尻尾の事を聞きました
リーザを撫でる俺と目が合ったヴェラリエーレさん、なんとなく羨ましそうにしている気がするけど……もしかして、リーザを撫でたいとかかな? リーザを保護してすぐは、別邸にいる人達の多くをその尻尾や耳が魅了していたくらいだし。
でも、獣人が珍しくないヴェラリエーレさんなら、特別リーザに魅了されるなんて事もなさそうだけど。
「はぁ……リーザちゃん可愛いですわね……っ、んん! なんでもありませんわ」
少し頬を赤らめたヴェラリエーレさん、俺から視線を外してリーザを見ていたけど、皆から注目されていることに気づいて咳払いで誤魔化す。
尻尾や耳、というよりはリーザ本人が可愛くて魅了されかけていたという事か。
うんうん、その気持ちはわかりますよ、リーザの可愛さは特別ですからね。
「ワフゥ……」
俺の考えを察したのか、レオから溜め息のような鳴き声が聞こえたが、気にしないでおく。
「失礼しましたわ。リーザちゃん、落ち込む必要はありませんのよ? その尻尾は、私が同じものを見た事がないというだけですの。それにもしかしたら、変と言うよりは特別なのかもしれませんわ」
「特別? リーザ特別なの?」
「必ずそうだとは言えませんが……そうですね。アルヒオルン侯爵家、というより侯爵領で語られているお話がありますの」
「お話ー?」
「リーザが特別って、そう思う話があるわけですね?」
「えぇ、そうですわ。正確には、侯爵領全体ではなく獣人の間でなのですけれど」
獣人の間で、か。
領民全体ではなく限定的なのは、獣人だけが知っている話なのだろう。
「タクミさんは、獣人に課せられている鉄の掟をご存じですか?」
「はい、一応……全てではないですけど」
確か、食べ物を与えられても知らない人についていかないとか、子供への教えかな? という内容だったはずだ。
耳や尻尾に触れる人を限定したりといったのもあったな。
「あれは、獣人にとって場合によっては国の法律よりも重要で、優先される事もあるんですの。内容は……子供に言い聞かせているのかしら? と思うものもありますけれど」
鉄の掟に対する感想は、ヴェラリエーレさんも俺と似たり寄ったりなんだろう。
法律より重要視され、優先される掟なのに知らない人についていかないとかがあれば、確かにそう感じるのもおかしくないと思う。
「掟はいくつかあるのですけれど、中にはあまり人間に、というより獣人以外に知られないようにしているものもありますわ。絶対にではなく、できるだけといった感じですけれど」
「……鉄の掟、という割にはちょっと緩い感じもしますが」
「私も同じ意見ですけれど、獣人が獣人意外と交流するために必要だったのだと考えていますわ」
「そうだね。僕もある程度獣人の事は知っているけど――」
ユートさんの捕捉によると、獣人が国として種族として開けた付き合いをするために、鉄の掟と硬いイメージを持つ呼び方をしながらも、柔軟に対応し変化して適応したんだろうとの事だ。
人間とかかわる以上、獣人の事を知らないといつ掟を破ってしまうかわからないからな。
さらに鉄の掟は、親など同じ獣人の近しい相手から伝え聞く事が主であり、生まれた時から知っているものではないため、多少の文言が変わる事もあるとか。
赤ん坊の頃に拾われて人間に育てられ、周囲に他の獣人がいなかったリーザやデリアさんが、鉄の掟の事を知らないのも当然か。
本来は国から教えとして覚えさせられるため、獣人の国にいる獣人は全員知っていて当然の事だけど、人間ばかりの国、この場合は今俺達のいるこの国で育った獣人は、伝え聞くといった形になるとか。
一応、こちらの国で暮らしている獣人から生まれた獣人は、いずれ一度は獣人の国に行く事が推奨されてはいるらしいけど、それは強制ではないみたいだ。
そういったわけで、鉄の掟は柔軟に適応していかないといけなかったんだろう。
結構緩いというか、本当に開かれているんだなぁとは思う、それだけに、戦争時の噂をいまだに信じて魔物扱いしている人がいるのは頭が痛い問題なのかもしれないが。
ただ北側の獣人の国に近い場所、その中でも戦争の影響が薄かった場所では、そういった差別的な感情は少ないのかもしれないが。
「ともかく、その中の一つに尻尾に関する事がありますの」
「尻尾に。それは、触る人を限定と言いますか、誰にでも触れさせてはいけないとか、そういう感じの事ですか?」
「そういったのもありますわね。それでだけでなく、別の内容ですの。できる限りとはいえ知られないようしているため、侯爵領で獣人と親しい人なら知っているわけではないのですけれど――」
ヴェラリエーレさんによると、アルヒオルン侯爵領は獣人の国と特別近いわけではないが、国同士の交流もあり、リーベルト公爵領より距離も近いため獣人が多い。
領民となっている獣人も結構いるとか。
その中で、アルヒオルン侯爵家の使用人として働いている獣人もいて、その人達から聞いた話があるらしい。
鉄の掟が獣人の国の法律よりも重要視される事があるのなら、雇い主としては知っておかないといけない事もあるからとか。
