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1948/1980

フェンリルと兵士さん達が対峙していました



「なんと言いますか、先程も感じましたが……これが幸せと言うものの一つなのかもしれませんね」

「そうね。口の中でとろけて行く高揚感と、広がる甘さの幸福感。それでいてスッと落ちて行く感覚はこれまで食べた他のどんな物とも違うわ」

「お婆様の言う通りですね。残りはするのですが、くどくない甘さと言いますか……むしろそれが、もう少し味わっていたいと残念さも醸し出していて。次を求める手が止められません」

「甘味というのは不思議ね。それだけで確かで強い幸福を感じるのだから」


 等々、試食の時は大きな歓声を上げていたクレアとマリエッタさんは、プリンを食べながら顔をほころばせて品評をしていた。

 二人共、俺には絶対出せそうにない表現だな。

 俺だと口当たりがよくて美味しい、それでいてスッキリとした甘さで、もっと食べたくなる……くらいしか言えない。

 ともあれクレア達は反省したのか、先程のように歓声を上げるのではなく粛々と、プリンを口に運びつつひたすらに褒めていた。


 ただ、誰の物もそうだけど、食べればいつかなくなる物。

 プリンを食べ始めてすぐ、もっと食べたいという声やおかわりを要求する声、空になった器を見て落ち込む人等々が見られ始めた。

 クレアやマリエッタさん、さらにエッケンハルトさんやユートさんだけでなく、どちらかというと甘い物は好きな方ではないらしいエルケリッヒさんも、プリンがなくなった自分の器をじっと見て、残念そうにしている。

 意外と言うのは失礼かもしれないが、ルグレッタさんも同様だった。


 ……毎日や、それだけでお腹いっぱいになるくらいの量を用意するのは難しいけど、何はともあれプリンを作ったのは大成功と言えるだろうなと、皆の様子を見ながら思った。

 俺自身も、食べ終わったプリンの器を見て残念に思えたしな。

 小さい頃、プリンに限らずだけどお腹いっぱい食べたいなんて考えたなぁ……なんて事を思い出したが。


「ワゥ」

「ふーむ、レオだけでなくフェンリル達にはちょっと不評だったかぁ」

「ワッフワフ」

「味はいいけど、もっと歯ごたえが欲しい、か。プリンにそれはちょっと難しいなぁ」


 好評に終わったプリンのお披露目の後、レオ達の感想を聞くとこちらはあまりプリンを好まない様子だった。

 甘い物が嫌だとかではなく味は好評だけど、レオ達にとっては飲み物に近い認識で、どちらかというと茶碗蒸しの方が好みらしい。

 あっちはまぁ、色んな具材が入っているからなぁ。

 あと、量も少なめになってしまったのも原因の一つかもしれない。


「あんまり食後のデザートって感覚はないみたいだし、お腹いっぱいソーセージとかハンバーグを食べた方がいいのか」

「ワッフ」


 大きく頷くレオ。

 甘いデザートはそこまで必要ないらしい……まぁ作れる量を考えると、そちらの方が俺達としても助かるか。

 フェンリル達に好まれたとしても、満足する量を作るのは大変だからなぁ、作業的にも、材料的にも。


「じゃあ、フェリー達が戻って来てからになるけど、そのために準備を進めているあれなら満足してくれそうだな。ハンバーグには変わりないけど」

「ワフゥ?」

「ははは、お楽しみはフェリー達が帰って来てからな。もう少ししたら戻って来るだろうし」

「ワウゥ……」


 秘密にしたのが不満なのか、溜め息を吐くように鳴くレオ。

 簡単なアレンジだし、もったいぶる程じゃなくてヘレーナさんの協力でもう完成している物なんだけど、出した時に驚いてもらおう。

 フェリーをねぎらうために用意している物だしな。

 ちなみにプリンはリーザやティルラちゃんを含めた子供達にも大好評だったのと、意外にもコッカーやトリース、それにラーレにも大好評だった。


 甘いもの好きな側面があるのには少し驚いたけど、材料が鳥の卵なのになぁ……。

 なんて思ったりもした――。



「アオォォォォォン――」

「レ、レオ!? どうしたんだ!」


 プリンを作った翌日、中庭でレオやリーザ達と過ごしていると、突然空に向かって遠吠えをするレオ。

 驚いて、レオに駆け寄る俺とリーザ。

 これまで、遠吠えをする事はなくはなかったけど、一体どうしたんだ?


