エルミーネさんの事が少しだけわかりました
「私なんかが、クレア様とお話しをするなんて……いいのでしょうか……?」
「カールラ、気にしないでいいのですよ。クレア様も旦那様も、身分や地位に関係なく皆に優しい人です。気を張らずに。それとカールラ、気持ちはわからなくもないけれど、もう少し自分に自信を持ちなさいって以前から言っているでしょう? 私なんか、ではないのです。カールラの話のおかげで、旦那様とクレア様は情報を得られた。その事を喜びなさい」
これまで黙っていたライラさんが、カールラさんの様子に見かねたのか諭すようにしている。
でも以前からって事は、もしかしてライラさんとカールラさんって元々知り合い、だとか?
「は、はい……わかりました。ライラお姉ちゃん」
「お姉ちゃん!?」
カールラさんからライラさんの呼び方に、思わず驚いて大きな声を出してしまった。
ルグリアさんやルグレッタさん、それにヨハンナさんが姉妹だというのを少し前に知って驚いたけど、ここでもまた姉妹だった事実が!?
「カールラ、その呼び方はここでは止めなさい。というより、お姉ちゃんではなくせめて姉さんでしょう……」
「えーっと……?」
「ふふふ、タクミさんの驚く顔は珍しいですね……タクミさんタクミさん、カールラはラクトスの孤児院出身なのは知っているはずですけど、ライラもなんですよ?」
「あ、そういえば……成る程、そういう……」
「申し訳ありません、旦那様。カールラはまだ私が孤児院にいた頃から一緒にいまして」
「ライラお姉ちゃ……姉さんには、私だけでなく年少の子供達がお世話になりました。よく面倒を見てもらっていたんです。一緒に遊んでいたりとか、勉強を教えてもらったり。それで、つい今でもお姉ちゃんと呼んでしまう事があるんですけど……子供っぽいですよね」
「いえ、まぁそんな事はないと思いますけど……」
ライラさんは俺やクレアより少し年上だけど、同じ孤児院なんだから、そういう事もあるか。
他にもフィリップさんやニコラさん、ミリナちゃん、それに使用人さんや護衛さんの何人かは同じ孤児院出身で仲が良かったりもするしな。
公爵家は孤児院から人を雇うのを積極的にしているから、他の孤児院からの人もいるけど。
それにゲルダさんから聞く話では、俺に対する時みたいに孤児達のお世話を進んでするような、お世話好きな一面もあるし、カールラさんもよく懐いていたんだろうなぁというのが、今の会話でもなんとなく感じた。
まぁ、お互いの年齢的にお姉ちゃんよりも、姉さんとかの方がというのはちょっと微笑ましい。
ライラさんのこれまでとは少し違う一面を見られた感じかな。
「ライラの言う通り、気を張る必要はないから、ここでもお姉ちゃんと呼んでもいいのよ? ふふ」
「クレア様、それは少し……恥ずかしいので」
「わ、私もちょっと恥ずかしいです……さっきはつい出てしまいましたけど」
「あら、残念ね。うふふ」
コロコロと、鈴が鳴るように笑うクレアは本当に楽しそうだ。
いつもエッケンハルトさん達からからかわれる側だけど、こういう部分を見るとちょっと親子だなぁと思う。
っと、いけない。
そろそろ本当にエッケンハルトさんの所に行かないと、待ちくたびれてこちらに来てしまうかもしれないな……さすがにそれはないとは思いたいけど。
「ははは、それじゃあ俺はエッケンハルトさんの所に行くよ。こっちはこっちで、クレアもライラさんも、もちろんカールラさんも楽しんでね」
「はい」
「公爵様とも、特に気軽に話に行けるタクミ様は凄いです……あ、すみません。い、行ってらっしゃいませ、でいいんですかね……」
「はい、行ってきますね」
エッケンハルトさんとの話次第では、長引いてこのクレアの執務室に戻って来るかはわからないけど……まぁいいか。
そういうわけで、クレアやライラさんを残し、とにもかくにもエッケンハルトさんに聞いた話を伝えに行くため部屋を出る。
ちなみにだけど、部屋を出る時に楽しんでとおいて行こうと思ったライラさんが付いて来ようとしたのを、エルミーネさんが止めて、代わりに俺に付いてくれた。
俺一人でも良かったんだけど……と思っていたら、それとなくエッケンハルトさんがいる部屋へと案内してくれるようだ。
……そういえば、エッケンハルトさんが別の場所で待っていると聞いていたけど、どこでとは聞いていなかったっけ。
こういうところ、結構抜けてしまう事が多いので使用人さん達には助けてもらっているなぁ――。
「ありがとうございます、タクミ様」
「え?」
エッケンハルトさんの所へ向かう途中、屋敷の廊下を歩いている中で急にエルミーネさんからお礼を言われた。
特に何かしたとかではないと思うけど、どうしたんだろう?
