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1987/1996

本格的な交渉はキースさんに任せました



「実はですな、村にある商会という事でもっとこちらに有利な条件での交渉を、と考えていたのですよ」

「有利な条件、ですか?」


 ぶっちゃけたなぁ、とは思う。

 平均的な村の規模は知らないけど、ランジ村は大きな村や、街に見紛う規模ではないのは間違いない。

 そんな村にある商会となると、大きな街で手広くやっている商会からすれば、侮っても仕方ない相手と感じるのかもしれないが。


「えぇ。薬草なども素晴らしい品質で、種類も豊富。ただそれだけでなく、独自の薬品……傷薬なども開発しています。名称は少々安易な気もしますが」

「はははは……」


 最後に小さく呟くバスティアさんに、乾いた笑いで返す。

 隣でミリナちゃんが、「わかりやすくていいと思いますけど」なんて言っている。

 傷薬、というのはまぁそのままの効果を示しているからわかりやすく呼んでいるだけだ。

 そういった物が欲しい、と考えてミリナちゃんと相談して作ってもらったが、特に商品名などを深く考えず、定着したからそのままにしている。


 俺のネーミングセンスは頼りにならないし、特に誰からも指摘されなかったけどそう……目玉商品なんだから、ちゃんとした商品名を考えた方が良かったかもしれない。

 同じ商品名で効果の違う物とかもありそう、というか実際にあるしな。


「そちらに関しては私が口出しする事ではありませんが、先程も申しました通り、有利な条件で取り扱いができるように……つまり、傷薬の製法などを買い取ろうと考えていたのですよ」

「傷薬の製法ですか。それは……」


 薬の製法、原材料や調合法の事だな。

 薬草の品質管理などの知識も含めて、薬師と呼ばれる職業の人にとってそれは大きな意味を持つ。

 広く知られている事ならまだしも、独自の製法などの場合、それが薬師としての生きる糧になり得るのだから当然だ。

 雇われた薬師が雇い主であるお店や商会の人に明かす事はあるらしいが、それを取引とは言え他商会、他商店の人に教えるという事はほぼないと聞いている。


 場合によっては、売り渡す事もあるにはあるみたいだが、かなり稀なのだとか。

 例外として、弟子などに教えるとかはあるらしいけど。

 俺の場合はミリナちゃんが弟子になるのか? ただ既に知識から何まで、薬草や薬の扱いはミリナちゃんの方が上だからな。

 むしろ俺が教えられる事が多い、というのは余談か。


「えぇ、このお店での扱いを見れば、商会の主力商品なのでしょう。効果の程も確かですし、品質も保証されると仰るように自信の程もおありのようだ」

「まぁ、はい」


 品質や効果は、ミリナちゃん達調合班が頑張ってくれている事だ。

 もちろん検品する体制にしているけど、頑張りやなミリナちゃんが手を抜くわけがなく、信頼しているから自信のない事は言えない。


「それならばと、我が商会が買い取る事で多くの人に名と共に広める事で、大きな商機になると見たのです。それに、我が商会であれば――」


 バスティアさんの話は簡単だ。

 俺達から買い取った傷薬の製法で商売の手を広げようというだけの事。

 それだけの資金力がすでにあるし、街で大きな商会としての地位を築いているから、販路もある。

 製法を高く買い取っても元が取れると踏んで、今に至るというわけだ。


 遠くの街で大きな商会を率いているバスティアさんに、それだけ高く評価されているというのは嬉しいし、目玉商品にしようという目論見は外れていなかったんだと思う。

 すごいのは、それを作ってくれたミリナちゃんだが。

 ちなみに、あとで聞いた話だが、薬の製法を買い取るというのは大きく分けて二つあるらしい。

 一つは完全に買い取る方法。


 売る側には他には伝えないという契約がされ、買い取った側が独占できる。

 バスティアさんはできればこの方法で買い取ろうとしていたとか。

 製法の売買契約をする人同士の交渉次第だが、一つの製法を買い取るのに金貨数千枚になる事もあるらしく、それができるのはバスティアさんの商会に大きな資金力があるからだろう。

