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1972/1998

屋敷にお客様が到着しました



「あれを動かして、薬なんかも使うってなったら……ふむぅ」

「何か、思い当たる事でもあるのですか?」


 意味ありげに唸るユートさんに、エッケンハルトさんが問いかける。

 俺やエルケリッヒさん、クレアさんも注目した。


「いや、一人ね、研究熱心過ぎるのが知り合い……知り合い? いやぁ、知り合いというのも嫌なのがいるんだけど。もしかしたらそれが関わっているのかもってね。まぁそうなのかも? って思っただけだから、確信が持てるようになったら話すよ」


 ユートさんでも嫌いな相手がいるんだなぁ。

 いや、人なんだから当然いておかしくないんだけど、ユートさんならそれすら楽しみそうで、むしろ嫌いにはならないと思っていたんだが。


「旦那様、クレアお嬢様。お客様が参られました」

「む、そうか。そんな頃合いか」

「いよいよ来ましたね」


 昼食を終えて少し経ったあたりで、セバスチャンさんがエッケンハルトさんとクレアを呼びに来た。

 誰かが訪ねて来たらしい。

 というか、先触れがあったし、その通りの到着時刻なので驚く事ではないんだけど。


「では、私はそちらに行こう。少し、気が重いが」

「ちょっと個性的ではありますが、悪い方たちではありませんので」


 溜め息を吐くようなエッケンハルトさん。

 お客様というのは、以前話していた北側の大農園を領内に持っている侯爵家……確か、アルヒオルン侯爵家だったか。

 その侯爵家当主のご令息とご令嬢の兄妹が訪ねてきたわけだ。

 昨日届いた先触れで、今日の昼過ぎに到着する事は既に知っていたから、迎える準備はしてある。


 ……どうでもいいけど、公爵家と侯爵家って読みが同じだから声に出すとどっちがどっちかわからなくて、ややこしいな。

 わかりづらい時は、リーベルト家とアルヒオルン家と言えばいいかな、多分。


「僕も行こうか? あの二人とは会った事があるけど、ちょっと面白いからね」

「……そうですな。ユート閣下の報せでこうしてこちらに来ているのですから。お願いします」

「うん、わかった」


 先程の、研究熱心? な誰かを思い浮かべて顔をしかめていたのとは打って変わって、ウキウキと今にも声に出しそうな様子のユートさん。

 エッケンハルトさんはあまり気が進まないようだけど、ユートさんにとっては面白い人物のようだ。

 一体どんな人なのか……?


「俺は、後からでいいんだよね?」

「そうですね。向こうは、ここがリーベルト公爵家の屋敷だと思って訪ねてきていますし、ユート様もいらっしゃいますから。レオ様の事もありますし、タクミ様は後であちらが落ち着いてからで。こちらからも話しておきますので」

