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1982/1997

断定できる確証が得られました



「……バルロメス、アルヒオルン侯爵の報告を踏まえて、父上からの報告になるが、クライツ男爵領からセイクラム聖王国に少量の荷物が運ばれていたらしい。定期的ではなく一度だけだがな」

「それは僕の方でも調べさせてもらったけど、国に報告のない荷物だね。少量だから見逃しがちになるし、気にされていなかったみたいだけど。多分、指示はクライツ本人なんだろうけど、運んだのは商人か、ただ国境を越えようとしているだけの旅人だろうね。まぁ、そう装っていたという事になるけど」


 国家間での輸出入になるため、貴族が隣国に何かを持っていくには報告する義務がある。

 どれだけ少量であっても、記録はする。

 それを搔い潜る、もしくは誤魔化すために一般の人を使ったのだろう。

 ユートさんの言うように、そう装っていたのなら一般の人というのも怪しいが。


「という事は、その少量の荷物というのは……」

「おそらく中身はカナンビスだろうね。他にもあったのかもしれないけど、カナンビスだけなら群生地一つ分だとしても、そう大きな荷物にもならないし」


 カナンビス自体は小さいからな。

 植物だし、かさばる実を付けるわけでもない。

 百あったとしても、一キロにも満たない荷物にしかならないくらいだ。


「それじゃあ、セイクラム聖王国がクライツ男爵からカナンビスを入手して、薬を作っているという事になりますね」

「そうだね、クレア。セバスチャンさんとヴォルターさんが調べてくれた事にも、繋がったよ」

「む? どういう事だタクミ殿?」

「セバスチャンさんとヴォルターさんが見つけてくれたんですけど……」


 昨日の事だったか、カナンビスに関してというか薬に関してもっとわかる事がないか、と空いた時間でセバスチャンさん達がずっと調べてくれていたらしい。

 とは言え、それはあくまで現在この屋敷の書庫にある蔵書の中でという範囲だけど。

 ともかく、その中にというか、俺達が以前見たカナンビスの薬に関する記述があった本にあったんだけど。


「以前もエッケンハルトさんは見ていますけど、カナンビスの薬について書かれていた本、あれにセイクラム聖王国の名が記されていたんです」

「なに? しかし、あの時見た本にはそんな記述はなかったぞ?」

「そうですね。あれは写本だったので。原本には記されていたみたいなんです」


 偶然なのかなんなのか、俺が『雑草栽培』という能力を持っている事から、植物や薬に関する書物を優先的に蔵書していた事が功を奏したと言うべきか。

 やってくれていたのは、気を利かせてくれたセバスチャンさん含む公爵家の使用人さん達だけども。

 その中に、写本ではなく原本があってその中にセイクラム聖王国で研究、作られた薬なのだという記述があったんだ。

 おそらくだけど、俺達が以前見た写本に書き写す際に省略された部分なんだろう。


 写本をさらに写本、というように伝言ゲームのように連なっていくため、一部の記述が省略されたり、見逃されて書き写されない事というのはよくあるらしい。

 まぁ、口頭で伝える伝言ゲームとは違って、文字で書かれているために変に捻じ曲がった記述にはならないようだけど。


「確か……開発者名も書かれていたらしいです。えっと……」

「ヘルマン、ですね」

「そうそう、ありがとうクレア」


 重要かはわからないけど、開発者名も記述されていたらしくそれも聞いていたんだけど度忘れしてしまっていた。

 俺と同じくセバスチャンさん達の報告を聞いていたクレアが、フォローしてくれるのにお礼を言う。


「ヘルマン……だって!? そう、そうか……あのヘルマンならカナンビスを使った薬の、それも特定の魔物を標的にするようなのも作りそうだね」

「ユートさん、知っている人なのか?」


 開発者の名を聞いて、一番大きく反応したのはユートさんだった。


「まぁね。ここでその名を聞く事になるなんてねぇ。はぁ……えっと、ヘルマンっていうのはセイクラム聖王国で研究者をやっている人物だよ。いや、やっていた、かな」

「やっていた、という事は今はもうやっていない?」

「うん。まぁ、本人が死んじゃったらね。もう随分前の事だから、当然なんだけど」


 ……ユートさんが随分前と言い、さらに当然とも言うのならかなり昔の人なんだろう。

 それこそ人が亡くなるのも当然の年数、百年とか二百年とか、それくらい昔なのかもしれない。

 亡くなった原因が寿命なのか、事故や病気とかなのかはわからないけれど。


「正直、生きていたとしてももう会いたくないかな。というか、関わりたくないね」


 辟易したように言っているけど、ユートさんがこう言うってよっぽどな気がする。


「そのヘルマンって人は、どんな人なのか聞いても?」

「あまり話したくない、いや思い出したくないんだけど……まぁ仕方ないかな。えっとね、ヘルマンは一言で言うとヤバい奴だね」

「ヤバい奴って漠然としていてよくわからないけど」