 もう一つの方法は、長期契約による製法の伝授だ。


 こちらは完全に独占するわけではなく、製法を教えて代わりに作って商品とする代わりに、一定の報酬を継続して製法を売った側に支払うという契約。

 俺がハルトンさんの仕立て屋から、スリッパの発想者として報酬を得ているのと同じような物だろう……スリッパ自体、本当に俺が発想して作ったわけではないのはともかくとして。

 この契約では、定期的に報酬を支払う必要はあるが、製法の買い取りには金貨数枚程度で、売る側、つまり製法を伝える薬師が他の誰かに伝える事を止められない。


 とはいっても、商品が売れれば一定の報酬が入るのだから、わざわざ他に伝えて競合を作る必要もないんだが。

 報酬を受け取る契約ができるのは、一つの商品や製法に対して一つらしいし。

 一つ目の方法は、資金力などにもよるが基本的に遠方の相手に対する契約手段として、多く使われているとかで、ランジ村とバスティアさんの商会があるタロンメルは、かなりの距離があるため、こちらの方法が手っ取り早いんだろう。

 離れていると、都度報酬を送るより一度にした方がその後の費用も掛からないしな。


 二つ目の方法は、比較的お互いが近場にいる場合、それこそ同じ街にいる場合などで用いられるとか。

 ハルトンさんはラクトスで、俺はランジ村と少し距離があるが……俺の場合は公爵家との繋がりがあるからな、フェンリル達もいるし。

 まぁ何はともあれ、この世界の薬師さん達はそれぞれ、雇われる以外では独自に売れる薬品の製法を探しているわけだ。

 契約できれば、別の誰かが同じ製法を発見しない限り、生活は安泰だからな。


「と、タクミさんに会うまではそう考えておりましたが、今は考えを変えました」


 会ってからまだ一時間も経たないうちに、簡単に考えを変えたと言うのは、それだけバスティアさんが柔軟な考えをしているから、という事なのだろうか。

 もしかしたら、何か思惑があるのかもしれないが……ともあれ、嘘を言っているようではないし、キースさんも特に何も言わないので信じる事にする。


「では、お二人共取引をする方向で話を進めても?」


 バスティアさんの思惑はあれど、そちらにだけ引きずられないようトレンツァさんも含めて、二人平等に交渉する姿勢を示す。

 街と村、商会と商店という規模の違いはあれ、俺を始めとしたクラウフェルト商会では利益最優先ではなく、薬草や薬を広めていく事が第一なので、大きな商会を優遇するという事はない。


