ラスクに似たお菓子を頂きました
屋敷に移動し、ヴェーレさんに送られてきたお菓子を食べるため、おやつとお茶休憩として食堂へ。
基本的に庭で食事ばかりしているから、考えてみればあまり食堂って使っていないよなぁ。
なんて考えつつ、どうせならとクレアやティルラちゃんも呼んで一緒にお茶会。
他の人達は別の用があるらしく、来れないみたいだ。
本来なら仕事なりなんなりをしているような時間だからな、仕方ない。
「へぇ、これが侯爵領で作られたお菓子ですか」
「この、光って見えるのはなんでしょう?」
「それは砂糖ですわ。侯爵領で作られた砂糖をふんだんに使って焼く事で、輝いて見えますの」
「わぁ~、綺麗だね!」
「そうですわねー! リーザちゃんの毛並みも綺麗ですけれど!」
食卓に置かれたお菓子に目を輝かせるリーザ、そしてそんなリーザを褒めるのを忘れないヴェーレさん。
ブレないな、本当に。
別邸での食堂とは違い、俺の左隣にはクレアが座り、右隣はリーザ。
そのリーザの向こうにはくっつくようにヴェーレさんが陣取っている。
クレアが連れてきたシェリーは、ティルラちゃんやレオと一緒に少し離れた席だな。
全員の前にお菓子の載ったお皿と、ライラさんとゲルダさんが用意してくれたお茶が並べられる。
ヴェーレさんが振るまってくれるお菓子、それはクレアが言う通り砂糖が輝いているようにも見える、パンのお菓子だった。
ラスクに似ている、というか多分ほぼそれだな。
切ったパンの両面にたっぷりとつかわれた砂糖、シュガーラスクといったところか。
「我が侯爵領では、ツヴィクスと呼ばれているお菓子ですわ。その中でも特に砂糖が多く使われて、今皆様の前にあるのは、輝くツヴィクスとしてグランツヴィクスとも呼ばれている物になります」
「ツヴィクス、へぇ~」
ラスクっぽいそれは、侯爵領ではツヴィクスと呼ばれていると、覚えておこう。
というかこれ、カンゾウで砂糖の代用をして作れないかな? 砂糖とは違うから、グランツヴィクスのように輝いて見えないかもしれないが。
というか、そんなにカンゾウを使ったら甘過ぎて逆に食べるのも苦労する物になりそうだ。
「ねぇねぇ、もう食べていい?」
「もちろんですわ! リーザちゃんのために用意したんですもの、お腹いっぱい食べていいんですのよ?」
「いや、お腹いっぱいはさすがに……昼食が食べられなくなるので」
俺に聞いたはずのリーザに、ヴェーレさんが答える。
まぁ用意してくれたのはヴェーレさんなので、それはいいんだけど、さすがに昼食前にお腹いっぱい食べさせるのはやめて欲しい。
一食程度で健康がどうのと言うつもりはないが、折角ヘレーナさん達が用意してくれている昼食を食べられない、というのは申し訳ないしな。
実は結構食べるリーザなら、おなかいっぱいおやつを食べても、昼食まで外でレオと走り回ればお腹を空かせそうな気はするけど……それはそれで食べ過ぎを心配してしまう。
「んぐ……美味しい! 甘くてね、なんだか笑顔になる味!」
「ふへへ……リーザちゃんを笑顔にできましたわ。この可愛い笑顔を見るために、グランツヴィクスがあると言っても過言ではありませんわ!」
それはさすがに過言だろう、と思いつつ、満面の笑顔でグランツヴィクスを頬張っているリーザを見て、俺も頬を緩ませながら、一口頂く。
サクサクとした食感が気持ち良く、噛む程に焼いたパンの香ばしさと、砂糖の甘さが口いっぱいに広がる。
輝く程ふんだんに砂糖が使われているから、かなり甘いと思っていたけど、予想していたよりも控えめだった。
もしかしたら侯爵領で作られる砂糖は、俺が知っている砂糖よりも甘さが控えめなのかもしれない。
ラスクより甘みや食感も軽く、甘さがメインのスコーンに近い気がする。
