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1975/1996

客間にヴェラリエーレさんだけ残りました



「まぁ、何も言わなければこんな立派なお屋敷を構えられるのは、リーベルト公爵家くらいですし、そうみられるのは仕方ないと思いますよ?」


 別邸と比べれば少し小さいこの屋敷だけど、それでも公爵領内でここまでのものを建て、使用人もいるとなれば一般の人ができる規模じゃないしな。

 隠しているわけではないし、逆に大っぴらにして喧伝しているわけでもないけど、知らない人からは公爵家の持ち物だと思われても仕方ない、というか当然のようにも思えるくらいだ。

 苦笑しつつ、公爵家と共同で建てたのだと説明。

 表向きの名義みたいなのは俺になっているけど、クレアもいるし、ついでに同じく共同運営しているクラウフェルト商会のために建てたのだと話した。


「薬草や薬を……それで」

「薬草の畑を作って求められる数を用意するため、画期的ですわね。アルヒオルン侯爵領でも似たような試みがありましたが、これまではっきりとした成果を出せていません。一種類の薬草をという程度ならともかく、複数の薬草を一緒にというのは、生育条件などが違い過ぎて不可能、とされていましたから」

「ま、まぁ、ちょっとできる可能性がありましたから……」

「タクミ君は、不可能を可能にする男だからね!」


 何故そこでユートさんが自慢気なのか。

 俺の横でレオもちょっと誇らしげに鼻を鳴らしているのは、まぁいいけど。

 ヴェラリエーレさんの興味を大きく引いたらしい薬草畑、農業を主体とする領地の貴族だからだろうか、植物に関しては造詣が深いのかもしれないな。

 ただ俺としてはその不可能だと判断された事を、可能にしているのが『雑草栽培』というギフトなので、ちょっとどころかかなりインチキとか横紙破りのような事をしている気がしないでもないが。


「俺が不可能をってのはどうでもいいとして……エッケンハルトさん、クレア、どうだろう?」

「タクミ殿が言いたい事はわかるが……」

「そうですね……もう少しだけ、様子を見た方がいいと思います」


 ギフト、『雑草栽培』の事をアルヒオルン兄妹に伝えるかどうか、それをエッケンハルトさん達に視線で問いかけたけど、二人共少し考えて首を振った。

 本人達を前にして大っぴらに相談するわけにはいかないので後で聞いたのだが、兄妹が信頼できないとかそういう事ではなく、植物を自由に作り出せるギフトを持っている事に対し、どう感じるかまだ見えないかららしい。

