早くも兄妹が馴染みました
アルヒオルン兄妹が来てから三日程、しばらく屋敷に滞在する事が決まって、レオだけでなくフェンリル達にも多少慣れたようだ。
さすがに、数十体のフェンリルがいるのには驚いていたけど……初日の夕食時に話はしたんだけど、あの時は夜だという事もあって全てのフェンリルを見れておらず、翌日改めて自由に過ごすフェンリルを見て驚いていた。
相変らずバルロメスさんは、調査に出ていない時のパプティストさんといる事が多く、パプティストさんと仲のいいフェンリルと一緒に過ごしているのはまぁ良しとしよう。
俺や公爵家の人達、さらに使用人さんや従業員さん、子供達だけでなく、公爵家の兵士さん達までも和気藹々(わきあいあい)として過ごしているのを見て、フェンリルを恐れなくなったようだし。
それはいい、それはいいんだけど……。
「ふぅ、こんなもんかな」
薬草畑に『雑草栽培』での薬草作りを終え、汗を拭いながら息を吐く。
激しい運動はしていないが、急いで薬草作りをしていたため、少しだけ汗が滲んでいた。
「パパ、終わったのー?」
「ワフ?」
「あぁ、今日の分はな。ちょっと、急いで終わらせた方がいい気がした、というかいいだろうし……」
じゃれ合いながら俺を待っていたリーザとレオが、作業を終えた俺に気づいたようだ。
近寄ってきたレオ達を撫でていると、屋敷の方から速足でジェーンさんが向かってくるのに気づいた。
「旦那様、あの方が来られました」
「そ、そうですか……」
やっぱり、と思いながらジェーンさんに頷く。
俺が急いで薬草を作っていた理由が、こちらに向かってきているらしい。
いつも以上に、薬草畑の周囲……というより屋敷に通じる道に、使用人さんが見張りとして配置されているんだけど、その原因でもある。
溜め息が出そうになるのをこらえつつ、ジェーンさんが来た屋敷の方を見ると、砂埃を巻き上げながら、こちらへ向かって走って来る女性がいた。
「――リーザちゃぁぁぁぁぁんん!!」
「っ! また来た!」
「ワッフ」
初対面時はともかく、基本的には冷静で落ち着いた印象を受けていたんだが、そんな様子は一切なく、叫びながらツインテールにした髪を振り乱し、恐怖すら覚えそうな満面の笑顔でこちらに駆けて来るのは、アルヒオルン侯爵家のご令嬢ヴェラリエーレさんことヴェーレさん。
その声と姿が見えて、リーザがピクッと体を反応させ、耳と尻尾をピンと立てていた。
屋敷を訪ねた翌日から、何を思ったのか……というのはわかりやすいが、とにかくリーザへ一直線のヴェラリエーレさん。
なんでも、可愛いものというか、可愛い女の子に目がなく、発見すれば仲良くなるために猪突猛進になるとかなんとか……。
その様子は、アスリートかと突っ込みたくなるような、綺麗なフォームで走るヴェーレさんを見ればよくわかる。
猪突猛進とはよく言ったものだ。
貴族令嬢然とした様子は微塵も感じられず、それでいいのかと思わなくもないが。
「リーザちゃん、リーザちゃん、リーザちゃん!」
「んっ!」
駆け込んできたヴェラリエーレさんは、俺やレオに目もくれず、減速しつつリーザへと向かう。
が、肝心のリーザはレオの陰に隠れてしまった。
そしてしばらく、レオの周りをくるくると回るようにジリジリとした追いかけっこが始まる。
もう何度も繰り返された光景だ。
「ワフゥ」
自分を中心に追いかけっこをしているのに対し、レオは溜め息を吐く。
ヴェーレさんがリーザを害するような事はしない、とレオもわかっているのか、止める様子はないんだが、さすがに自分の周りをこうも何度もくるくる回られては困るというか、呆れているようだ。
「はい、ストップですヴェーレさん」
「はっ! あら、タクミさん? どうされました?」
「どうされました、じゃありません。とりあえずもう少し落ち着いて下さい」