「ワッフワフワフ!」

「あ、ほんとだ! ママの言う通りだぁ!」

「んー? 確かに、聞こえる……?」


 遠吠えした後のレオが言うには、庭のさらに外から声が聞こえるとの事だった。

 リーザはふさふさな耳を動かしながら確信を得たようだけど、俺はなんとなく聞こえるといった程度だ。

 耳がいいなぁ……。


「これって、フェンリルの遠吠えだよな?」

「ワッフ。ワフー、ワウワフ」

「フェリー達の鳴き声なのか? 成る程。つまり戻って来たって事か」

「ワフ」


 かなり遠くの方から吠える声が聞こえてくるんだけど、どうやらフェリー達が戻ってきた事を報せるために吠えているものみたいだ。


「ワッフ、ワッフ!」

「わかった。それじゃあフェリー達を迎えに出るかな」

「リーザも行くー!」


 レオに言われて、フェリー達を迎えるために一度屋敷に戻る。

 準備らしい物は必要ないだろうけど、俺達や庭にいなかった人達に報せるためだ。

 あと、今晩の夕食が決定したからその連絡もだな。


「どれくらいで戻って来る?」

「ワフーワフワフ」

「んとねー……」


 使用人さん達に報せつつ、遠吠えの距離からフェリーが到着するまでどれくらいかをレオに聞く。

 森を出る前に遠吠えしたみたいで、まだ少し時間がかかるみたいだ。

 ルグリアさん達もいるから、大体三十分とかくらいかなと予想。

 屋敷内での報せを終え、少し急いで外に出る……向かう先は、屋敷の敷地を西側に出た所だ。


「ガオォォン!!」

「全体前へ! 出過ぎるな! 距離を保ちつつ、牽制しろ!」


 薬草畑とは距離があり、開けたその場所では、フェンリル一体を前に百人近い兵士さんがフル装備で対峙している。

 兵士さん達の叫びとフェンリルの雄叫びが飛び交っているが、喧嘩とか争っているわけではない。


「エッケンハルトさん!」

「む、どうしたタクミ殿。先程、レオ様の大きな声が聞こえたが……一瞬だけ、フェンリルが怯んで動きを止めてな。だからこそ、今も均衡を保てているのだが」

「レオが邪魔しちゃったかな? まぁそれはいいとして、フェリーが戻って来るみたいです」


 フェンリルや兵士さん達が対峙している所から少し離れ、屋敷に近い位置で見ているエッケンハルトさんを発見、声をかける。

 どうやらレオの遠吠えはこちらにも聞こえていたようで、フェンリルがちょっと怯えたらしい。

 まぁ森の方にいるはずのフェリーに届かせるための遠吠えなんだから、距離の短いここではっきり聞こえるのは当然か……怖がらせるためじゃなかったはずなんだけどな。


「フェリーか。つまり、森の奥を調べて戻って来たわけだな?」

「おそらく。どうだったのかは戻ってから聞けばいいと思いますけど……もうしばらくしたら戻って来るようです。レオとリーザ、あと他のフェンリル達もフェリーからのと遠吠えで確認しています」


 レオはともかくとして、リーザにも聞こえたんだから中庭より少し森に近い位置にいる、フェンリル厩舎のフェンリル達もフェリーの遠吠えを聞いている。

 それの確認は、屋敷内に報せた後ここに来るまでにも確認しているから間違いない。


「ふむ、ちょうどあちらも終わりそうだ。それから戻るので良さそうだな」

「そうですね。迎える準備の方は指示してきましたし……と言っても、大仰に迎えるわけでもありませんから」

「あぁ」


 エッケンハルトさんの頷きと共に、二人でフェンリルと兵士さん達が対峙している方へ顔を向ける。

 正確には、使用人さんと護衛兵士の人もいるから二人じゃないけど。


「訓練の方はどうですか?」

「対魔物戦闘を想定したものとしては、これ以上ない成果と言えるだろうな。始めてすぐで、しかも兵士全体ではできておらんが……それでも十分すぎる。フェンリルが相手という事もあって兵士達は油断ができない。訓練として質のいいものをさせてもらっておるな」

