プリンが完成しました
「それにしても、リルル達の匂いってどんななんだ? 全く匂いがしないとかではないけど、そこまで意識した事なかったな」
無臭というわけではないんだけど、獣臭さとかもほぼないフェンリル達。
意外となんて言うとフェンリル達から怒られそうだが、綺麗好きだったりする。
定期的に使用人さん達の手によってお風呂に入るだけでなく、自分達でも水浴びなどをして清潔にしているようだ。
リルルを筆頭に、一部のフェンリルはお風呂を気に入って、時折使用人さんにせがむくらいになっていたりもする……お世話を任せているチタさんが少し大変そうながら、嬉しそうに言っていたっけ。
シェリーはまだ子供だから仕方ないけど、レオとかは行き過ぎなければ多少汚れたり、変な匂いをさせていても気にしないのになぁ。
少しでもいいから、お風呂を嫌がらない程度には見習ってほしいと思ったり……。
「ワフゥ?」
「ん、いや、なんでもない」
お風呂の事を考えていたら、レオから疑わし気な、訝し気な様子で鳴かれた。
とりあえず誤魔化しておこう。
俺を守るとかで意気込んだばかりだし、今お風呂の話を出して意気消沈させるのも悪いしな。
……レオのブラッシングをする時は、お風呂に入れて綺麗にした後のつもりだったりするけども。
「……ワウゥ……?」
誤魔化したはずだけど、レオには引き続き疑わしい目で見られ続けた。
なんとなく、俺の様子から考えている事を察している……もしくは察しかけているのかもしれない。
嗅覚云々以前に、こういう勘が鋭いところは一緒にいる時間が長いのも関係しているように思う。
ちなみにだけど、その後レオを本当にお風呂に入れた時には色々と抗議するように鳴かれたが、ブラッシングを丁寧に、さらに長くする事で機嫌を直してもらった。
俺だけでなく、ライラさんやリーザ、それにクレアも巻き込んで大きなレオのブラッシングを延々と続けるのは大変だったけど、寝る頃にはご満悦だったから良かったってところだろう――。
「――完成、したかな? ヘレーナさん、皆さんもどうぞ」
「はい」
カールラさんの話を聞いた翌日、厨房にてプリン作りを続けていたが、何度目かの固まらず失敗したのを経て、ようやくそれらしく固まった物ができた。
蒸し終わったばかりで、まだ熱い状態だけど液状ではなくなったそれの入ったガラス器を、ヘレーナさんや協力してくれた料理人さん達に行き渡らせる。
見た目は俺の知っているプリンより少し白めなのは、牛乳の量を増やしたからか……ともあれ、実際に試食して味を確かめなければ、本当に完成とは言えない。
「それじゃ……」
皆に行き渡ったのを確認し、ヘレーナさん達と顔を見合わせながらスプーンでプリンをすくって口元へ……。
どうでもいいけど、プリンを作る時は何故か観客が多くて注目されているため、試食するのもちょっと緊張する。
どこから聞きつけたのか……まぁ特に秘密にしているわけでもないからだろうけど、使用人さんや従業員さんがこぞって、厨房の入り口から様子を窺っている。
甘い物への探求心みたいなものは、女性の方が強いという俺の先入観を肯定するように、ほとんどが女性だ。
皆、仕事とかはいいんだろうか……? 誰かが注意しにくるわけでもないし、その中にはクレアやマリエッタさんが混じっていたりするので、問題はないんだろうけど。
「ん……っ! タクミ様、これはっ!」
「はい、思っていたよりも口当たり良くて、甘さは控えめではないのにしつこくなく……とにかく、完成ですね!」
目を見開くヘレーナさんに頷くと、入口の方で歓声が上がった。
試食している方ではなく、見守っている方が沸き立つというのはどうなんだろう? と思わなくもないけど、それだけ期待している証だろうな。
甘いお菓子はないわけではないけど、種類が少なく、高価な砂糖を使うか代用品で補うしかなかったこれまでを思うと仕方ないのかもしれないけど。
「なめらかで舌心地が良く、優しく口いっぱいに広がる甘さはまさに至福と言えるでしょう。絶品、という言葉がふさわしいかと」
一緒に試食した料理人さんの食レポで、再び入り口で見ていた人達が沸き立つ。
「柔らかく、噛まなくても溶けるような。いつまででも感じていたい上品な甘さが、口の中に残るのはこれが幸せかと感じる事ができますね」
と、大袈裟にも聞こえる感想も出てきている。
俺としては、少し柔らかすぎる気がするけど……まぁそこは好みだな。
固焼きプリンなんてのもあるけど、とりあえずはスタンダードな作り方だし。
ちなみに固まらずに失敗した理由は、砂糖の代用としてカンゾウを使ったからと思われるが、それに対しては牛乳を少し多めに混ぜて、蒸し時間を増やす事で解決した。
熱すると固まる卵の性質を利用したのがプリンだと思っていたけど、カンゾウを混ぜると何かしらの効果があるのか、むしろ牛乳が固まる性質になっていたと思われる。
日本というか地球にあるものと、それぞれが全く同じものではないからで、この世界特有の性質なのかもしれない。