リーザとの間に割って入り、ヴェラリエーレさんをストップさせる。
息の荒いヴェーレさんを止めるのは少し怖いが、リーザが逃げているんだから仕方ない。
リーザはヴェーレさんが苦手だとか嫌っているわけではないみたいだが、こうも追い掛け回されると、どうしたらいいか困って思わず逃げてしまうらしい。
まぁ、咄嗟の反応としては正しいのかもしれないだろうし、鬼気迫る勢いのヴェーレさんは、俺もちょっと怖いからな、仕方ない。
「んんっ! これは失礼しましたわ。リーザちゃんがこちらにいると聞いて、いてもたってもいられませんでしたの」
「はぁ……」
咳ばらいをして、落ち着きを取り戻したヴェーレさんが、乱れたツインテールを直しつつ、そう言うが、もうちょっと落ち着いて欲しい。
このように、ヴェーレさんがリーザへ突撃を繰り返した結果、俺が警戒するようになって薬草作りを早く済ませる必要があった。
今のところ、まだ『雑草栽培』の事は秘密にしてあるからな、近いうちに話しておこうと思うが、そこはタイミングを見てだ。
俺はクラウフェルト商会を運営しつつ、一応は薬師として薬草畑の世話を毎日している、という事になっている。
そのため、ヴェーレさんやバルロメスさんに『雑草栽培』を使うところはまだ見せられないため、使用人さん達が近付いてきたら教えてくれる手はずだ。
ジェーンさんが教えに来てくれたのも、そのためだな。
「それで、今日はというか、今回はどうしたんですか?」
「そうでしたわ、リーザちゃんに抱き着きたい衝動で忘れていましたわ」
段々と、欲望みたいなのを隠さなくなってきたな、ヴェラリエーレさん。
最初の頃はさっきのように突撃してきても、一応は取り繕おうとしていたのに。
バルロメスさんと、毎晩寝る前にリーザと仲良くなるためにどうしたら、という相談をしているらしい、というパプティストさんからの情報があったが、その流れで何かあったのかもしれない。
いや、訪問翌日はかなりの寝不足だったから、むしろそれを隠そうとして取り繕っていたのかもしれないが。
「リーザちゃん、あま~いお菓子が届きましたの。一緒に頂きません?」
「甘いお菓子!?」
「ワフ!?」
目がないとか、大好物と言えるかはわからないが、リーザは甘い物が好きでレオも同様。
日本で育ったレオはともかく、カンゾウのおかげで最近では、プリン以外にもいくつか甘い物を食べる機会の増えたリーザ。
今ではすっかり、甘い物と聞けば無自覚に尻尾が振られ、耳もせわしなく動く程だ。
「届いたって、どこからですか?」
「侯爵領、お母様からですわ。お兄様と私、それから連れてきた使用人と護衛のための物を、届けるついでに甘いお菓子も入れてありましたの」
「アルヒオルン侯爵領での、甘いお菓子ですか……」
甘い物は俺も好きだが、それとは別にカンゾウを甘味料として使っているここ以外で作られた、甘いお菓子というのには興味がある。
アルヒオルン侯爵領は農作物の大生産地であるためか、砂糖の生産も盛んだとか。
そのため、他領より安価で砂糖が手に入るらしく、甘いお菓子とかもよく食べられていると聞いた。
まぁそれでも、一般の人にとってはそれなりの贅沢品になるらしいが……公爵領よりは、よく食べられてもいるみたいだ。
「甘いお菓子、美味しいの?」
甘いお菓子、と言うのに興味を持ったリーザが、ヴェーレさんが落ち着いたので俺やレオに隠れるのをやめ、ヴェーレさんのスカートの裾を引っ張りつつ、見上げて首を傾げる。
身長差があるのでそうなるのは当然だが、自然と上目遣いになるとは、リーザの将来が怖いな。
「くふ、くふふふふふ……! も、もちろん、美味しいですわよ! リーザちゃんの、その可愛さにはかないませんけれど!」
「お、落ち着いて下さい、ヴェラリエーレさん。可愛さと美味しさを比べるのはおかしいですから」