 農作物にはあまり影響しない、というか基本的に作れないから大丈夫だと思ったんだが、そういうわけでもないようだ。


「あれぇ、僕には聞かないの? 放置されるのは結構好きだけど、意見は聞いてもいいんじゃない?」


 なんて言っていたユートさんは、本人が望んでいるように放置する事にした。


「……それでは、しばらくよろしくお願いします」

「はい。何か不自由があれば、仰って下さい」

「は、はい。ありがとうございます」


 レオが来てから、化けの皮というと人聞きが悪すぎるが、繕っていた部分が剥がれたバルロメスさんはかなり素直というか、おとなしい人だった。

 チラチラとレオの様子を見ながらではあるが、礼儀正しく頭を下げて、部屋の準備ができたと報せに来たウィンフィールドさんに連れられて、客間を退室。

 ジェーンさんも一緒に来ていたんだけど、そちらはヴェラリエーレさんの担当らしい。

 兄妹とは言え、別の部屋が用意されてそれに付く使用人さんも同性を、というのはアルフレットさんの判断っぽいかな。


「さて、お兄様は行きましたわね」

「そのようだ」

「えーっと?」


 バルロメスさんが退室した後、客間に残ったヴェラリエーレさん。

 何やら訳知り顔で頷くエッケンハルトさん達はともかく、俺は何故ヴェラリエーレさんだけ残ったのかわからず、首を傾げるばかりだ。

 ちなみに、アルヒオルン兄妹が連れて来ていた使用人さん達も、バルロメスさんの方に付いて行った。

 あの人達は、基本的に兄妹のお世話や護衛を引き続きするわけだけど、客室ではなく公爵家の使用人さんや、護衛さん達がいる方で寝泊まりする事になっている。


「タクミ様」

「さんとか、殿でいいですよ。なんなら呼び捨てでもいいくらいですけど」


 貴族のご令嬢に様付けで呼ばれるのは、なんとなく背中がむず痒くなるからな。

 使用人さん達含め、最近は多少「タクミ様」と呼ばれるのには慣れてきているけど、相手が相手だし。


「では、タクミさんで。先程はお兄様が失礼いたしました」

「え? えっと、まぁ失礼という程では。よく知らなければ、あぁなるのも納得できますし」


 立ち上がり、ガバッと頭を下げるヴェラリエーレさん。

 いきなりの事で少し戸惑うが、貴族のご令息としては見るからに平々凡々とした俺を見れば、初対面での対応も頷ける。

 不躾な視線を受けたには受けたけど、馬鹿にされているという程ではなかったし、後々のバルロメスさんの態度や雰囲気を見ていれば、むしろレオを使って怖がらせてしまったようで、俺の方が少し申し訳なく思ったくらいだ。

 クレアに怒られてもいたし。


「タクミさんが気にしなくても、妹として謝らねばなりませんわ」

「……わかりました、謝罪は受け取ります」

「タクミ殿を少し驚かせてしまったようだが、これもアルヒオルン兄妹の特徴というべきか」

「兄のバルロメスさんはタクミさんに最初見せたような態度を、ほとんどの場面でします。多少失礼になる場合もあるので、こうして妹のヴェラリエーレさんが後で謝る、というのが常態化しているんです」


 う、うーん……だから、アルヒオルン兄妹と聞いた時、クレアもエッケンハルトさんも妙な反応をしていたのか。

 ちょっと面倒そうな雰囲気も感じたし。

 とにかく、兄妹揃っている場合は基本的に妹が兄を立て、励まして先程のような調子になり、後で妹が謝って帳尻を合わせるという感じか。

 ちょっと話を聞いてみると、兄を次期当主にするうえで対外的にもそう印象付ける意味もあり、そうしているらしい。


 能力面では当主として相応しいバルロメスさんだが、精神面で脆い所があるからだとか。

 なんとなく振る舞いなども含めて、それならヴェラリエーレさんが当主にと聞いてみたかったが、本人から当主とか面倒、というような事を言われたので口に出せなかった。

 母親を近くで見てきて、その大変さをよく理解しているからというのが大きいらしいが、権力に興味のないご令嬢というのも珍しい……か?


 実際にはどうあれ、クレアが権力を持つ事、振るう事にあまり興味がないように見えるから、実は多いのかもしれないな。

 必要な場面ではちゃんと振る舞っているし、それでいいんだと思う事にした。


「それはともかく……こうなるってわかっていたのに、エッケンハルトさんは随分慌てていましたが……?」

「い、いやそれはだな……!」


 からかう、というほどではないけど少しだけ意地悪をエッケンハルトさんへとしかけてみる。

 すると、レオの方をチラチラ見ながら焦り始めた。


「ワフゥ……」

「レオはこの通り、怒っていませんから大丈夫ですよ」

「そ、そうか。なら良かった……」


 ちなみに、後でレオに聞いてみたらバルロメスさんに悪気がない事などは、最初からわかっていたらしい。

 さすがの感知能力と言うべきか……同じようにリーザもそうらしいが、それでもレオの後ろに隠れているのは、嫌だとかではなく単純に人見知りや恥ずかしい気持ちが勝っているからなんだろう。