そしてその中で尻尾に関する掟、それは「特別な尻尾、獣人を獣人たらしめる尻尾を持ち、稀有で異色な獣人の中の獣人を、我ら獣人は敬い、尊ばねばならない」という内容だそうだ。
「一言一句、間違いなく鉄の掟の条項としてではありませんけれど、おおむねそういった内容で伝わっているようですわ」
伝わる中で、多少の門限が変わる事があるらしく、完全にそのままというわけではないらしいけど、内容を鑑みるに、獣人である証拠と言える尻尾、その尻尾でも特別であり、珍しい特徴を持つ者を敬えという。
「さらに、獣人はそれが主体になるわけではありませんが、常にその稀有な尻尾を持つ獣人を探しなさい、とも伝わっているらしいですの」
「常に探す……探してどうするとかは?」
「ただただ、敬う、尊ぶ、そのために探している、との事ですわ」
ただ特別な獣人を探し、敬うために探す……か。
なんのためにあるのかとか、その特別、稀有や異色がどういったものなのかはかなり漠然としているな。
尻尾が重要なのはわかるけど。
「リーザちゃんの尻尾は確かに二つになっていて、ヴェラリエーレも見た事がないから珍しい、稀有である、と言うのに当てはまるかもしれないけど……」
「えぇ、クレアさんの言う通り掟が二つの尻尾を示しているというわけではありませんわ」
確かにそうだ。
珍しく、他の獣人ではほぼないと言っていいのかもしれないけど、それはヴェラリエーレさんの主観も入っている。
もしかしたら、獣人の国に行けばリーザのように尻尾が二つ以上ある獣人もいるかもしれないもんな。
俺達を見て、そう考えているのだろうと察したのか、ヴェラリエーレさんは目に力を入れて尚も言い募る。
「ですけど、掟があやふやではっきりとどういったものかを示していないのには、理由があるのだと考えていますの」
「理由ですか?」
「獣人達の中では、立派な尻尾を持つ者を称える考えを持っていますの」
「そういえばそうだね。国王とか、はっきりとした地位が決まるわけじゃないんだけど、尻尾が立派な獣人程、尊敬されたりするみたいだよ。例えば、数人から十人単位でのチームみたいなもので、リーダーを任されるとかね」
「群れのリーダーみたいなものかな……」
長さや太さ、毛並みなどどういう基準かはわからないから漠然と聞こえるけど、とにかく尻尾が立派な程強く見えるみたいなものだろうか。
人間で言うと、男ならムキムキな人の方が頼もしく見えたりとか、そんな感じかな?
「リーザちゃんの尻尾を見るまでは、単純に尻尾の優劣に関しての掟なのかと思っていましたが、文言にもある通り特別であり、対して敬い、尊ぶとあります。そこから、もしかすると単に尻尾が立派なだけでなく、二つあるというそれこそ特別な事に対してなのかと思いまして。立派だ、というのも曖昧ですし」
「話を聞く限りでは、確かに二つの尻尾はそれだけで特別とも思えますね……」
「リーザ、特別?」
「ワッフワフ、ワフー!」
細かい話はわからないからか、こてんと首を横に倒しつつも、特別という言葉に興味を持った様子のリーザ。
それに対し、慰めるわけじゃないけどレオが自分達にとっては尻尾とか関係なく、特別だというように鳴いた。
「ははは、そうだな。レオの言う通り、リーザは俺やレオにとっては特別だ。娘だしな」
「パパとママの娘! パパとママにとって特別なのー!」
満面の笑顔で喜ぶリーザ。
尻尾に関してあれこれ、リーザについてはちょっと謎めいた部分があったりして、レインドルフさんが生きていたら色々聞きたい事はあるけど……それでも、娘として接している以上は、俺達にとっては特別な女の子、娘だからな。
「うふふふ、リーザちゃんは優しい人達――レオ様を人と言っていいのかはともかく――優しい皆に囲まれて、幸せそうですわね。余計な事を言ったかしら?」
喜ぶリーザに微笑みかけるヴェラリエーレさん。
リーザの可愛さとかもあるだろうけど、基本的に子供とか獣人が好きなんだろうな、という雰囲気がにじみ出ている気がした。
悪い人じゃないようだし、レオやリーザもそれは感じているようだから、信頼しても良さそうだな。
「――妹にし――ですわ」
よく聞き取れなかったけど、ぼそりと小さく呟き、一瞬だけ、舌なめずりのような事をしていたのは、少し気になったけど。
「いえ、リーザの事はわからない部分も多いですし、獣人の話が聞けて良かったと思います。ありがとうございます」
「お役に立てたようで何よりですわ。これで、私やお兄様がタクミさんへ行った失礼な態度も、薄れてくれるといいですわ」
まだ少し、さっきの事を気にしていたのかもしれない。
俺は全然何とも思っていないんだけど、まぁ、獣人に関する話がほとんど効けない公爵領で、掟の話などが聞けて良かったとしておこう。
デリアさんも含めて、また何か獣人の話を聞くのもいいかもしれないな――。
――あれから、再びリーザとクレア、ヴェラリエーレさんが椿油や髪、化粧やスキンケアなどの話になって、俺やユートさん、エッケンハルトさんは客間を退室。
