のんびり帰路についていたら呼び出されました
「あぁうん、そうだね。フェンリルさん達は今、少しだけ仕事で他の場所に行っているんだ」
「そうなの?」
「うん。だから、待っていればいずれ戻って来るからね。戻って来た時には、お仕事頑張ったねっていっぱい褒めてあげると喜ぶと思うよ」
「うん、わかった! いっぱい褒めていっぱい遊ぶ!」
「ははは、そうだね。フェンリルさん達も皆と遊ぶのは楽しそうだから、そうしてやって。ほら、今はフェンリルさん達を待つ間、リーザやレオとも遊んでやってくれるといいと思うよ。レオ達も待っているから」
「ワフ、ワフ」
俺の言葉に頷くように鳴き、尻尾を振るレオ。
それを見て、子供達とリーザやレオがじゃれ合い始めた。
「うふふ、タクミ様……」
だがその中で唯一、マリエラちゃんだけはなぜか俺にすり寄って来ていた。
「……マリエラちゃん? レオやリーザと遊ばなくていいの?」
「いえ、子供達の遊びよりも私はタクミ様と大人の遊びをする方が……」
……マリエラちゃんって確か、ティルラちゃんの一つか二つ年上だったはずだけど、それが同年代の子達を見て子ども扱いとは。
というか誰だ、マリエラちゃんに大人の遊びなんて危険な言葉を教えたのは!?
意味がわかって言っているのかはわからないが、冷たくあしらうような事はできないし、俺にできるような事でもないから少し困った……。
と、そうだ。
「レオ、リーザ」
「ワフ?」
「どうしたのパパー?」
「えーっと、レオ達はこのまま子供達と遊んでいてくれるか? 俺は先に屋敷に戻るから」
子供達とじゃれ合っているレオとリーザを呼び、マリエラちゃんも含めて遊び相手を任せる事にする。
マリエラちゃん、ちょっと変な子で妙に大人びた言動をする子ではあるけど、リーザやレオと仲が悪いわけではなく、遊ぶ時はちゃんと楽しそうに遊んでいるからな。
ここは、俺じゃなくリーザ達に任せた方がいいと思う。
決して、マセた女の子の扱いがわからなくて逃げるわけじゃない、という事にしておきたい。
「うん、わかったー!」
「ワッフワフ」
「頼むな。昼食までに戻ってきたらいいから」
「はーい!」
「ワッフー」
まぁお腹が空いたら、レオが皆を連れて屋敷に戻って来てくれるだろうし、昼食に遅れる事もないだろう。
児童館の子供達も、基本的には一緒に食事しているからな。
「あぁ、こうして運命が二人を分かつのね。でもタクミ様、私は離れている間も二人の絆を育てる期間だと、座して待ちます」
「ははは、そうだね……ただ座してではなくて、リーザやレオと遊んで待っていてくれるといいなー」
どこでそんなセリフを覚えたのかわからないが、とりあえ絆は座って待ちながら育てる物じゃないと思う。
微妙にズレているのは、何かで聞いたか読んだかで覚えたての言葉を連ねているだけで、子供らしいなと思ったりもするけど……。
とりあえず苦笑しつつ、マリエラちゃんの頭を撫でてリーザ達の方へ促し、そそくさとその場を離れた。
うーむ、食事時というか多くの大人達がいる場所や、クレアが隣にいる時のマリエラちゃんはおとなしいのになぁ――。
「茶碗蒸しはなんとかなったけど、プリンは……もう少し考える必要がありそうかな」
子供達をレオやリーザに任せ、屋敷へと戻る道すがら、引き続き村の様子を見ながらブツブツと独り言を呟く。
茶碗蒸しの方は既にお試しで作ってあり、あとは皆が食べる気になるかどうかという段階。
過熱してる物だし、ちゃんと説明すれば忌避感もほぼないだろうからこれは食卓に並ぶのは近いだろう。
ただ、材料は違うけど作り方は似ているプリンの方は、ちょっと上手くいっていない。
「一応、プリンらしき物はできたんだけどなぁ……しゃばしゃばだったけど、味はプリンだったし。ただあの食感がないと、プリンとは言いたくないな」
