ルグリアさん達が動かぬ証拠を発見しました
「うむ、あちらの方には以前タクミ殿にも話したように、人が近付く事はほぼない。ちょっとした調査や環境を調べるために人を出す事はあるがそれくらいだ」
「調べるために野営をする事はあるでしょうけど……でも、ここしばらくはそう言った人を出していないはずです」
「つまり、今回の事の犯人、もしくはそれに近い人物たちがそこにいた事になりますね」
誰も行っていないのに、野営していたというのだからそう考えるしかない。
もちろん、エッケンハルトさん達が知らないところで、誰かが迷い込んでなんて可能性がないとは言えないが、村などもなく魔物も多いだろう場所に好き好んでいく理由もないわけだしな。
ユートさんとかなら別だろうけど、行っていたら隠さず教えてくれるだろうし、直近ではずっと屋敷にいるからそれもない。
「我々は、フェンリル達に人が近くにいないかなどを確認してもらった後、その野営の痕跡を詳しく調べました。その時にこれが……」
話しながら懐より布に包まれた何かを出したルグリアさん。
テーブルに置いて包みをほどくと中から顔を出したのは、植物の葉の欠片のような物だった。
「そ、それって……」
「むぅ……間違いないな」
「カナンビス、の一部ですね」
カナンビス、一度試しという事で厳重に備えつつ『雑草栽培』で作って確認した。
俺だけでなく、エッケンハルトさんやクレアも見た事のあるそれは、間違いなくカナンビスの物と思われる葉の切れ端だった。
多分それだけだと、量が少なくて何も効果を発揮しなさそうではあるけど……これまでの事で警戒していたのもあり、テーブルに置かれているカナンビスから何か良くない物が滲み出しているようにも見える。
……目の錯覚と言うか、気分的な物で実際ににじみ出ているわけではないが。
「これは、野営の跡地に残されていた物です。フェンリル達に間違いないと確認もしています」
「切れ端って事はつまり、それを使って何かを……早い話が薬を作っていたんでしょうね。薬の調合自体は難しくなく外でもできる事ですし。本に載っている限りしかしりませんし、他に何か特殊な調合を施す可能性はありますが……」
「だろうな。これが発見されたから、先程フェリーの言っていた臭いが薬を使われた事への証明ともいえるわけか。他には何か見つかったりはしなかったのか? 例えば、調合道具もそうだが薬などだが」
「いえ、他には何も、多少、食料のような物が残されていた程度です。それも、ただの食べ残しとも言えない程度の物でした」
「そうですか……」
「ともあれ、元々カナンビスが関わっていただろうというのわかっていましたが、確実性が増しましたね」
「うむ。カナンビスに関わる事件、何かの企みで間違いないだろうな」
確実な証拠と言える物が出て来たんだから、カナンビスが使われているのは間違いない。
そして、所持する事すら禁止されている物を使っている時点で、エッケンハルトさんが頷いているように何かの企みがされているってとこだろう。
さすがに、自分で使っているからとかそんなわけはないだろうし……いや、使っている可能性がないわけじゃないけど。
ユートさんに聞く限りでの依存性とかを考えると、いくら企みがあったとしても別の事に使うような事もしなさそうだしな。
どんな精神状態になるかはわからないけど。
「しかし、その企みというのは一体なんなのか……フェンリルの体調を崩すって、かなり強力な薬なわけですし。でも、人には効果はないわけで」
「魔物に対して何かを、という事なのだろうな。ルグリア殿、他には何かその拠点らしき場所では見つからなかったのか? さすがに、企みの全貌がわかるようなメモとかが残されているなどという事はないだろうが。いや、カナンビスの欠片であっても残している時点で、杜撰さもあるのかもしれんが」
まぁ、絶対に見つかってはいけない物ではあるからな、カナンビスは。
企み云々以前に、それが見つかるだけで指名手配というか……指名できる程相手の名や姿がわかるわけじゃないけど、それでも調査はされるだろうし。
カナンビスという証拠が得られた事もあって、可能性は低くてももしかしたらとエッケンハルトさんはルグリアさんに聞いているんだろう。
「申し訳ございません。これ以上の事は……他は、通常の野営の跡が残されるのみでした。いえ、あの場所に誰にも知らされずに野営をしているという時点で、カナンビスの事がなくとも怪しいですし、異常ではありますが」
「ふむ、そうか。いや、ルグリア殿が申し訳なく思う必要はないぞ」
「そうですよ。フェリーと協力して、無理にでも森を突き抜けた先を、短期間で調査してきてくれただけでもありがたいですから。それでこうして、カナンビスの欠片を発見できたわけですし」
まぁ、フィリップさんとかは森を突き進む事よりも、その道中でも続けていた訓練が一番の原因でくたびれていたわけだけども。
「でも、タクミさんの読みが当たったという事でしょうね。わかったのは、カナンビスを目的を持って採取し、使用している事。そして、森の奥に行けば行くほど魔物の姿が少なくなっている事……でしょう」