 というか、ユートさんと初めて会った時の俺の感想に近い気がする。

 なんぜレオに突撃して前足で抑えられていた状態で、刀を振り回していたし。

 レオに向かっていくだけならまだしも、刀を闇雲に振り回すのは傍から見たらヤバい奴と形容するしかない気がする。


「あ、その顔はお前が言うな的な事を考えているねタクミ君?」

「い、いやそんな事は……」


 図星だったので視線を逸らす。


「比べられるのも心外だってくらい、本当にヤバい奴なんだよヘルマンは。具体的に言うとね――」


 語り始めるユートさん。

 それによると、ヘルマンという人物は早い話がマッドサイエンティスト。

 誰が犠牲になろうとも、むしろ犠牲が出るような研究の方がのめり込みやすく、それこそが使命みたいな考えだとか。

 犠牲というのは人や魔物を問わずで、研究のためなら倫理観がぶっ壊れている、ぶっ壊すくらいは平気でやる奴だよ、とユートさんは評していた。


 そんな人物をよくセイクラム聖王国は研究者として放っておいたなと思うが、その犠牲を他国に向ければ自国は痛まない、という考えで利用していたらしい。

 どっちもどっちな考えで、お互い利用するような感じでいろんな研究を行っていたとの事だ。

 ちなみに、現在も便利に使われている魔法具や有用な薬の一部なども、ヘルマンの研究によって作られた物などもあるらしい。

 後の世の役に立っているとはいえ、その時犠牲になった人はたまったものじゃないだろうけど。


「無視できないのは、その研究が結果的にその後に広く役に立つものもあったりしてね。だから、ヤバい奴だからって簡単に排除もできなかったんだよ。死んだって聞いて、正直胸がスッとしたというか……とにかく安心したよね」

「よっぽど嫌いだったんだ……」


 まぁ犠牲を厭わないという考えは、必要かは状況次第だろうが研究という分野では、早く進めて結果を出すには悪い事ばかりではないのかもしれない。

 人体実験とか……安全性なんかを厳しく確認する手間を省くとかな。


「あーそうそう、そういえばカナンビスの利用法なんかの研究も、やってたっけ。あまりにも思い出したくない相手だから、今の今まで忘れていたけど」

「カナンビスの利用法?」

「今回の薬もそうだけど、それ以外にもね。害にならない利用法があれば、カナンビスが有効に使えるからだって。本人から聞いたわけじゃないけど、そういう方向での研究もしていたみたいだよ」

「カナンビスの害にならない利用法……」


 確かにそれがあれば、単純所持すら許されないカナンビスも何かの役に立つ事があるのかもしれない。

 ただそのための研究って、さっきからヘルマンという人の性格などを聞いていたから、想像できるのは……。


「タクミ君、だけじゃなくて皆も想像できたみたいだね。でもその想像よりも、もっと酷い内容だったよ。前に、カナンビスを使った人を見た事があるって言ったでしょ? 全部じゃないけど、一部はその研究を覗き見た時の事なんだ」

「覗き見たって……」


 カナンビスの強い依存性にやられてしまった人達の話は、以前に聞いたけど、それはヘルマンの研究を見たからでもあったのか。

 あの時ヘルマンと結びついていなかったのは、まだセイクラム聖王国が関わっているなどの話が出ていなかったし、よっぽどヘルマンの事を思い出したくなかったからなんだろうけど。


「他国の事だからね。どんな内容の事が行われていても僕は口を出せない。しかも国家間での交流はあるとはいえ友好的とも言えないセイクラム聖王国での事だからね。できるとしても抗議をするくらいだけど、それを聞き入れる国でもない。行き過ぎないよう、いざという時に備えて監視、というかコッソリ覗き見るくらいしかできなかったんだよ」

「貴族としてであれ、国としてであれ、あまり他国の内部的な事に口を挟んで良い事はほぼないからな。最悪の場合、行きつく先は国家間の衝突だ」


 難しい表情をするエッケンハルトさん。

 国家間の衝突……要は戦争か。


「……まぁとにかく、これでセイクラム聖王国が仕掛けているとほぼ決まったようなものだけど……今ユートさんが言っているように、これも結局抗議くらいしかできないのかな?」

「んー、そうでもないかな。研究をするくらいなら国内での事だけど、実際に向こうはこちらに手を出してきているからね。被害らしい被害は今のところなくても、おそらく向こうの暗部と思われるのも、捕まえている。手柄はレオちゃんとフェンリル達だけど」

「ワッフ!」


 手柄、と言われておとなしく話を聞くだけにしていたレオが、胸を張って自慢げだ

 実際にフェンリル達も含めて、レオ達のおかげで怪しい人物が屋敷内に侵入したり、誰かに何かをされる、なんて事もないから本当にお手柄だしな。

 とりあえず、胸を張るレオを撫でておく。


「というか、やっぱりあの捕まえた人達って……」

「セイクラム聖王国の暗部だろうね。まだ口を割っていないけど、特徴もそうだし。レオちゃん達はまだしも、ハルトの兵に勘付かれずここに近づけているからね、状況的に考えてそれしかないと思う」


