるようなくらい雰囲気になりかけている中、レオが顔を上げて鳴いたのをきっかけに、ちょっとした冗談を交えて無理矢理笑う。
あんまりくらい想像なんてしていてもどうしようもないし、とにかく俺が気を付けて知られないようにしよう。
「レ、レオ様が暴れたら、この国だけでなくセイクラム聖王国が滅ぶのでは……」
「まさに、茂みをつつくと危機が迫る、ですな。そのまま、寝ている魔物の尾を踏み荒らす、とも言えますが」
レオが暴れる、という言葉に少し慌てるエッケンハルトさんとセバスチャンさん。
茂みをつつくと危機が迫る……日本で言う、「藪をつついて蛇が出る」みたいな事かな? 寝ている魔物――の方は、踏み荒らすがちょっと荒っぽいけど、「虎の尾を踏む」に近い気がする。
まぁレオが本当に怒って暴れたら、そんなことわざよりも酷い事になるのは目に見えているからな。
フェンリル達との模擬戦だけでなく、街や一国を危機に陥れられる、と言われているカッパーイーグル……ラーレを簡単に魔法で叩き落としていたからなぁ。
「フェンリル達も、タクミさんには懐いていますし……お父様、セイクラム聖王国には絶対にタクミさんへ手を出させないようにしなければなりませんね。もちろん、私もタクミさんがセイクラム聖王国に行くのは反対です。私情込みになりますが……」
「まぁ私も同意見だ。レオ様の事を考えると、私情を挟む挟まないを越えて、タクミ殿はあちらに行かせられないだろう」
「なんとしても、タクミ様をセイクラム聖王国の魔の手から守らねばなりませんな」
あ、あれ? 俺は冗談で言ったのに、レオが暴れるのを想像してなのか、何やら三人で深刻そうにしているぞ?
場を明るくするつもりだったのに、その冗談は公爵家の人達にとって冗談にならなかったみたいだ……気を付けよう。
「ま、まぁとにかく、俺はセイクラム聖王国に行く気はありませんし、ここでクレアや皆と暮らしていく事に決めています。『雑草栽培』が知られないよう、特に注意します。――な、レオ」
「ワフ! ワッフワフ!」
「あ、私もー!」
俺を守るように、顔を寄せるレオと座る俺に抱き着くリーザ。
それらを感じながら、気を引き締める。
レオやリーザ……もちろんクレアもだけど、今の生活を続けられるように頑張ろう。
「そうだな。タクミ殿のギフトに関しては、我々も今まで以上に注意を払おう」
エッケンハルトさんに続いて、クレアやセバスチャンさんも頷いてくれて、心強い限りだ。
「おっとそうでした。話が逸れましたが、もう一つだけ」
そんな風に、少しだけ和んだようなさらに深刻になったような、よくわからない雰囲気の中、セバスチャンさんが声を上げた。
話し忘れていた事があるみたいだ。
「フィリップさんからの報告なのですが、トレンツァさんの連れの方々を見た際に、違和感を感じたそうです」
「違和感ですか?」
「はい。小さな村から、という言葉を証明するようにでしょうか。服装や口調なども含めて基本的には村で暮らす民のようではあるのですが、フィリップさんが言うには訓練された者の動きに見えたと」
「訓練された……兵士さん達のような?」
訓練された人、今のランジ村にいると見かける兵士さん達は、村の人達と違ってきびきび歩く。
それだけではなく、詳しくないので言葉にしづらいけど……身振りなどが違う。
体幹が鍛えられている、と言えばいいのかな。
「フィリップさんから見ると、それとも少々違うようです。特殊な訓練を受けた者のような……と言っておりました。ただおぼろげな感覚なため、こちらも断言できるほどではないようです。申し訳ありません」
「いえ、誤る必要は……それにしても、特殊な訓練を受けた人達ですか。そんな人達を連れているトレンツァさんは」
「ますます怪しいな」
「こちらが怪しんでいるから、そう見える、感じるという事もありますが、注意しておいて悪い事はないでしょうね」
「私か、できればクレアが見れば何かわかる事があるかもしれんが……」
エッケンハルトさんやクレア……特にクレアだけど、ギフトというわけではないようだけど、相手の本質的な事がわかる目を持っているようだからな。
とは言えそれは、公爵家の人間がこの村で自由にしている事を見せる事になりかねないし、隠れて見るにしても見つかる可能性もある。
エッケンハルトさんもクレアも目立つし……多くの兵士さん達が村の周囲に駐屯している以上、いてもおかしくないが、今のところ隠しているからな。
「人を見る目、ですか。頼りたくはありますけどさすがにそれは……ん、待てよ?」
「タクミ殿?」
「タクミさん?」
「なにか、良案を思いつきましたかな?」
話している途中でふと視界に入った、ゆらゆらと揺れているふさふさで、体と比べて不釣り合いな大きな尻尾。
リーザの尻尾だが……そういえば以前、デリアさんとの話で他人を見た時に嗅覚なのかなんなのか、悪心を抱いているかどうかなどがなんとなくわかると聞いた。
そのため、少し不穏な目線を俺に向けていたアロシャイスさんと面談する時、クレアだけでなくリーザにも見てもらっていたんだったな。
「さっきも話しに出ましたけど、向こうは獣人に対して特に何か悪感情を見せたりはしていないんですよね?」
「はい。ただ自然とそこに獣人がいる、と見ているだけでした。動きは当然ながら、驚きもなかったようです」
「それなら、話しかけるくらいはなんとかできそうですね。ちょっと本人と話してからになりますが――」
さすがにリーザを怪しい人達と接触させたくないため、頼むのはデリアさんだ。
