問題のある兄妹が接近中のようでした
アルヒオルン侯爵家の現当主は女性のアリレーテという人らしい。
この国では女性の貴族家当主というのはさほど珍しいという程ではないとか。
リーベルト公爵家も今はクレアとティルラちゃんの二人の娘のみだから、次代は女性当主になるのだろうし、アンネリーゼさんのバースラー伯爵家……じゃない、今は子爵家か。
そちらはアンネリーゼさんが継げば女性当主となるわけだ。
完全に余談だが、当主の性別割合としては現状男性の方が少し多いらしいが、リーベルト公爵家とバースラー子爵家が女性当主になれば、半々くらいになるみたいだな。
「しかし、アルヒオルン侯爵家の兄妹か……むぅ」
「何かあるんですか? 母親の侯爵様が申し訳なさそうってユートさんが言っていましたけど」
ランジ村に向かっているという事は、目的はこの屋敷だろう。
カナンビスに関連して弁明なり説明なりをしに来るのかもしれないけど、ユートさんの話やエッケンハルトさんの反応、だけでなくクレアやエルケリッヒさん達も、その兄妹を知っているであろう人達の様子が芳しくない。
問題のある兄妹なのだろうか?
まぁ、行動力はリーベルト家に負けず劣らずあるようだから、そういう意味で迷惑をって事なのか。
「僕としては、面白い兄妹だと思うよ。何度か会った事があるけど、つつき甲斐があるというかからかい甲斐があるというか……」
「ユートさんがからかうって、相当だと思うんだけど」
からかったりとかちょっかいを出す事の多いユートさんだけど、むしろそれは反発を望んでの事が多い。
それによって、ルグレッタさんに冷たくされるだけでは得られない要素を得ようとしているというか……。
そのユートさんがからかい甲斐があるって一体。
さすがに、ユートさんのような趣味があるわけじゃないだろうし……ないよね?
「なんというか、誤解されやすい性格でな? 悪い人物でないのだが、うーむ」
「あの二人となると、少しだけ覚悟がいりますね」
「エッケンハルトさんとクレアはよく知っているんですか?」
「よく、という程ではないが何度か会った事がある。クレアもだな」
「えぇ。初めて会ったのは随分前ですが、その時には……いえ、何度会ってもいつも圧倒されます」
「クレアが圧倒って一体……」
「まぁまぁ、あの二人に関しては前情報がない方が、あっても同じかな? でもできるだけない方が面白い反応をタクミ君が見せてくれると思うからさ。その辺りにしておこうよ」
「……ユートさんを楽しませるためっていうのは、嫌なんだけど」
「そう言わずにさ。それに、ハルトも言っているように悪い人物じゃないよ。誤解される事はあるけど、それだけだよ。あまり重要な事じゃないからさ」
その誤解される理由が怖いんだけど……。
クレアが覚悟がいる程だから、心構えくらいはしておいた方がいいのかもしれない。
ユートさんを楽しませるような反応をしないように、くらいはな。
「ともあれさ、僕からの報告はこのくらいかな。アルヒオルン兄妹の到着は……多分そこまで遠くないかなってくらいだと思うからよろしくね」
「よろしくって言われても……はぁ」
とりあえず、数日後に貴族の兄妹が来るという事らしいから、迎える準備はしておくか。
どういう準備をすればいいかはわからないので、その辺はクレアやアルフレットさん達と相談だな。
悪い人間じゃないらしいから、滅多な事にならないといいけど……。
「あ、そういえば。こちらに来るというので思い出したけど、『国境を持たない美の探究者』だったっけ? あの人達は?」
話し合っていた事には関係ないけど、以前こちらに誰かが来るかも、と言われていたのを思い出した。
「そっちはもう少しかかるかなぁ。色々と椿油の生産量とか使用法とか、検討してまとめてからって事だね」
「……きっちり考えて来られる方が、やりにくい気がするけど。まぁそっちも仕方ないか」
「椿油を作ろうとして、タクミ君は完全にロックオンされちゃったからねぇ」
「そうしたのはユートさんが頼んだ先が原因だけども、ちゃんとしたものができてるから何も言えない……」
椿油の方は、確実に成果が出ていて屋敷内で使っている人達、多くは女性だけどその人達からの評判がかなりいい。
使っている人を見た人達からも感嘆の息が漏れる程、髪や肌艶が良くなったという声も聞くくらいだ。
元は『雑草栽培』で作った椿だけど、それくらいの物を作ってくれた相手だから、ある程度無茶を言われるのは覚悟しておこう。
……無茶を言われてそのまま受けるかどうかは別だが。
「とりあえず、さっき話したえーっと、アルヒオルン侯爵様だっけ。その兄妹が来るってのと同じように、誰かが来るとわかったら教えて欲しい」
「わかった。向こうとは引き続き連絡を取り合っているから、決まったら教えるよ。というより、向こうから催促されるくらいだからね。あ、そうそうもうこの報告会? は終わりでいいかな?」
「まぁ、他に誰からの報告とかもなければだけど……」
そう言いつつ、執務室に集まっている人達を見る。