ルグリアさんをフォローしつつ労う俺とエッケンハルトさんに代わり、クレアが発言。
森の奥、突き抜けた先にあからさまに開けた場所があるわけで、俺の読みが鋭いとかではないと思うけど……多分、俺がいなくてもいずれ他の誰かが気にして調べるように提案しただろうし。
まぁそれはともかくだ。
「魔物に関しては、この先も調査隊の人達が徐々に奥へと調べを進めるうえで何かわかるかもしれませんね……って、ルグリアさん? どうかしましたか?」
何やら、ルグリアさんが眉をひそめて目線を上にあげている。
天井に何かある……とかではなく、何かを思い出しているような、記憶にある光景を確かめているような、そんな感じだ。
「魔物……そうでした。魔物です」
「む、どういう事だ?」
「魔物がどうかしたんですか、ルグリアさん?」
「いえその、あのような場所ではよくある事なので、あまり深く考えていませんでしたが……野営の跡地では複数の魔物の足跡などがありました。それと、争った形跡も。魔物が多くいる可能性が高い場所ですし、本来であれば野営をしていたら襲われて当然とも言えます。ですので、あまり不思議には思っていませんでしたが……フェリーなど、フェンリル達にもそれは確認してもらっています」
「そうなのか、フェリー?」
「グルゥ。グルル、グルゥグルルル……」
ルグリアさんの話を肯定するように頷くフェリーが、状況を教えてくれた。
状況と言っても、跡地に残っていた痕跡から魔物が森から出て来ていただろうという事、その場で争った血の匂いなどが残っていたなどだ。
ルグリアさんが言っているように、魔物が近くにいる場所で野営をしているんだから、そういう事もあるだろう。
実際に、フェンリルの森で俺達が野営をしていた時も、レオがいるにもかかわらず魔物は襲って来た。
……そのたびに、レオがあっさり倒したり、俺やティルラちゃん、それから護衛さん達の訓練代わりになっていたけどもな。
「確かに、魔物もいる場所だ。森から近いどころか挟まれている場所。東は開けていたはずだが、だからと言って魔物が出て来ないわけでもあるまい。野営をしていれば魔物と戦う事もあったろう」
「はい。ですので、フェリーに確認はしてもらいましたが不審な点はないと思って、特に気にも留めていませんでしたが……今クレア様が仰ったのを頭の中で反芻すると、違和感がありました」
「違和感……?」
「……もしかして森の奥、つまり野営の跡地に近い場所で魔物がほとんどいない事ですか?」
「さすがタクミ様です。はい、それを考えると違和感を感じざるを得ません」
そう言って、俺を頼もしそうに見るルグリアさんだけど、あまり鋭いという程でもないような?
まぁ、褒めてくれているのだから素直に受け取っておこう。
「森の奥に魔物が少ないはずなのに、複数の魔物の痕跡のみならず、争った形跡があったと。確かに、よく考えてみると不自然というか、違和感を感じますね」
「言われてみると確かにな。それでも魔物はいないわけではないのだから、絶対にないとまでは言わんが……痕跡はどれくらいだ?」
「かなりありました。そうですね、数十の魔物、そしていくつかの種類の魔物が野営地付近に来ていたのは間違いありません」
「それだけの痕跡が残る程でも、その場に留まる必要があったのか、それともそれが目的に関係しているのか……それはわからんが、それ程となると……」
「ただその程度であれば、魔物が少ないと感じる現象の理由とも言えませんね」
「グル、グルル……」
「フェリーも、察知できる範囲からすると確実に少ない、というかほぼ魔物がいないと言えるくらいになるなら、数百は軽くいかないとそうならないと言っているね」
「ですよね」
クレアが視線を投げたのを受けて、フェリーが答えるのをレオに通訳してもらうとそういう事だった。
要は、百にも満たない魔物を倒したとて、森の魔物が奥の限定的な場所であっても、フェリー達がほぼ感知できない程減る事はないというわけだ。
フェンリル達の感知は、感覚強化の薬草を持たせたのもあってかなりの範囲になる。
それこそ、ランジ村一つ分と言わず、街の隅から隅まで感知できる程の範囲になるらしいからな……レオはさらにそれ以上らしいが、それ程までとなると、どんな感覚なのか人間の俺には想像できないが。
ともあれ、そこまでの範囲で魔物がほぼいない状態というのは、数十じゃ少なすぎる。
日常的に森へ調査に入り、一緒にいるフェンリルが狩りをしているのに、それでも森の魔物が体感的にかなり減った……という状況にならない、こちら側、ランジ村近くの森でそうなのだから。
本来はこちら側より魔物が多いはずの場所なわけだし……。
「野営をしていた者達が薬で追い払った、とは考えられませんか?」
「それは私も考えたが……おそらくないような気がするな」
クレアの発言を、エッケンハルトさんが否定する。
「追い払う方法は何かしらあるかもしれんが、だとしたら野営の跡に残っていた、魔物が来たという痕跡などはなくなるはずだしな」