「成る程」


 そう、フェンリルと兵士さん達が対峙しているのは争いではなく訓練だ。

 集まった多くの兵士さん達は、森への調査を担当するが、一部は村の周辺に留まる。

 ただ村の周辺はフェンリルやレオがいるおかげで、はぐれた魔物すら近付いて来ないし、もし来たとしても兵士さん達が何か行動する前に狩られる。

 そのためランジ村の中に入っている兵士さん以外は、基本的に暇だ。


 まぁ体を休める事とかも重要だと思うけど、ルグリアさんを始めとした近衛護衛さん達と同じく、何かやれないかと考えた……エッケンハルトさんが。

 フィリップさんに聞いた事があるし、こちらにいてもよく護衛さん達の訓練の監督しているエッケンハルトさん。

 大量の兵士さんが暇を持て余すのではないかと考えて、フェンリル協力の下訓練をする事を提案された。

 その許可は俺に求められたけど。


 訓練とはいえ、戦うわけだから怪我をする可能性を考えてあまり俺は乗り気じゃなかったんだけど、一応とフェンリル達に聞いてみたら、むしろ喜んでやりたい様子。

 尻尾をブンブン振っていたうえ、舌を出してパンティングしていたくらいだから。

 散歩は毎日やっているが、それでも体を動かしたいんだろう……血気盛んだから、という理由ではないと思いたいが。

 ともかくそんなわけで、効果があるかは微妙だけどエッケンハルトさん達と話し合い、大きな危険を除外するための条件を付けて訓練をする事に決まった。


 ちなみに、俺達から離れた場所では村の人達や、一部非番の使用人さんや従業員さん達も、見学というか見物人になっていたりする。

 見世物というわけではないけど、楽しんでいる人もいるみたいだ。

 兵士さん達が来てから、少しピリピリした空気が村の中にあったけどフェンリルに対しても含めて、皆慣れたなぁと思う。


「グルァァゥ!!」

「来るぞ! 前衛構え! 後衛はなんとしてでも勢いを削げ!」


 そんな事を考えていると、最終局面なのか、ひときわ大きく吠えたフェンリルが兵士さん達へと向かう。

 それに対し、兵士さん達は多種多様な方法でフェンリルの勢いを削ぎつつ、前面に並んだ人達が盾を地面に付けて構えて受け止める姿勢。

 フェンリルからの魔法はない……これは、危険を低くするための条件の一つだ。

 魔法を使わなくても、身体能力だけで三桁の兵士さん達と渡り合える、というのが理由でもあるけど……エッケンハルトさんが、以前行われたフェリーとフェンの魔法なしの力比べの話を聞いたからだったりする。


 あれがなかったら、この訓練も発案されなかったかもなぁ。

 いや、エッケンハルトさんなら別の方から考えそうではあるけども。


「タクミ殿、どう見る?」

「そうですね……弓矢は基本的にフェンリルに有効ではないようです。当たっても砂粒が当たった程度にしかなっていません。魔法の方も、多種多様で俺としてはそっちの方が興味深い部分もありますけど……とにかく、あまり勢いを削ぐのに繋がっていないみたいですね」


