空いた時間で少しだけ勉強しました
「植生の研究や、生育させるためのノウハウなどもこれから蓄積させていければいいなって思うよ」
家庭菜園よりも、さらに小さな規模で種類を絞ってというのはまぁやっている人は多少いるだろう。
それぞれで食べる程度の野菜を作ったり、などもしているみたいだし。
とはいえ、薬草は種類がおおいしノウハウも少ないから、これから研究していく分野だろう。
もしかしたら、『雑草栽培』の影響があると思っているのも実はなかったり、その逆もある可能性もあるし……。
とにかく、時間をかけてじっくり見て行く必要がありそうだ。
一応現状では、薬草としては量に困っているわけではないから、急ぐ必要もないしな。
……椿油の需要などに不安があったりはするけど。
何はともあれ、クレアとクラウフェルトの展望なんかを語りながら、レオ達が戻って来るのを待った――。
「ふぅ……大変だった……」
「楽しかったねー!」
「フスー……」
レオだけでなく、フェンリル達の多くが汚れてしまったので、全部お風呂に入れた。
多くの人や子供達が頑張って手伝ってくれはしたけど、体が大きいから大変だったな……。
リーザは他の子供達と同じく、遊びの延長で楽しんだようだけど。
レオはお風呂自体は嫌そうにしていたけど、運動できた事や風呂上がりのブラッシングで満足そうにしつつ、部屋の床に転がって鼻から大きく息を吐いている。
「えっとね、えっとね――」
興奮冷めやらぬリーザが、楽しそうにお話をするのを聞いていると……。
「……」
「ん、リーザ?」
「ワウ?」
耳と尻尾を動かしながら身振りで話していたリーザが、急にピタッと停止した。
何があったのかと首を傾げても反応はない。
「ん……すぅ……」
「おおう。急に来たな」
「ワッフ」
そのまま、くたりとベッドに寄り掛かるリーザから、寝息が聞こえ始めた。
スイッチが切れたように寝てしまったなぁ。
「それだけ楽しかったって事だな。よっと……」
「んすぅ……にゅー」
ずっとはしゃいでいたし、エネルギー切れってところかなと思いつつ、リーザを抱えてベッドに寝かせる。
そういえば、俺も同じような覚えがあるなぁなんて苦笑しながら。
子供らしいっちゃ子供らしいのかな? 疲れよりも楽しさが勝って、眠気を感じる暇もなくスイッチが切れて寝入ってしまうというのは。
健やかな寝息だし、心配する必要はなさそうだな。
「って、レオも疲れたのか?」
リーザに毛布を掛けてレオの方を見てみると、足を投げ出すような形で横になっていた。
ぐったりしているわけではないけど、楽な姿勢で寝ようとする時によく見られる体勢だな。
「ワフゥ、ワッフワッフ」
「満足って事か。ははは、やっぱり体を思いっきり動かすのは楽しいんだな」
「ワウー、ワウワフ」
「思いっきりじゃないって? さすがってところなんだろうけど、まぁいつもの散歩よりは頑張って動いていたからな」
お風呂にも入ったし、レオにとってはあまり疲労を感じる程じゃなくても、満足感は強いんだろう。
夕食もよく食べていたし。
「……ワフー。ムッチャムッチャ」
顔を少しだけ上げてこちらを見るレオは、欠伸をして口をモゴモゴと動かす。
構って欲しいというよりは、眠いけど俺がどうするのか気になるってところかな。
「眠そうだな。ちょっと早いけど、もう寝ちゃっていいぞ。俺ももう少ししたら寝るからさ」
「ワウー……」
いつも寝る時間よりは少し早めだけど、今日は他にやる事もないし、レオの体を撫でて寝かしつける。
気持ち良さそうな鳴き声を出したレオは、すぐに目を閉じた。
「フスー、ンスー……」
「そういえば、エルケリッヒさんの報告も聞いたけど……」
鼻から出るレオの寝息を聞きながら、熟睡するまで撫でつつ思い出す。
公爵領の外の事を調べてくれているエルケリッヒさん、妙な予感がするというような事を言っていたけど、さすがにまだはっきりとはわからなかったらしい。
ただ、やはり北西にあるクライツ男爵領に何かあるかも、とエルケリッヒさんは睨んでいるようだ。
まだ密偵が向こうに到着して調べ始めたばかりで、元々いた密偵の人からの報告くらいしかないので、詳細とかはわからないけど、エルケリッヒさん達はそう感じたらしい。
ともかく、これから先続々と届く予定の調査報告次第ってところだな。
「なんにしても、もう少しわかる事がないとってとこかな……んー。よし、今のうちに借りっぱなしになっていた本でも読むか」
撫でていたレオから手を放し、体を伸ばしながら部屋に備え付けられている机につく。
机には以前、色々と知識を得るために図書室から借りて、そのままになっていた本だ。
コカトリスについて調べるための魔物図鑑はもう読んだから、今度は従魔に関してだ。
調べようとして、先延ばしになっていたからな。
机に置かれているのは「従魔とは何か」、「主従の実態」、「今昔従魔の歴史」の三冊。
その中から、「従魔とは何か」というタイトルの本を選んで手に取る。