なんにせよ、味も申し分ないし甘さはむしろ砂糖を使うよりも、上品でしつこくなくいくらでも食べられそうでもある事から、成功と言っていいだろう。
まぁ牛乳が多めな分、どちらかというと牛乳プリンに近い味ではあるけど、こちらで使っている卵は味が濃くてちゃんとプリンらしい優しい卵の味もあるしな。
「プリンはこれで完成ですね。これからさらにアレンジとかもできるでしょうけど、それは追々で。多く作るのは……」
「蒸す作業に少し手間がかかりますが、問題ありません。実際は、これをさらに冷やした物をでしたか?」
「そうですね。熱いままというよりは、冷やした方が美味しいデザートです」
「成る程。では……」
キンキンに冷えた、という程ではなくても冷たい方がプリンとしては美味しいと思う。
甘さだけでなく、卵や牛乳の味も引き立って、甘い茶碗蒸し感などもなくなるはずだしな……あと保存という意味でも冷やした方がいいだろうし。
というわけで、完成したプリンを氷水に容器を浸して急速冷蔵。
さすがに数秒で冷えるわけではないため、その間に別の作業を始める。
「……少し苦みがありますね。甘いと思っていましたが、その先入観で口にすると戸惑うかもしれません」
「不思議ですよね。砂糖以上に甘いはずのカンゾウが、水と一緒に火にかけるだけで、ほろ苦くなるんですから」
プリンを冷やしている間に作ったのはカラメルソース。
こちらは上白糖ではなくグラニュー糖を使うというのは知っていたけど、こちらもカンゾウで代用できた。
カンゾウ、砂糖関係なら万能に使えそうで実にいい物を見つけたと思う。
多分だけど、地球の方にあるカンゾウでは同じ事ができそうにないけど。
ともあれ、プリンと言えばカラメルソース。
黒や茶色といった暗い色のソースが、黄色や白みがかったプリンとのコントラストを産み、さらにソースの苦みとプリンの甘さが「スイカに塩」のような対比効果を生み出す……はず。
確かカラメルって、本来は型からプリンを取り出すためにとかだった気がするけど、味としてもカラメルがあった方が引き立つのは間違いない。
「……確かに、冷やした方がより甘さや卵の優しい味などを感じられますね。そしてカラメルソースでしたか、焦げたような物という見た目ですが、それと合わせる事でまた違う味が楽しめます」
「そうですね。甘いのが苦手な人でも、カラメルがあれば食べやすくもなる気がしますし、これも成功ですね」
冷やしたプリンにカラメルソースをかけての試食。
俺も含めて、試食した皆の表情はとても満足そうだ……入り口で見守っている人達の一部が、よだれを垂らしそうで、そちらはそちらで大変な事になっているけど。
……女性がよだれを垂らす姿っていうのは、あまり見せちゃいけないし、男の俺が見てもいけないと思う。
ともあれカラメルの方は、プリンの試行錯誤の合間に完成していたんだけど、一緒に食べるとまた違った楽しみ方ができるな。
小さい頃初めてプリンを食べた時は、むしろ苦みのあるカラメルが苦手だと思ったものだけど、慣れるとカラメルがないと物足りなくも感じる。
プリンの甘さはくどくなく、控えめではないけど苦手な人でもある程度は食べられそうなものだし、カラメルがあればなおさら受け入れられやすいだろう。
これなら、特に甘い物好きというわけではない人でも、多くの人が喜んでくれそうだな。
まぁ、リーザとか子供達は昔の俺みたいにカラメルに慣れるまでは、プリンだけの方が喜びそうだけど。
「カラメルソースの方は、特に手間も多くなく簡単に作れるので、こちらも問題ありませんね。毎食、というのは少々難しいかもしれませんが……皆様へ頻繁にお出しする事ができそうです」
「材料の問題もないわけではないですからね」
カンゾウの方は、俺が『雑草栽培』で作れるからいいとしても、卵の問題があるから毎食というわけにはいかない。
卵はようやく生で使える物ができて、ユートさんからは定期的に持ってきてもらえるようになっているけど、他にも卵を使いたいし、限りがあるからなぁ。
こちらを見守っている人達の様子と、満足そうで幸せそうに頬張る料理人さん達を見れば、バケツプリンくらいの量を求められそうではあるが……そこは我慢してもらおう。
プリンばかり食べ過ぎるのも良くないしな。
そこは、バランスよく食べられるようヘレーナさん達に任せよう。
とりあえず、プリンは完成し、カラメルソースもできたわけで……。
「そろそろ皆我慢できそうにないですし、試作なのであまり量は作っていませんけど、少しずつくらいは別けて行きましょうかね」
「そうですね。私達の様子を見ているからでしょうか、一部危険な視線になっている方もいるようですから……」
と、チラリと入り口にいる人のうち一人へと視線を投げかけるヘレーナさん。
あまり見ないようにしていたんだけど、そちらにいるのはマリエッタさんだ。
甘い物を求める強い心のせいか、大きく目を開いているだけでなくまばたきすら忘れているようで、少し怖い。
