森の奥調査隊が戻ってきました
「これ以上の訓練相手となると、レオになりますかね?」
「レオ様だけとは言わないが、それだと訓練にもならんだろうな」
「ははは、レオに加減してもらったらフェンリルとあまり変わらないでしょうしね、そうなりますか」
「うむ。さてタクミ殿、あちらも終わった事だしフェリーを迎えに行こう」
「はい。わかりました」
エッケンハルトさんに頷いて、近くにいた使用人さん達と共に屋敷へと足を向ける。
時間的にも、そろそろフェリーが到着する頃合いだし、ちょうど良さそうだ。
ちなみにフェンリルと兵士さん達の訓練は、俺とエッケンハルトさんが話しているうちに決着がついた。
周辺にちらほらといる村の人や使用人さん、従業員さん達からは歓声が上がっているのは、フェンリルの活躍が見られたからだろう、ちょっと兵士さん達が不憫な気がなくもない。
その訓練結果は、勢いをほとんど削がれる事なくフェンリルが兵士さん達の集団に突撃。
盾を構えていた人達を軒並み体で弾き、後ろで魔法や弓矢を使っていた人達は、ベロベロと満遍なく舐められて兵士さん達の敗北が決定した。
危険が大きくならないよういくつか訓練に課した条件、要はフェンリルの力加減だが、駆けている時などは牙を剥いて迫力を振りまいていたが、絶対に人に対して牙を立てない事というのがある。
早い話が噛みつかない、だな。
他にも爪を立てないとかもあるけど、基本的には体当たりで多少弾き飛ばすとか、牙の代わりに舐める事でやられた扱いになっている。
兵士さん達に対して随分有利な条件ではあるけど、これをしても敗北になっているのだから、フェンリルの能力を推して知るべしと言ったところだろう。
これまで数回行われた訓練は、フェンリルの全勝となっている。
あと、体を思いっきり動かしたいフェンリルは他にもいるので順番待ちになっており、全て別個体だったりもする。
……兵士さん達の戦い方を学んでいるわけではないのに、フェンリルの動きを見て学んでいる方が全敗という事だな。
エッケンハルトさん曰く、一応回を増すごとに兵士さん達の動きが良くなっているらしいから、訓練の効果はあるようだ。
けどこれ、フィリップさんが戻ってきたら護衛の人達も参加させられそうだなぁ……なんてフィリップさんが涙する理由が増えそうな事を考えながら、屋敷へと戻った――。
「おぉよしよし。頑張ったなー。疲れてないか? 大丈夫か、凄いなー」
「グルゥ、グルルルル」
フェンリル厩舎近くで、調査から戻って来たフェリーを迎え、俺の所に来たフェリーを褒めつつワシワシと撫でてやる。
喉を鳴らしながら尻尾をブンブン振るフェリーは、多少毛の汚れなどが目立つが怪我はなく元気そうだ。
「お帰りなさい、姉さん」
「えぇ。――公爵様、皆さんも、ただいま戻りました」
「うむ」
「お帰りなさい、ルグリアさん」
「ルグリア、無事で何よりだ」
「おかえりゃなしゃい!」
フェリーを褒める俺の傍では、ルグレッタさんがルグリアさんを迎え、帰還の挨拶にエッケンハルトさんとクレア、テオ君、それから舌っ足らずでも元気なオーリエちゃん。
他にもレオとリーザもいる。
けどレオ、俺がフェリーを撫でて褒めるのを羨ましそうに見るのは止めような? フェリーは頑張って来たんだから褒めるのは当然だし、レオはいつも撫でてるだろ? また後で撫でてやるから。
ちなみにテオ君やオーリエちゃんもいるのは、表向きには身分を隠しているとはいえ、一応二人の近衛であるからという理由だ。
最近、テオ君の方は俺達が調査している事に興味というか、知っておかねば見たいな感じで色々と聞いているらしいのもあるかな。
オーリエちゃんはルグリアさんに凄く懐いているのもあるし、お兄ちゃんのテオ君に付いてきたってところだろうけど。
