宴もたけなわでございました
「はっはっはっは!!」
ハンネスさんとの挨拶を終えたと思ったら、大広間の中央付近で大きな笑い声が響いてくる。
エッケンハルトさんの物だけど、エルケリッヒさんや村の人達が混じって、お酒の飲み比べが行われているようだ。
「ぬむぅ、まだまだ若いもんには負けんぞ!」
「村一番の酒飲みとしては、負けるわけにはいかないのです!」
「旦那様と大旦那様には申し訳ありませんが、ここで負けてもらいます!」
「はぁ、いい加減にしなさい!」
「……あちらは、盛り上がり過ぎですね」
「ははは、こういう時だし少しくらいはいいんじゃないかな。マリエッタさんが見張っているから、酷い事にはならなそうだし……多分」
溜め息混じりのクレアだけど、厳しい目でマリエッタさんとその使用人さん、お付きの人であるハイディさんが見ているから、やり過ぎる事はないだろうと思う。
マリエッタさんが怒る事態になる可能性は、否定できないけど。
非番なのか、無礼講というのもあってフィリップさんも参加しているけど、ヨハンナさんに怒られているな……ヨハンナさん、お疲れ様です。
さらに、その場所に大皿に料理を盛ったユートさんが近付こうとしているのを、ルグレッタさんが止めていた。
ユートさんは俺と同じくギフトを持っていて、酔う事がないから参加するのはズルいだろうに……。
酒場とか、そういう場所で盛り上がるのが好きそうだから、参加したかったんだろうけども。
「私を酔わせて、何をしようとしているんですかぁ? んー? ふふふー、いいんですよー、ニコラさんならぁ」
「い、いや、某は何か不届きな事をしようなどとは……」
また別な方では、酔って赤い顔のコリントさんがニコラさんに絡んでいるのが見えた……コリントさんは絡み酒か。
ニコラさんはお酒とは別の意味で顔を赤くしているけど、積極的なコリントさんにたじたじではあっても、嫌がる雰囲気はこれまでもないので、頑張って欲しい。
「あの二人、もうそろそろ決まってもいいんじゃないでしょうか?」
「そうですな、ニコラの方を誰かが背中を押す必要がありそうですが……見ていて長く楽しめそうでもあります」
「ふふふ、やきもきしつつも、それすら楽しむセバスチャンさんは上級者ですね」
「なんのなんの。エルミーネさんこそ、お酒が進んでいるようですお楽しみではありませんか」
「……あっちの二人の会話は、あまり気にしない方がいいかもしれないね」
「そう、ですね。エルミーネとセバスチャンの意識がこちらに向くと、それはそれで面倒な事になりそうですし」
コリントさんに絡まれるニコラさんを、いまだかつてない程ニコニコした笑顔で見ながら、グラスを傾けているのは、セバスチャンさんとエルミーネさん。
その周囲には、数人の賛同者が集まっているけど……年嵩の古くから公爵家の使用人を務めている人が多いかな? 従業員さんもいるけど。
人の恋愛模様を生暖かく見守るのが娯楽になっている同志たち、なんだろう。
あまり気にしてこちらに意識が向いてしまうと、俺とクレアが巻き込まれるのは間違いないから、クレアと示し合わせて少しだけ距離を取っておく。
こんなに大勢が集まっている中で、囃し立てられる可能性は避けておいた方がいいだろう。
「ママ、こっちこっち!」
「ガフ!」
「シェリー、こっちですよー!」
「キャフ!」
「ははは、あっちはレオとシェリーにソーセージを上げるのが遊びになっているみたいだね」
「ふふ、そうみたいですね。シェリーが食べ過ぎないといいのですけど」
他方、子供達が集まっている場所では、リーザやティルラちゃんを含めた子供達が、手ずからソーセージを上げているのが見えた。
楽しそうに笑っているから、遊びの延長になっているんだろう。
