証拠品を発見しました
「……なんだこれは? 捕まえた者たちが持っていた武器には、このような物はなかったはずだが。同じ物ではないのか?」
「おそらく、屋敷に近づいた者達は素性がバレないよう、身に着けなかったのでしょう。結論から申しますと、これはセイクラム聖王国の暗部が体に刻まれる印と同様に、持たされる暗器になります。印は暗部内での識別として、そしてこの暗器は忍ばせていざという時に使うものと言われています」
「印以上に、厳格な決まりで授けられる武器のようで、これがどこからか盗まれたために所持していた、という事はありません。パプティストが捕まえた者達、全員が所持していましたので」
「一つだけなら、もしかしたら盗まれたか、暗部の一人が下手を打って……みたいな事はありえなくもないかもしれないけど、複数となると確定だね。確かにこれは確証と言える。ここにある物全部?」
「はい。一部はこちらで保管しておりますが、持ってきた物は全部、仕掛けが施されています」
小さな突起、それだけで決定的な事になるのか、と俺一人が驚いている。
そんな俺を見かねたのか、ユートさんが説明してくれたけど……。
その突起を強めに押すと、柄の横からさらに指をかける取っ手、というよりトリガーのような物が出てくる。
トリガーを引くと、ダガーの刃が勢いよく飛び出して対象に突き刺さるという作りになっているようだ。
どこかで聞いたような仕組みだけど……と思っていたら、小さく俺の耳元でユートさんが「スペツナズ・ナイフみたいな物だよ。刃が飛び出すってところが同じ」と言って教えてくれた。
なるほど、手のひらサイズだけど刺突性の強いダガーで、さらに刃が勢いよく飛び出す事で離れている相手にも攻撃できるうえ、深く突き刺そうとしたときにも利用できるのか……。
簡単に隠せそうな小ささといい、暗器に向いている武器ってところなんだろう。
「しかし、この仕組みだけでセイクラム聖王国の暗部だと断定できるのか? 似たような武器は、他にも見た事があるが……」
首をかしげるエッケンハルトさんの言う通り、スペツナズ・ナイフに似た仕組みの武器を持っているからと言って、それがセイクラム聖王国の暗部が必ず持っている物だとは言えないだろう。
「失礼します……」
危なくないよう、ルグリアさんがナイフの一つの仕掛けを使って刃を打ち出す。
思った以上の勢いで打ち出された刃は、パプティストさんが差し出していた小さな盾に当たって床に落ちる。
金属製の盾だから甲高い音を立てただけだけど、打ち出された勢いを見る限り、人に当たったら結構深くまで食い込みそうだった。
それこそ、骨に阻まれなければ内臓にも達する程に。
「刃を飛び出させた後に残った柄の、こちらをご覧下さい」
「これって……」
「むぅ、これは確かに、間違いないな」
「……セイクラム聖王国の紋章、ですね」
刃がはまっていた部分である窪みの周辺に、よーく見ないとわからないような、小さな紋章が彫り込まれていた。
かなり小さくて、米粒に文字を書くという程ではないが、それに近い繊細な物だ。
多分手彫りなんだろうけど、彫られている模様は盃に雫が垂れている。
以前セイクラム聖王国の話を聞いた後に、ユートさん達から聞いていた紋章と同じ物だと思われる。
「暗部が、セイクラム聖王国の者だと証明するための模様です」
「成る程、確かに紋章が彫られた武器を所持している、というのは言い逃れできんな。だが、私は知らなかったのだが、これを持っている事が暗部の者であるという証明になるのか?」
「確かに、繊細な模様で掘るのもかなり苦労しそうではありますけど、それだけと言えばそれだけですからね」
エッケンハルトさんの言う通り、セイクラム聖王国の人間だという証明にはなるだろうけど、暗部に所属しているという証明になるかは怪しい。
量産は難しいだろうけど、ナイフの仕組みと同様に似たような物だって言い張ればそれまでのような気がする。
「私達は近衛騎士隊、隊長と副隊長です。その職務から、こういった事にも詳しくなるのですが――」
疑問に答えてくれたルグリアさんによると、暗器としてのナイフとその仕組み、さらにそこに紋章が彫られている物を持つ者はセイクラム聖王国の暗部である、というのは確定なのだとか。
近衛騎士の職務上、外交などで他国……セイクラム聖王国と関わる事もあるため、それを知っていたらしい。
まぁ要は、知らない人から見れば証明になるか微妙な物でも、知っている人から見れば証拠品になり得るというわけだ。
エッケンハルトさんは南部の貴族で、セイクラム聖王国との関わりが薄いためにそういった知識はないのもあるけど、北部の貴族でも一部が知っているかどうかという程度みたいだが。
アルヒオルン侯爵が知っているかはわからないが、少なくともバルロメスさんとヴェーレさんは知らないようだ。
当然ながら、ユートさんも知っていると。