プリンに対してこだわりが強いわけではないけど、かなり液体に近い物をプリンと呼ぶのはなんとなく抵抗感がある。
味の方はほぼ再現できたと言っていいし、ヘレーナさん達料理人さんは、加熱されている事と興味から味見をしてもらい、感動していたんだけども。
「カンゾウが悪いんだろうか? やっぱり砂糖じゃないといけないとか……でも、カラメルソースは作れたから成分が大きく違うわけでもないはずなんだけど……」
カンゾウは、『雑草栽培』で作った物をさらに状態変化させているんだけど、そうすると粉末……よりは粒が少し大きい結晶で顆粒のようになる。
それを砂糖と同じように使う事で代用できるまではいいんだがなぁ。
ちなみに、甘さは以前クズィーリさんが出してくれた時に味見したように、砂糖よりもかなり強い甘味なので、代用品であっても使う量は少なめでいいのは利点でもあるだろう。
大体、砂糖の四分の一程度で同じくらいの甘さが再現できると思っていい。
ただそのカンゾウを使ったプリンは、何故か上手く固まってくれない。
砂糖は高価なので、そちらで試す事はまだしていないが……ヘレーナさんからも提案があったけど、一度試してみるのも研究の一手かもしれない。
まぁ、俺のうろ覚えでまともなレシピがわからないせいで、何か失敗している可能性はあるんだけども。
「目玉焼きはできたし、元々ゆで卵もあったから卵自体は大きさ以外特に俺が知っているのと変わらないはずだし」
プリンが固まるのは、茶碗蒸しもそうだけど卵が熱で固まるのと同じ要領だ。
つまり、目玉焼きもそうだけどゆで卵にできるならプリンも同じようにできるはずで、卵に何か問題があるわけではないという事。
牛乳に何かある可能性は否定できないけど……まぁ、次は分量とかも変えて色々試してみようかな。
「惜しいところまで行っているはずだし、いずれ完成するかな」
甘いものという事で、一部……と言わず結構数は多いけど、待っている人達には悪いがちゃんと完成するまで、しばらくお預けってところだな。
俺もあの食感と共に食べたいけど……。
「そう言えば、目玉焼きの方は作ったから後は目玉焼きハンバーグはいつでも作れるな。まぁでもこれは、皆に出すのはもう少し我慢だ」
子供達に人気が出そうな目玉焼きハンバーグ、目玉焼きの方は既に茶碗蒸しと同じく、興味がある人には食べてもらってるけど、まだハンバーグと合わせていない。
これは、森に調査に行っているフェリーのためだ。
フェリーの好物はハンバーグなのは間違いないから、そのバリエーションとして調査に行ってくれたご褒美としてお披露目しようとしているから。
まぁ先にこちらで食べていても、ちゃんとフェリーに食べてもらえば拗ねたりはしない……多分、きっと……だから、出してもいいんだけども。
せっかくだし、フェリーにも喜んで欲しいからな。
フェリーが気に入ってくれればいいんだけど……。
「フェリーと言えば……」
そろそろ屋敷が近く見え始めた頃に、森の北へと調査に行ったフェリー達の事へと思考を移す。
ルグリアさん達もいるし、心配する事はあまりないんだけど……おそらくそろそろこちらに戻ってきている最中じゃないかな? と思う。
カナンビスの薬の存在もあって、サニターティムの丸薬を予備も含めて多めに持たせてあるけど、なくなったから帰って来る、ではなく余裕を持って戻ってくるように言ってあるからな。
調査次第だが、森の北に抜けるのはフェンリル達ならば一日かからないくらいみたいだし、そこからある程度周囲を調査したとしても、二日もあれば引き返して来てもおかしくはない。
……どのくらいの速度で、森を進んだかにもよるけど。
そのあたりは、ルグリアさんやフェリーの状況に合わせての判断に任せてあるから、予想が外れているかもしれないが。