他にも、フェリーが戻って来た事で、のんびりしていたフェンリル達も集まっていたりもする。
「タクミ様、任務を終了し戻ってまいりました。早速ですが、報告よろしいでしょうか?」
「それはいいんですけど、少し休まなくてもいいんですか?」
さすがにルグリアさんがいくら優秀な騎士だからと言っても、疲れている様子が隠せていない。
フェリー達が無茶をした可能性もあるけど、数日かけて通常よりも早く森を突き抜けてさらに奥の調査だからな。
身に着けている物など、汚れてもいるし少しでも休んでからの方がと思ったんだが……。
「後で、存分に休ませていただきます。まずはご報告をと」
「その様子だと、何か掴んだようだな。ここではなんだ、屋敷の中に入ろう。立ったままというのもあれだからな」
「そうですね。とりあえず、屋敷の中へ」
疲れているのに報告を先にとは、真面目なのもあるんだろうけど、エッケンハルトさんの言う通り何かを発見したんだろう。
気にはなるけど、外で立ったままというのもルグリアさん達に悪いし、落ち着いて話したいから屋敷の中へ移動する事にする。
フィリップさん達は、クレアに言われて先に休むようだ。
あちらは、ルグリアさん以上にくたびれた様子だからなぁ……移動前に軽く話を聞くと、森の中でも課せられた訓練とニコラさんの監視により、近衛護衛さんよりも公爵家の護衛さん達の方が、倍は動くことになっていたんだとか。
さらにそこへ同行していたパプティストさんなども参加、さすがにルグリアさんは指揮する立場で疲れすぎないようにと参加はしなかったらしいが……それが、疲労が色濃く出ているかどうかの違いになっているみたいだ。
なんというか、調査の途中でそうしなくてもと思ったんだが、移動そのものはフェリー達フェンリル任せなのもあって、むしろ訓練して気を引き締めるのに向いていたとは、ニコラさんの言。
まぁ、ブツブツ文句を言っているフィリップさん以外の護衛さん達は、疲れている以外は何てことなさそうだし、それでいいならいいんだけども。
「グル? グル、グルルゥ!」
「ん? どうしたフェリー」
何はともあれ、屋敷へと向かおうとした俺に対して、フェリーが鳴く。
レオやリーザに通訳してもらうと、自分がいない間のフェンリル達の事が気になっているらしい。
さすが、群れのリーダーだけあってちゃんと皆の事を気にしている。
「大丈夫、フェンリル達は子供達とよく遊んで、いっぱい協力してくれていたよ。あ、そうだ。後になるけどフェリーには喜んでもらえる物を用意しているんだ。いっぱい頑張ったからご褒美にね。楽しみにしておいて」
「グルゥ? グル!」
そんな話をしつつ、簡単にで申し訳ないけど、一緒に森へ行ったフェンリル達を褒めておいてから、皆で屋敷へと移動。
喉が渇いてそうだったので、使用人さん達にはフェンリルに飲み物を用意してもらうようお願い。
それから、フェリー用に屋敷の中で用意してもらうようにも。
ルグリアさんと同じく、フェリーも一緒に俺達へ報告したいようだったから、珍しく一緒に屋敷の中に入るからな。
「ガブ、ガブガブガブ……」
「よっぽど喉が渇いていたんだな。それだけ頑張ったって事だろうけど」
場所を移し、俺の執務室へ移動。
何故俺の執務室に集まるのか、という疑問はもう持たないし慣れた……一応、調査隊のトップって事になってしまっているしな。
ともあれ、用意された桶になみなみと注がれた牛乳を凄い勢いで飲むフェリーを見て苦笑。
疲れは少ないらしかったが、喉の渇きの方は結構あったらしい。
軽く聞いたけど、結構走り通しだったらしいからそれも当然か。
この分ならかなりお腹も空いてそうだし、フェリーのために考えたあれは、喜んでくれそうだ。
「お待たせしました」
「うむ」
「はい、ルグリアさん」