 フェンリルが降り注ぐ魔法や弓矢を掻い潜り、または当たっても気にせず駆ける中、エッケンハルトさんに聞かれて見て感じた事を答える。

 矢などは突き刺さる以前に、当たってもただ弾かれるだけでフェンリルの方は一切気にしていないし、避けようともしていない。

 魔法は、形の違う色んな種類がフェンリルに向かっているけど、ほとんどが有効じゃないように見える。

 むしろ、水なのか氷なのか遠目にはわかりづらいけど、それに関してはフェンリルが自分から浴びに行くようにすら見える。


 多分、水浴びみたいな感覚なのかもしれない。

 他にも炎の槍とか矢のような形をした物は、時折避けるくらいで毛を焦がす事もできていない……もしかすると、水を浴びてそれで燃えないようにしているのかもしれないけど。


「足元を狙っているのは、土の操作? わかりませんけど、あれが一番効果があるように思えます」

「うむ、よく見ているな」


 駆けるフェンリルの足を狙ったんだろう、土の塊と思われるものが飛来したり、地面が盛り上がったりなどしていて、それが一番邪魔になっている。

 時折うざったそうに、横に避けたりしていた。

 おかげで、一瞬で距離を詰めるかと思われたフェンリルが兵士さんの所までまだ到達していない。

 まぁ離れて見ているから、フェンリルの動きがよくわかるんだろうと思うけど……正面から、盾を構えて巨大な狼が迫っている兵士さん達にはそれがどこまでの効果を及ぼしているのか、中々わからないだろうな。


「ただ、言いづらいんですけど……」

「む、なんだ? 遠慮せず言ってみろ」


 観察して思った事を言うのを少し躊躇ったけど、エッケンハルトさんに促されて口に出す。


「えーっとですね、兵士さん達の方が腰が引けていると言いますか。相手はフェンリル一体だけなのに、数で勝る方が押されていますよね? まぁ、俺も同じような状況で、フェンリルに牙を剥き出しにされて迫られたら怖いでしょうし、腰が引けるどころか逃げ出してしまいそうですけど」

「むしろタクミ殿なら、それすら受け止める……いや、受け流してしまいそうではあるがな。レオ殿との様子を見ていれば」

「いやさすがにあれは怖いですよ。普段は可愛いと思っていますけど」


 喜びの表情でとかならともかく、牙を剥き出しにしているからなぁ。

 正面から見ているわけじゃないし、俺に向かっているわけじゃないからこうして冷静に話していられるけど、実際にあれで向かって来られたら、恐怖で足が竦むか、慌てて逃げるかしそうだ。

 兵士さん達がその迫力に押されているのを、責められないと思う。


「ともかく、タクミ殿の言う通りだな。もう少し、フェンリルに対しての心構えや覚悟ができていれば、押し返す事もできただろうが……あれではな。そのための訓練ではあるし、だからこそ強気で臨んで欲しいところだったが」

「いきなりっていうのはやっぱり難しいんでしょうね。俺があれこれ言えるわけではありませんけど。それに、フェンリルとはさすがに戦う機会なんてないでしょうし」

「まぁな。フェンリルと事を構えるなど、基本的にないしあっても数年どころか、数代に一度程度だ。私の代ではまだないな」


 数代……つまり、公爵家の当主が数回代替わりする間に一度あるかないかってところか。

 多分、数十年とか下手したら百年を越えるんだろう。

 フェンリル達は評判はともかく、いつからか穏やかに森の奥でまとまって棲むようになっているから、そこからはぐれたフェンリルがとか、それくらいなんだろう。

 それにしたって、本当に戦って人間側が打ち倒すのではなく、逃げてフェンリルが過ぎ去るのを待つとかの方が多そうだ。


「ふむ、この訓練にはまだ早かったか?」

「もう少し、条件を緩めるというか、兵士さん達に有利な方が良かったかもしれませんね。ただまぁ、それだとフェンリル達が少しかわいそうな気もしますが」

「フェンリル達も体を動かしたいようだったからな。だとすると、現状のままで続けて見るのが一番か。後で、兵士達に発破をかけておこう。魔物でも特に強力なフェンリルを相手にするというのは、これ以上ないものだろうからな」


 フェンリル以上の魔物、というのがいるにしてもオークやトロルドとかとは比べ物にならない程強い。

 それが危険も少なく、力を加減して訓練に付き合ってくれるんだからエッケンハルトさんとしては、喜ぶポイントなんだろな――。




読んで下さった方、皆様に感謝を。


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