報告会として始まったけど、どちらかというと会議になっちゃったな。
セイクラム聖王国の事とか、クライツ男爵や国の情勢のほんの一部だけれども、それが知れて俺にとっては有意義だった。
……後で、地理関係とかわからない部分はアルフレットさんやセバスチャンさんとかに聞いておこう。
「重要な報告というわけではありませんが、私から――」
話は聞いていたけど、特に参加する事がなかったルグリアさんから、森の調査に関しての報告。
これと言って真新しい情報という事はなく、本人も言っている通り重要ではなく定例報告に近かったかな。
ただ、森を抜けた先にあった野営跡など、気になる事が多い事や、調査範囲を広げるというか、方向を定めるような話もあった。
今は森を北に進むように広範囲を調べているけど、ラクトス方面ではなく、東の川が流れている方向が怪しいのではないか、という事らしい。
フェンリル達が何かを見つけた、というよりもルグリアさんなど一部の勘みたいなものらしいけど、そういうのって結構重要な発見をする事もあるから無視はできない。
まぁ、全くの外れって事もあり得るけど。
「川に近いとなると、水源で何かされているとも考えられますし、あまり気分がいい事じゃないですね。確か、屋敷の護衛の人が巡回しているはずですが?」
屋敷で使われている水道の元になるからなぁ、その川で何かされているとはあまり考えたくない。
「屋敷で使う水だからな。基本的に魔物は水源……というより川に何か悪さをする事は少ないが、何があるかわからん。フィリップ達に任せていたが、今は公爵家の兵も多いわけだし、常に見張りを置いているわけではないが、それに近い状態になっているな」
「なら、そちらには誰もいない可能性が高いですね。今までそう言った報告もないですし」
「誰かがいる、もしくは誰かがいたのなら、フェンリル達が発見している可能性も高いからな」
当然と言うか、川の巡回もフェンリル達に協力してもらっている。
こちらは調査というより、移動手段の方が意味合いが強いけど。
ただ川の近くに魔物がいた時には、フェンリル達が活躍しているとも聞くし、巡回自体がかなり楽になったらしい。
「とはいえ、川の全てを見て回っているわけではありませんから、ルグリアさんの言う通り調べてみる価値はあるかもしれません。川、つまり水があれば森の中だろうと、長期間の滞在が可能になりますから」
水はどうしても、人が活動するうえで確保が必要だからなぁ。
物資と一緒に運ぶ事もできるだろうけど、量は制限される。
なら川が近くにあった方が、補給という意味ではかなり楽になるはずだし、長期滞在も視野に入れられる。
長期と言える程じゃないかもしれないが、俺達がフェンリルの森に行った時みたいに。
というわけで、ルグリアさんの提案通り、川の方角を重点的に調べる事にした。
とはいえこれまで通り、広い範囲でランジ村から北に進むように森を調査するのも怠らないが。
人手が増えたので、少しだけ役割を別けて探索する感じだな。
「んじゃあ、これで話し合いは終わりだね。さっきの話に戻るけど、椿油の使用感ってどうなっているかな? 効果とかもだけど。向こうに使用感はどうだったかってせっつかれていてね。多くの人が使った結果を知りたいみたい」
「まるで化粧品モニターみたいだけど、試作品という事だからそういうものかな。えっと……クレア、ライラさんも他に使っている人達もですけど、どうですか? 今の所の感想でいいんですけど」
要は試作品を完成品にするため、反映させる意見を聞きたいって事だろう。
とりあえずこの場にいる人達で、主に椿油を使っている人達に聞いてみる事にした。
「私は、主に髪に使う事が多いのですけど――」
「そうですね、効果は驚く程で――」
等々、クレアを始めとした女性陣を主体に意見を聞いて行く。
マリエッタさんがかなり前のめりで、ルグリアさんとルグレッタさんも似たようなものだった。
ルグリアさん達姉妹は、騎士とはいえやっぱり女性なんだなぁ……半分くらいは、そちらに興味を示さない二人の妹であるヨハンナさんについてだったりもしたけど。
ともあれ、はっきりとした効果として髪が艶やかになり、滑らかで絡みにくくなったとか、肌もきめ細かくなった等々、美容にほぼ興味がない俺にはよくわからない事まで、意見や感想が交わされた。
あと、あかぎれなどの水仕事をして手が荒れるのも、椿油を使い始めてなくなったらしい。
皆の役に立ってくれているようで、椿を作った甲斐があった。
意外な所では、一部の女性の悩みであったソバカスやシミがなくなった、または薄くなったという話も。
言われてみれば、最近ゲルダさんのソバカスが薄くなっていたような……ものすごく機嫌がいいのを何度か見かけていて、ドジが減ったからと思っていたけど、それは椿油のおかげだったのかもな。
ちなみに盛んに女性達から意見が交わされる中、部屋にいる男性、特に椿油に興味がない人達はそんな女性陣を改めて見て感心していた。
よく見てみると、本当に髪や肌の色艶が良くなっていると気づいたらしい。