既に向こうにデリアさんがいる事を知られているんだから、適任でもあるだろう。
もちろんデリアさん本人に話して許可を取ってからになるが……。
「ふむ、獣人の感覚を使うか」
「『雑草栽培』で作った、感覚強化の薬草を使ってもらえばさらによくわかると思います。もちろん、何かあった時のために身体強化の薬草も使ってもらいますけど」
他にも、協力が得られるなら見つからないように兵士さん達に見ていてもらうとかもだな。
お願いするんだから、デリアさんを危険に晒すような事はできるだけ避けたい。
幸いにも、今この村で兵士さんがそこらを歩いていても不思議じゃない状況だし、それとなく見てもらうくらいはできるはずだ。
兵士さんがあちこちにいる状況で、悪さをするような事はない……と思いたい――。
――バスティアさんとトレンツァさんについての話をしてからさらに二日。
デリアさんは、快くトレンツァさんが連れてきた人との接触を受けてくれた。
とはいえ、わざわざ宿を訪ねるわけにもいかず、向こうが宿から出て来ないと接触できない。
昨日は全員宿にこもりっきりだったため、デリアさんは接触できなかったが、今日は昼過ぎに二人ほど出てきたとの報告があったので、デリアさんに向かってもらった。
ちなみに、バスティアさんの方は暇があれば宿から出て来ているようで、村の人達と馴染みになってきているらしい。
商売人として、取引先の人と仲良くなるのも円滑に進めるために必要なのかもしれない、と少し考えさせられた。
まぁ、多くはレミリクタに行ってミリシアちゃんだけでなく、他の販売員を質問攻めしたりもしているみたいだが。
あと契約書に関しては既に向こうに見せて検討してもらっているけど、その際バスティアさんは輸送に関する事故などでの損失補償について、むしろ自分が受け持つとの提案があったりした。
よほど、レミリクタで販売されている薬品を気に入ったらしい……輸送について懐疑的だった初対面の時とは大違いの反応だ。
トレンツァさんの方は、特に何もなくすべて受け入れるとの事だったが、その際返答が早くちゃんと内容を精査したのか疑問、というのが提出しに行ったアノールさんとコリントさんの報告。
アノールさんとコリントさんは、キースさんの部下で事務方を担当している、ラクトスの面談を経て雇った人達。
コリントさんはニコラさんを追いかけているのをよく見かけるが、仕事に関しては真面目にやってくれている。
「そーら、取ってこーい!」
「ワッフー!」
「ニャー!」
ともあれデリアさんが接触を図っている間、落ち着かないので庭に出てレオやリーザと遊ぶ。
よくやる木の枝を投げて取りに行かせる遊びだが、尻尾をブンブンと振りながら駆けるレオとリーザに顔が綻ぶ。
最近は、俺を守ると意気込んで付きっきりだったし、仕事があってかまってやる事が少なかったからな。
しかしリーザは、やっぱりこういう時猫っぽい声を出すんだなぁ……ってのはどうでもいいか。
「フェンリル達には、窮屈な思いをさせていてごめんな、フェリー」
「グルゥ……グルル……」
隣にいるフェリーに、しばらく村の方に行けないフェンリル達の事を思い、謝る。
俺が投げた木の枝を、尻尾を揺らしながら目で追いかけつつ、首を振るフェリー。
遊びたいんだろうけど、ちょっとだけ話もさせてくれ……。
「グル、グルルゥ、グル」
「はい、パパ! フェリーはね、他で動けているから気にしないでって言ってるよー」
「おぉ、よくやったなリーザ。ふむ、まぁ村に行けないし注意をする必要はあるけど、そこまでがんじがらめじゃないから大丈夫そうか」
木の枝から視線を外さないフェリーの通訳を、追いついて戻って来たリーザがやってくれる。
その後ろからレオがゆっくり戻ってきたが、リーザに花を持たせたんだなレオ。
後でいっぱい撫でて褒めておこう。
ともかく、フェンリル達はバスティアさん達に見られないよう、村の方へは行かないようにしてもらっている。
ただ、森への調査は続けているし、エッケンハルトさんとエルケリッヒさんによる、兵士さん達の訓練はやっているので、交代で動けているからストレスが溜まると言う程の状況ではないんだろう。
子供達も、詳細は話していないがよく遊びに来てくれているのもあるか。
訓練は離れた場所だし、屋敷は村のはずれで畑も同じくだ。
村に行く時、少し歩く必要があるけどこういう時は、この場所に屋敷を建ててもらって良かったと思う。
「……さて、それじゃあ今度はフェリーも混ぜて……行くぞ! そら!」
「ワフー!」
「グルゥ!」
「ニャニャー!」
ある程度話して、ずっと混ざりたそうにしていたので、フェリーも一緒に遊んでもらうため、再び木の枝を投げる。
リーザは地面に手を突いて、レオ達と同じように四足になって追いかけて行った。
さっきまではレオが手加減をしていたのがわかっていたんだろう、二足だったのに……フェリーが混ざったから本気でってところか。
獣人にとって、そちらの方が早く走るにはいいらしいとはデリアさんから。
「アフー!」
「ん?」
そんな事を考えつつ、今回は誰が勝つかな? と思って見守っていたら、横から何かが鳴き声のような叫びと共に乱入。
「ワフ!?」
「グルッ!」
「あー!」
「むふふー。ちょっと卑怯かもですけど、油断大敵ですよー!」
抗議をするようなレオ達の声に、勝ち誇った声を上げる乱入者はデリアさんだった。
木の枝を掲げ、細長い尻尾を機嫌良さそうに揺らしている。
トレンツァさんが連れている人達との接触に行っていたはずだけど、終わったのだろうか?