「はい、もちろんでございます。薬品は質が担保できるのであれば、確実に利益を得られる商品。そして、その質を保証されているうえ、この目で確かめたものであれば」

「村にとっても、必需品ともいえる物ですから。さすがに、提示された数全てをというわけにはいきませんが……」


 前のめりになっているバスティアさんと共に、頷くトレンツァさん。

 まぁ俺というかキースさんが提示した数を、全てトレンツァさんが言う小さな村に卸しても過剰というか、在庫を持て余すだけになるだろうから、そこは仕方ない。


「わかりました。キースさん……」

「はい。それでは、それぞれの薬品……薬や薬草の価格の話になりますが……」


 ここからは、本格的な交渉。

 俺としてはこれまでも緊張する交渉だったんだが、キースさんにとってはこれからが本番だ。

 相場はある程度教えてもらっているけど、初めての事でもあるし、丸投げとは言わないけどできる限りキースさんに任せる事にしている。

 キースさんの手が空いていないなど、これからも全部お任せするわけではないけど、まずは手本を見るという意味でもな。


「ふむふむ、やはり少々値が嵩みますな」

「想定していたよりも、安値で取引できるようですので……そうですね、数としては多めに卸していただきたいのですが」


 価格に関しては、全体的にバスティアさんにとっては高いと感じ、トレンツァさんは安いと感じた様子で、それぞれの交渉を進める。

 二人同時、それも別々の場所での販売などを考えて交渉を進めているキースさんはさすがだ。

 事務や経理関係だけでなく、ここに連れてきて良かった……改めて、公爵家の使用人さんは優秀だなぁ。

 まぁ、キースさんに関しては元使用人になるけど。


「やはり、輸送費が問題ですね」

「こればっかりは、いかんともしがたいのですが……」

「私共の村では、荷馬車や手の空いている者もいますので」


 交渉の焦点は輸送費。

 特にバスティアさんは取引の量を多くしたいため、輸送費が嵩んでしまう。

 それが、先程高いと感じる言葉を呟いた理由だろう。

 その代わり、大量購入割引みたいなのも加味して話しているけど、それでも輸送費というのはかなりかかるみたいだ。


 まぁ、流通網が発達し、気軽に遠くの物を配達してくれるような仕組みがあるわけでもないし、日数も掛かるからな、費用が高くなってしまうのは仕方ない。

 逆に、トレンツァさんの方は小規模であるからこそ、数が少なく輸送も自分達の村でなんとかまかなうため費用が安く済んでいるというところか。

 バスティアさんの場合、ここで薬品を仕入れて戻るだけじゃなく、他の商品の仕入れなんかもあるため規模が大きくなってしまう、というのもあるみたいだが。


 規模が大きく、人が多くなればその分馬の数も増え、さらに魔物などの危険を避けるための護衛を雇う数も増える……ちょっとした商隊のようになるからだろうけど。

 ともあれ、そういったあれこれを含めて、どちらがどれだけの輸送費を負担し、運ぶルートなんかの検討と交渉も含めて話し合っている。

 卸値の方は、むしろ傷薬などの目玉商品は安く行き渡るようにしているため、特に交渉する事はなく大手を振って受け入れられたんだけども。

 あと、輸送費の負担は取引内容によるけど、基本的に折半で交渉を始めてできる限り安くする方法の模索と共に、どちらの負担割合が増えるかというのが重要らしい。


「輸送費と言いますか、輸送の手段に関してはこちらに考えがあります」

「と、言いますと?」

「まだ検討段階なのですが、これまでとは違う輸送手段を、我が商会、そして商会長が考え整えているのです。それを使うならば……試算して輸送費はグンと下がるでしょう。具体的には――」


