ヴェラリエーレの趣味
「この際だから、私達もヴェーレと同じで構わないのだがな、タクミ殿?」
「……エッケンハルトさん達はちょっと」
ヴェーレさんなどはユートさんと同じく年が近いし、砕けた話し方の方が話しやすいんだけど、エッケンハルトさん達はな……。
ちょっとクレアと一緒に溜め息を吐きたくなる時はあれど、尊敬する人達でもあり、年もかなり離れているから、砕けた口調では逆に話し辛い
小市民根性が染みついているからかもしれない。
「むぅ。いずれ家族、いや今でもそのようなものだと私は思っているが、息子になるのだから気にする必要はないのだがなぁ」
「お、お父様、それは……!」
「なんだ、クレアはその気はないのか?」
「い、いえ、そういうわけではありませんが……」
と、拗ねて見せてからのクレアをからかうモード。
俺にも飛び火しているような気はするが、以前真面目に話した事もあって、そういう部分を考えていないわけじゃないから、傷は浅い。
とはいえ、照れるし恥ずかしいから、何も言わなけど……今は。
「そういえば、ヴェーレさん」
「なんですの?」
「アルヒオルン侯爵領で作られている作物の事なんですけど――」
フォローというわけではないけど、俺自身の意識も逸らすため、ヴェーレさんに話を振る。
内容は、農業が盛んなアルヒオルン侯爵領で作られている作物に関してだ。
どういった物を作っているのか興味があったのと、種別を知っていれば、それは『雑草栽培』では作れない事でもあるので、聞いておくに越した事はない。
隣で、ホッとした息を吐くクレアと、不完全燃焼な様子のエッケンハルトさんを見ながら、ヴェーレさんと作物に関して色々聞いていった。
一番多い作物はやはり小麦で、大穀倉地帯を持っているらしいという事の他に、気になる作物や特別な何かはなかったけど、農家の方達への施策などで結構面白そうな事もやっているようだった。
まぁ、俺の方は薬草を作る畑だし、基本的に俺が直接雇った従業員の人達に動いてもらうので、活用はできなさそうだったけども――。
―――――――――――――――
私、アルヒオルン侯爵家の長女、ヴェラリエーレ・アルヒオルンは悩んでいます。
クレアさん達公爵家の面々と、タクミさん、それからタクミさんが雇った人達と共に、侯爵家では考えられなかった、民と距離の近い食事を終えた後、用意された客室で唸ってしまう程、悩んでいるのですわ。
「うぅ……むむぅ……どうすれば、いいのかしら」
「ヴェーレ、そうやって声をかけてくれるのを待っているのがバレバレな程、わかりやすい悩み方をするもんじゃないと思うよ?」
「お兄様、私は本当に悩んでいますのよ? そんな、構ってほしい面倒な女みたいに言うのはやめて下さいまし。以前、お兄様とお付き合いまで発展しそうだった、あの方を思い出しますわ」
用意された客室は別々ですけれど、今後のことなどを話し合うとしてお兄様を呼んでいたのですが、少々あからさまだったようですわ。
自覚はあるのですが、今日は思わぬ事がたくさんありましたので、ついお兄様に甘えてしまっているのかもしれませんわね。
「結構、似ていると思うんだけど……俺としては思い出させてほしくないなぁ。昔は、もっとヴェーレも可愛げがあったのに……」
まるで今の私に可愛げがないかのように……そんな事はないはずですけれど。
それはそうと、お兄様と良い感じになられていたあの方。
侯爵家の領地で、特に大きな農地を管理する一族の娘でしたか……そういえばあの方は、お兄様の気を引くためにあれやこれやと、最終的には端から見ている私ですら面倒だと思えるような事をしていましたわね。
付きまとわれていたお兄様は、最初は良かったのですけれど、最後の方はゲッソリとしていたのを思い出しますわ。
あれと一緒にされるのは、さすがに心外ですわね。
「あら、今も可愛げがたっぷりでしょう?」
「……自分でそう言うところがなければ、ね」
意趣返しではありませんが、嫌な事を兄妹で思い出したのを払拭しようと、冗談めかして言ったら、溜め息を吐かれてしまいましたわ。
ちぃっ、ですわ。
「とにかくお兄様、私は悩んでおりますの。妹の相談に乗ってくださいませんか?」
「そう言う時のヴェーレって、ろくな事を考えた覚えがないんだけど。はぁ……聞こうか」
タクミさんとの初対面の際、いつもの対外的な態度だったのとは打って変わり、兄弟の気安さで話すお兄様は、レオ様と対面した時のような怯えはなくなっているようですね。
溜め息をまた吐かれたのは心外すぎますが、パプティストさんという第二近衛騎士隊の副隊長さんとやらと意気投合したのが大きかったのでしょう。
いつもならもう少し引きずっていたでしょうに……悩みを相談するには良かったと言えるのでしょうね。
落ち込んだお兄様は、ほとんどいつも自信がなく常にはなっていますが、そうなるとむしろ私が愚痴や相談をされる側になりますもの。
「リーザちゃんの事ですわ。どうやったら親しくなれると思いますか?」