瞬間的に興奮したヴェーレさんを、なんとか落ち着かせる。
本当にこの人、貴族令嬢なんだろうか? という疑問はさておき、そこはかとなく変態性を垣間見せているから困ってしまう。
ユートさんといい、どうしてこうおかしな人が集まって来るのか……類とか友とか呼ぶとかって言うあれか? 俺は決して類ではないと思っていたいが……。
「おっと、そうでしたわね。私とした事が、失礼いたしました。……これ以上は、色々とバレてしまいかねわせんわね」
正気に戻った、もとい落ち着いてくれたヴェーレさん。
何やら小さく呟いていたけど、ばっちり聞いてしまった。
というか、まだ本性的なのがバレていないと思っているのか……まぁ、ここは知らないふりをしておくのがいいのだろうか。
「すぅ……ふぅ……リ、リーザちゃん。美味しくてあま~いお菓子、ご興味がおありでしょう? 一緒に食べてみませんか?」
自分を落ち着かせるためだろう、深呼吸して胸辺りを抑えつつ、リーザに問いかける。
「うん、美味しくて甘いお菓子、食べたい!」
「ワフ!」
すっかり甘いお菓子が好物になったリーザが、大きく頷く。
レオも食べたいようだ。
なんというか、端で見ている分には食べ物で釣って女の子を攫うように見えなくもない、というか先程までのヴェーレさんの様子から、俺がそう見えるだけだが。
「いっぱいありますから、レオ様も是非」
「あー、俺もいいですか?」
レオが食べる分もあるのか……かなりの量が送られてきたんだな。
それならと、俺も興味があるしなんとなくヴェーレさんを見張っていないといけない気がして、ご相伴にあずかれるかを聞いてみる。
「もちろんですわ。タクミさんにはリーザちゃんをもらい受ける……もとい、保護者ですものね。リーザちゃんのお話を聞いてみたいですし、是非とも」
「……」
リーザをあげる気はないが、とりあえず見張る事にして正解だったみたいだ。
「ほぉほぉ、成る程成る程。中々状態のいい土を使った畑だ。柔らかく、気相もバランスが良い。それでいて湿っていても水はけが良いのか、水たまりにならない……」
送られてきた甘いお菓子とやらを頂くため、尻尾をフリフリして屋敷に向かうリーザと、その後ろを涎を垂らしそうな様子で付いていくヴェーレさん。
それをレオと一緒に溜め息を吐きながら、追っていると、まだ使用前で準備だけが出来ている薬草畑の土に顔を近づけ、調べているバルロメスさんがいた。
土にくっつく程顔を近づけ、匂いを嗅ぎ、手で触れている様子は、ヴェーレさんと同じくこちらも貴族様だとは思えないなぁ。
「あらお兄様、こちらにいたんですのね。……じゃありませんでしたわ。さすがお兄様、遠く離れた公爵領でも、畑の様子を確認し、学ぶ姿勢を忘れませんのね!」
今更遅いが、それでもヴェーレさんは表向き兄を慕い、称賛する妹という姿勢を維持しようとしているらしい。
それはともかく……土を褒めているらしいバルロメスさんがいる場所は、俺が薬草作りをしているとき、レオとフェンリル達がじゃれ合った後に水で土汚れを流した場所だ。
雨だとか、元々湿っていたわけじゃない。
まぁ、水はけがいいのは間違いないが……それも、畑にする際フェンリル達による穴掘りで空気を含むよう耕されたうえ、腐葉土などの肥料やペータさん達が整備した結果だったりする。
ペータさん達の頑張りのおかげは当然としても、フェンリル達は遊んでいるだけだからなぁ。
それで評価されるのは、悪い事じゃないかもしれないが。
「バルロメスさん、これからヴェーレさんがお菓子を振舞ってくれるんですけど、一緒にどうですか?」
侯爵家からだから、バルロメスさんも振舞う側になるのかもしれないが。
「誘いはありがたいが、私はもう少しここにいたい。これだけの土を作れているのを見ると、居ても立っても居られないのでな。――お前もそう思うだろう?」