美容に興味がないと、あまりそういう部分を注視する事ってないからなぁ……俺も他人の事は言えないけど。
「うんうん、ありがとう。むこうには 僕からまとめたのを伝えておくよ」
「ユート閣下自身は強い興味があるわけではないので不安です。ですので、私がまとめておきます」
「えー、僕だってこのくらいできるよ? ほらえーっと、肌が良くなったんでしょ?」
「そんな漠然とした言葉で、女性の希望となる物の意見をまとめられるとは思いませんから」
というルグレッタさんの意見により、意見や感想はルグレッタさんにまとめてもらう事になった。
実際に使って効果を実感している人の方がまとめやすいだろうし、意見としてもためになるだろうから仕方ない。
俺も、まとめろと言われても、なんとなく髪や肌に良くて綺麗になった……程度しか言えないだろうし、興味が薄く知識が少ない人にとってはそんなものだ。
「んー……」
「どうかした、テオ君?」
執務室に集まった人達が、追々に部屋を退室した中、難しい表情で考え込んでいるテオ君を発見し、声をかける。
会議の方は、椿油の意見交換の後はレミリクタでの薬草や薬の販売に関してと、クラウフェルトの今後なども多少話し合って終了した。
今後と言っても、ある程度決まっている予定の確認くらいだけど。
「ワフ?」
レオもテオ君の様子が気になったのか、そちらを向いて首を傾げた。
「いえその、どうして皆あれだけ真剣に話していたのかなって……報告だけならそうするのも当然ですけど、まだはっきりしない事が多いのに、推測しつつ真面目に話していたので」
「テオ君としては、大人達が集まって結論が出ないのに延々と話し合いをしていた、っていう風に見えたのかな?」
「そこまでではありませんけど、はっきりわかってから話し合って決める、でいいんじゃないかなって思ったんです」
会議での話はテオ君もしっかり聞いていただろうし、真面目な性格だから聞き逃さないようにしていたんだろうと思う。
実際に、話し合いをしている最中はジッと話している人に視線を向けて、耳を傾けているようだったしな。
聞き逃しても、アルフレットさん達使用人さんが、書記として話した内容をまとめてくれているから、それを見ればいいんだけど、それはともかく。
「うーん、そうだね。確かにできれば全部わかってから話し合った方がいいと思う」
「ですよね? 報告だけして、後は確証を得てからとかでも……」
「だけど、今はある情報だけで考えて、どうすればいいか考えないといけないんだ。例えば、クレアがもしかしたらフェンリルが狙われているって気付く事ができた。可能性としてだけどね」
テオ君の言う通り報告だけで終わっていたら、シルバーフェンリルとしてのレオの事がセイクラム聖王国やクライツ男爵に伝わって何かを企んでいるかも、というだけでさっきまでの話し合いは終わっていたかもしれない。
むしろ、そこまで行かずにクライツ男爵は何を? というだけで終わった可能性もある。
けど、色んな報告を聞いてクレアが考えてくれたおかげで、フェンリル達が狙われている可能性に気付く事ができた。
もちろん本当にそうなのかはわからないし、ユートさんの話によればフェンリルがシルバーフェンリルになる可能性はないとの事で、向こうの狙いは無駄になっているとも考えられるけど。
「当然ながら、話し合っても結論は出ず、結局無駄になる事だってあると思う」
「はい」
「それでも話し合うって事は、それだけ皆が何かに対しての目的意識ができるんだ」
「目的意識、ですか?」
「うん。話し合った事で、この場にいた人達は考える事ができたよね? そうして一つの事を色んな人が考える事で、多角的にものを見られるというか……まぁ、一人や二人の意見だけで終わらないんだよ。それでね――」
ちょっと説教臭くなってしまうかもしれないけど、会議や話し合いというのは大事というのをテオ君に伝えて行く。
すでに言ったけど、それが無駄になる事だって当然あるし、意味ない会議や話し合いというのも存在するわけだけど。
でも、だからって話し合いをせずに放っておいたら、可能性にすら気付けなくなってしまうかもしれない。
「何が言いたいかというと、例えばだけど今回の件の調査に関しては、名目としては俺が中心になっているよね」
不本意というか、自分から手を挙げたわけじゃなくレオやフェンリルとの関係から、担当扱いにされているからって言うのが大きいけど。
「だからって俺が全部一人で考えて、一人で対策を練ってもいい考えなんて浮かぶとは思えない。そういう事ができる人というのはいるだろうけど……」
ワンマンの社長の中には、一人で何でもかんでも考えて決める方がいい方向へ行く、という人もいるにはいるけど、それはかなり希少だ。
一つ二つは上手くいっても、全部が上手くいくなんて事はほとんどないと言っていい、と俺は思っている――。
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