「また、ヴェーレのあれか……そうやって、アルヒオルン侯爵家の使用人になっている一部は、ヴェーレの取り巻きのようになっている者達ばかりだぞ?」
「一部ですわ。それに、取り巻き程酷くありませんわよ。私を慕う者達ばかりですわ」
「……行き過ぎると、自分ではわからないのだろうな。しかし、リーザか……尻尾が二本あった獣人の子だな。もう一人、獣人がいたが」
「デリアさんですわね。特徴的にも珍しくない獣人と言った感じでしたし、年齢的にはあまり興味がわきませんわ」
確か、リーザちゃんにお勉強を教えている獣人の方でしたわね。
侯爵領でもよく見かける、猫の耳と尻尾を持っていて、食事の前に紹介されましたわ。
良い方だと思いますが、リーザちゃんのように私の心をときめかせる何かは持っておられないご様子。
もっぱら、私の興味は現在、リーザちゃんのみに向いていますの。
それは、尻尾が二本あって獣人の中でも特別な可能性、とかは一切関係ありませんわ。
「あの小さな体に似合わない大きな尻尾、せわしなく動く耳。そして、タクミさん達の接し方が良いのか、素直で元気な瞳やしぐさ、性格! ぜひとも、私の妹にしたいですわ!!」
「こらこら、素が出ているぞヴェーレ。ここは公爵家の方もおられるのだから、あまり表に出すんじゃない」
「早々に、レオ様にビビッて素を出したお兄様に言われたくありませんわ。とにかく、ですわ! 私はリーザちゃんのあの幼くも輝くような可愛さに悩んでおりますの! リーザちゃんを妹にして可愛がって、お姉様と呼ばれる……あぁ、それがどれだけ幸福な気持ちにさせる事か……! 想像しただけで涎が出てしまいますわ!」
そう、私の悩みはリーザちゃんが可愛すぎる事ですの!
親しくなって、とにかく可愛がって、私に笑顔を向けてもらって、お姉様と呼んでもらう。
それがきっと、私がここに来た運命なのですわ!
「貴族の令嬢として、涎は出すんじゃない。しかも、食べ物に対してではなく幼い女の子に対してだと、変態的だぞ。はぁ、我が妹ながらどうしてこうなったのか……あと、本来の目的を忘れている気がするから言っておくが、カナンビスに関しても考えねば侯爵家は立場が悪くなるぞ?」
「それもわかっておりますわ。リーザちゃんと仲良くなるついでに、考えておきますわ」
「ついでって……まぁヴェーレがこうだから、俺が次期侯爵家当主とならねばならないのは、変わらないか。はぁ、嫌だなぁ」
「また後ろ向きお兄様が出ていますわよ。とにかく、今はリーザちゃんとどうすれば仲良くなれるか、ですわ!」
「夕食の時にはある程度仲良くなっていたじゃないか? 最初のように警戒はされていないようだったしな」
「それは、タクミさんやクレアさんの功績とも言えますわ。おかげで、リーザちゃんが私の髪に興味を持ちましたの。万能セラム、椿油のおかげですわ」
ずっとこちらを警戒していたリーザちゃんは、椿油を使った私の髪に興味を持った。
おかげで、少しは話してくれるようになりましたわ。
それでもやはり、警戒しているというわけではないようですけれど、他の事ではリーザちゃんはタクミさん達の後ろに隠れがちですの。
食事の時も、タクミさんからは話しかけられましたが、リーザちゃんからは一度も話しかけられませんでしたわ。
リーザちゃんのお姉様になれば、向こうから話しかけてくるなんて、当然の事になるでしょうに。
「あぁ、リーザちゃん! お姉様と呼び、その小さな体を元気良く動かして私に駆け寄ってくる姿。それを想像するだけで鼻の奥が熱くなってきますわ!」
「それは、鼻血が出る予兆だから、落ち着けヴェーレ。さすがにここで初日から鼻血を吹く醜態はさらせない。何度、俺が掃除した事か……」
「そ、その節はお世話になりましたわ」
お母様とお父様、それにお兄様くらいにしか、そんな姿は見せていませんものね。
使用人に頼むわけにもいかず、何度かお兄様には面倒をかけてしまっていますわ。
お兄様に直接かけた事もありますけれど、それは些細な事ですわね、えぇ。
「すぅ、はぁ……お、落ち着きましたわ」
「ここで鼻血を吹いたら、俺一人で隠せるものではないからな。いつまでもつかわからないが、落ち着いてくれて良かったよ」
「お兄様にもそれは言いたいのですけれど、私も少しだけ自重しますわ」
こうして、私と二人の時は落ち込む事はあれど比較的落ち着いているお兄様。
けれどそこに親類以外が介在すると、途端に落ち着かなくなるんですの。
「俺も、パプティストという心の友を得たからな。ここにいる間は大丈夫だ」
「あの方も、中々個性的ですけれど……」
今日会ったばかりで意気投合して、お兄様に心の友とまで言わせるとは、やりますわねパプティストさん。
「とにかく、私が落ち着くためにも、悩みを解消しなければなりませんわ! このままだと、妄想がはかどりすぎていつ熱い物が飛び出すかわかりませんわよ?」
「なぜ俺が脅されるように言われているのかわからんが、本当に自重しているのか、それは?」