「あ、ママ! 私の手まで食べちゃだめだよ!?」
「ワフゥ?」
時折レオがわざと、リーザや子供の手をソーセージごと咥えているけど、わかっててやっているようだ。
牙を立てたらひとたまりもないから当然なんだけど、痛がる様子はないからレオの方も遊び感覚なんだろう。
まぁシェリーはともかく、レオの体の大きさだとリーザ達があげるソーセージじゃ、あまりお腹は膨れないからってのもありだそうだが。
「皆楽しんでいるね。この屋敷に引っ越して来たばかりの頃はどうなるかと思っていた部分もあるけど、様子を見る限り大丈夫そうだ。皆慣れてくれている」
「えぇ、そうですね」
一部、公爵様であるエッケンハルトさんが率先して輪の中に入っているため、未だに畏れ多いと考えている様子の人もいるにはいるけど、それでも食事はいつも皆で取るという成果もあるのか、和気あいあいとした雰囲気が大広間を満たしている。
使用人さん達には悪いけど、見守ってもらっているのもあるんだろう、羽目を外し過ぎている人もいないようだし、こうして和やかな雰囲気で集まれるというのはいい事だと思う。
この屋敷に移り住んだ頃は、まだまだ不安が多かったけど……この分なら大丈夫そうだ。
それは多分、働いてくれる従業員さんだけでなく、レオやクレア、それに公爵家の人達に使用人さん達の尽力あっての事だろうけど。
「さて、そろそろ皆の挨拶に行こうか」
「はい。さすがに、このまま全体を見ているだけというわけにはいきませんからね」
クラウフェルト商会の決起集会であり、その運営は俺とクレアだ。
その二人が、見ているだけで終わるのはさすがにな。
全体への挨拶は済ませたけど、個別に挨拶くらいはしておかないと……。
「ぬははははは! フィリップ、まだまだ私は負けんぞ!」
「旦那様、さらにお酒強くなっていませんか……? うぅ」
「無理に張り合おうとするからですよ……」
「……んー、あっちは、最後にしよう。今行くと巻き込まれそうだし」
「そ、そうですね。すみません、お父様が……」
盛り上がり過ぎている、というか使用人さんが止めていいのかどうか困惑している、エッケンハルトさん達の飲み比べは、巻き込まれたり酔った勢いで絡まれると挨拶では済まないので、最後に回す事にした。
あれを止められるのは、エルケリッヒさんやマリエッタさん、それからセバスチャンさんくらいだろうな。
エルケリッヒさんは参加者だし、マリエッタさんは場をしらけさせないために後でだろうし、セバスチャンさんはまぁ、エルミーネさんと観察に勤しんでいるから望めないだろうけど。
……セバスチャンさん達の方も、後回しだな。
クレアと顔を見合わせ、苦笑いし合ってグラスを持ったまま、別の人へと歩き出した――。
「よし、っと……正式に開始、といってもいきなり大きくやる事は変わらないな」
宴会、もとい決起集会の翌日。
いつものように薬草を畑で作って一息。
正式に商会が開始されたと言っても、毎日のやる事が大きく変わるわけじゃない。
基本的に俺は、様子を見ながら『雑草栽培』で薬草を量産しつつ、通常栽培などの方の研究と今後の予定などの確認だ。
「土を入れ替えた部分で薬草を育てても、土が枯れるまでは行っていませんね」
「やはり、休耕……つまり休ませているのが良いのでしょうな。あと、入れ替える土も養分を多く含んだものを選んでいますので」
今作った物とは別に、数を順調に増やす薬草に水をやりつつ管理をしてくれているペータさんと話す。
入れ替える土の方は、腐葉土など植物にとっての栄養を多く含んだものを、あらかじめペータさん達が用意してくれている。
『雑草栽培』での薬草作りに使った後の畑は、手入れをしていないと砂漠化するように枯れた土になってしまうけど、栄養を多く含んだ土ならば大きな変化はない。