「わかった」


 クレアに聞くと、俺がアルヒオルン兄妹に会うのは後でいいらしい。

 向こうも、先触れの時はエッケンハルトさん達リーベルト公爵家の人達と、ユートさんの名前しか書かれていなかったからな。

 ユートさんが報せた内容に俺の事はなかったか、知らないのかもしれない。


 公爵家の中ではともかく、他領から見ればこの屋敷もリーベルト家の持ち物だって思うだろう。

 周囲には兵士さん達がいるうえ、フェンリル達は昼食のために庭から北側に集まっていて、外には出ていないから見かけないし。


「さて、呼んでもらうまで俺は……」


 クレア達を見送って、手持ち無沙汰になる。

 そんな俺に、シェリーを連れたティルラちゃんがこちらにきた。


「鍛錬しますか、タクミさん?」

「キャゥー?」


 日課の鍛錬は、ティルラちゃんと欠かさずやっているんだが、最近は勉強やエルケリッヒさん達とラクトスに関しての話し合いとかをしていて、少し控えめだ。

 だからか、体を動かすのが好きなティルラちゃんは思いっきり鍛錬ができるのを期待している様子だな。

 シェリーも走り回れるからか、少し期待するような声音……出会った頃は走るよりも、レオの頭に乗って楽をする事の方が好きそうだったのに、変わったもんだ。

 動かないと、レオに叱られるからかもしれないが。


「うーん、そうだねぇ」


 エルケリッヒさんはここに残っているけど、今日は特に話し合いをする必要はないようで、マリエッタさんとのんびりお茶を飲んでいる。

 だから鍛錬してもいいんだけど……。


「今日は後で時間があったらにするよ。お客さんがきているし、後で呼ばれる事を考えるとね」 


 期待しているティルラちゃんには悪いけど、鍛錬途中や直後の汗だくで呼ばれてしまってはいけないからな。

 貴族の兄妹だし、あまりそういう事を気にしないクレアさん達が特別なのはわかっているから、失礼がないように気を付けたいというのもある。


「だから俺は、とりあえず呼ばれるまでレオやリーザといるよ」

「わかりました……じゃあ、私はシェリーやフェンリル達と一緒にいますね」

「うん。ごめんね」


 ちょっとだけしょんぼりしたティルラちゃんだけど、フェンリル達とって事はそっちで鍛錬するんだろう。

 一緒に鍛錬というよりも、遊びの延長で走り回る事が多くなりそうだが、それはそれで運動になるだろうし。

 というわけで、俺はレオとリーザとしばらく過ごす事にする。


「ワフゥ?」

「ははは、とりあえずっていうのは言葉の綾だよ。ほーら、ちゃんと構ってやるからなー」

「あ、リーザもやるー!」

「ワフ、ワフ、ワフゥ!」


 俺がティルラちゃんにとりあえず――と言ったのを気にしている様子のレオに、仰向けになるよう頼んで、お腹のあたりをワシャワシャと両手で撫でてやる。

 リーザも真似をして、くすぐったいような気持ちいいような、そんな声でレオが鳴いていた。

 心配させちゃっているからな、これで安心するってものでもないけど、大丈夫だって少しでも伝わってくれればいいな――。



「よし、と。どうですかライラさん?」

「凛々しくお見えになります」


 服を整え、姿見から振り返ってライラさんに確認してもらう。

 レオやリーザと過ごしてしばらく、予想より早くお呼びがかかったので、ライラさんに手伝ってもらって簡単に身支度を整えたところだ。

 ティルラちゃんと一緒に鍛錬していたら、汗だくでそんな余裕もなかっただろうから、良かった。

 残念そうなティルラちゃんには申し訳ないから、また今度鍛錬や遊びを一緒にやろうと思う。


 服を着替える程度なので、ライラさんに手伝ってもらわなくても良かったんだけど、表情こそかわらなかったが断ろうとしたらなんとなくしょんぼりした雰囲気を感じたので、任せたわけだ。

 まぁ、上着を羽織ったり、ちょっと髪を整えたりってくらいだけども。


「パパ格好いい!」

「ワフ!」

「そ、そうか?」


 馬子にも衣裳と言ったところか、以前エッケンハルトさんと初めて会う前に、ラクトスで仕立ててもらった服を着ているんだけど、リーザやレオにも褒められて思わず顔が綻ぶ。

 おっと、緩い顔のままじゃいけないな。

 姿見で自分を見ながら、キリッと顔を引き締めてついでに顎に手を当てて簡単なポーズを取る。

 ……俺って結構おだてに弱いなぁ、と正気に戻った。


 童顔気味な事もあるけど、俺にはキリッとした雰囲気は似合わないな。

 日頃エッケンハルトさん達のような、美形男性に見慣れているから、自分を見るといくらいい服を着ても背伸びしているようにしか感じられない。

 いや、ライラさんやリーザが褒めてくれるのは嬉しいし、否定する気はないんだけどな。


「アルヒオルン兄妹、でしたか。どんな人達なんでしょう?」


 気を取り直して、クレア達が話をしている客間への移動中、気になってライラさんに質問してみた。

 レオとその背中に乗っているリーザは、俺から目を離さないように後ろをついて来ている。

 心配しなくても大丈夫、というのはあまり伝わらなかったみたいだ。


「私は、あまり公爵家の対外的な方達……他の貴族の方とは会う機会がありませんでしたので、存じ上げません。私はラクトスの孤児院で育ち、そこでクレア様に見出されました。本邸には一度行った程度で、ずっと別邸にいましたので」


