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エッケンハルトさんが調べた報告では、カールラさんが働いていた所でも同じく二つの紋章が目撃されており、クライツ男爵の使いの者達というのが関わっているのがわかった。
カールラさんを雇っていた人、つまり村の方の人と、カッフェールの街の商店をやっていた人達、店主のハンボルトという人だけでなく、店員の一部も既に公爵領にはいないらしい。
公爵領内で雇い、ただの人足……人手としていた人はカールラさんのように何も知らされず突然解雇されたようだけど、深く関わっていると見られる人達は、全員が公爵領から出ているとの事だ。
さらに言えば、公爵領を出てから先の足取りはわからないが、出たのは使いの者達が来たすぐ近くの隣領であるアレント子爵領へと向かったのがわかったとか。
「足取りを追うには、隣領に手を伸ばさねばならず、少々時間がかかる。今の段階ではここまでだな。何も告げず、フェンリル達を隣領に向かわせるわけにもいかんしな」
「そうですね」
さすがに、公爵領内であれば当主や公爵家の人達が許可してくれているけど、他の貴族領にフェンリル達に人を乗せて向かわせるわけにはいかないよな。
驚く、ってだけで済む気がしない。
「さて、クライツ男爵家の関与が確定したと言えるが、カッフェールの街にあった商店で扱っていた商品だが……こちらは特に問題があるような商品はなかったようだ。まぁ、表向きはな」
「表向きは? という事は……」
「実際に扱っていたわけではないようだが、情報を集めていたようだ。まぁ、他領と関係する者が商売をしつつある程度の情報を集めようとする、というのは大なり小なりある事だが。まっとうな商売であれば、黙認されている。基本的には敵対などではなく同じ国の貴族なのだからな」
以前密偵の話を少しだけ聞いたけど、それに近い活動か。
まぁ、犯罪なんてしていなければ、商売をしているだけとも言えるし罰したり禁止はできないだろう。
とはいえ、情報を得るためとエッケンハルトさんは言ったけど、実際はただ支店を別の貴族領、というより別の街に出すような感覚で、それくらいなら目くじらを立てるような事でもないらしい。
直接かかわりがなくても、複数の貴族領を跨いで商売をする人なんてのも多くいるみたいだから、扱いとしてはそれとほぼ変わらないんだろう。
「でもここでエッケンハルトさんが言及するという事は、その集めていた情報に何かあるんですね?」
「うむ、さすがタクミ殿だな。その商店が求める情報というのは、カナンビス、もしくはそれを使った薬に関してらしいのだ」
「っ!」
ようやく出てきた、カナンビスという言葉。
カッフェールの街の商店はクライツ男爵と関係しているのだから、つまりそれは、カナンビスを探していたのがクライツ男爵だという事でもあるわけだ。
「誰にでも、というわけではないようだが、一部の出入りの商人、仕入れ先などには雑談を装って聞いていたようだな。例えば、禁止されている物なので、知らずに近付かないように、もしくは仕入れの物に紛れ込まないようになどだ」
「相手を疑うような話になりそうですけど……あぁ、逆にそうして自分達への疑いをされないようにってわけですか」
「おそらくな。それで取り引き自体がなくなっても、表には出さずとも後ろ盾にはクライツ男爵がいる。店としての採算は重要視していなかったのだろう」
商売には信用が大事だから、やたらと疑って来る相手と取り引きするのは嫌って言う人もいるだろう。
けど、採算を考えずにそれでいいと、探っていたのかもしれない。
それか、雑談に交えてという事らしいから、自分達が疑われないように誘導しつつ、言葉巧みに嫌な気にさせないようにしていたとかかもな。
「そうして情報を集めていた時に、クズィーリさんがカナンビスを見つけてしまったと……」
「だろうな。カナンビスは所持しているだけでも罰せられるが、それと知らず群生地を見つけただけでは問題にならん。まぁ、カナンビスの群生地をどうするかという問題はあるがな」
「結果的には、群生地はリーベルト公爵領とは別ではあったが、見つかってしまったわけか。そうなると、邪推するならば此度の件の全ては裏でクライツ男爵が糸を引いているのかもしれんな」
「はい、父上。報告を受けた私も、そう感じました。ただ、目的が定かではないのですが……」
「確かに、フェンリル達というか一部の魔物に効果を示す薬を作って、わざわざここから北の森で試す。薬の効果を調べるためとかはありそうですけど、それならこちらでやる必要もありませんしね」
ランジ村の北で薬を散布し、魔物をどうこうするための理由がわからない。
フェンリル達なら、体調を崩す程度で他の魔物みたいに興奮状態になるとかはないわけだし。
いやまぁ、実際に直接カナンビスの薬の効果を間近で受けたら、フェンリル達も同じ事になる可能性がないとは言えないが……。
「近場でならまだしも、足取りを隠す工作までして遠く離れたこの場所で試す意味があまり……」
フェンリル達がここにいるというのは、これまでの調査でなんとなく向こう側も知っているだろう、と予想はできる。
それなら標的はフェンリル?