そのうえで、最低でも数日休ませつつ栄養のある土に入れ替えて、何度でも使えるようにというわけだ。
まぁ本来はもっと休ませる予定だったけど、試験的にいくつかの面を使って、短期間でどうなるのかを見ているんだが。
「うぐぅ……頭が揺れる……」
「う、うぅ。なんで私まで……」
「あれ、エッケンハルトさんとデリアさん。早いですね。というか、珍しい組み合わせですね」
ペータさんとあれこれ話していると、屋敷の方からふらふらとエッケンハルトさんが出てきた。
何故かデリアさんも一緒だ。
朝が弱いエッケンハルトさんが起きて来るには、ちょっと早めだと思うけど……まぁ様子を見るに、二日酔いっぽいな。
デリアさんの方も同じく二日酔いっぽいけど、どちらかというと、エッケンハルトさんに連れられている方が堪えているように見える。
尻尾も萎れて垂れさがっているな。
「タクミ殿か。いやなに、もう一度寝ようとしても頭の中が揺れるようで、寝れそうにもなかったからな。気分を晴れさせるために外へと来たわけだ。デリアは、私と同じように少しふらふらしていたからな、ついでだ」
「巻き込まれました。いえ、私も外の空気を吸って、気分を晴れさせられればと思っていたところなので、ちょうど良かったのですが」
「そ、そうですか」
二人共単純に、二日酔いの気持ち悪さをなんとかするために、外の新鮮な空気を吸いに出てきただけみたいだ。
デリアさんは巻き込まれたのもあるみたいだけど、どちらにせよ外に出ようとしていたらしい。
ちなみに、デリアさんは昨日の決起集会で最初は楽しく飲み食いしていたようだけど、途中からエッケンハルトさんに捕まって、大量に飲まされていた。
デリアさん自身もお酒は嫌いではないようではあるけど、リーザの方に行こうとして不用意に中央、つまりエッケンハルトさん達が飲み比べしている場所を通りかかってしまったってわけだ。
まぁさすがに、本気の飲み比べに参加したわけではなく、多少深酒をしてしまった程度のようだけど。
……俺やクレアは挨拶回りをした後、庭に出て兵士さん達やフェンリルの様子を見て回ったりしていたから離れられたけど、朝には大広間で酔って寝こけた人がゴロゴロ転がっていた。
朝起きて様子を見に行った時にデリアさんはいなかったけど、エッケンハルトさんやフィリップさんも混じっていたようだけど、見ないようにしてそそくさと朝食に行ったのは本人達には内緒だ。
「ふむぅ、タクミ殿。二日酔いに効く薬草はないのか?」
「まぁ、探せばあるかもしれません。ただ、薬草に頼らなくても他の方法でいいと思いますけど……」
「ぬぅ」
専用ではないが、二日酔いの対処のために鎮痛薬とか胃腸薬を飲むとかは日本にもあったし、探せば似ている効果の薬草はあるんだろう。
というか、二日酔いに使えるかはともかく、効果としては鎮痛作用や胃腸を整えるような薬草はあるし、さらに効果を高めた薬もある。
クラウフェルト商会でも扱う予定で、既にある程度ミリナちゃんに作ってもらっているけど……わざわざ薬に頼らなくとも、他の方法でなんとかした方がいい気がする。
「確か、味噌汁がいいって聞いた事がありますね。実際、二日酔いになった時は味噌汁が特別美味しい気がしますし」
「タクミ殿も、経験があるのか?」
「今は酔えないので二日酔いもありませんけど、以前に何度か」
ギフトのおかげだけど、以前は二日酔いだけでなくお酒を飲まされ過ぎて酷い事になった経験もある。
あの時は、翌日の味噌汁……時間がなくてインスタントだったけど、格別に美味しかった気がするな。
それよりもなによりも、二日酔い状態ではしゃぐレオを散歩させた方がつらかったが。