 やっぱり、フェンリル達が捕まえていた怪しい人達はそういう事か。

 はっきりと確証が得られたわけじゃないけど、タイミングとしてはそうだろうなとは思っていた。

 ちなみにユートさんが言う特徴というのは、体のどこかに印が付けられていたらしく、セイクラム聖王国の暗部は全員その印があるとか。

 いつの間にそんな印なんて見たのか……捕まえてからは、兵士さんが身体検査くらいは当然しているから、その時かな。


「まぁ、兵士達に関しては不甲斐ないと言うしかありませんが、村や屋敷を囲むように駐屯している兵士達の内側に入り込んでいた者もいましたからな。フェンリル達には感謝するしかありません」

「フェンリルはやはりすごいのですね」


 フェンリルフリークになりかけている、もうなっている? バルロメスさん。

 エッケンハルトさんの方は、何やら兵士さん達に対してもっと厳しく……みたいな事を呟いていた。

 兵士さん達の訓練が、思い出すだけで泣いてしまうフィリップさんのようなトラウマになってしまわない事を願おう。


「何はともあれ、まずはクライツ男爵ですわね」

「順序だてて動くならそうだね。ここには王家の……おっと、ちょっと国の偉い人達と繋がりのあるやんごとなき人もいるわけだし、そちらを通してクライツ男爵の対処もしないと」

「そういえば、そうだった」


 ユートさん自身も、国の偉い人達に働きかけるなり、クライツ男爵への対処はできるんだろうけど、バルロメスさん達の手前、そう言うしかないのか。

 あと、やんごとなき人って……そこはせめてお方って言っておこうよと思わなくもない。

 テオ君とオーリエちゃんの事だが、二人とも、特にオーリエちゃんは兄のテオ君にべったりながらも、フェンリルや村や屋敷の人達と過ごしている事が多く、王家がとか忘れそうになるけど。

 とはいえ真面目なテオ君はその中でも、いろいろと考える事もあるようだけど……将来、ユートさんみたいな不真面目な人ではなく、このまま立派な人になって欲しいと思う。


「では私は、母上にカナンビスに関わっている証拠などを固めて、集めておくように申しておきましょう。足跡を辿る事でほぼ確定的ですが、クライツ男爵を糾弾するにも証拠が必要でしょう」

「そうだね、そうしてくれると助かるよ」

「お母様なら、すでに証拠も押さえているでしょうけど、いつでも提出できるよう、突きつけられるよう準備を進めてもらいますわ」

「では私は、公爵家として――」


 着々と、クライツ男爵に対する方針が決まっていく。

 エッケンハルトさんは、公爵家として働きかける以外は基本的にアルヒオルン侯爵と協力する方向のようだ。

 ユートさんやテオ君のように貴族を束ねる側ではないうえ、向こうは北部、こちらは南部の貴族だからそうなるのも当然か。

 どちらかというと、地盤固めの役割に近い事をするようだ。


 他の、今回の件には無関係な貴族なども含めて、そちらに働きかけたりなどもやるようだけど。

 俺自身、関係者だし公爵家やユートさん達とは親しくさせてもらっているけど、こういった話になると途端に何も言えなくなるのは仕方ない、と黙って話を聞いていた。

 クレアはエッケンハルトさんと意見を交わしていたけど、俺がここにいる理由って……なんてちょっと思ったりした。


 レオが退屈そうにあくびしていたけど、気持ちは同じだ。

 まぁ、俺の執務室で話しているからどこかに行く事もできないんだけど……。


「まぁ、クライツ男爵については我が国内部でどうとでもなるだろう。問題は……」


 ある程度話がまとまり、次の段階へ。


「セイクラム聖王国、ですね。他国の事なので、俺もそうですけどエッケンハルトさん達がどうするか迷うのもわかります」


 問題はセイクラム聖王国。

 こちらに対しては、いくらエッケンハルトさん達貴族が巻き込まれているとはいえ、迂闊に動けない。

 表向き、抗議をしたりなどはできるだろうけど……。


「うーん、タクミ君なら向こうにいろいろと言えるだろうけどね」

「え? いやいや俺なんて……皆と親しくさせてもらっているとはいえ、ただの商会長みたいな立場だし、貴族ですらないのに」


 一般人と言えば一般人な俺が、あの国に対して発言権や発言力があるはずがない。

 クレアもだが、クラウフェルト商会を立ち上げたので、一応立場としては商会長という肩書になるが、それだけだ。


「考えてもみてよ、タクミ君。セイクラム聖王国が王と称する事もあるシルバーフェンリルがいるんだよ? 一般には知られていないけど、聖王国の国王、聖王は確実にタクミ君の発言は重要視するはずだよ」


 聖王国の王様だから聖王、か。

 話を聞く限りでは、いやがらせばかりする国という印象もあって、聖というのにうさん臭さしか感じないけど。


「それはつまり、レオといるから……?」

「ワフゥ?」


 自分の話になったと思ったのか、退屈しのぎにリーザとじゃれ合っていたレオがこちらに顔を向けて首を傾げた――。




読んで下さった方、皆様に感謝を。


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