「これがあれば、表立ってセイクラム聖王国を糾弾できるよ。暗部……所属としては軍部って事になるだろうけど、そいつらが他国であるこちらの深い場所で活動しているってのは、言い訳ができないからね」
「隣接する貴族領、クライツ男爵領でならこちらの追及もかわせるかもしれませんが、それでも他国ですからな」
軍に所属している人物、それも一人とかではなく複数……フェンリル達が捕まえた人達が全員そうなら、数十人はいる。
それが他国で何かしらの活動をし、怪しい動きを見せているとなれば言い逃れはできないだろう。
「少なくとも、しばらくはこちらへの嫌がらせやちょっかいは少なくできるはずだよ。ここにも……かどうかはわからないけど、やって見せる。早速、僕……じゃなかった、やんごとなき人に頼んで動いてもらおう」
「外交となれば、私にできる事はありませんが、何かあれば公爵家も力になります」
「我が侯爵家、母にもこのことは伝えておきます」
やりすぎると反発で武力に訴えかけてくる可能性はあるから、慎重にならないといけないが、それでもれっきとした国なんだから、あとは外交で抑えるだけだろう。
とりあえず、俺は何かしない方がいいようなのでできる事はないけど、ユートさんやエッケンハルトさん、バルロメスさんの侯爵家の人達を信じて朗報を待とう。
「……それにしても、色々と確証などは得られましたけど、結局セイクラム聖王国は何が目的だったんでしょうか? 前の会議で予想はしましたけど、そちらは確定情報はありませんし」
セイクラム聖王国に対しては任せる事にして、ある程度話をした後ふと疑問に思った事を口にする。
お手柄のルグリアさんやパプティストさんは労い、証拠品を保管するため退室していた。
もちろん、調査や捕縛に協力したフェンリル達は当然労うとして……ハンバーグをへレーナさんに作ってもらうよう、頼むかな。
「フェンリルがいるからか、それともレオ様がいるからなのか……はたまたどちらもそろっているからここを狙うのか。考えれば考える程、何が目的なのかわかりませんな」
「薬まで作って持ち出しているので、何かしらの目的はあるはずですけど、わからないというのは気持ち悪いですね……」
「カナンビスを入手するため、ならもう目的は達成しているし、そのカナンビスの薬を使っているからまた違う目的があるんだろうけど……」
「それに関しては、捕まえた者達の口を割ってからかなぁ。散発的で、どちらかと言うと様子見って感じがするけど、何かしらは知っているはずだし」
やっぱり、この場ではセイクラム聖王国の目的に関しての結論は出そうにないか。
とりあえず、俺、もしくはレオ、それにフェンリルが狙われている可能性があるとして、引き続き警戒する事で結論となった。
バルロメスさんがペータさんと趣味……にも近い土の話をするため退室し、ヴェーラさんがリーザを構い始める。
エッケンハルトさんは、今話した事などをエルケリッヒさん達に伝えるために、こちらも退室。
名目上テオ君を通す事になっているユートさんも退室……しようとしたところで、何か腑に落ちないような様子になった。
「あれぇ? そういえば、ヘルマンって確か後継者がいるんじゃなかったっけ……?」
そう呟いた。
「後継者って、子供がいたとか?」
「いや、そうじゃなくて……あんな性格破綻者に、子供どころか結婚すらできるはずがないからね。まぁ、国が強制的にそういう男をあてがえれば別だけど」
「男をあてがえればって、あまり気持ちのいい言葉じゃないけど……って、ヘルマンって人は女性だったんだ」
王制だったり貴族だったり、階級制度のある国が多い世界らしいから、もしかしたらそういった事もあるのかもしれないが。
でも、強制的に結婚とかあまり良く聞こえないのは、俺が日本で生まれ育ったからかもしれない。
日本も、貴族的というか望まない結婚なんかも、昔はよくあったらしいけども。
それにしても、ヘルマンという人物はてっきり男性だと思っていたから、少し驚いた。
関わったらいけない系のマッドサイエンティストとか、偏屈なお爺さんだという偏見は映画などからだろうか。
あと、ヘルマンっていう名前もどちらかと言えば男性名っぽかったし。
「うん、まぁね。見た目だけは、美人だよ。ほんと、見た目だけはね」
「そんなに強調しなくてもいいと思うけど……」
見た目だけは、と何度も言うユートさん。
「いやぁあれはね、最初は確かに目を引くような本当に美人なんだけど、口を開けば……どころか、雰囲気からして異常な事がわかるくらいだったんだよ」
「まぁ、実際に会った事がないからわからないし、もう会えないんけど……それで、その後継者っていうのは?」
「研究を受け継いだ方がいる、という事でしょうか?」
「そうだね、クレアちゃんの言う通りだよ。ヘルマンの研究は、思い出すのも反吐が出る程、とんでもないものが多かったけど、そのほとんどを受け継いだ人物がいたはずなんだ。えーっと、確かヘルマンが残した研究の一つを完成させたとかだったはず。自分からそう名乗ったんじゃなくて、その研究成果をもって、ヘルマンの後継者って呼ばれ出したとかだったと思う。そういう話を聞いたんだよ。名前とかはわからないけど」