別邸近くにあるフェンリルの森にいる、他のフェンリル達はどこにいるか探す事から始めないといけないだろうし……。
標的がフェンリルだとするなら、わかりやすく一つの場所にいるこの場所はうってつけかもしれない。
ただそれも、どうしてフェンリルを標的にするのか、という理由などはわからないんだけど。
「さすがに、目的や理由などはこちらの調査ではわからなかったな。直接関わっている人物と接触できなかったからだが……」
「それでも、クライツ男爵が関わっているとほぼ確定的ですから、調査した甲斐はあると思います。森の方は、なんらかの異変や人が関わっているくらいしかわかりませんでしたし」
「まぁ、街などで動けば誰かが見ているものだからな。父上が言ったように迂闊な部分はあるにせよ、完全に秘匿しつつ動く事はできんさ。それも、握りつぶす事の難しい他領での事だからな」
「そう、ですね」
「ふむ……こちらもまだ確定とは言えないが、目的や理由に近い部分は私からの報告になるだろうな」
エッケンハルトさんの報告からは、これ以上確定的な事は出て来ないと考えたのか、次はエルケリッヒさんからの報告に移り替わる。
こちらは、セバスチャンさんも交えての報告になるようだ。
「まずは、大旦那様が放った密偵が中継し、迅速に情報をこちらへ伝えるよう優先させました」
「要は、クライツ男爵領へ向かった者とは別に、途中途中にいる者が連絡をよこすという仕組みだな」
……情報だからちょっと違うかもしれないけど、バケツリレーみたいなものだろうかと頭の中でイメージしておく。
ともあれそうする事で、調査に行った人がこちらへ戻って来なくても報告を伝えられ、伝達が早くなるという事だ。
「クライツ男爵領での報告の前に、近場……ラクトスでの情報になりますが、こちらにも関係者は来ていた模様です」
「ラクトスにもですか?」
ランジ村から一番近い中継地でもあるラクトス。
噂などでは特に怪しい物がなかったと聞いているけど、調べてみると何もないというわけではなかったらしい。
まぁ距離が近いから、こちらの様子を窺ったり、調査したりするための拠点としては一番なんだろう。
その分、俺達の方にも情報が漏れやすいとも言えるけど。
「ラクトス側を避けて、わざわざ迂回するようにカッフェールの街に行っていたのに、ラクトスにも関係者が来ていたんですか」
「別働隊といったものなのかもしれませんな。ただラクトスの方では目立った動きはなかったようで、そのためカレスなどの商人の間でも何かしらの噂にもならなかったようです」
「肝心の、ラクトスで何をしていたかだが、あくまで物資補給拠点と言った内容の動きみたいだな。食糧その他を買い求めているくらいで、数日滞在しては西側へ街を出るだけだったらしい」
「西側へ? こちら……ランジ村方面というか、森で何かをという事なら東側になるのではないですか?」
ランジ村はラクトスの東であり、北の森に入るためにも東に抜けなくてはならない。
西からだと遠回りなうえに、ラクトスの北はラーレのいた山になるわけで……多分通る事ができなくはないんだろうけど、それでも無駄に日数がかかってしまう。
「偽装工作、なのだろうな。東側に用があるとは思わせないようにだ」
「はい、大旦那様の仰るように、その者達は東から街に入り、西に抜けたとの事です。ラクトスを通り抜ける者の多くと変わらない動きになりますね。ただその後の足取りは別ですが」
ラクトスは北に山、南に森が挟まれていて、途中に通りかかる街として発展した、と以前聞いた。
西から街を出たなら街道はそのまま、別邸の近くを通って――と言っても、街道と別邸は馬で十分以上移動しないと見えないため、街道からかなり大きく外れなければ別邸などは遠目にも見えないくらいだけど。
ともかく街道はフェンリルの森から少し離れた場所を北に曲がり、そこからこの国の王都へと繋がっているらしい。
村などが点在していて、今はある程度そこへ向かう街道が整備され始めているが、基本的には東からラクトスに入り西へ抜ける人はそのまま王都方面へと行く事になる。
ちなみに、その関係者だというのがわかったのは、偶然男爵家の紋章を所持しているのが目撃されたからだとか。
こちらは王家の紋章を持っていたかは定かではないし、男爵家の紋章を見せて何かをしていたわけではないようだけど、それを持っているという事は関係者で間違いないんだろう。
「その後の足取りというのは?」
「通常ならば、そのまま街道を行きます。が、その者達は南から街を迂回していたとの目撃情報がありました」
「南に……」
フェンリルが多いため、ラクトスを抜ける時は俺もフェンリル達に南の森を抜けてラクトスの東に出るように、とした事があるけどそれと似たようなものか。
南に森があると言っても、ラクトスの外壁と森の間には隙間があるし、そこを通ったんだろう。