実態とかよりもまず従魔の詳細を知ってからの内容っぽいし、歴史の方はとりあえず後回しでいいだろう。
まずは、詳細を知る事からだ。
「従魔契約の方法とかは、大体知っている通りだな。名前を決めて、それを魔物側が認める事で成立する、か」
最初の方はクレアとシェリーに関係して、既に知っている知識が書かれている事が多かった。
まぁ、セバスチャンさんも同じように知識を得て、それを教えてくれていたんだろう。
他には、従魔……魔物が人に従うという契約ではあるけど、人が絶対的に上位になるような契約ではないのか。
あくまで名称として従魔としているだけで、関係性は人と魔物それぞれって事らしい。
一応、お互い命に関わるような攻撃的な事ができなくなるなどはあるみたいだけど。
ヴォルグラウは虐待に近い扱いを受けていたけど、直接的に命に危険が及ぶことまではされていなかったんだろう……食べ物を与えなければ飢えるし、それは契約の範囲外で色々と抜け道はありそうではある。
とはいえ、基本的に魔物と意思を通じさせるために、人の方が力を認めさせる必要がある場合が多いため、魔物側が人に従う形に収まる事が多いみたいだ。
契約によって魔力のつながりを得る事で、意思の疎通が容易になるという記述もあるが、これはクレアがシェリーの言っている事がわかるようになっているのがそれだろう。
「シェリーは例外として、イメージ的に無理矢理従わせるような感じだったけど、そうでもないみたいだなぁ」
本からはどちらかというと、お互いを認め合った相棒というか、友人や親友といった関係を築くための契約に近い印象を受けた。
まぁその辺りは書かれ方によって違うんだろうけど……。
魔物側にも、契約で魔力的なつながりを得る事での利点などもあり、人側にも俺が知らない利点というのもあった。
成る程、単純に一緒にいる以上の効果があるんだな……仲が良く、一緒にいるならむしろ契約した方が得なのか。
もちろんデメリットもあるだろうと思ったけど、意外とそちらは少なかった。
いや、ほぼないと言っても過言じゃないか……少なくとも仲良くしているうちは、デメリットと言えるような事はないみたいだな。
まぁデメリットの部分が目立つようになっても、お互いが納得できれば契約を解除する事もできるようだし、結構気軽に行えると思っていいだろう。
契約をしたい相手との相性や、人が力を認めさせる事のできる魔物、さらに言えば意思や理性、知性などがある魔物といった条件から、全ての魔物に対してではない事も大きいか。
「……楽しそうに一緒に遊んでいるけど、フェンリル達は実は力を認めるって程でもないのかもしれないな。まぁ、フェリーとフェンの戦いだけじゃなくて、多くの兵士さん達を一体で圧倒するのを見ていれば、認めるのは難しそうだけど。遊び相手と、従魔としての相手は違うって事か」
もしかしたら、知らないうちにフェンリル達が誰かと従魔契約をするかも? なんて考えていたけど、その心配はあまりなさそうだ。
レオを介して、もしくはレオに頼んでフェンリルに言えば、可能かもしれないけど……強制はしたくないからあまり考えないでおこう。
「あとは、従魔契約は基本的に一人の人間に対して一体の魔物で成立するため、獣人などはまた別、か……一人が複数の魔物、もしくはその逆もないと」
寝ているリーザの方にチラリと視線をやる。
フェリー、フェン、リルルなど、リーザが名前を付けたフェンリルは複数いるけど、従魔契約には至っていないからそれはわかるし、セバスチャンさんからも教えられていたっけな。
一応、人間や獣人も大枠で言えば魔物という分類だけど、従魔契約としては人間と魔物は分けて考えられていると。
「コカトリスを従魔にするのに、あまり気にしすぎないでもいいのかもしれないな……ふわぁ……」
コッカーやトリースのおかげで、コカトリスと薬草栽培や畑との相性がいい事がわかって、協力できないかと考えていたわけだけど……。
というか、ペータさんが強く求めている。
なんとなくコカトリスを強制的に従わせる感じがしていたけど、従魔契約できるくらいならそこまで考え過ぎなくてもいいのかも。
まぁ一冊の本に書かれている事で全てを決めるのもどうかと思うので、他の本も読んでからだな、なんて考えている途中で眠気からの欠伸が出る。
今日はここまでにしておこうかな。
本を閉じて、立ち上がってベッドへ……。
「ンフー、ワフー……」
「レオ、いつの間にそんな……」
ふと見てみると、レオはいつの間にか壁際に移動していて、投げ出している足の先が壁にぴったりとくっ付いていた。
足を突っ張って壁を押しているようにも見える。
俺が本に集中している間に移動したんだろうけど、背中を壁にくっ付けてとかはわかるけど逆とは……珍しい。
「まぁレオがそれでいいならいいか」
レオは気持ち良さそうに寝ているので邪魔しないよう、リーザの隣に寝転がって就寝する事にする。
まだ「従魔とは何か」って本を読破したわけじゃなく、続きがあるけど少しずつ読み進めて行こう。