見た目から、輝くような砂糖に注目してしまうが、パンの方に使われている小麦や焼き方などもこだわりがあるのかもしれない。
「ん……お茶が良く合いますね」
「そうだね」
俺と同じく一口食べたクレアが、お茶を飲んで喉を潤す。
それに倣ってお茶を飲むと、砂糖の甘さを洗い流し、サクサクとしたパンにとられた水分が潤っていく感覚……お茶と合わせたら、いくらでも食べられそうだ。
現に、リーザやティルラちゃん、それにシェリーはグランツヴィクスを頬張っては、ジュースを飲むを繰り返している。
特徴的な味が癖になる、と言うよりはちょうどいい甘味と食感で飽きが来ず、食べる手が止まらないといった感じだな。
やめられない止まらない、というフレーズでお馴染みのあのお菓子が思い浮かんだ。
あっちはしょっぱい系の物だから、方向性は違うが。
「あらあらリーザちゃん、その可愛いほっぺについちゃってますわよ? ふふふ」
「んー? んに。ありがとう!」
食べるのに一生懸命なリーザが、口や頬に欠片をくっ付けているのをヴェーレさんが拭き取る。
笑顔でお礼を言うリーザに、ヴェーレさんは何やら口と鼻を手で押さえているけど、鼻血でも出そうなのだろうか?
「すぅ、ふぅ……いえいえ。思わずペロペロ……頬擦りしたくなる可愛いほっぺですもの、綺麗にしておかないといけませんから」
言い直したヴェーレさんだけど、それはそれでどうかと思う内容だ。
ちなみに、同じ食堂にいるライラさんが気付いて取ろうと動いたのだが……。
それより早くヴェーレさんが動いて拭き取ったので、少し悔しそうだった。
「リーザ、あんまり食べ過ぎないように気を付けないとな。昼食……お昼にはヘレーナさん達が美味しい物を用意してくれているぞ?」
「うん! ヘレーナお姉ちゃん達の作ったのも、好きだからちゃんと食べるよ! 美味しい物いっぱい食べられてリーザ嬉しい!」
「さ、さすがリーザちゃんですわ! そんな可愛い事を言われたら、私もお料理を覚えないといけない気がします!」
「それは気のせいだから、諦めなさいヴェーレ」
とにかくリーザ第一のヴェーレさんに、思わずといった感じで溜め息交じりにクレアが突っ込む。
覚えないといけないわけじゃないはずだけど、ここまでの様子を見ていると、リーザのためなら本気で料理を覚えそうだ。
別に貴族令嬢だからって、料理をしてはいけないわけじゃないし、できないよりはできた方がいいとは思うが……それがリーザのためっていうのは、行き過ぎだと思う。
「そういえば、ヴェーレさん。お兄さん……バルロメスさんの事ですけど」
「お兄様がどうしましたの、タクミさん?」
このまま、ヴェーレさんがリーザに構ってばかりだと、貴族令嬢としてのあれこれがヴェーレさんの中から消失してしまいそうな気がしたので、話を変える事にした。
俺の言葉に耳を傾けつつも、目線はリーザから離れないけど、多少は意識を逸らせたから良しとするか。
「さっきの、土に並々ならぬ興味を持っていたようですけど、やっぱり農業が盛んな侯爵家だからとかですかね? あと、一緒にいた執事さんも」
「執事……あぁ、ジルヴァの事ですわね。アルヒオルン侯爵家の執事で、農地……というより土に並々ならぬ興味と愛情を注いでいるのですわ。お兄様もそこまででなくとも近いものを持っていますので、何かと馬が合うのです――」
話を聞いてみると、侯爵領でも農地の視察などに行けば、バルロメスさんと執事のジルヴァさんはいつもさっきのような様子になるらしい。
土の状態が悪い事が確認された場合には、二人がかりでどう改善すればいいかなどの講義が始まるらしく、領民の人達からはちょっと困った人達に近い見方をされているとか。