外壁から外を見張っている人などに目撃されていたのかもしれない。
逆に北側は隙間が狭く、街近くは森より魔物が少ないらしいが、外壁付近でも平たんではないので通り抜けるのは一苦労だとか。
物資を買い込んで運んでいるという事なら、荷馬車とか馬があるだろうしな。
「用心はしていたようだが、さすがに全てを隠す事はできなかったようだ。まぁ、本当に用心しているなら森の中を通った方が良かったのだろうが、魔物と遭遇するのを避けたのかもしれぬな」
「森の中には魔物がいますからね」
もちろん、近くに街があって人が住んでいるわけで、定期的に兵士さん達が見回っているし、あふれかえる程ではないんだけど、浅い部分に魔物が出て来る事だってある。
可能性としては低くても、ないとは言えないので避けるのはおかしい事じゃないか。
「この事から、ラクトスに来ていた者達は魔物と戦うのには慣れていない可能性があります。あくまで可能性ですが。買い込んだ物資を持っていたから避けていた可能性もあります」
「そうして、通常とは違う方法、街中を通らずに偽装をしたうえで東に抜けた者達は、街道を往く者達に紛れたそうだ。今のところはそこまでしか追えておらんな」
「そうですか……東に抜けたという事は、森で活動していた誰かのための物資を運んでいたのかもしれませんね」
「うむ。まぁ、その者達からはカナンビスとの関連を匂わせるなどの迂闊な行動はなかったが、関係している可能性は高いだろう。そして、肝心のクライツ男爵領についてだが……」
ラクトスの報告が終わり、続いて男爵領の話に移るエルケリッヒさん。
報告の本番だという事で、エッケンハルトさんを始めとした皆が居住まいを正す。
あのユートさんですら、静かに聞く体勢だ……隣のルグレッタさんに注意されたのかもしれないが。
「男爵領の様子自体は特筆すべき部分はないな。この国にある街などとそう変わらんだろう。まぁ、小さな村も含めて全てを調べれば別かもしれんが」
「さすがに、この短期間で全てを調べるのは難しいですからね」
そもそも、かなり距離が離れているクライツ男爵領だ、多少なりとも調べた調査報告が現時点で来ている事自体、かなり急いだ結果なんだからな。
電話とかの通信網があれば別だろうけど、さすがになぁ。
「クライツ男爵自身も慎重に行動しているのだろう。ただ……」
「ただ?」
「……杯の紋章を掲げている商店などが多くなっていた」
「杯だって!? 本当に、エルケ!」
杯の紋章、という部分に大きく声を上げるユートさん。
これまでエッケンハルトさんの話などもおとなしく聞いていたのに、突然の反応だ。
杯に何かあるのだろうか? と思うけど、ユートさんの反応をルグレッタさんがたしなめておらず、むしろ同じく驚いている様子だったから、それだけの何かがあるんだろう。
「報告にはそうありました」
「成る程……ちょっと繋がって来たよ」
「えっと、その杯の紋章というのには何かあるんですか? 珍しいとか?」
「紋章自体は、まぁ珍しいという程の物でもないだろうな。探せば、ラクトスでも二つ三つは見られるぞ」
「そうなんですか? でしたら何故そんなにユートさんが驚いて……」
「以前、タクミ君にも話したと思うけど……ギフトなどを嫌う考えがあるって。杯の紋章は、それの最たる考え、ちょっと極端な考え方をする国の紋章なんだよ」
「ギフトを嫌う……他国なのに、なぜその紋章が?」
確か、元ある世界の形が一番だとかそういう考えで、異世界から来た人物が持つギフトを忌み嫌っているとかだったかな。
それにしても、ラクトスでその紋章には気づかなかったけど、他国に関係する紋章が何故こちらの国の街、それも商店とかにあるんだろうか。
「国としての国交はあるからね。向こうの国の関係者、出身者がお店を開いて掲げる、というのはある事なんだよ。紋章としては杯だけで、完全じゃないから国営ではないけどって意味もあるんだけど。探せば、こちらの国の紋章に近い物も、他国で見られるよ」
「完全な紋章は、杯を中心にしつつ、雫が杯に向かっている、といった紋章だなタクミ殿」
「杯に雫……」
頭に思い浮かべやすいけど、なんだろう……杯を冠するだけで、聖杯という単語が頭に浮かんだ。
神の雫が聖杯に満たされる、なんて意味がありそうだ。
いや、この世界に来て神という単語自体は、ギフトの神の贈り物という部分でしか聞いたことがないけど。
ギフトが神の贈り物なら、それに忌避感を抱いているからそれとは違うのか? それか、ギフトが神様からのというのを認めていないって可能性もあるか。
「セイクラム聖王国。国王を聖王陛下と呼んで、声高に世界の中心にある国の紋章だね」
ちょっとした森の異変から、クライツ男爵領というだけでも話が大きくなってきているのに、さらに他国まで関わって来ているとは……。
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