「というより、ですわ。クレアさん?」

「どうしたの?」

「レオ様を恐れる公爵様はともかく、貴女はそれとは違った怒り方をしていましたわよね? 私達兄妹がこうだと知っていたはずですのに」

「そ、それは……確かに何度か会った事があるし、見た事もあるわ。それに、噂などでも聞いて相変らずと思っていた事も確かよ」

「でしたら、あのように怒る必要はなかったんじゃありませんの? いえ、お兄様が失礼な事を言っていたのは確かなのですけれど」


 クレアを問い詰めるヴェラリエーレさんの口調は、アンネリーゼさんを彷彿とさせるようで、お嬢様言葉というのだろうか? 貴族のご令嬢らしい感じだ。

 だけど、雰囲気などは先程までのヴァルロメスさん以外への話し方とは違って、大分柔らかい。

 クレアに対しても問い詰めているように見えるが、どちらかというと単純な疑問を口にしているだけで、クレアもそうだけど友人同士が話しているようにも見える。

 実際にこれまで何度か会った事もあり、同じ貴族令嬢で同年代だから、アンネリーゼさんとはまた違った友人関係なんだろうけど。


「あ、あれはその……だ、だって、タクミさんにあんな事を。私の事はいくら言われても平気だけど、タクミさんを平民だとか、まるで話す価値がないかのように言うものだから……」


 しどろもどろになりながら、答えるクレア。

 ところどころ小声になってしまって、聞こえない部分はあったけどなんとなく言いたい事はわかった。

 俺自身はそこまで失礼というか、話す価値がないと言われているまでは思わなかったけど、クレアは俺が軽んじられているように感じて怒っていたのか。

 ……うん、女性に庇われるのは俺の考えとしては情けなくも感じるけど、嬉しいな。


「ふむ、成る程。そういう事ですか……ほうほう、クレアさんが。こうなりますのね」

「な、なにがそういう事なの……?」


 ほうほう、とかふむふむなど、何かを納得した声を出しつつ、俺とクレアを見比べるヴェラリエーレさん。

 これは、俺とクレアの関係がバレたっぽいな。

 まぁ隠すつもりは一切ないんだけど。


「ふふ、異性への興味があるのかすら疑問だったクレアさんが、こうなるとは。面白いですわ。それだけ、恋の力は強いというわけですわね」

「こ、恋って……!」

「私が間違っているわけではないでしょう?」

「そ、そうだけど……でもこんな、皆の前で」

「いやいやクレア、今更だと思うぞ? タクミ殿もそうだが、割と人目を憚らない事が多いだろうに」

「そうだねぇ。僕でも照れる時があるくらいだよ、ほんと」


 自覚はあるけど、こうして言われるとさすがに照れるな。

 クレアも同じだったようで、ニヤニヤとしているエッケンハルトさんやユートさん、柔らかく微笑んでいるヴェラリエーレさんとかの視線から逃れるように、首まで真っ赤にして俯いた。

 行動力がある人だから、朝と夜のハグの時は積極的なのに、誰かに指摘されたらこうして簡単に照れるところが可愛いとも思う……俺自身も照れるのであまり人の事は言えないが、いや俺が照れても可愛くないだろうけど。


 ちなみにルグレッタさんは、羨ましそうにクレアを見ているけど、当然ながら俺とどうこうという話じゃなく相手はユートさんだ。

 というかいろいろ漏れ出していますよ、ルグレッタさん!