立ち上がりながら、首を振るバルロメスさんは同じく土を調べている使用人さん、アルヒオルン兄妹が連れてきている執事さんの一人に問いかけた。
どうやら、さすが農業が盛んな侯爵家というのか、畑の土に対して並々ならぬ興味があるらしい。
リーザを前にしたヴェーレさんに近い雰囲気も感じられるが、対象が土なので落ち着いて見られるな。
「はい。詳しい者がいなければ、絶対にできないような上質な畑です。是非とも、その方にお話を伺いたいと思うくらいです」
「そ、そうですか……えっと、それならあっちに、ペータさんというお爺さんがいます。そのペータさんが主に、畑の管理をしているので、話を聞いてみてはどうでしょう?」
土を前にした時の、バルロメスさんと執事さんの目の色が違うな……。
こういう話ができる人は、ペータさんの方も探していると思うし、そちらを紹介。
「なんと! タクミ殿、あの方に話を聞いても!? 畑を扱う、土の状態に関して聞きたいことがあるのだが!」
「え、えぇ。構いませんよ。というより、ペータさんならそういう話は喜んでしてくれると思います」
特に隠す事もないし、フェンリルが手伝ってくれた部分以外は特別な事はしていないからな。
ペータさんとしても、自分はもう必要ないのではないか……とブレイユ村で初めて会った時に言っていたし、話ができるなら張り合いがあって嬉しいと思う。
「そ、そうか! ありがたい! ――行くぞ!」
「はい、是非とも詳しい話を聞かなければ!」
興奮した様子のバルロメスさんと執事さんは、畑の端で椅子に座り、フォイゲさんやウラさんといった畑専任の従業員さんと、薬草畑について話しているペータさんの所へ、すぐに飛んで行った。
勢いはヴェーレさん程じゃないけど……アルヒオルン兄妹は猪突猛進という言葉が似合うなぁ。
だからこそ、カナンビスの事を聞いてすぐにここまで来たんだろうけど。
俺が会った事のある貴族の人達って、行動力の塊みたいな人ばかりだな……。
「まったく、お兄様は落ち着きませんわね……」
「そういえば、ヴェーレさんは一緒に行かなくてよかったんですか? まぁヴェーレさんが行っちゃったらリーザがお菓子を食べられなくなるけど、でもバルロメスさんはあの様子ですし」
「リーザちゃんを悲しませる事は、絶対できませんわ! お兄様がこちらについてくるならまだしも、興味のある事に向かったなら、私は必要ありませんもの。それに、あちらは仲良くなったフェンリルがいてくれますわ」
兄より、リーザの方が優先順位が高いのか……。
あと、ヴェーレさんが示したようにフェンリルが一体、バルロメスさんに付いて行っている。
あれは……パプティストさんとも仲が良かったフェンリルだな。
屋敷にいるフェンリルの中でも面倒見のいいフェンリルで、パプティストさんを通じて仲良くなっていたっけ。
パプティストさんは調査隊の一員だから今はいないので、バルロメスさんと一緒にいるんだろう。
あのフェンリルが一緒にいるなら、ヴェーレさんは必ずしも一緒にいなくてもいいのかもな。
うぅむ……療養が必要なわけではないだろうが、アニマルセラピーという言葉もあるし、フェンリルセラピー? みたいなのも実はいいのかもしれない。
屋敷の関係者、ランジ村の人達や兵士さん達も、フェンリルと一緒にいて楽しそうな場面をよく見るし。
「パパ―、早く早くー!」
「おっと。はいはい、今行くぞー!」
そんな事を考えていると、いつの間にかリーザ達に置いて行かれていたようだ。
俺を呼ぶリーザと、その横で鼻息荒いヴェーレさんに追いつくため、少し駆け足でその場を離れた――。
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