マッドサイエンティストの研究の一つを完成させ、さらに後継者と呼ばれている。
なんだろう、同じような危険な研究者のイメージしか沸かないけど。
「その人は、性格的に大丈夫そうなんだろうか?」
「どうだろう? さすがにヘルマンと同質の研究者だと面倒だから、様子を見にいこうとしていたんだけど、その前にここに来たからね……」
なんでも、その後継者の話を聞いてちょっとだけ覗き見をしに行こうと、セイクラム聖王国へと旅立とうとしていた時に、バースラー伯爵のあれこれが発生。
さらに、シルバーフェンリルが公爵領に現れ、さらに一緒にいる人間……俺の事だが、それを知ったからランジ村へ方向転換。
そうこうしているうちに、ヘルマンを嫌っているユートさんが脳内からその情報を除外、というか忘れてしまって今に至るというわけらしい。
「覚えていて、予定通りユートさんがセイクラム聖王国に行っていれば、目的がわからなくて頭を悩ませることもなかったかもしれない、と……」
「ま、まぁそうかもね。何か計画しているなら、僕が直接言って阻止……は実力行使になって犠牲者が多く出るかもしれないけど。もっと情報はあったかもね。でも、そのおかげでこうしてタクミ君と知り合えたんだし、結果オーライ?」
「はぁ……ユートさんには色々と助けてもらっている部分もあるから、それでいい事にするよ」
ユートさんとこうして知り合って親しくしていなければ、知らなかった事が多いからな。
ギフトの事とか、日本というか地球からこちらの世界に来た人とか……それこそ、公爵家の初代当主様であるジョセフィーヌさんの事も、知らないままだっただろう。
「僕としては、レオちゃんやフェンリル達が、仲良く多くの人と協力しているこの場所はお気に入りだから、こちらに来て良かったと思っているよ。もちろん、タクミ君もいるからね。あっちに行っていたら、気分良くなんて過ごせなかっただろうしね」
「あ、ありがとう」
面と向かって言われると、なんだか照れるな。
ふざけてばかりというわけではないけど、基本的ノリと勢いで面白そうな事をやっちゃう人だから、素直に言われるとな……。
俺も、ユートさんと会えて良かったと思っているから、これ以上忘れていた事は突っ込まないでおこう。
「さて、話も終わった事だし……退屈だっただろレオ? それにリーザも」
「タクミさんを守りたい気持ちは一緒ですが、レオ様には退屈させてしまいましたね」
「ワフ?」
「リーザちゃんは、私と一緒なら退屈しませんわよ。――ね、リーザちゃん?」
「んー?」
気になる事を残したユートさんを見送った後、ずっとおとなしくしてくれていたレオやリーザに声をかける。
何やら主張しているヴェーレさんだが、リーザは首をかしげているから退屈しなかった、という事はなさそうだ。
ヴェーレさん、ティルラちゃんみたいにリーザと一緒に遊ぶとかじゃれ合うとかじゃなく、ただ傍で見てうっとりしているだけだもんなぁ。
リーザとしては、一緒に何かしていた方が楽しいだろう。
「仕事……がないわけじゃないけど、とりあえず今は、レオやリーザと遊ぶ事にするかな」
チラリと、ユートさん達と入れ替わりで執務室に入ってきたアルフレットさんを見ると、頷いてくれたので急ぎの仕事などはなく少しくらいレオ達の相手をしても大丈夫そうだ。
「そうですね。日中はあまり私もレオ様やリーザちゃんと一緒にいられないので、私もご一緒しますよ」
クレアは俺とは別に、というかクラウフェルトの事だけでなく公爵令嬢として、他にもやる事があるため日中は自分の執務室にいる事が多い。
けど今日は、俺と同じくレオやリーザと一緒に遊んでくれるようだ。
あとで、俺が手伝える事は手伝おうと思う。
「ワフ、ワフ!」
「やったー! パパやクレアお姉ちゃんと一緒に遊ぶー!」
尻尾をブンブンと振って喜ぶレオとリーザ。
リーザの大きな二尾が、ヴェーレさんにペチペチ当たっているけどリーザはお構いなしだ。
というかヴェーレさん、それすらもちょっと楽しそうなのはどうなのか……。
「ワッフワッフ!」
「こらこら、この部屋の中ではしゃぐんじゃないぞレオ。遊ぶのは外でだからな」
「ワフ!」
嬉しそうにするレオだけど、さすがにここで遊んだら大変な事になるからな。
執務室はかなり広いが、それでも書類なんかもあるし机や椅子もあって、レオの巨体からするとかなり狭い。
庭に出て、他に暇そうな人がいれば一緒にレオやリーザと楽しく過ごそう。
そう思って、皆と一緒に屋敷の庭へ。
とりあえず、俺達以外に遊びに参加できそうな人を探していると、湯飲みっぽい物でお茶を飲みつつ、くっ付いていると言っていいくらいの距離で座っているコリントさんに、困った様子のニコラさんを発見した――。
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