「そう、ですね。確かに……」
「薬の効果も、そういったものではなかったはずだ。他の何かを使わないとは言わないが……確か、カナンビスを使った薬は、興奮作用だったかタクミ殿?」
「そうみたいですね。フェンリル達にとっては、体調を崩すような効果が大きく出ていましたけど、多分それは依存性とか毒のような効果を外に出すためだと思います。えーと……」
以前、セバスチャンさんとヴォルターさんが探してくれた、カナンビスを使った薬の効果……というより、香りに効果を持たせた物が書かれた本に記されていた事を、復習も兼ねて話す。
一応その時に、クレアやエッケンハルトさんもいたけど、カナンビスのインパクトが強くて細かい部分が忘れられていてもおかしくないしな。
あと、俺自身も考えをまとめるためなのと、ルグリアさんにも伝えていはいるけど改めて知ってもらうためでもある。
確かカナンビスを使った薬は、人間に対する効果が何もなくなる代わりに、一部の魔物に対して強い効果を持つ香りを放つ事ができるのだという。
それは、依存性もありながら強い興奮作用をもたらすのだとか。
多少なりとも効果の方向性や強さなども調整できるかどうか、まではわからないが……。
ともかく、フェンリル達は香りの残滓を嗅いだ事で、多少の高揚感みたいなものは感じていたみたいだけど、その後は気持ち悪さが勝って何度も戻していた。
それ以外にも落ち着かない様子を見せていたのは、気持ち悪いとか吐き気などだけでなく、興奮作用が原因なのかもしれないが……。
フェンリル達の反応は、フェヤリネッテによると体内で魔力が乱されたためという事だったけど、要は体内に入ったそれらを体が毒素だと判断し、外へと出そうとしていたんだろうと思われる。
人間だって、腐った物を含めて毒になる物を摂取してしまったら、お腹を壊して外へ出そうとする、吐き戻したりする、なんて事もあるからそれと近いんだろう。
まぁ、毒になると言っても強い致死性のある毒じゃないからこその反応なんだろうけど。
とにかくそれらの事を踏まえて、カナンビスの薬に関する事を改めてこの場にいる皆と共有した。
「……だとすると、追い払うどころか魔物はむしろ襲ってきますね」
「あぁ。野営していた者達が襲われた、というだけならむしろそちらの方で考えるのが自然だな」
「でも、わざわざ自分達が襲われる危険があるのに、カナンビスの薬を使ったりするでしょうか? いえ、試験的にというかお試しでという事はあるかもしれませんけど……薬の効果を確認するために。あ、そうだルグリアさん、野営の跡もそうですけど魔物の痕跡とかって、いつくらいだったかわかりますか?」
「はっ、それはフェリーにも確認してもらいましたが、我々から見ても、ここ数日……発見したのは二日前になりますが、その時点で数日程しか経っていない痕跡でした。隠蔽の跡もありましたが、それも不十分でフェリー達がいなくとも簡単に発見できたと思われます」
「まだ日が経っていないから、色濃く残っていて発見も簡単だったのかもしれませんね。ともあれ、ルグリアさん達が戻って来る二日を足しても十日は経っていないくらいなんですね?」
「はい、間違いなく」
って事は、大体一週間くらい前はまだそこに誰かがいたわけか。
「なら、カナンビスの薬を試してみたっていう線はないでしょう。それよりも以前に、こちら側に近い森で使われていますから」
フェンリル達の体調が悪くなったのは、その野営が行われていただろう時期よりも前だし、そもそもそれより前というか最初に異変にレオが気付いた時はさらに前だ。
つまり、効果を知っていて、もしくはその気付いた時がそうなのかはわからないが、薬の効果のお試しはすでに済んでいると見ていいだろう。
だったら、わざわざ自分達を危険に晒してまで使う理由がない。
「だろうな。そもそも、薬の効果を確かめるためなら、わざわざ森に入らずともできる事だ」
「そうですね。だとしたら、偶然かわざとかは別として、魔物がほとんどいなくなっている理由と、野営跡で魔物と争った形跡がある理由は別で考えるべきですか」
「多分、クレアの言う通りかもね。まぁ、その理由はどちらもわからないんだけど……」
「なんにせよ、わかった事はあるが謎は深まったか。これからも、森の奥や抜けた先を調べる必要はありそうだな」
「そうですね。もしかしたら、そのさらに奥の森になにかがあるかもしれませんけど……」
「そちらは、別の貴族領になるからな。調べられないとは言わないが、向こうにも事情を伝えねばならん。ましてや、何も言わずにフェンリルを連れて入って調査というわけにもいかんだろう。まぁ、やれたとしても浅い場所程度か」
貴族同士の関わりや、領地的な問題が発生する可能性があるか。
隣領から、いきなり獰猛な魔物と思われているフェンリルを複数連れて入り込んだら、何事か!? みたいになってもおかしくないもんな――。
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