「急にどうしたんですか?」
「いえ、折を見てタクミ様にはお礼をお伝えしなければと思っていたんです」
「そんな、お礼を言われるような事は……」
「しているのですよ、タクミ様は。私だけでなく、古くから公爵家に仕えてクレアお嬢様を知っている者達にとっては」
「クレアの事を……ですか」
お礼をした理由は、クレアに関する事らしい。
けど、改めてお礼を言われるような事って……何かしたかな?
古くからというのは、昔からのクレアをよく知っている人達の事だろうとは思うけど。
「はい。最近のクレアお嬢様は、本当に幸せそうで嬉しそうな表情をお見せになる事が多くなりました。以前はそういった事がなかったというわけではございませんが。それは、タクミ様がおられる事が大きな理由でしょう」
「……クレアの一番近くにいるエルミーネさんにそう言ってもらえると、嬉しいですね」
確かにクレアはコロコロと表情を変える事が多いが、楽しそうな雰囲気というのは俺にも伝わっている。
それがエルミーネさんにとっては幸せそうとか、嬉しそうに見えているんだろうけど、その一助というか俺がいる事でクレアが幸せや喜びを感じているのなら、俺も嬉しい。
特に、クレアをずっと見てきているエルミーネさんからだしな。
早くに母親が亡くなったクレアにとって、年齢的にもエルミーネさんは母代わりのような部分も、少しくらいはあるんだろうし。
「一度、こうして改めてお礼を伝えねばと思っておりました」
「それで今、ですか」
「はい。クレアお嬢様や、他の者がいる前では恥ずかしくて言えませんので」
「……全然恥ずかしそうには見えませんけどね」
「あら、これでも私は内心とんでもなく恥ずかしがっているんですよ? 今も」
「そ、そうですか……」
俺からはあっけらかんと言っているように見えて、全然恥ずかしそうに思えないし、他に誰がいても言えそうに感じるけど……まぁ本人がそう言うならそうなんだろう。
他に人がいない今だからこうだけど、本当にクレアが一緒にいたら照れるとかはあるかもしれないし。
クレアといる時のエルミーネさんは基本的に、控えめというかほとんど自分から何か話したりするような人じゃないから、こうして話してみるのも悪くないしな。
そういえば、エルミーネさんとこうしてちゃんと話す機会ってこれまでほぼなかった気がする。
俺に対するライラさんのように、エルミーネさんはクレアと一緒にいる事が多いし、俺ではなくクレアのお世話をする使用人、メイド長でもあるから接点も多くないからな。
エルミーネさんは、ライラさんとは違い基本的に柔和な雰囲気を意図的にか自然にか、常に出している人だ。
とはいえ、他の使用人さんには厳しく注意していたりする姿を見かけた事もあるので、きっちりしている人というイメージだ。
年齢より若く見える……というのはマリエッタさんも含めてこの世界でそれなりに見慣れたけど、実際はクレア程の娘さんがいてもおかしくないくらいだったはず。
そういえばエルミーネさんは旦那さんや子供はどうなんだろう? セバスチャンさんにはいるようだけど……。
「恥ずかしいと言えば、タクミ様が近くにおられるときのクレアお嬢様ですよ」
「え、はい?」
思考が逸れていたので、少し反応が鈍ったけど、ともかくクレアの事を話したい様子のエルミーネさん。
これも慕われている、という事だろうか。
「ときおり恥ずかしそうに……いえ、はにかむクレアお嬢様。頬を膨らませたり、私達がよく知っている天真爛漫だった小さい頃を彷彿とさせる様々な表情……」
突然、恍惚とした表情を浮かべるエルミーネさん。
確かに色んな表情のクレアは、どれも魅力的ではあるけど……。
「えっと……エルミーネさん?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた気がするぞ……?
「知っていますかタクミ様、クレアお嬢様はタクミ様のいらっしゃらない所では、タクミ様からどう見られるかなど、よく悩んでおいでなのですよ?」
「いえ、さすがにそれは知りませんでしたけど……」
というか、俺がいない時なんだから誰かから教えてもらわなければ知りようがない。
クレア本人は多分言わないし、絶対言って欲しくない恥ずかしい事だと思うし……というか、今ここでエルミーネさんから明かされたわけだが。
「お可愛らしいクレアお嬢様とタクミ様の初々しい姿を拝見……いえ、拝謁させていただいているだけでもう、私は……」
「ど、どうなるんですか?」
どうして拝見から拝謁に言い換えたのか、という疑問よりもさらに気になってしまい、先を促す。
なんとなく、頭の片隅でこれ以上踏み込まない方がいいかも、なんて警鐘が響いている気がするけど……つられて聞いてしまったのだからもう後の祭りだ。
「クレアお嬢様とタクミ様、お二人が初々しく愛を育む様子を見ると幸福感に包まれて、ついつい食べ過ぎてしまうんです」
「……え、食べ過ぎですか!?」
なんとなく、延々とクレアとの事を言われるのかと少し覚悟しかけていたので、食べ過ぎと言われて驚いた。
「えぇ、それはもう。なんといいますか、何を食べても美味しいと言いますか。もちろん、このお屋敷での食事や別邸、本邸も変わらず美味しい物ばかりなのですが……」
「は、はぁ……」
あれ? クレアと俺の話じゃなかったっけ?