戻ってきたら、目玉焼きハンバーグをお腹いっぱい食べさせて労わないとな。
子供達にも、早く食べさせてやりたいし……。
「まぁ、調査の方も大事だけど俺は俺でやる事があるから、心配ばかりでもいけないか。よし……!」
俺の方も薬草畑の準備がほぼ終わり、ラクトス以外に薬や薬草を売り出すのはまぁ調査次第になるが、薬草の栽培や量産体制は整いつつある。
薬草畑の運営……いや、薬草と薬全般を取り扱う商会としてのクラウフェルトが、本格始動に入る。
それに伴って、ミリナちゃん達も薬の調合と量産に入ってくれるはずだ。
まぁランジ村での薬局、レミリクタはまだ建築に着手したばかりではあるし、ミリナちゃんは既にある程度薬の調合をしてくれてはいるんだけども。
「印章の方も、明日には作られた物が到着する予定らしいし、これで形は一応整うかな」
クラウフェルトや俺が使うための印章……要は印鑑で、会社印でもあるそれは、図面を俺が慣れないなりに考えた物だが、それが完成して今運んできている最中だとの連絡があった。
なんというか、これで着々と整っていく薬草畑や集まった従業員さんよりも、印章が完成したと聞いていよいよ始まる……みたいな実感が湧いて来る辺り、俺は事務側の人間なのかなと思ったりもする。
「とにかく、少しずつ着実に……だな。って、ん……?」
とにもかくにも、焦ったりせず一歩一歩と気持ちを新たにしたところで、屋敷の方から誰か出てくるのが見えた。
あれは……ゲルダさんとジェーンさん、かな?
遠目ながら屋敷に向かう俺を発見して、こちらに駆けて来る。
結構急いでいるみたいだけど、何かあったのかな?
途中、ゲルダさんが何もないところで躓きそうになって転びかけたが、なんとか踏ん張って耐えた。
フェヤリネッテが文字通り隠していた姿を現すようになって、悪戯もなくなったけど、慌てると時折何もないところで転ぶ事があるんだよなぁ。
以前みたいに豪快に転ぶ事はなくなったようでもあるし、ドジの数は確実に減っているから、ゲルダさんも頑張ってはいるんだろうけど。
っと、こうして見てるだけじゃいけないな。
「ゲルダさん、ジェーンさん、どうしたんですか? 何か慌てているようですけど」
「いえ、慌てているという程ではないのですが、至急旦那様を呼んできて欲しいと、クレア様が仰っておいででしたので」
「クレアが? どうしたんだろう……何かあったのかな」
クレアが俺を急いで呼んできてというのは、よっぽどの事だ。
いつもなら、何か用がある時はクレア自身が俺の所に来たりするしな。
絶対ないわけではないし、これまでも何度か似たような形で呼ばれた事はあったから、必ずしも大事が起こったというわけではないだろうけど。
ジェーンさんも慌てているわけではない、と言っているし。
「カールラさんの事で、話しがしたいと仰っていました」
「カールラさん?」
ゲルダさんの口から出た人物、カールラさんと言えば元々ラクトスの孤児院出身で、年齢的にも他の場所へ働きに出ていた女性。
それが、色々あって本人に悪いところがあったわけではないが、職を失ってラクトスに戻ってきたところを、ランジ村や俺のクラウフェルトの話を聞いて、他の孤児院の子供達と一緒に来た人だな。
そのカールラさんは、俺が呼び出されるような何かをやったりする人ではないはずだけど……。
「何やら、数日前に調査に向かった先の街の事で、カールラさんが何かを知っているような話ですが……」
「街……カッフェールの街ですかね? わかりました、すぐにクレアの所に向かいます。えーっと……」
「クレア様は執務室にいます」
「ありがとうざいます」
どこにクレアがいるのかと聞こうとしたら、先んじてジェーンさんが教えてくれた。
