偽りの者達
「特殊な方法、これだけの品質、そしてさらに均一にする手段は予想すらできません。ですが、これだけの品質であれば――」
どのような方法で薬草を高品質に、均一にしているのかは私も含めてこの場にいる者達にはわからないが……。
とにかく品質管理人が言うには、薬草……薬もそうだが、効果を出すために使用するべき量というものがある。
だが、高品質の薬草はその量に達しなくとも効果を表すだろうとの事だ。
「つまり、どういう事だ?」
「半分、と言わないまでも、他の物より少ない量で済むという事です。良く売られている物より数を少なくできるという事は……」
「価格を操作しやすい……か」
しかも、先程の交渉の際に提示された仕入れ値は、他の取引先とほぼ変わらない、つまり適正というわけだ。
そのうえ高品質が保証されている。
これは、クラウフェルト商会が提案した新たな輸送手段がなくとも、大きな利益が出る可能性が高いという事でもあるわけだ。
「薬の方はどうなのだ? そちらは事情が異なる、と言っていたが」
「はっきりとはわかりません。高品質なのは間違いないのですが、調合法が悪いのかなんなのか、見た事もないような高品質の薬草を使ったとは思えない程、ありふれた品質となっています」
「仮に薬草を超高品質と呼称するなら、薬は高品質に留まっているというわけか」
「私では調合法などはわかりませんが……一部の薬は、わざと品質を落としているのではないか? と思える程です」
「調合する薬師の腕が悪いのか、と思ったが判断がつかないところだな」
「はい」
ふぅむ……薬師、とは言わなかったが調合をしているのは、タクミ商会長が来るまで私と話していた、ミリナという人物が担当していると聞いた。
他にもいるのだろうが、まだ若い者だったから、育っておらず調合の腕が未熟だと考える事もできるが……。
だが、品質管理人が驚く程の薬草を作る商会が、未熟な者に調合を任せるだろうか?
「……そちらも、品質は均一なのか?」
「薬師の者に聞いた話ですが、調合というのは一度確立された製法をなぞるだけなのです。薬草の品質を落とさないように、などの部分はありますが、同一人物が同一の手順を正しく行えば、ほとんどが似たような品質になります。もちろん、使用される薬草の品質に左右されますが、ここで使われている薬草は全て……」
「均一の品質。だから薬も均一の品質になるのか」
薬草の品質が均一であり、タクミ商会長自ら保証すると言う程の自信。
それはつまり、薬品全てが一定以上の高品質で提供されるという事だ。
薬を製法ではなく完成品を仕入れるにあたっての問題点も、ほとんどが解消されるとも言える。
「……これは是非とも、取引契約を結ばないとならんな。まだ完全に信じられる相手とは言えないが」
ある程度話をして落ち着いたのだろう、品質管理人が私のお腹に手を伸ばすのを見ながら、呟く。
「はぁ、人心地付きました」
「人のお腹に触れながらそれはどうかと思うが……」
文句を言いたいが、いつもの事でしかも雇用契約の条件に入っているのだから、おとなしく触らせておく。
「会長のタプタプは、人を癒す事ができるのですよ? もっと自信を持って下さい」
「しかし、その体形のおかげで、人相も相まって悪徳商人のように見られる事が多いのですがね」
「好きでこうなっているわけじゃないわい」
少し拗ねる気持ちもありながら、好き勝手いう商会員達に言う。
どれだけ忙しく働こうとも、いやむしろ、忙しければ忙しい程、お腹に無駄な脂肪が集まってしまう体質なのだ。
人相も含めて、私自身にもどうしようもない。
今ではもう諦めて、それならそれを武器にすればいいと割り切ってはいるし、おかげで遠慮なく私のお腹をタプタプしている品質管理人のように、有能な者を雇う事ができた。
逆に利を逃している部分はあるだろうが……それは考えないようにしている。
「薬品に関しては、我々の利が大きい。輸送手段に関しても色々あるが、通常での費用で考えても申し分ない。お前達にもこれから相談するが、私は前向きに……いや、前のめりに検討するべきだと思っている。我が商会の計画のために……」
そうして、タクミ商会長率いるクラウフェルト商会との取引契約を検討する相談に入った。
今はまだ、表には出せない計画を進めるためにも、クラウフェルト商会の薬品は絶対に必要になるはずだ――。
――――――――――
「はぁ。戻ったわ」
規模としては、大きいとも小さいとも言えない平凡な村。
そんな村とは不釣り合いな程大きく、豪奢な宿の一室に戻ってきた。
宿そのものは貴族を歓待するのかしら? と思う程だけれど、宿の者達は村人らしくよく言えば素朴、悪く言えば野暮ったい。
私を迎えた者に上着を渡しながら、備え付けのソファーに腰掛ける……柔らかくて座り心地がいいのが、少し癇に障るわね。
「お帰りなさいませ、トレンツァ様」
部屋で私を迎えたのは、室内というのに外套で全身を隠した者達。
