ユートさんの報告も聞きました
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「そうです、ユート様……進化や変化、という事が起こるのであればもしかしたら、と。その可能性があるにしろないにしろ、それならばフェンリルを狙ったうえで、お爺様の仰っていた王という言葉に関する話と繋がりますから」
フェンリルが進化、もしくは変化してシルバーフェンリルにか。
種族名としては、フェンリルにシルバーを付けただけだし、姿形などはほぼ一緒だ。
毛質が違ったり、体の大きさは違うけど……進化などを経たと考えると、その程度はどうにでもなるような気がするな。
ただ、クレアの考えを聞いたユートさんはゆっくりと首を振ってその可能性を否定した。
「うんとね、シルバーフェンリルとフェンリル。見た目や名称などは似ているんだけど、そもそもに存在が別物なんだ。詳しくは僕にもわからない部分が多いけど、これだけは言えるよ。フェンリルがもし進化するとしてもシルバーフェンリルには絶対ならない」
「そう、ですか」
「でも、今クレアちゃんが言ったような事を向こうが考えているかも、というのはもしかしたらいい線かもしれないね。実際、フェンリルが変化をする事はあるんだ」
「そうなのですか?」
「フェンリルが変化……?」
「とは言っても、別の種族になると言う程ではなくてね。まぁ名称とか呼び方が変わったりするけど……そうだね、同じ種族でも地方によって呼び名が違うようなものに近いかな? 方言みたいな。環境に適応して少しだけ違いが出た個体、もしくは群れが変化したと言えるのかもしれないね。それも、長年かけてじっくりとだ。劇的な変化、進化は起こらないよ。それは、他の魔物にも言える事なんだけどね」
環境に適応した結果、元よりも多少姿なり習性なりが変わって別の呼び方になる、それが変化という事なのかもしれない。
呼び方とかは確かに、場所によって変わったりもするからただそれだけって可能性もあるけど。
「ただ変化というより進化、というのは否定はできないけどね。でもそれは、数年程度でどうにかなるものじゃない。世代を重ねるごとに強くなっていくとかかな。タクミ君にはこう言えばわかると思うけど、住む場所を変え、環境に適応……海から陸に上がって長い、と一言で言えないくらいの年月を経て人間になったようなね?」
「進化の過程、というのならまぁわからなくもないかな」
アウストラロピテクス、それも進化の過程の一つだったと思うけど、そうしてゆっくり変わって人間という種に進化、もしくは変化した。
これくらいはまぁ学校で習うから知っている。
数千万ですら少ない億単位になる年月の積み重ねだから、習ったとしても実感はないけど。
「進化の過程、ですか?」
「なんて言えばいいのか、この世界はわからないけど俺が前にいた世界では、人間ははるか昔海の生き物で、ながーい年月をかけて陸に上がって、少しずつ体の形や生態を変えて人間になったっていう考えだよ」
「元は人間じゃなかったんですか?」
「そうだね……」
不思議そうにしているクレア、だけでなく俺とユートさん以外の全員だけど、まぁ進化の歴史なんてこの世界の人に話してもわからなくて当然だよな。
こちらの世界の人間が、どういう進化を経て今の姿になったのか、地球と同じとは限らないし、そういった研究が進んでいるのかもわからないし。
獣人もいるんだから、地球とは違う過程でもおかしくない。
ともあれ、進化の過程に関してはクレア達に興味があれば、知っている範囲でいずれ話すとして……。
「よくわからないかもしれないけど、本当に長い年月。数十年や数百年程度じゃきかない程の時間をかけて、変わっていくのはあると思う。実際、一部の魔物は僕が……じゃない、歴史書とかに記されているのと比べると、変わっている事もあるからね」
話を戻すユートさん。
途中で言い換えたから、長く生きているユートさんが実際に進化と言っていいくらい変わった魔物なりなんなりを、見た事があるのかもしれない。
歴史家とかに話したら、物凄い食い付きをされるだろうなぁ。
「まぁ何が言いたいかというと、ここにいるフェンリルと種族としては同じなんだろうけど、棲息する場所の環境とかで、少しだけ違ったりもするんだ。例えば――」
環境適応型、とユートさんは呼んでいるらしいけど、フェリーなど俺達があった事のあるフェンリルとは別に、違った特徴、棲息地などに適応したのがいるらしい。
例えばブリザードフェンリルと呼ばれる、年中、昼も夜も関係なくほぼ吹雪で閉ざされているような極寒の地にいるのは、体はフェリー達より半分くらいの大きさで、もっと分厚い毛皮に覆われているとか。
極寒の地に生息するうちに、寒さに適応するためそうなったと考えられているらしい。
ちなみに、そのブリザードフェンリルが歩けば灼熱の大地も氷、魔法なのかなんなのか、常に周囲へ寒気を撒き散らしている代わりに、身体能力その他は外敵が少ない影響か、フェリー達のようなフェンリルより劣るとか。