かろうじて厨房に踏みこんできていないのは、美味しい物ができる瞬間を邪魔しないようにという、自制心が一応の働きを見せているからかもしれない……。
なんて考えつつ、試食が終わり残念そうな料理人さん達と手分けして、様子を窺う人達が食べる分を取り分けて行く。
スプーン一杯程度で、形も崩れてしまったのは細かく分ける関係上仕方ないと思ってもらおう。
「それじゃ、一口ずつになりますけど……皆さんもどうぞ」
ここにいない人達には悪いと思いつつ、集まった人達に向けてプリンの試食をしてもらうよう、取り分けたプリンを差し出すと、今日一番の歓声が沸き上がった。
マリエッタさんだけでなくクレアも、さらに日頃大きな声をあげたりしないライラさんすらも……これがプリンの魔力なのだろう。
そして、それぞれがプリンを口にした直後、今日一番だと感じた直前の歓声を越える大歓声が、厨房のみならず屋敷全体へと響き渡った。
……あとで、騒ぎ過ぎだと怒られないといいけど――。
「タクミ殿、かなり騒いでいたようだが……?」
「あはは……」
夕食時、エッケンハルトさんから厨房での騒ぎに関して聞かれる。
「以前話していたプリンが完成したんですけど、その時に少し」
「ふむ。茶碗蒸しというのは既に食べたが、あれ以上という事だな?」
「そうですね……甘い物が好きかどうかによっても別れると思いますけど、その辺りはクレア達を見て頂ければわかりやすいかと」
「タ、タクミさん……」
「あ、あれは初めての体験だったわ。幸せというのはあれの事を言うのだと理解できたわね。少々、騒ぎ過ぎた事は、反省しているわ」
隣に座っているクレアは恥ずかしそうに俯き、マリエッタさんも視線を泳がさせている。
プリンを試食した時に、他の人達に混じって大きな歓声を上げていた事を恥じているようだ。
美味しいと感じてくれたようではあるし、ヘレーナさんも言っていたけど作った側としては嬉しい反応だったんだけどなぁ。
淑女としてははしたないとかそういう事なのかもしれない。
「クレアと母上も加わっていたのは知っていたが、そうか。あの騒ぎにもか。これは期待できそうだな」
「まぁ、甘い物が好きかどうかによっても変わると思いますけど、期待は外さないと思います」
「タクミ殿らしからぬ自信が窺えるな。うむ、楽しみにしておこう」
プリンの良さは、日本でも長年人気商品である事からもわかるし、甘いという理由以外で嫌いだという人に俺は会った事がないからな。
いるかもしれないけど、試食する限りでは間違いなく美味しい物で想像以上の物ができたと思うし、ヘレーナさんを始めとした料理人さんも太鼓判を押していた。
それに、クレア達の反応を見る限りではエッケンハルトさんの期待には応えられるだろうと確信しているし、自信もあるからな。
まぁ、試行錯誤してくれた事や、試作した後に夕食後のデザートで出すために動いてくれていた、ヘレーナさん達料理人さんが褒められるべきであって、俺はおぼろげな記憶から引き出しただけなんだけども。
そうして、いつも通り美味しい夕食を頂いた後、デザートとして運ばれてくるプリン。
試食した時にいた人達、さらにその人達から話を聞いていた一部の人が、それを見てそれぞれに歓声を上げていたりした。
エッケンハルトさんもワクワクしている表情を隠していないし、ユートさんに至ってはいつもと違ってジッと配膳されるのを待っている。
なんというか、厳かな雰囲気が出てしまっていて、ルグレッタさんが戸惑うくらいだけど……まぁいいか。
プリンを知っている方からすると、期待せざるを得ないんだろうし。
もしくは、味を思い出しているとかかもしれないが。
なんて他の皆を観察しつつ、プリンが全員に行き渡るのを待ってから実食。
「こ、これは……!」
「ふわぁ……」
「口の中でとろけるこの感覚、新しいな」
「あぁ、やっぱりプリンは凄いよね。うん……」
「こんな食べ物が、この世にあったとは……」
等々、それぞれ一口プリンを食べて目を見開いたり、感動したりなど、これまでにない反応が広がった。
甘い物が苦手な人もいたようだけど、カラメルソースと一緒に食べる事で強調されるにもかかわらず、受け入れられてもいるようだ。
お米や味噌汁、カレーなど、俺が日本で親しんだ食べ物は他にもあったが、これまで以上に皆の反応が強い……というか、一部は夢見心地な様子も見られる。
中には、感動している人もいるけど、甘い食べ物というのに対して馴染みが少ないようだし、それもしかたないのかな?
カンゾウがあれば、プリン以外にも甘いお菓子は作れるだろうから、これからもっとたくさん食べられますよー……と皆に伝えようとしたんだけど、許容範囲を越えるだろうからとエッケンハルトさんに止められた。
喜びが限界を越えるとかだろうか? と疑問に思ったけどとりあえずこれから先も少しずつ、甘い物を食べてもらえばいいかと納得しておく事にした――。
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