それで隠れているつもりなのかしら? と疑問に思うし誰かが訪ねてきたらどうするのかしら? とも思う。
だけどこれで、もし誰かが部屋に近づいてきたらすぐに察知し、平凡な村人や町人に早変わりするのだから、何も言えない。
そもそも、知り合いなどもいないこの村で誰が尋ねてくるわけもないけれど……親しい知り合いを作るつもりもないけど。
「宿から、出ていないでしょうね?」
「はい。ここで迂闊な行動はできません」
「そうでしょうね。はぁ……なんで私自らこんな事を。それもこれも、あんた達が役立たずだからよ」
「……申し訳ございません」
当たるように言い放っても、部屋にいる数人が揃って淡々と頭を下げ、平坦な口調で謝罪をするだけ。
それがまた、役立たずな事と相まって私をイラつかせる。
教育に失敗しているんじゃないかしら? こいつら、全く感情というものを見せないわ。
まぁ、感情が表に出るようでは駄目な者達だし、教育は私の仕事ではないから諦めているけれど。
「それで、あちらの様子はどうでしたか?」
「獣臭いこの村と同じく、獣臭い男が出てきたわ。集めた話のとおり、ただのお人よしのような男だったわよ。完全に、獣のおかげでなんとかなっているのでしょうね。そうそう、あなた」
「はい」
「あれを。獣臭いのが私にまで付いたらたまらないわ」
「畏まりました」
獣臭い村、獣臭い奴ら。
そんな場所にいて私に獣の匂いが移るなんて耐えられない。
部屋にいる数人のうち、声をかけた男……女だったかしら? 声は平坦で高くもなく低くもなく、体を隠すように外套を身に着けているため、性別すらわからない。
こいつら全員が、そんな自分の個人としての情報を極力隠すように教育されている。
一人一人の顔を覚えているわけでもないから、どうでもいいのだけど。
そんな一人が差し出した小さな瓶を受け取り、中身を頭上へ向けて振り撒く。
振り撒かれた液体は、広く拡散し空気中に溶けていく。
「はぁ……獣臭い臭いもこれで少しはマシね。それで、あの男やこの村、例の事だけれど……」
「はい。この宿までもそうでしたが、警戒は強そうに見えて、実際あまり強くないと思われます」
「そんな事はわかっているわ。あれだけの兵士が常駐しながら、私達だけでなく他の商人までも村に入れるのだから。でも、一応の警戒はされているのかもしれないわ。あの男、獣達の事や王に関する話を一切しなかったもの」
商談、と言う名の調査。
薬品を取引する名目であの男を引きずり出し、探りを入れる計画……だったのだけれど、あっさりと出てきた時には驚いたわ。
商会をしているのだから、取引となれば必ず出てこざるを得ないとは思っていたわ。
そのための村娘の偽装だったのだけれど、ただの村娘に公爵家と強い関わりがある商会の会長が出来るとは思えなかった。
とはいえ、偽装だとか変装だとか、慣れない私には確実に商会長を出させるにはこれしかなかったのよね。
貧乏な村の娘というのは、間違っていないわけだし……昔の話だけれど。
「王の話はなかったのですか」
「えぇ。獣臭かったから、間違いはないはずだけれどね。隠そうとしているのかなんなんか……」
「王の力を手に入れているのなら、それを誇示しない理由はないと考えますが……」
「だとすると、あんた達が得た情報が間違いという事になるわ。まぁでも、それはないでしょう」
「どういう事ですか?」
「はぁ……少しは頭を働かせなさい。こんな村で商会を作っているような男よ? 公爵家と強い繫がりがあるのは間違いなく、ただのお人好しな男にそんな繋がりは作れないわ。それに、従えていた従者も、相当な者よ。あんた達みたいに荒事はできないでしょうけど、高度な教育を受けた者達だってのがわかる所作だったわ。むしろ、商会長の男の方が見劣りするくらいね。まったく、あれ程の従者ならあんた達と代わって欲しいくらいよ」
従者の二人……いえ、薬品を売る店を仕切っていたあの子も、その場にいなかったこいつらには、知らない事なのだけど、理不尽とは思わない。
それくらい、察してしかるべきなのよ。
「トレンツァ様、我々は……」
「わかっているわよ。ただ私が快適に過ごすためのあんた達じゃないって事くらいわね。でも、わざわざ私が直接出向いて、こんなところまで来ているんだから、それくらいの愚痴は言ったっていいでしょう?」
「……」
私以外の全員が押し黙る。
その、腹に一物抱えているような、文句を言いたいけど我慢している、と言った風の態度は本当に私を苛立たせるわね。
実際には、そんな感情すら沸かないように教育されているくせに。
私と違う管轄の者達を借りている、というより無理矢理借りさせられたのだけど、目的のためには仕方ないのだと諦めるしかないわね。
「はぁ……! とにかく、あの男……クラウフェルト商会だったかしら。あれは間違いなく、王と深い関係があるわ。最大の障害ね」
苛立ちを霧散させるように、大きく息を吐く。