 そういえばそうだった。

 クレアさんがお見合いの話を嫌って別邸に移ってから、ライラさんを使用人として雇ったんだっけか。

 ゲルダさんやフィリップさん、それにニコラさんなど、他の使用人さんや護衛の人もそういう人が多かったはずだ。

 本邸の方はもしかしたら、フィリップさん達護衛さんの方が詳しいのかもな。


 まぁ、厳しすぎる訓練で、あまり思い出したくないようだけど。

 ともかく、孤児院出身だからとかではなく、単純に別邸でクレアさんに付いていたから、対外的な貴族との接触などの機会がなかっただけっぽいな。

 リーベルト公爵家の人達が、孤児院出身だからとそういう場所には連れて行かない、なんて事はないだろうし。


「ですがお話し程度なら。個性的な方々だとは聞き及んでおります」

「そう、ですか」


 個性的、というのがちょっと怖い。

 ユートさんの例もあるけど、アンネリーゼさんとかもいたしなぁ。

 そう言えばアンネリーゼさん、元気だろうか? まぁ、あの人はどこでも突っ走って元気よくやってそうなイメージがあるし、大丈夫か。


「確か、兄上様の方はタクミ様とあまり年齢が変わらなかったかと」

「同年代ですか。一気に親近感が……いや、あんまり沸きませんね」


 同年代とはいえ、向こうは貴族様だからなぁ。

 平凡な家庭で育った俺にとっては雲の上というか、年齢以外に近い物はなさそうだし。

 そんな事を考えている俺も、今では公爵家のご令嬢とお付き合いさせてもらっているから、平凡や一般とはかけ離れ始めているんだけど。

 ……異世界から来た、というだけで平凡とは違うか。


「あとはそうですね、伝え聞いた事ではありますが……ご兄弟のどちらも貴族家の当主としての能力が十分である、と言われています。ただ、兄上様の方が当主を継ぐと喧伝しているようで、妹様はそれを支えているとの事です」

「後継者争いはなさそうですね」


 そういった、お家の事情で血生臭い事は関わりたくない。

 クレアとティルラちゃんも仲がいいし、こちらも大丈夫そうだし、そこはちょっと安心。

 後継者争いのために、とかでレオと一緒にいてギフトも持っている俺に近付いて来られるとか、勘弁して欲しいし……アンネリーゼさんがそうだったけど。


「……ふぅ」


 ライラさんと話ながら、客間に到着。

 扉の前で一呼吸して緊張をほぐす。

 クレアやアンネリーゼさん以外の、貴族のご子息との対面だから知らず知らずのうちに、体に力が入っていたから。


「レオとリーザは、ここで少し待っていてくれ」


 さすがにいきなりレオと会わせるのはどうか、という事なのでまずは俺が中で話をしてからという事になっている。

 この国の貴族であれば、シルバーフェンリルの伝説はある程度知っているようだしな。

 怖がらせたり驚かせたりしてはいけない……クレアやエッケンハルトさん達は、別の心配をしているようだったけど。

 なんだったんだろう?


「ワフ」

「うん」


 体を寄せてきたレオを撫で、その背中に乗っているリーザにも笑いかけておく。

 少し心配そうだけど、中にはユートさんとかもいるしな。

 怪しい人と会うわけでもないんだから、レオ達に守ってもらわなくて大丈夫だろう。


「それでは……」

「はい、お願いします」


 ライラさんが扉の前に立ち、ノックをする。

 すぐに中からクレアの声で「どうぞ」と聞こえてきた。

 俺がノックしてもいいんだけど、こういう時順序みたいなのが大事らしく……というかまぁライラさんがやりたそうだったから任せたんだが。

 なんとなく偉くなった気分……本当に一時的な気分だけだけど。


「タクミ様をお連れ致しました」

「うむ」

「えぇ、ありがとう」

「失礼します」


 先に中へと入って一礼するライラさんに続き、俺も中へと入る。

 レオ達には一応、客間の中からは見えない位置に行っておいてもらう……ちょっと尻尾らしきものが見え隠れしているから、ちゃんと隠れような?