「自重するためにも必要なのですわ! だからお兄様、リーザちゃんと仲良くなる方法を伝授してくださいませ」
「そういうのは、俺よりもヴェーレ自身の方がわかっていると思うが」
「あら、そうでしたわね。お友達もろくにできないお兄さ……あ……」
「……どうせ俺なんて、友人の一人も作れない男さ」
やってしまいましたわ。
貴族家という事もありますが、昔から友人作りが苦手だったお兄様。
自信のなさも影響しているのでしょうけど、面倒で友人になろうなんて人も少ないのは事実。
ただそれを口にすれば、今のように瞬時に落ち込んでしまうというめんど……難儀な性格をしています。
それを隠すために、虚勢を張る術が身についていったのもありますが、それがまた友人関係を遠ざける結果にもつながって、本当に難儀ですわ。
私の、可愛い女の子を妹にして可愛がり、お姉様と呼ばせたいなんて趣味なんて小さく思えますわね。
ただ私の場合、そのせいで当主の座を避け、お兄様に押し付ける形になっているのですけれど。
私もお兄様も、お互い侯爵家の当主になりたくないという気持ちは持っているのですわ。
何はともあれこのままだと話しがまともにできないので、お兄様を励ます事にいたします。
「……しかしヴェーレ、リーザはタクミ殿に懐いているから、まずはタクミ殿に話を聞いてみるというのはどうだ?」
「パパ、ですものね。そう呼ぶなんて、よっぽど懐いている証拠ですわ」
人間以上に、血族を重要視する獣人が、血のつながらないタクミさんをパパと、父親として懐いているのは尻尾の事と同じくらい驚きましたわ。
でもそうなると、リーザちゃんが私の妹になったら……?
「あら、リーザちゃんと親しくなったら、私はタクミさんの娘になるんですのね?」
「いきなり飛躍したな。タクミ殿の娘と姉妹になるのなら、そうと言えなくもないが……さすがにそれはな」
「私がそんな事になったら、お父様が泣きますわね」
「容易に想像できるな。俺に対してもそうだが、父上はヴェーレを溺愛しているからなぁ」
「まぁ、今はそんな事を考えないで、とにかくリーザちゃんと仲良くなる方法ですわ! まずはリーザちゃんに興味を持たれ、話しかけられるようにする事! 警戒を解くのが大事ですわ!」
「ヴェーレの髪には興味を持ったんだったな? なら、その線から進めるのはどうだ?」
ようやく、お兄様から建設的な意見が出てきましたわ。
「ですけど、クレアさんだけでなくこのお屋敷にいる使用人も含めて、多くが椿油を使っていますわ。私の髪くらいなら、他にも多くいますのよ?」
「まぁ、それは俺もこの屋敷で使用人を見た時驚いたが……まさか、ここがヴェーレが絶賛する椿油の発祥みたいな場所だとは。だが、とっかかりとしてはいいんじゃないか? 貴族令嬢として、気を付けている事などを教える、というのもありだろう」
「それはクレアさんがいますから、私でリーザちゃんの興味を引けるのか疑問ですが。でも手段としてはそれしかないかもしれませんわね。他には、私が知る獣人の話をする、というのもいいかもしれませんわ」
「そういえば、リーザは他の獣人の事をほとんど知らないのだったな。悪くないと思うぞ」
貴族として、令嬢として……つまり美しい女性としてのあれこれを教える、という名目も悪くなさそうですわね。
夕食の際、じっくりリーザちゃんを観察していましたが、クレアさんなどが食べている様子を窺って、真似をしているように見受けられましたわ。
テーブルマナーなどにも興味があるかもしれませんし、貴族としては必須なので当然私にもわかります。
獣人のお話と共に、リーザちゃんの興味を引く事ができそうだと希望が出てきましたわ!
「それで、こういうのは――」
「いえ、それだとあからさますぎますわ。獣人は他者の心に敏感ですのよ? だからこうして――」
「それだと、ヴェーレの欲望が出すぎだろう。だから――」
「確かに、それも良さそうですわね――」
などなど、つい熱が入りすぎてしまい、お屋敷に到着したばかりで移動の疲れがあった事も忘れて、随分深い時間までお兄様と相談を続けました。
声が大きく、明かりが付いている事で様子を見に来た、私達が連れてきたお世話係の使用人と、このお屋敷の使用人が様子を見に来て、一部を聞かれてしまったのは失態でしたわ。
口止めはしたので、漏れる事はないでしょうけど。
ただ、どうしてか私達の使用人が、慣れた様子で溜め息を吐いていたのが気になりますわ。
まさかとは思いますが、私の趣味、バレてはいませんわよね?
今回は急な訪問だったため、妹達を連れて来られなかったので、使用人と護衛はお兄様に近い者達なのですけれど……。
もしバレてしまっていたら、口封じに妹にするしかありませんわね……ぐふふ……おっと、鼻血を吹かないように気を付けませんと――。
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