カッフェールの街について、調査に行って今頃は街の近くか到着している頃だろう、とエッケンハルトさんは予想していたけど……カールラさんが何か知っているなら、戻って来るのを待つ前にある程度の情報は得られるのかもしれない。
多分、そのためにクレアは俺を呼んでいるんだろうし。
ともかく、ゲルダさんとジェーンさんにお礼を言って、クレアの執務室へ向かう事にした。
「お待たせしました」
「タクミさん。すみません、急にお呼びしてしまって」
「他に急ぎの何かがあったわけじゃないから、気にしないで」
屋敷へ戻り、少しだけ急ぎ足でクレアの執務室に入る。
中では、クレアとカールラさんが向かい合うように座っていて、エルミーネさんとライラさんが待機するように部屋の隅で立っていた。
俺を迎えたクレアは、少し申し訳なさそうにしていたけど、特に他に何かあるわけじゃなかったし特に問題ないと手を振っておく。
いつもクレアが仕事に使っている執務机は使われておらず、テーブルを挟んで向かい合うように置かれているソファーに二人がいる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
クレアに促されてソファーの隣に座る俺を待ってすぐ、ライラさんがお茶を出してくれる。
クレアとカールラさんの前には既にお茶のカップが置いてあり、そちらはエルミーネさんがおかわりを注いでいた。
とりあえずと、出してくれたお茶を一口飲みながらカールラさんの方をチラリと見る。
……ここは先日、俺がクレアに膝枕したと思ったら、寝入ってしまって逆に膝枕されていた場所で、それを思い出して照れてしまうから誤魔化そうとした、というのもあるが。
とにかくカールラさんは、緊張気味で注がれたお茶のカップを口元へ持って行くけど、その手は微かに震えているようだった。
「カールラ、あまり緊張しなくていいの。ただ話を聞くだけなのだからね?」
「は、はい……ですがやはり、こうしてクレア様とタクミ様を前にすると、どうしても……すみません」
俺相手に緊張する必要はないんだけど、まぁ雇い主だからな、と少し思う。
クレアは公爵家のご令嬢だからなぁ……食事は基本的に一緒にしているから少しは慣れたかなと思ったけど、人が多く席も離れているから直接話す事はほぼないし、こうして面と向かってというのはやはり緊張してしまうんだろう。
「謝らないでいいのよ。気を楽にして。――タクミさんカールラが今以上に緊張してしまうので、この場は私とタクミさん、それからエルミーネとライラの最小限の人で話を聞く事にしています」
カールラさんに優しく言った後、クレアが小声で俺に教えてくれた。
成る程、カッフェールの街に関する事なら、エッケンハルトさんがいてもおかしくないはずだけど、ここにいないのはそのためか。
エッケンハルトさん、黙って座っていると本人はそのつもりはなくても、少し威圧感のようなものがあるからなぁ。
多分、俺とクレア以外はエルミーネさんとライラさんにしているのも、女性を多くしてカールラさんに配慮しているんだろう。
男性ばかりだったら、女性だと委縮してしまう可能性もあるからなぁ。
まぁ、逆もそうだったりするけど。
おそらくカールラさんの話を聞いた内容はこの後、エッケハルトさんに伝わる、もしくは俺かクレアが伝える事になるんだろうと思う。
やきもき……はしていないかもしれないが、なんとなく待たされてセバスチャンさんかエルケリッヒさんにフォローされているエッケンハルトさんが想像されるな。
実際はどうかわからないけど、ともかくそんな事を頭の中で思い浮かべながら、カールラさんから詳しい話を聞くために切り出した――。
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