少し廊下でアルヒオルン兄妹に関する話などをした後、それぞれ日常というか日課や仕事に戻った。
その際、ユートさんから獣人の事を聞いたけど、ユートさん自身は獣人と深く付き合ってきたけど、尻尾に関する鉄の掟の事はよく知らなかったらしい。
できるだけ知られないようにという部分だったから、教えてもらえなかったんだろうね……なんて話していたけど、それって信頼されていないって事なんじゃ……とか思ったのは、口に出さないようにしておいた。
まぁ単純に、長く生きているユートさんは鉄の掟が緩くなる以前からの付き合いだろうし、だからこそ教えてもらえなかったのかもしれないけど。
ちなみに、話し込みそうになったところでルグレッタさんがユートさんを、さらにどこからともなく表れたセバスチャンさんがエッケンハルトさんを引きずって、仕事へと連れて行ったのは余談だな。
あと、セバスチャンさんと一緒にマリエッタさんもいて、クレア達が美容の話をしている客間へと入ってもいった。
マリエッタさんは、ヴェラリエーレさんが『国境を持たない美の探究者』の一員だと知っていたらしい。
「パプティストさん、仲間ができて良かったですね……」
そんなこんなで、夕食時、隣に座って中良さそうに話すパプティストさんと、バルロメスさんの二人を見てポロリと漏れた。
バルロメスさんが寝泊まりする客室に案内された後、屋敷内を見て回っていた時に、フェンリルと相手に黄昏ているパプティストさんを目撃。
お互いを認識した瞬間に同類? だと通じ合って一瞬で意気投合したとか。
類は友を呼ぶという事なのかもしれないが……自信がないとか、人の目が気になるとか、確かに通じる部分はあるのかもしれないな。
それに、多くのフェンリルがいる事に驚くよりも、パプティストさんと仲良くなる方が重要だったらしく、フェンリル達の事はあまり怖がったりしていなかったのは、良かったのかもしれない。
「お兄様ったら、多くの人がいる場であのような姿を……」
学生の友達か、というくらいに盛り上がっているバルロメスさんとパプティストさんを見て、溜め息を吐くヴェラリエーレさん。
確かに俺が客間に入った直後のような、貴族然とした雰囲気は一切なく、衆目でそれを見せているのはヴェラリエーレさんにとっては気になるのかもしれないけど。
「まぁ、ここにいる者達は色んな事に慣れているから、あまり気にしないでもいいだろう。私達がいても、気にする素振りは少なくなったしな」
直接面と向かって、となればまた別かもしれないけど、人数が多いために席も離れているし、エッケンハルトさんのような貴族と一緒に食事を、というのに慣れた人達だ。
変な事をしているわけでもなし、仲良く話している程度なら影響などはほぼないだろう。
「毎日、食事は皆で頂いていますからね」
「そもそも、ここの者達は全て公爵家かタクミさんに雇われているか、その関係者だもの。侯爵家の者がどうあれ、そちらに影響はないわ」
「まぁ、そうですわね。ふむ、でしたら私も……いえ、あちらはタクミさんやレオ様の領分ですし、素を出すわけにはいきませんわ。お兄様が羨ましいですわねぇ」
「ヴェラリエーレさん?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
何やら、不穏な視線を感じた気がするんだが……いや、俺にというより、一生懸命スプーンを使って食事をしているリーザに向かっていたようだけど。
首を振ったヴェラリエーレさんには、これ以上追及できそうになかった。
「それはそうとタクミさん」
「はい?」
「お兄様もそうですが、私もそのまま呼ぶのはちょっと長くありませんか?」
「そうですかね?」
ヴェラリエーレさん……日本名と比べたら長く感じるけど、もうエッケンハルトさんとかエルケリッヒさんで慣れているからな。
特別長いとは思わないんだが。
「レオ様の事もありますし、クレアさんに対してと同じように、丁寧に話す必要もありませんわ。そちらの方が気楽ですし、お兄様もあの様子ですから。それから、私の事はヴェーレとお呼び下さいまし」
「えーと、わかりました。ヴェーレさん、ですか。じゃない、だね」
「えぇ、それでお願いしますわ」
「むむぅ……」
丁寧な言葉、と言う事ならヴェラリエーレさん……ヴェーレさんこそそうなんだが、あちらはティルラちゃんと同じように、それが話しやすい言葉になっているんだろう。
ともあれそう言ってくれるならと、気を使わないようクレアと同じく砕けた話し方をする事にした。
なぜか、隣に座るクレアが目を細めて少しだけ頬を膨らませているけど。
アンネリーゼさんのように、突然求婚をとかそういう事ではないだろうし、というかあんな事がそうそうあってはこの国の貴族令嬢はどうなっているんだ? と思ってしまうが、気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ――。
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