「……初めまして、タクミと申します」


 何やら不躾なような、値踏みをされるような視線を感じ、そちらを見ると男女二人が座っていて、その後ろでは三人程立って控えていたので、まずは名乗って軽く会釈をしておく。

 後ろに控えている人達は、その様子などから護衛さんと使用人さんだと思われる。

 護衛さんらしき人は、エッケンハルトさん達の前だからか剣こそ下げていないが、金属の鎧を身に付けて後ろで手を組んで不動だ。

 とはいえ、使用人さんも含めて俺に注目しているようだけど。


「ほぉ、貴様が件のタクミという者か」

「お初にお目にかかりますわ」

「タクミさん、こちらはアルヒオルン侯爵家のバルロメスさんと、ヴェラリエーレさんです」


 座っている二人、赤髪の男性の方がこちらを睥睨するように見つつ口を開き、続いて隣にいるこちらも同じく赤髪の女性が小さく会釈をした。

 向かいに座っているクレアが、二人を紹介してくれる。

 クレアの方にはエッケンハルトさん、ユートさんが並んで座っていた。


「平民に名乗るのはそうそうないが、光栄に思うがいい。私がバルロメス・アルヒオルンだ」

「平民にも情けをかける、さすがお兄様ですわ。――私は、ヴェラリエーレ・オルヒオンです。お見知りおきを」

「は、はぁ……」

「なんだ、もっと喜ばんか。わざわざ貴族の私が名乗ってやっているのだぞ?」


 そう言って、前髪を掻き上げるバルロメスさん。

 えーっと……これはどう反応したらいいんだろう?

 バルロメスさんは、口調と同じく雰囲気からして上からこちらを見ているような感じだ。

 キザな仕草が堂に入っており、男性としては長めの前髪をかきあげた瞬間なんてキラキラした何かが舞っているようにすら錯覚するくらいだ。


 なんとなく、物語で出て来る二枚目なナルシストキャラを彷彿とさせる……確かに絵になっているから、仕草は鼻に付く程ではないんだけど……。

 それからもう片方、ヴェラリエーレさんの方は長く伸ばした赤い髪を左右で結んだツインテール。

 バルロメスさんのような上からな感じはないけど、自己紹介をしながらもその視線は兄に尊敬のまなざしを向けている。

 ……仲が良さそうなのはいいんだけど、どう反応したらいいのかわからない。


 とりあえず二人は瓜二つというわけではないし、男女での違いは当然あるけど、顔の部分部分で似ているところがあるので、一目見ただけで兄妹なんだとわかるくらいだった。

 けど……以前、エッケンハルトさんが「まともな貴族家だ」というような事を言っていたけど、なんというか、貴族と聞いて真っ先に思い浮かべるような、偉そうなお貴族様を体現しているように思う。

 ここに来る途中、ライラさんから聞いた個性的な人だという話は、本当だったようだ。

 ちなみに、そんな二人の自己紹介を聞いてか、エッケンハルトさんとクレアは頭痛を抑えるように頭を押さえ、ユートさんは口元を両手で隠しながらうずくまっている。


 とりあえずユートさん、俺がどう反応していいか困っている様子なのか、アルヒオルン兄妹に対してなのかはわからないけど、笑うのを我慢しているのは見ればすぐわかるんだけど。

 体が震えているし、若干、手の隙間から声が漏れていたから――。



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■7巻口絵■ mclzc7335mw83zqpg1o41o7ggi3d_rj1_15y_1no_fpwq.jpg


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