なんだか、美味しい物を食べているという話になっているけど……。
「それが、クレアお嬢様とタクミ様が抱き合う姿を見た日にはもう、食事をする手が止まらなくて止まらなくて……」
「確かに、ハグする姿は色んな人に見られていますけど……」
一応俺も、人の目というのは少しだけ気にしているんだけどなぁ、少しだけ。
とはいえ、クレアの方がよく恥ずかしがっていると思いきや、ハグをする事だけは何かこだわりがあるのかなんなのか、積極的なんだよなぁ。
あまりクレアのせいにするわけではないけど、結果的にそれで多くの人に見られているのもあまり気にせず、二人の世界に入ってしまっていたりする。
嫌な気持ちなんてのは一切ないので、俺もクレアの事は言えないんだが。
「若い二人の甘いお姿を目に焼き付け、思い浮かぶだけで食が進んでしまうのです」
「俺が言える事ではないかもですけど……目には焼き付けないで欲しいですし、できれば思い浮かべないで欲しいんですが……」
見せつけているようにも思えて、改めて言われると恥ずかしいが……。
ともかくエルミーネさんはあれか、ご飯のおかずとは別の意味で、何かの事柄を……特に自分の好みの状況や場面などを思い浮かべながら、それをおかずにご飯が食べられるタイプというか、趣味の人なのか。
セバスチャンさんと一緒で、恋愛話を好んで聞きたがるというのは知っていたけど、ここまでとは。
いや、クレアや俺が相手というのが原因かもしれないけど。
「ただお礼を言いたいのと同じくらい、タクミ様には文句も言いたいのですよね」
「え?」
「先ほども言いましたが、おかげで食べ過ぎてしまって……少々お肉が付くと言いますか……」
「あー……えっと……そ、そうですか。それは、大変ですね……」
言わんとしている事はわかるけど、さすがに直接的な表現は避ける。
年齢関係なく、女性に対してそういう言葉を発するのは躊躇われるし、言ってはいけないような気がしたから。
エルミーネさんも言葉を濁しているしな。
「幸い、今はまだ大きな変化として表に出てはいませんが……そうなるのも遅くはないでしょう」
「は、はぁ……そ、それならちょっと、何かお肉にならないような方法とか、ヘレーナさんと相談してみます……」
「はい、申し訳ありませんがお願いいたします。大奥様も、気にしておられましたので。それはクレアお嬢様も同様ですが」
「は、はははは……」
あまり同意とかするのもと思い、乾いた笑いで誤魔化しておく。
そうか、マリエッタさんは美容に対してそれなりの関心があるような素振りは見せていたけど、クレアもか。
俺がいない時のクレアは結構、あれこれそういった事を考えているとも今エルミーネさんから聞いたけど、想像するよりも深く考えていたりするのかもしれない。
なんて考えつつ、エルミーネさんのお礼がいつの間にかクレームに代わり、それを宥め、話しを逸らしつつ、エッケンハルトさんの居る方へと行く足を少し早めた。
急がないと、ずっとこのまま話を聞かされそうだしな……この時ばかりは、広い屋敷で移動にもそれなりに時間がかかってしまうのはなんとかならないかと考えたり。
でも、移動中のエルミーネさんはマリエッタさんやクレアだけでなく、女性の使用人さんや従業員さんの話を多く出していたのに、目的地に到着する寸前に気付いた。
もしかしてだけど、ある程度本音ではあるかもしれないが、屋敷にいる女性の悩み的な事を迂遠ながらエルミーネさんが代表して伝えてくれたとかだろうか?
……あの恍惚とした表情は、演技には見えなかったけど。
クレアと俺が初々しい云々というのは、間違いなく本心だったんだろう……とりあえずエルミーネさんはクレア大好きな人だと認識して間違いなさそうだ。
下手な事をしたら、色々と危険な香りも感じるのでクレアの事は大事にしないとな、エルミーネさんの事がなくても、そうするつもりではあるが。
それはともかくとして……お米が登場して美味しく食べる食事の幅は広がったけど、ダイエット方面は最近はあまり考えていなかった。
美味しい物が増えれば、食べる量が増えるのも当然の帰結、なのかな? 俺も多少そうだし、でも鍛錬で体を動かしているから問題ないけど、そうじゃない人もいるし。
ヘレーナさんに美味しくない物を作って欲しいなんて言うわけにはいかないし、誰でもできる簡単な運動とか、食事以外の方面で何か考えた方がいいのかもしれない。
なんて思考でエルミーネさんの話から少しだけ意識を逸らしつつ、エッケンハルトさんの待つ部屋に入った。
「失礼します。っと、フェリーとリルル? それにシェリーも……」
「おぉタクミ殿、来てくれたか」
「ガウ」
「ガウゥ」
「キャウー!」
エッケンハルトさんが待っている部屋、そこに入るとまず目に入ったのは、大きな体でへそ天をしているフェリーとリルル、さらに小さい体で同じく仰向けになっているシェリーだった――。
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