 輸送手段、駅馬も含めたフェンリル便の事だな。

 既にフェリーとの相談の元、公爵領内での輸送に関してはフェンリル便に活躍してもらう予定だ。

 駅馬にも絡めてではあるし、もう少し公爵領内で周知してからにはなるけど。


 ちなみにこのフェンリル便を使うと、例えばランジ村からカッフェールの街に荷馬車一台分の輸送をする場合、金貨一枚から二枚くらいでさらに運搬日数も短縮される。

 馬だと時間がかかるうえ、金貨にして十枚前後とかなりお高くなってしまうから、それだけでもかなりの改革と言えるだろう。


「そ、そんなに費用が下がるのですか!?」

「はい。また、この輸送手段ではこちらが主導になるため、費用も多くはこちらで負担できます」

「そ、そうなると、私の村までの輸送費用は……」


 二人共、フェンリル便を使った際の輸送費用に驚いている。

 とはいえ、まだフェンリルに関しては明かしておらず、ただ新しい輸送手段というだけにしているけど。


「そのような画期的な輸送手段、本当にあるのでしょうか?」

「疑うのも無理はありません」


 さすがに話がうますぎるためか、訝し気になるバスティアさん。

 費用が約十分の一になり、さらにバスティアさん達の方から出す人員も少なくて済むわけだからな。

 すんなり飛びつかないのは慎重さ、というより商人としてうまい話の裏を探っているだろう。


「今は明かせませんので、信じて下さいと言うほかありません。ですがこれならば、どうしてもかさんでしまう輸送費を削減し、利益へと転換できるかと」

「むむぅ、それはそうですが……」

「……バスティアさんは悩んでいますが、私はその話を信じたいです。村の人達のためにも、輸送費を減らしてその分、色々な商品を仕入れる方がいいですから」


 眉間にしわを作り、腕を組んで悩むバスティアさんとは別に、トレンツァさんは信用して受け入れてくれる様子。

 交渉を聞いているだけの俺でも、そんなにすぐ信用して大丈夫かと少し危うい感じがしたけど、こちらに騙す意図はないので口出しはしないでおこう。

 信用してくれと言っているのに、商会長の立場である俺がもう少し疑ってかかった方が……なんて言うのもおかしな話だしな。


「トレンツァさん、ありがとうございます。――お悩みのバスティアさんに、少々耳寄りな情報があります。タクミ様を商会長としている我々クラウフェルト商会では、薬品だけではなく、商会長であるタクミ様の発想により、新しい商品を生み出しております。ラクトスに行ったのならご存じかと思いますが――」


 俺の発想、と言われると微妙な気分になるんだけど、キースさんが話しているのはスリッパと耳付き帽子の事だ。

 スリッパは元々地球にあった物だし、耳付き帽子はリーザのためにハルトンさんが用意してくれた物だから、それを俺の手柄みたいに言われるのはなぁ……。

 スリッパの方は人気商品になりそうだとの見込みが、少し前に製造や販売を任せているラクトスの仕立て屋のハルトンさんから連絡があった。

 さらに耳付き帽子は、俺がランジ村の屋敷に引っ越す際レオだけでなくフェンリルを連れていたのもあって、立耳系の帽子が飛ぶように売れているらしい。


 一時的なものだとは思うが、ラクトス限定で耳付き帽子が流行していると。

 商店や屋台を営む人達も、犬や狼を模した立耳の帽子を被っていると売り上げが良くなる……なんてのも言われ始めているらしい。

 まぁ帽子の方は発想料をもらっているわけでもなし、リーザやデリアさんのような獣人さんがラクトスで気楽に過ごせる下地のようになる可能性があるから、流行するのは悪い事じゃないんだけど。


「確かに、ラクトスでは獣人の物のような耳が付いた帽子を被っている方が多かったですな。スリッパ、という物はわかりませんが……」

「私は、あまりよく覚えていません。そのような商品があったのですね。耳の付いた帽子、想像するだけで可愛い物なのだとはわかりますが」

「トレンツァさん、被る者によって……とだけ申しておきましょう。私もそうですが、身に着ける物というのは人によって似合うかどうか分かれます」

「な、成る程……た、確かにそうですね」


 耳付き帽子、確かにそれだけを考えれば可愛い物なのは間違いないと思うが、バスティアさんが言うように被る人によって可愛いかどうか、似合うかどうかは変わってくるだろう。

 結構ごつめのおじさんが被り、屋台の呼び込みをしているのを見てちょっとだけ引いてしまったのは、ここだけの話。

 時折、兵士さんや護衛の人が被っているのも見かけるけど、俺はともかくフェンリルに慣れ親しんでいる村の子供達には人気だったりする。

 似合っているかどうかは、俺目線では多くは語るまい――。



読んで下さった方、皆様に感謝を。


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■7巻書影■mclzc7335mw83zqpg1o41o7ggi3d_rj1_15y_1no_fpwq.jpg


■7巻口絵■ mclzc7335mw83zqpg1o41o7ggi3d_rj1_15y_1no_fpwq.jpg


■7巻挿絵■ mclzc7335mw83zqpg1o41o7ggi3d_rj1_15y_1no_fpwq.jpg


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