執務室に珍しくいるフェリーを眺めていると、遅れてルグリアさんが入室。
使用人さん達にお世話をされたのか、体の汚れはなくなり、乱れがちな髪も整えられたうえで着替えて来ていた。
入ってすぐ、ライラさんに促されてソファーへと座り、すぐにお茶が用意される。
ソファーへ座った時、溜め息に近い息を吐きつつ大きく身を沈めたのは、疲れからだろう。
報告を聞いたら、早めに休んでもらうようにした方が良さそうだ。
「ん……ふぅ。では、報告をさせていただきます」
「グルゥ!」
「お願いします」
用意されたお茶を飲んで、部屋の中にいる皆を見回してから話し始めるルグリアさん。
フェリーも、満足するくらい牛乳を飲んだらしく、同じく意気込んで鳴く。
レオとリーザがいるから、フェリーの通訳も万全だ。
ちなみに部屋にはフェリー達を迎えた全員にプラスして、ライラさんとエルミーネさん、それからアルフレットさんとシェリーがいる。
テオ君、オーリエちゃんは話を聞くだけという事で、部屋の隅でシェリーと一緒にいるくらいだけど。
「まずは、森の奥での事ですが……」
ルグリアさんの報告によると、途中で遭遇する魔物に関してはフェンリルの活躍で、人間の出る幕はほぼなかったらしい。
やる事と言ったら後片付けと、魔物によっては食料にするための処置をする程度だったとか。
そして、進めている調査ではまだ踏み入れていない場所を進んでいると、焚火なども含めて人が入り込んでいた痕跡が増えていったんだとか。
「わざとなのかはわかりません。もしかすると、そこまで調査されると思っていなかった可能性もあります。こちら側……屋敷のあるランジ村側よりも、隠すという意図もなく放置されていたというものが多いようでした」
「わざと痕跡を、しかも奥に残す理由が想像できんな。ルグリアの言う通り、ただ放置していたのだろう。隠す必要性がないという事か」
「奥という事ですから、そこまで調べると思っていなかった。もしくは、そこに来られるまでに目的は達成できると考えていた、というところでしょうね」
これまでに発見した痕跡は、フェンリル達がいなければ見つからなかったものも多くある。
それだけ隠ぺいしようとしていたのに、奥の方では隠す事もしていないのが多くあるという事は、そんなところだろう。
用意周到に隠蔽していたのが、急に隠せない程余裕がなくなるというのも考えにくいしな。
奥に行くほど魔物との遭遇率は上がるらしいけど、フェンリルみたいに特に特別強い魔物がいるような森ではないらしいし……絶対いないとまでは言えないが。
「森を抜けるまでは、人がいた痕跡などがいくつか見つかりました。今言ったように、どれも痕跡を消すような事はなにもされていないようです。ただ、奥に行けば行くほど……いえ、森の外に近付く程に魔物が少なくなったように思います」
「魔物がですか? それは、偶然通った場所にいなかったとか、そういう事ではなく?」
「もしかしたら、魔物自体が私達の通った場所から離れており、タクミ様の仰った事もあるかもしれませんが、フェンリル達が調べても近くだけでなく、遠くにもいないだろうとの事でした」
「そうなのか、フェリー?」
「グルゥ。グルルゥグル、グルルル……」
フェリーに聞くと、頷いて説明してくれるように鳴く。
それをレオやリーザに通訳してもらうが、なんでも気配や匂いを探って多少離れた場所でも魔物が少なかったという事らしい。
まったくいないわけではないが、本来誰も踏み入れる事が少ない場所であれだけ魔物が少ないのはおかしい、というのがフェリーの意見のようだ。
ランジ村側は、調査をしてたりフェンリル達が狩りをしている事もあり、多少少なくなってはいるけど場所は森の奥。
森を突き抜けた場所は人が行く事がほぼないような場所であるわけで、魔物を狩ったりする機会が少ないためにむしろ数が増えるのが通常。