まぁ領民からすれば、自分達の仕事に興味を持ってもらえるのは嬉しいんだろうけど、長い講義をされるのはめんど……厄介という部分もあるんだろう。
ただなんとなく、困った人だと苦笑されながらも穏やかな雰囲気で受け入れられているようで、それはそれで平和な光景が想像できた。
話すヴェーレさんの様子も、リーザばかり見ているのはともかく、苦笑の中に温かさみたいなのが垣間見えたしな。
「お兄様はともかく、ジルヴァはもう少し執事の仕事に集中するため、こちらに連れてきたのですが……結果的には逆効果でしたわね」
「ま、まぁ、こちらで薬草のための畑を作っているのは知らなかったわけですしね」
カナンビスの関係でここまで来ただけであって、俺や薬草畑の事などはほぼ知らなかったようだし、思惑通りにいかなかったのは仕方ないか。
バルロメスさんも、パプティストさんがいない時にできる楽しみみたいなのができたとも言えるからな。
俺の『雑草栽培』について話してない現状、ちょっとだけ気を使って作業しなきゃいけないけど……そのあたりは、話すか話さないかも含めてクレアやエッケンハルトさん達とも相談しておこう。
「んー……」
「お、どうしたんだリーザ?」
「リーザちゃん?」
話をしていると、リーザが急に食べる手を止めて何かを考え始めた。
何やら、ライラさんやゲルダさんなど、食堂にいる使用人さん達の方をチラチラと見ているようだけど……?
「美味しいから、ライラお姉さん達にも食べて欲しいし、リーザが独り占めしちゃいけないかなって……」
「んなっっっ!!」
どうやらリーザは、お茶の用意など俺達のお世話をしてくれているライラさん達は、食べられていないのを気にしていたようだ。
何故か、そんなリーザに衝撃を受けたヴェーレさんはまぁ、あまり気にしない方が良さそうだけど。
「リーザちゃん、大丈夫よ。ライラ達には後で食べてもらうから。リーザちゃんはリーザちゃんで、食べてもいいのよ」
「そうなの?」
「クレアの言う通りだよ。皆には後で食べてもらうから、リーザは心配せずに食べていいんだ。でも、皆の事を気にするリーザは優しいなぁ」
「えへへぇ」
「ありがとうございます、リーザ様。旦那様やクレア様の仰る通り、我々は後で頂きますのでお気になさらず」
褒められて嬉しそうなリーザに、ライラさん達が気にしてくれた事で表情を綻ばせている。
俺自身は色々とあっても恵まれている方だと思うが、食べる物に困った経験がある場合、大抵は食べられるなら食べられるだけ食べる、となる事が多いと思っているんだが、リーザは自分以外の人が食べていないのが気になるらしい。
自分だけが良ければいい、というのではなく周りにちゃんと気を遣える優しくていい子だなぁ、と思う。
けどまぁ、このままでいて欲しいと思うと同時に、まだ幼いリーザはそういう事を気にしなくていいとも思う……なかなか難しいところだな。
それよりも俺は、リーザの向こう側でプルプルと全身を震わせ、力を溜め込んでいるようなヴェーレさんが気になるんだが。
刺激したら爆発しそうだ……。
「リーザちゃん!! あなたはなんて優しくて、可愛い子なの!? さすが私のリーザちゃんですわね!!」
と思ったら、刺激しなくても爆発した。
リーザの気遣いに感動して震えていたらしい……が、リーザはヴェーレさんのではなく俺の娘だ。
「にゃ!? え、えっと、えっとね? リーザは、美味しい物が食べられて幸せなの。だから、他の皆も美味しい物を食べて幸せなら、リーザももっと幸せだなって……思っただけなんだけど……」
過剰に褒める、というかオーバーリアクションなヴェーレさんに驚きながら、リーザが思った事を言う。
怯えているわけではないと思うが、若干尻尾と耳が垂れ気味なのは、ヴェーレさんの迫力に圧されているからだろう。