ユートさんは書物で知ったと言っているけど、実際に見たんだろうなぁ……話している時、思い出すようにしながら寒さで体を震わせていたから。
そしてまた別の例として、フレイムフェンリルというのがいるらしい。
こちらはブリザードフェンリルとは逆で、灼熱の……活火山の火口などに棲息していて、氷の大地を融かす程の熱を撒き散らしているとか。
体はフェリー達どころかレオよりもさらに二回り以上大きく、赤い毛は燃え盛る炎のようだとの事だ。
身体能力などはこちらも通常のフェンリルより劣るらしいけど、どちらにせよ何も対策がなければ近付くだけで危険だ。
こちらも体験談っぽく聞こえたから、実際に見た事があるんだろうなぁ。
人間が近付ける相手じゃない気がするけど、何かの魔法とかで対処していたんだろう。
「極端な話だけどね。それらも結局、フェンリルがそういった環境の場所に近付いたからそうなったわけじゃなくて、少しずつ棲み処を移して近付くごとに、体の変化をさせて行った。もちろん、数十年どころじゃない長い年月をかけて、ね」
ちなみにだけど、そういった同種のようだけど環境に適応して、ほぼ別種族のようになったのは、フェンリルに限らず他にもいるらしい。
それについては、読書家というか知識を得て誰かに説明する事が好きな、セバスチャンさんとかは知っていたようだ。
まぁ、あくまでそういう事がある、そういう種族もいる、というくらいの知識であり、本で読んだ知識というくらいのようだが。
「ユートさんの言う通りなら、フェンリルがシルバーフェンリルになる事は……」
「シルバーフェンリルについては、わからない事が多いから絶対にない、と断言はできないけど。でもほぼないだろうね。少なくともいきなり進化するなんて事はないと思うよ」
「そう、ですか。私の考えは間違っていたのでしょうか?」
「うーん、推測ばかりだから間違ってしまうのも仕方ないとは思うけど、でも少なくともクレアが言うフェンリルが狙われている可能性、というのは否定できないと思う」
「そうだね、僕もタクミ君の意見に賛成だよ。魔物の進化や変化というのは、間違いない情報というのがほぼないと言っていい。だから、セイクラム聖王国がフェンリルに対してクレアちゃんが考えているような望みを抱いていてもおかしくはない、かな」
俯いて少し落ち込んだ様子のクレアに対し、俺とユートさんでフォローする。
実際ユートさんによってフェンリルがシルバーフェンリルにというのは否定されたけど、それはあくまで千年以上生きてきたユートさんがいたからだ。
セイクラム聖王国は古い国ではあるけど、ユートさんのような人はいないはずだし、国の名前が出てきた時の皆の様子を見るに、そう言った情報を共有しているとは思えない。
だから、向こうがフェンリルに対してもしかしたら……なんて考えている可能性はある。
「とはいえ、だったら何故ここにいるフェンリル達を狙うのか、という疑問にもぶつかるのだがな。フェンリルであれば、フェンリルの森にいるのだし、そちらでも良いはずだ」
「確かにお父様の言う通りですね。むしろ、あちらなら人が入る事もほとんどないので、わざわざこちらに悟られるような事をしなくてもよくなります」
「でも、セイクラム聖王国ならあり得なくはない。そのあり得なくはないというのが、もしかしたらを感じさせるから、外せないんだけどね。そうだよね、エルケ?」
「ですな。かの国は我が公爵家程ではありませんが、シルバーフェンリルを特別視しています。むしろ、レオ様がいるからこそ、その近くにいるフェンリルを狙ったとも考えられます」
エルケリッヒさんが言うには、セイクラム聖王国でシルバーフェンリルに対する扱いは、この世界の象徴とも言えるらしい。
崇めているという程ではないようだけど、誰にも従わないシルバーフェンリルを従える事こそが、この世界の覇権を握る……はっきりとそう明言されているわけではないけど、そう言うのと似たような事を考えられているとか。
それなら下手をすると俺がそういう目で見られるんじゃ? と思ったけど、あくまであの国が世界の中心であり、ギフトを持っている俺は論外にされるだろうと。
さらに言えば、あの国の王族というか国王がそうする事で、意味が出るのだという事だと。
まぁ、変に担ぎ上げられるわけじゃないようでホッとしたけど、だからこそ王を迎えるとか、エルケリッヒさんが調べた言葉に繋がるような気がして、安心はできなかった――。
――とりあえず、フェンリルが狙われている可能性を考えて、多少の話し合いを済ませた。
兵士さん達を軽々と蹴散らすフェンリル達に対して、何ができるわけではないけどまぁ注意して周囲を見ておく、という程度だけど。
村の周辺には多くの兵士さん達が駐屯し、レオやフェリー達など、気配や臭いに敏感なフェンリル達が多くいるのに、これ以上の警戒はできないだろうって理由が大きい。