私達……いえ、私の目的のためにはあの男の存在、それがきっと邪魔になるのは間違いない。
王に出張ってこられたら、その時点で全てがご破算、全員逃げる事すらできないのだから。
ほんと、綱渡りね……だからこそ、面白くもあるのだけれど。
「目的が果たされれば、その障害も取り除かれましょう」
「果たせれば、ね。計画が上手くいったとしても、その瞬間に私による歴史的な快挙が成されるわけではないわ」
「そのための我々です。時間稼ぎ程度ならば……」
「一切役に立っていない状況でよく言えたものね?」
村に近付こうとしてもできない、だからこそ結果的にこうして私がここにいるのだから。
「……命あれば、身命を賭しましても」
「あんた達ごときの身命でどれだけの事ができるかわからないけど、まぁ期待しないでおくわ。それに……」
言葉を止めて、ほくそ笑む。
私以外の者達から、訝しむような雰囲気が伝わるけど、それもどうせ格好だけのものだし、どうでもいいわね。
「あれが考え通りになれば、あんた達の時間稼ぎも必要ないわ」
「あれ、というのは一体……?」
「備えというのは大事よ、備えというのはね。きひ、きひひひ……」
私は部屋の奴らには答えず、いずれ起こる事を考えて堪え切れない笑いを漏らした――。
―――――――――――
「えーっと、他に確認する事は……」
レミリクタで商人さん二人を相手に交渉を終えてから数日。
公爵領外に薬品を卸す可能性が高まったのもあって、様々な書類作成や確認、畑の状況等々の仕事に追われていた。
とはいえ、この数日でようやく落ち着きを見せてきていたんだけど。
「旦那様、契約書類の確認になります。確認ができ次第、バスティアさん、トレンツァさんの両名にもお渡しいたします」
「ありがとうございます。えーっと……」
アルフレットさんが差し出してくる書類を受け取り、目を通す。
契約に関して、この世界で商売のノウハウなどをよく知らない俺が、あれこれ意見を出せる事はないんだけど、それでも確認する事は大事だ。
後になって、聞いてない、知らなかった、などの揉め事は勘弁したいしな。
「ふむふむ……」
契約内容は、基本的に二人の商人さん達に対してクラウフェルト商会が作った薬品をやり取りする、売買するためのものだな。
薬品の種類、数、それから販売価格だ。
輸送費などの項目もあるが、こちらはフェンリル便を頼んであるので破格だ。
それでもその輸送費が価格に上乗せされるため、原産地とも言えるランジ村のレミリクタで販売するよりは高値になっているのは仕方ない。
レミリクタだと、輸送費なんて一切かからないからなぁ……。
他には、取引をする期間、バスティアさん達に販売した後の薬品の取り扱いについてとかだな。
取引をする期間というのは、一定期間を設けてそれが過ぎる前後などで契約を更新するか、それとも破棄するかなどがあるからだ。
契約が締結すれば、基本的にはその期間中ずっと売買する事になるけど、売れ行きの悪い商品を延々と仕入れて在庫を抱え続けるわけにはいかないからな。
あと、お互いの事情なども考慮して価格や数量、その他の交渉をするためでもある。
さらに薬品の取り扱いについては、輸送中の事故や、買い取った薬品をどの範囲で売るかなどだな。
二次販売や、別の商会、商店に販売の委任が可能かどうかなどもある。
日本のような流通網がないため、信頼する商会や商店に一部を融通し、売ってもらうというのはよくある事らしい。
魔物に関連する輸送中の事故なども含めて、この世界特有と思われる部分も多々あった。
ちなみに、俺と公爵家が結んでいる薬草販売契約には、取引期間が設けられていない。
これはいつでも俺から公爵家に申し入れて取引を中断、契約を破棄できるという事でもあって……契約条件などを見た時に、ずいぶん俺に有利だなと思った一因でもある。
まぁそれは俺のギフトやシルバーフェンリルのレオがいるから、公爵家としてはそうするのが正しいと判断したんだろう……お世話になっているし、当然俺には公爵家との契約を中断する気は一切ないが。
「魔物が原因な事も含めて、輸送中の事故……商品が損なわれた保証なども全てこちらで、と。これでいいんですね?」
輸送に関しての事故であれば、完全補償という内容。
通常は折半や交渉をして割合を決めるなどをするらしいが。
「はい。フェンリルによる輸送で、魔物が原因の事故が起こるとは考えにくいです。ですので、保証に関してはあまり考えないで良いだろうと」
「そうですね。まぁ、起こるとしたら輸送する馬車が壊れたとか、薬品を詰めていた瓶が割れるとか、そのくらいでしょうし」
魔物が原因、つまりどこかで魔物と遭遇して荷物を捨てて逃げるしかなかったとか、争った結果荷物が損傷したとかだが、フェンリルが運ぶ以上ないと言っていいからな――。
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