目とか血走っているように見えるから、仕方ない。
それにしても、リーザは皆が幸せなら自分も……か。
レオと一緒にいる時に限らず、フェンリルや子供達と遊ぶ時も輪を作るように遊んでいるのをよく見るから、リーザは大勢と一緒というのが楽しいタイプなんだろう。
人見知りが出る事はあるけど、引っ込み思案という程ではないし、ティルラちゃん程ではないにしても無邪気なところもある。
もしかしたら、リーザを保護してすぐの頃に、孤児院の子供達との遊びに混ぜさせてもらったり、別邸でもティルラちゃんを筆頭にレオやシェリーと一緒に遊ぶ事が多かったのが、リーザにそう考えさせているのかもしれない。
元々、一人でいるのが苦手だったのもあるんだろうな……いや、たった一人の信頼できる大好きなお爺さんがいなくなったから、誰かと一緒にいたいと思うようになった、のかもしれないが。
「んもう! リーザちゃんの可愛さは底なしですわね!――タクミさん、是非リーザちゃんを私に……」
「落ち着きなさい、ヴェーレ。リーザちゃんがびっくりしているわよ?」
「はっ! そ、そうでしたわね……」
どこの馬の骨……ではない貴族様だけど、リーザはやらん! と俺が宣言する前に、クレアが止めてくれた。
危ない危ない、ヴェーレさんとおかしな対立をするところだった……。
「……うぅ」
リーザはヴェーレさんに気圧されて、隣に座る俺に抱き着くようにして顔を隠してしまった。
大分慣れたと思ったけど、さすがに目を血走らせるような勢いで来られると、ちょっと怖いみたいだ。
大丈夫だと安心させるように、耳と一緒に頭を撫でておく。
「リ、リーザちゃん? ち、違うんですのよ? 今のはちょっと、リーザちゃんの可愛さが世界の全てを凌駕して、私の理性が天の彼方に回転しながら飛んで行っただけですの!」
「……うぅ。怖い事、しない?」
「母なる土に誓って、いたしませんわ!」
母なる土って、ヴェーレさんが信じる何かだろうか?……そういえばこの世界の宗教とかってどうなっているんだろう? という素朴な疑問がわいたけど、とりあえず農業が盛んな侯爵家のご令嬢だけあって、土とか大地とかに敬意を払っていると思えばいいのかな。
今まで神様とかそういう話を一切聞いた事ないけど……そういうのはいずれセバスチャンさんなり、ユートさんなりに聞いてみよう。
正直、これまではそういうのはあまり信じない方だったけど、こうして異世界に来たりしているんだから、いてもおかしくないとは思うようになったが。
それはともかく、仲直りってわけじゃないだろうけど、落ち着いたヴェーレさんとリーザに安心して、ツヴィクスを食べて和気藹々として過ごした。
途中、クレアから何度か注意されたヴェーレさんは、ニコニコとツヴィクスを食べるリーザを鑑賞するだけに留まるようになった……しばらく暴走する事はなさそう、かな?
お茶会の後は、しばらくして昼食。
結構ツヴィクスを食べたレオやリーザは、それでも嬉しそうに用意された料理を食べていた。
いっぱい食べて大きくなれよー、というのはレオではなくリーザに向けて思った事だ、レオはもう十分大きいし。
食後のデザートとして、ツヴィクスに対抗意識を持ったらしいヘレーナさんが、俺のにわか知識から発展させたクリームプリンという生クリームを加えたプリンを提供。
ヴェーレさん、バルロメスさんだけでなく侯爵家の使用人さん達も、砂糖の代用としてカンゾウという甘味料に驚き、さらに生卵を使った物だと聞いてまた驚き、プリンを一口食べてその美味しさに三度目の驚きで目を見開きっぱなしだった――。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。