今度はほったらかしにしてしまわないように気を付けながら、レオとリーザの寝息に誘われるように、眠りに落ちた――。
――二日後、クラウフェルトの正式な開始日を明日に控えて、従業員さんやその家族、さらに一部のランジ村の人達を大広間に集める。
要は決起集会みたいなものだな。
畏まったものではなく夕食も兼ねての立食パーティ、というより、親しい人たちが集まってのホームパーティやバーベキューパーティに近い和やかな雰囲気だ。
ランジ村からは、村長のハンネスさんやその息子夫婦、さらに孫のロザリーちゃんも参加している。
それ以外に、調査のために集まっている兵士さん達の一部などもいるし、テオ君達や近衛護衛さん達もだな。
さすがに大広間に入りきらないので、そういう人達は庭などでフェンリル達と一緒に楽しくやってもらっている。
「えーっと、こういう時なんて言ったらいいのかわかりませんけど……」
開始を告げるため、大勢の前に出て俺が挨拶を始めたんだけど……深刻ではなくとも、ちょっとしたトラウマみたいなのがあったのを感じさせないよう、口を開く。
元々、絶対に注目される状態で人前に出るのがダメ、という程ではないけどクレアのおかげもあってか、以前ほどの気後れとか体が震えるもしくは固まるような感覚はほぼない。
とはいえ、こういう時に何かそれらしい事を言うのに慣れていないので、少々情けない事になってはいるけど。
「――皆さんと協力して、クラウフェルト商会を成功させましょう!」
「「「「「はい!!」」」」」
「ワフ!」
「キャウ!」
なんとかかんとか、演説という程でもない挨拶を短く終わらせる。
集まった人達だけでなく、レオやシェリーの意気込んだ返事も聞こえた。
全員が飲み物のグラスやカップなどを持ち、乾杯。
グラスの中身は、それぞれの好みで中身が違う……まぁリーザやティルラちゃんを含む子供もいるから、全員お酒ってわけにもいかないしな。
お酒が苦手っていう人もいるし。
「はぁ。もう少しそれらしい事を言えたら、格好いいのかもしれないけど……」
乾杯を終えて、用意された料理に談笑しながら追々に手を付け始めた皆を眺めつつ、溜め息。
長い話を延々とせず短く済ませられたけど、なんというかちょっと頼りない感じになってしまった気がするのは、情けない。
まぁお堅いパーティではなく、どちらかというと飲み会に近い雰囲気だし、そうするために努めたからいいんだけど。
「ふふふ、タクミさんらしくて私はいいと思いましたよ?」
「クレアはそう言ってくれるけど、なんか思い返すと情けなく感じるんだよ」
赤い液体、ランジ村のワイン……ではなく、ジュースが入ったグラスを傾けながら微笑むクレアに苦笑で返す。
クレアはお酒での失敗があるからか、お酒は選択しなかった。
深酔いしなければ大丈夫だと思うけど、後々恥ずかしい思いを何度かしているから、控えているんだろう。
ちなみに、俺も同じグラスを持っているけどこっちはワインだ。
俺の場合はギフトのおかげで酔う事もないし、遠慮はいらないんだけど、少しクレアに申し訳ないかな。
本人は気にしていないようだけど。
「まぁとりあえず、これでようやくクラウフェルト……薬草畑とそれに連なる商売が本格的に始動だ。クレアのおかげだよ、ありがとう。それと、これからもよろしく」
「私なんて、とは思いますが微力ながらも助けになれたのなら嬉しいです。ふふ」
苦笑を引っ込め、微笑み合ってお互いのグラスを軽く合わせる。
盛り上がり始めている会場の雰囲気を余所に、ここは少し静かな雰囲気で落ち着く。
クレアのおかげも大きいけど、こうして落ち着いた雰囲気は助かる。
「タクミ様、この度はおめでとうございます。ランジ村での商会設立、光栄でございます」
「ハンネスさん。こちらこそありがとうございます。ランジ村の人達の協力があってこそですよ、レオだけでなく、フェンリル達も受け入れてくれて」
「レオ様を受け入れないなど、ランジ村に住む者にはおりませんからな」
ゆっくり、クレアと用意された食事に舌鼓を打っていると、ハンネスさんが挨拶に来た。
少し前には、エッケンハルトさんやエルケリッヒさん、従業員さん達の一部などもわざわざこちらに挨拶に来たりしていたから、その流れだろう。
こちらに来なくても、あとで回ろうと思っていたけど、手間が省けたと思っておけばいいかな。
「ランジ村で作ったお酒も振る舞ってもらっていますし、本当、ハンネスさん達には感謝しかありませんよ」
今日振る舞われているお酒の多くは、ランジ村からの提供。
一部を除いて、まだ広く知られてはいない美味しいワインが、複数の樽で運び込まれており、一区画では浴びるように飲んでいる人達などもいる。
お酒の事だけでなく、レオやフェンリル達などランジ村の人達には快く受け入れてもらって、そのおかげでこの屋敷を拠点とした商会が立ち上げられたからな。
協力してくれる事には感謝しなければいけないだろう――。
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