吠えられると頭に響くし、走ろうとするレオについて行かないといけないしで……いや、レオは悪くないんだけどな。
「味噌汁、ですか。ちょっと、厨房に聞きに行ってきます」
「あぁ、今朝は味噌汁が出ていたので、もしかしたら余りがあるかもしれません。もしなかったら、とにかく水を飲む事と、塩分を取るのがいい……んだったかな?」
アルコールの分解に水分と塩分が取られて排出されるはず。
だから、不足した分を補うために味噌汁が美味しかったのかもしれない。
ともかく、屋敷に戻ろうとするデリアさんに後ろから一応声をかけておいた。
「パパー!」
「ワフー!」
「ぐっ、ぬむっ!」
デリアさんを見送っていたら、こちらに駆けて来るレオに乗ったリーザが大きく俺を呼ぶ。
俺が作業をしている間、レオはリーザを連れてそこらを適当に散歩気分で走らせていたんだけど、戻って来たらしい。
大きな声のリーザとレオの鳴き声が響いて、何やらエッケンハルトさんが悶絶しているけど、我慢してもらうしかないな。
ちなみに、屋敷に戻ろうと歩き出していたデリアさんも、遠くの方でしゃがみ込んでいるのが見えたから、あちらまで響いてしまったんだろう……もう少しで屋敷だから頑張って!
「ワフ、ワフッ! ハッハッハッハ!」
「おー、楽しそうに走ってたなぁレオ」
パンティングしながら戻って来るレオを迎えて撫でてやる。
楽しく走ったからか、尻尾もブンブン振っているな。
「ママいっぱい走ったねー!」
俺の真似をしてか、リーザがレオに乗りながら背中を撫でる。
が、テンションが高いためその声は大きく……。
「ぐ、ぬぅ……」
エッケンハルトさんの耳、というか頭には強く響いたようだった。
「リーザ、エッケンハルトさんが辛そうだからもう少し声を小さくな。まぁ、自業自得と言えるんだけど……」
付き合いとかで誰かに飲まされたとかではなく、あくまで自分から大量にお酒を飲んでいたからな。
二日酔いになってしまうくらい飲んでしまうのは、自業自得でいいだろう。
「んー? おじちゃん、頭痛い痛いなの?」
「お、おぉ。そ、そうだぞ。すまないが少し声を小さくしてくれると助かるなぁ」
レオから降りたリーザが窺うようにエッケンハルトさんを見るが、その本人は小さなリーザを前に強がろうと逡巡したように見えたが、結局頭痛などに負けて正直に言う事にしたようだ。
しゃがみ込んだまま上げられた顔がしかめられているのは、相当に辛いのだと思われる。
「んー、よしよし」
「リー、リーザ……?」
二日酔いの原因とか、よくわかっていない様子のリーザは、それでもエッケンハルトさんの様子を見てかわいそうと思ったのだろう。
手を伸ばしてエッケンハルトさんの頭を撫でる。
何やら少し情けない絵面になっている気がしなくもないが……ペータさんは顔を逸らしていた。
見なかった事にするらしい。
「リーザの気持ちはありがたいのだが……これは少し情けない気が……」
「あー、まぁそうかもしれませんけど、でも今は少しでもリーザに癒されていた方がいいかなと思います」
遠目には、デリアさんが復活して屋敷へと、正確には屋敷を囲む壁の内側へと入っていくのが見えた。
あちらは厨房で味噌汁を飲むなりすれば、そのうち復活するだろう。
エッケンハルトさん程重症でもないみたいだしな。
それはともかくだ。
「む、何か含みのある言い方に聞こえるが……?」
リーザに撫でられたまま、こちらを窺うエッケンハルトさん。
まだまだ二日酔いで辛そうなのは変わらないが、そんなエッケンハルトさんに厳しい現実を告げなければならないのは心苦しいのだが――。
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