「けど驚きましたわ。こうして話を聞けば納得ではありますけど、クレアさんはてっきり、貴族家の誰かと……と思っていましたのに」

「そうなんですか?」


 ヴェラリエーレさんの言葉に、思わず声が出た。

 クレアはお見合いの話などがあったけど断り続けていたのは知っているし、先程ヴェラリエーレさんが言っていたような、異性に興味がないのでは? という事はなんとなく想像はつく。

 けど貴族家の誰かと、というのはなんとなく考えられなかったから。

 ……ちょっとした嫉妬のような気持ちもあったかもしれないが。


「必ずしもそうであるわけではありませんけれど、貴族家同士でというのはよくありますわ。他国ではむしろ当然そうあるべきと言われているそうですけれど、貴族家同士の繋がりなどもあります。ただ、この国ではあまり重要視されていないので、平民……失礼、タクミさんの事ではありませんのよ?」

「あぁはい、まぁ実際俺は貴族ではないので、お気になさらず」


 平民という言葉に、またクレアが反応、もしくはレオや俺が気にするかと思ったのか、ヴェラリエーレさんがこちらへ向かって軽く頭を下げる。

 レオの事はあれど、俺自身は貴族でもなんでもなく言葉通りの平民、一般人、庶民なのは間違いないからな。

 言われて気を悪くする事はないし、流れで俺の事を悪く言おうとしているわけではないのはわかる。

 あと、ユートさんがこちらを見て何か……「僕がそうしたんだよ、貴族同士のあれこれって面倒だからね」なんて言ってそうな自慢気な表情をしているけど、スルーしておこう。


「タクミさんがおおらかな方で良かったですわ。それで、貴族家同士での婚姻やお付き合いというのは、繋がりを重要視されなくとも多くある事なのですわ。特にリーベルト公爵家は、アルヒオルン侯爵家よりも長く続く由緒正しい貴族家。多くの民にも評判が良く、北側でもお話を聞く機会があるくらいですもの。そうなれば当然、重要視されていなくとも関係を持ちたいと思う貴族は増えますわ」

「まぁ、一部を除けばそういう話もあったのだがな。それらは全て断っている。クレア自身が乗り気ではない事がわかったのと、私はそういうしがらみに近い事を強制したり、クレアに望んだりはしていないしな。そもそも、そういった関係を広く持つ理由も、我が公爵家には必要ない」

「そうでしたわね。クレアさんがお見合いの話を断り続けているのは聞いていましたが、公爵家に有象無象の貴族家との繋がりは必要ありませんわね」


 キッパリと言ったエッケンハルトさんに、納得した様子のヴェラリエーレさん。

 というか、他の貴族家を有象無象って……。

 今はともかく、アンネリーゼさんの父親で病を振りまくなんて事しでかしたバースラー伯爵、今回の事件に関わっていると思われるクライツ男爵など、そう言いたくなる貴族がいるのは間違いないんだろうけども。


「繋がりだけでなく、単純にお互いが納得すれば貴族家とは関係なく、というのはあるし、そういう事の方が多いがな。私もそうだ」


 そういえばエッケンハルトさんの奥さん、つまりクレアやティルラちゃんの母親は貴族令嬢だったんだっけ。

 マリエッタさんもそうだったようだし、アンネリーゼさんの母親もそうだって聞いた覚えがある。

 偶然とかもあるかもしれないが、しがらみ関係なく貴族家同士の方が話が合うとか、気安い関係になりやすいのかもしれないな。

 あまり考えたくはないが、身分的に釣り合いが取れているとも言えるだろうし。


 そこまで考えて、あれ? と少し疑問に思った。

 以前、アンネリーゼさんからの求婚をどう断ろうか? と考えていた時に、クレアから聞いた話では貴族と平民というのもよくある事だという話だったはず。

 ない事はないんだろうけど、あれってもしかしてクレアが俺を気遣ってそう言ってくれたんだろうか?

 クレアの事を見ていて、さらに話しを聞いてればすでにあの時から、というより出会った当初からある程度以上は意識してくれていたように思うし。


 なんて考えていたら、急に服を軽く引っ張られる感覚。

 どうしたんだと思って見てみると、リーザがもじもじしながら俺の服を引っ張っていた。

 レオの後ろから出てたのか……俺の気を引きたいとかではなく、むしろ視線はチラチラとヴェラリエーレさんの方に行っているようだが――。




読んで下さった方、皆様に感謝を。


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