もちろん、魔物同士で争うなりして数が減るって事もあるらしいけど、フェリー達フェンリルとしては少なくなり過ぎていると感じたみたいだ。
元々森の奥に棲んでいたフェンリル達がそう感じるんだから、異常と言える状態なんだろう。
「何者かがいた痕跡が残されていたのであれば、その者達が魔物と戦い数が減ったとは考えられんか?」
「それもあり得る事ですし、多少なりとも影響していると思われます。ですが、それにしては争った形跡が少なすぎるんです。いつからかはわかりませんが、魔物が姿を消していると考える方が自然かと」
「ふむぅ」
「争った痕跡は、人がいた痕跡以上に消しづらいですから、調査隊の面々が見逃す可能性も低いと考えるべきね」
「はい。クレア様の仰る通り、これまで隠蔽されていた小さな痕跡すら見つけるフェンリル達と一緒であったので、我々が見逃しても争った痕跡がわからないという事はないでしょう」
争えば、血の匂いだとかが土や木々に残る。
さらに言えば、地面だけでなく木々にも多少なりとも傷などで痕跡が付いてしまう可能性も高い。
それを、専門家ではないにしろ、訓練されたルグリアさん達ですら見逃すものを発見できるフェンリル達が、見つけられないというのは考えにくいか。
「魔物が、他に移動した。もしくは移動させられた可能性がある、という事ですね」
「なんらかの理由で、どこかへ消えたのだというのが、調査をした我々の見解です。移動した魔物の痕跡は発見できています。まぁこれは、魔物も移動するので全てがその理由に当てはまるものではないでしょうが」
「グルゥ、グルルゥ!」
「ん、どうしたフェリー?」
「ワフ?」
ルグリアさんの言葉を継ぐように、鳴くフェリー。
全員の視線がフェリーに注がれる中、フェリーは何かを伝えるように鳴いた。
「グル、グルル、グルルルゥ……」
「ワッフ、ワフワフ」
「えっとねー……」
フェリーが言うには、魔物が少ないだけでなく、一部に変な匂いが残っていたのだという。
「匂い……体調は大丈夫だったか? また前みたいに、薬の臭いで気持ち悪くなったり戻したりしていないか?」
「グルゥ!」
大丈夫! と頷くフェリー。
それから話を聞いてみると、体調が悪くなる程の匂いの残り方ではなく、ほんの少しだけ違和感を感じる程度だったらしい。
ただそれは、以前フェンリル達の体調が悪くなった臭いと同等のものだっただろうとの事。
サニターティムの丸薬を持たせておいて正解だったな。
体調が悪くならない程度だとしても、何か悪影響があるかもしれないし、もしかしたらもっと強く臭いが残っていた可能性もある。
「森の奥でも、薬が使われていたか……」
「それを証明する物も、その後発見しました」
「え!?」
カナンビスの薬、それを使ったのを証明する物……これまで、レオやフェンリル達の臭いだよりだったけど、ルグリアさんが言うのなら人間でもわかるような物的証拠って事なんだろう。
思わず驚いて、大きく声を出してしまった。
まぁエッケンハルトさんやクレアも同じように驚いているけど。
「順を追って話させていただきますが……まず、魔物の数や残り香などの異常を感じながらも、阻む何かがあったわけではありませんでしたので、予定通り森を抜けました。その先で、森の中で発見した痕跡とは違う、確実に複数、それなりの規模の人数が野営していた痕跡を発見しました」
「野営の痕跡……エッケンハルトさん、クレア?」
ルグリアさんの言葉に、森を抜けた先……一応野営がしやすい場所ではあるんだろうけど、そこでそんな事をする人に心当たりがないかを聞くため、視線を向けた――。
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