「ただいま戻りました、タクミ様!」
「は、はい。お疲れ様です」
「うー……」
元気良く俺の下へ駆けて来るデリアさんは、挨拶をしつつ横取りした木の枝を俺に差し出してくる。
褒めて欲しそうにしているから、少し戸惑いながらも木の枝を受け取って、リーザ達にやるのと同じように、ゆっくり頭を撫でた。
その後ろでは、リーザが不満そうに唸っている……レオやフェリーも同様だ。
「ふふふー、機会を窺っていた甲斐がありました!」
どうやらデリアさんは、少し前に戻ってきてから俺への報告のため、庭に出て来ていたらしい。
見つからないよう潜んでいたらしいが、レオ達は遊びに夢中で気づかなかったようだ。
そうはいっても、レオ達に気付かれず潜んでいるデリアさんの三無忍は凄いな……忍者じゃないし、匂いまでは消していないだろうけど。
俺も全く気付かなかった。
聞いてみると、ブレイユ村近くの森で狩りをする際、獲物を仕留めるのに必要だったからと、獣人だからかそういうのが得意なのだという事だった。
……リーザもそのうち、覚えるんだろうか? 気配を殺して近づいてくるリーザ……俺としては、今のように元気良くはしゃぐように動いてほしいところだ。
「それでえーっと、成果はありましたか?」
不満そうだったレオ達のために、さらに枝を投げてからデリアさんに切り出す。
そのデリアさんはさっきのフェリーと同じように、視線は俺の投げた木の枝に向いているけど。
「あ、はい! 成果と言えるかわかりませんけど、タクミ様の仰る通り、あの人達は何か悪い感じがしました」
「悪い人達だと断定しているわけではないですけど、そうですか……」
「話自体は特にそれらしい素振りはなかったんですけど、なんと言いますか、水の底にたまった泥のような感じがしました」
泥って……デリアさんなりの、悪い感情? とかの表現なんだろうけど、成る程そんな風に感じるのか。
「臭いは不自然な程なくて、それも変な感じでしたね。なんと言いますか、臭いがあるのにないような」
「やっぱり、トレンツァさん繫がりだったんですね、それ」
レオ達も以前感じたらしい、臭いがあるのにない。
消臭剤が使われているという結論だったけど、予想通りトレンツァさんやその連れている人達からの事だったらしい。
それでも悪い感じがしたというのだから、デリアさん達獣人が感じているのは嗅覚だけではないみたいだな。
「臭いで色々とわかる事もありますから、それで消そうとしているんでしょうけど……」
「他に同じ事をする人もいないから、それが逆に目立っていたってわけですね」
「はい」
香水などは一応この世界にもあるみたいだが、あまり使われていない。
香りを重ねたり、消したりする事が一般的じゃないのにそれをするのは、嗅覚が鋭いデリアさんやレオ達にとっては気になる事なんだろう。
「あと、動きと言いますか、仕草でしょうか。何か不自然にも感じました。こう、ただ話すだけではしないような――」
デリアさんによると、話自体は特に獣人を毛嫌いするような事もなく、セバスチャンさんの報告通り獣人と他の人間と差があるような対応ではなかったらしい。
それ自体は差別をしない人物という事で、好印象になる要素だけど、その話している最中、ずっと利き腕を一定の位置に置いていたとか。
特に警戒せず、立って世間話をするだけだと、人は腕をよく動かす事が多い。
人によるだろうけど、意識的にか無意識かに関係なく、話す際に身振りを加える人が意外と多いものだ。
ただ世間話をしているだけなのにそれがない、もしくは一定の位置に置いているというのは、特殊だと言っていいかもしれない――。
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