一応フェンリル達には、フェリーを通して注意は促しておくけれども。
「さて、最後は僕からの報告だね。こっちは、続々と各貴族からの連絡が来ているけど、セイクラム聖王国やフェンリルに繋がるような話はないかな」
随分と長い会議になってしまったけど、最後の報告としてユートさんから。
国内の公爵家を除いた全貴族に対して王家を通じて連絡を取り、カナンビスとの関わりを調べてくれていたはずだ。
多くの貴族からの連絡があり、ここで一旦報告という事みたいだな。
ただ、セイクラム聖王国とのつながりが疑われるクライツ男爵も含め、どの貴族もカナンビスに対して所持や使用など不審な点は今のところなかったらしい。
「まぁ、クライツ男爵もそうだけど誤魔化そうとしている可能性は否定できない。さすがにまだ全てを精査できてはいないからね。ここまでの話から、クライツ男爵からの返答に関してはもう一度確認してみるけど、とりあえず怪しい点はなかった」
「それじゃあ、ユートさんからの報告は芳しい物はないって事かな?」
「それがそうでもなくてね。セイクラム聖王国に繋がるかはわからないけど、カナンビスに関しては進展があったと言っていい」
「え? でも、関わりがあるかはわからないって今……」
「直接はね。でも、そのカナンビスの群生地を領地に持つ貴族がちょっとね」
カナンビスの群生地……クズィーリさんが発見したわけだけど、その場所を治めている貴族に何かわかった事があったのだろう。
「カナンビスの群生地という事は、アルヒオルン侯爵の領地ですな?」
「うん、そうだね。クズィーリちゃんから聞いた通り、カナンビスの群生地が見つかって対処してくれたようだよ」
アルヒオルン侯爵、リーベルト公爵領からずっと北、国の北東部分にある大穀倉地帯を領地に持つ貴族で、他にも作物を多く作っており北の台所とも言われているらしい。
国の北部で賄われる食糧の多くを担っている領地で、農業が主な産業で領民は農業に従事する事がほとんどなためか、口さがない貴族からは揶揄される事もあるらしいが、表立って対立するような事はないとか。
まぁ、自分達の領地の食糧事情が悪くなる可能性があるのに、下手な攻撃はできないよな。
クズィーリさんは、そのアルヒオルン侯爵領でカナンビスの群生地を見つけたらしく、その事はラクトスへ出発する前にエッケンハルトさんと共に聞いていた。
公爵領から侯爵領へ向かうのなら、ラクトスを経由せず東から北上するのが近いという位置関係だ。
もしかしたら、カッフェールの街に出入りしていたというクライツ男爵の関係者と思われる人達は、アルヒオルン侯爵領を通ってカナンビスの採取をしつつ移動していたのかもしれない。
ちなみに、公爵家との関係は良好な方でユートさん曰く「まともな貴族」であるとか。
「それなら、新しくカナンビスが採取されて使われる事がなさそうで、良かった」
「うん。これで誰が何を考えていようとも、既に作ってあった薬を使ってでしか行動できなくなったわけだね。まぁそれは最初からそうするつもりだったからいいし、対処したのを確認した報告も聞いたから、おそらくアルヒオルン侯爵はこの件に関わっていないと思う」
他に群生地を見つけていたら別だろうけど、アルヒオルン侯爵領にしか安定してカナンビスを入手する手段がなければ、原料入手経路を絶てたわけだ。
既に採取し薬にされた物は別だろうけど……痛手を負わせたとも言える。
だから、ちゃんと適切に対処してくれたアルヒオルン侯爵は潔白でもあると。
じゃなければ、のらりくらりとかわすなりで対処の時期を延ばすくらいはしているだろうし。
「疑われないためにそういう振りをしている、って事もあるけど……これに関しては疑い出したらキリがないからね。とりあえず問題ないって方向で。あと、もう一つそう言える判断材料があるんだけど」
「もう一つ?」
「うん。判断材料があるというか、判断材料が来るというか……」
「来る?」
あるではなく来ると言い換えたって事は、物ではなく人って事かな?
「アルヒオルン侯爵現当主、アリレーテ・アルヒオルンの息子……と娘がね」
「当主の息子と娘、貴族令息と貴族令嬢がここに?」
「そう。連絡を取り合って、というかカナンビスの対処に関する報告をこちらに寄越すのとほぼ同じくして、ランジ村を目指して出発したそうだよ。母親のアリレーテからは、申し訳なさそうな連絡が届いたんだ」
「申し訳なさそうなって……というか、母親?」
「アルヒオルンの現当主は女性だ」
「成る程。言われて見れば確かに女性名っぽいですね」
アリレーテ侯爵、日本名じゃないからぼんやりとしか感じないけど、女性名っぽくはある。
この国の貴族家は、男女問わず当主になれるため、男性が生まれないから存続が危ぶまれるという事がない。
その分、子供に恵まれなかったり、逆に子供が多いと色々と問題が発生する事もあるらしいけど。
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